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特に遠距離攻撃手段に乏しく、それを補う手段として考えたうちのひとつが
そういったうちの調整方法のひとつが、衝撃波を絞り込むか否かだった――衝撃波を絞り込まなければまるで津波の様に敵を公園設備も含めた周囲の構造物ごと飲み込んで擂り潰し、絞り込んで刃状に収束させればダイヤモンドも寸断する。
今は絞り込んでいなかった――結果、形成された衝撃波は公園の遊具や立木、街燈のポールをもろともに巻きこんで滅茶苦茶に擂り潰しながら、笠神を飲み込むはずだった。
異常は繰り出した衝撃波が、笠神に肉薄した瞬間に起こった――魔力で織られた強烈な衝撃波が、突然そよ風ひとつ残さずに消失したのである。
笠神の仕業とは思えない――あれは厳密には魔術の一種に属するため、
だが、その技能を笠神が持っているとは思えない――先ほどの受傷もそうだが、笠神の攻撃には魔力がまったく通っていないので、吸血鬼相手だと効果が薄い。
なら――誰が?
考えている暇は無かった。一瞬の驚愕が反応を鈍らせたことは、業腹ながらも認めざるを得ない。笠神が左手の鈎爪を繰り出してきている――まだ完全に腕が治りきってはいないのか、若干遅い。
上体を軽くそらしてその攻撃を躱したとき、今度は笠神が右手の鈎爪を繰り出してきた。
その攻撃を、後方に跳躍して躱す――体勢が悪く、回避が精いっぱいで反撃を仕掛けるとまではいかない。だが後退したアルカードの足が地面につくより早く、笠神の四指の鈎爪が高速で伸長した。
完全に予想外の攻撃に、もはや回避は間に合わなかった――笠神の鉤爪がある程度自在に伸縮することは予想していたが、ここまで長く伸びるとは予想していなかったのだ。
回避行動も間に合わないまま、ずぶりという厭な感触とともに鈎爪の鋭利な尖端が腹部に突き刺さる。
「がッ――!」 脾臓を貫かれて、激痛が神経を焼く――脳に届く鮮明な痛みに顔を顰めながらも、アルカードはその鈎爪の尖端が腹を貫通するより早く太刀を振るって鈎爪を切断した。
背中まで貫通しきる前に叩き折られた鉤爪を引き戻しながら、笠神が跳躍する。
どうやら先ほど叩き落としてやった左手の神経や筋肉、皮膚は完全に癒着した様だった――
右腕を引き戻すその動きを利用して、笠神が今度は左腕を振るった――四指の鈎爪が発達しながらうなりをあげて頭上から肉薄し、受け止めた太刀の刃が一瞬変形する。
四指の鈎爪を太刀と噛み合わせたまま、鈎爪を伸ばしていなかった笠神の親指がふとこちらの顔を向いた。次の瞬間親指の鈎爪が高速で伸長し、こちらの眉間を狙ってまっすぐに伸びてくる。
彼自身も使った手段だ――正面から直進してくる物体を、人間の眼球構造は知覚出来ない。彼がその攻撃がくると判断したのは、つまるところ自分も同じ手を使ったからだ。
身をよじってその攻撃を躱すも、頬に深い裂傷が生じて血が噴き出す――そして頭上に注意がそれた瞬間左拳の一撃を胸のあたりにまともに喰らい、重心が上がっていたアルカードはたまらずに吹き飛ばされた。
本当はそのまま追撃を仕掛ける腹積もりだったのだろうが――拳を受けて吹き飛ばされる瞬間に腹に突き刺さった鈎爪の一本を引き抜いて腕に突き刺してやったために――、笠神は追撃を仕掛けてはこなかった。
吹き飛ばされるままいったん後退して間合いを取り直し――口の中に溜まった血塊を唾と一緒に吐き棄てて、軽く左拳を握り締める。
笠神の攻撃がいずれも魔力を帯びていなかったために受けた傷は高速で治癒し、強烈な激痛はすでに消えつつある。あと十秒も待たずに、損傷は完全に回復するだろう。アンダーアーマーのシャツに穴を開けられたのは腹立たしいが――今は別に考えることがある。
さっきのはなんだ?
先ほど繰り出した衝撃波の消滅の仕方、それにこの息苦しさを感じる圧迫感。
あの衝撃波の消滅の仕方は、
当然それは想定の範囲内なので、
そんな技能を、笠神が持っているとは思えない――アルカードは魔術そのものはともかく、
となると――魔術の発現を抑え込む結界か?
内部にあるものの魔力の発現を大部分抑え込んでしまう様なタイプの結界が、世の中には存在する――かつてワラキアのあの事件のあとポルトから船に乗って訪れた島の遺跡で出会った魔術師は、ファイヤースパウンで魔術のノウハウを彼に叩き込んだときにそう言った。
数百年の間に数人、彼は魔術的効果に依存すること無く結界に類似した効果を発生させる異能者に出会っている――これは試しに彼らの異能を受けてみたときに酷似していた。
この異能が人間の魔殺し――空社陽響のものか月之瀬将也のものかは判然としないが、そのどちらかのものなのは間違い無かろう。
そして――切り札をひとつ失ったことを悟って、アルカードは小さく舌打ちした。
おそらく
だが、そもそも
思ったより深刻な事態に小さく舌打ちして、アルカードは立ち上がった。
もうあまり時間が無い――この異能が空社と月之瀬、いずれのものだったとしても、これはつまりどちらかが切り札を使い始めたということだ。
ということは、彼らの作戦は終局に近づいている。状況がどう転ぼうと、じきに月之瀬の人生は終わる――綺堂桜との約束を果たすためには、その場に居合わせる必要がある。
もはやこの二足歩行する犬にかまっている時間もあまり無い。早いところ殺して移動を開始しなければならないというのに、これから遣おうとした霊体武装は起動自体が封じられてしまった。
その事実に舌打ちして、アルカードは笠神に向き直った――少々厄介にはなったが、それだけの話だ。
体内にある魔力それ自体は封じられていないから、魔力の消耗を抑えるために『抜く』のをやめれば彼を潰すのはさほど難しくない。霊体武装に頼らなくとも、強靭な肉体と身体能力は残っている。
だが、これで魔力を用いた攻撃はほぼ封じられてしまった。右手で保持した笠神の太刀も稼働していない――直接触れていても、太刀を稼働させるために魔力を流し込むことが出来ないのだ。
となると――じかに接触して魔力を流し込むしかないか。器物に魔力を流すことは出来ないし、敵に触れた器物を介して魔力を流し込むことも出来ない――だが、自分の素手で相手の体にじかに触れれば、そこから魔力を流し込むことは出来る。なんらかの手段で表皮を引き裂いて肉にじかに触れ、そこから魔力を流し込めば――
このまま接近戦で戦っても、時間さえかければ勝つことは出来るだろう――だが問題は、それでは間に合わないということだ。
『矛』は笠神の攻撃の威力を考慮すれば、容易に彼を仕留める切り札になるだろうが――問題はこの状況下で、正常に『矛』が発動するかどうかだ。失敗すれば敵の攻撃をもろに受けることになるので、今の状況では分の悪い賭けになる。
まあいいや――殴り殺そう。胸中でつぶやいて、アルカードは目を細めた。
「そろそろ終わりにするか、
ひゅん、と太刀を軽く振りながら、アルカードは続けた。
「おまえは殺すぞ」
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