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徒然なるままに修羅の旅路

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The Otherside of the Borderline 17

2014年10月15日 06時48分26秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 ごう、と耳元で風が鳴る――道路を飛び越えて向こう側のビルへと飛び移るのは造作も無かった。
 そこかしこの道路で街から出ていく車が散見されるが――いずれも特定の方向から離れている様に思える。そしてその方向には、あのすさまじい魔力の主もいる。
 どうやったのか知らないが、自分のいる周囲の意識の残っている人間が特定の座標から離れる様に仕向けたのだろう。
 そんな真似をやってのけるのならば、それはもはや魔術ではなく魔法、一時的とはいえ世界の在り方に干渉し、新たな法則を創造する能力に近い力が必要になるだろう。少なくとも、そこいらの魔術師に出来ることではない。
 出来るとしたらグリーンウッドと、俺と――
 胸中でつぶやいて、彼は頭上を見上げた。先ほどまでは感じられていたあのすさまじい魔力が、今は綺麗さっぱり消えている――おそらく自分の存在を隠匿するためだろう。綺堂邸を出る間際に猿渡から少し話を聞いたのだが、彼らの一族は本来相手の魔力を感知したり、肉体の魔力強化を行う能力は無いそうだ。
 月之瀬が噛まれ者ダンパイア化によってその能力を獲得していたとしても、したがってまともに使いこなせていない公算が極めて高い――実験とやらがいつ行われたのか知らないが、どんなにセンスがあっても独力でそこまでの能力開発を行う期間は無かっただろう。まだ月之瀬の家族が一族の本家である綺堂の家を襲撃していなかったということは、勝利を確信出来るほどの自己強化と能力開発を終えていないのだろう――あるいは既に綺堂など歯牙にもかけていないのか。
 いずれにせよ、哀れなことだ――望んで怪物になったわけでもないというのに。共通する境遇に陰鬱な気分になりつつあるのを自覚しながら、アルカードは小さく溜め息をついた。
 向かいのビルの屋上に着地して、アルカードはゆっくりと笑った。
 目の前で魔力が揺らめいている――まるでオーロラの様に絶えず色相を変化させながらたゆたっている、肉眼では視えない魔力の壁。
「結界か……」 つぶやいて、アルカードは構築された結界に歩み寄った。
 右手を伸ばして、結界に指先で触れる――虹色の壁に指の腹が触れた瞬間神経を焼いた灼熱感に、彼は顔を顰めた。引っ込めた右手を見下ろすと、指先が熱した鉄板に触れたときの様に焼け爛れている――霊体にもダメージが及んでいるが、さほど深刻なものではない。実際指先の熱傷に似た爛れは瞬く間に治癒し、十秒も経つころには痕跡も残っていなかった。
 外部と内部を完全に隔絶する、いわば檻の役目をする結界だ――邪魔者が入れない様に、同時に内側にいる獲物を逃がさない様に。
 無駄だがね――胸中でつぶやいて、アルカードは結界の周囲に視線をめぐらせた。
 さて、どの程度まで手の内を見せてもいいものか。
 右手を水平に伸ばして軽く握り込み、指を緩める――聞き覚えのある絶叫とともに指の隙間からあふれ出した赤黒い血が形骸に流れ込み、次の瞬間塵灰滅の剣Asher Dustが出現した。
 まあ――術式破壊クラッキング技能を披露するのはやめておこう。余計な情報は与えないに限る。
 アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを振りかぶり、結界の外壁に袈裟掛けに叩きつけた――結界の障壁に裂け目が走り、その傷口の周囲がまるでぽろぽろと剥がれ落ちていく。
 霊体武装は霊体によって構築された形骸と呼ばれる外殻の中に、大量の魔力を封入した武器だ――そのため、霊体によって肉体が操られている吸血鬼などの魔物や高次の霊体、霊体によって織り為された魔術式に対しても損傷を与えることが出来る。
 塵灰滅の剣Asher Dustは霊体に対して特に顕著な破壊効果を持っている――その発生の過程ゆえに帯びた特性か、損傷を与えた霊体の傷口が徐々に広がっていくのだ。
 生身の人間の様に肉体の中に霊体が埋まって・・・・いる普通の生体に対してはその効果はさほど顕著ではないが、霊体が剥き出しになった神霊や魔術式に対しては非常に効果的だと言える。
 魔術師の構成した魔術式は術式破壊クラッキングなどの外部からの干渉を防ぐファイアーウォールのほかに、術式の損傷や誤作動でエラーが出たときにバックアップから損傷個所を復元する自動修復機能を備えている場合が多い――術式破壊クラック攻撃や、アルカードが今やった様に霊体武装による攻撃で受けた際に術式の発動を妨害されない様にするためだ。特に霊体武装は多少なりとも攻撃対象の霊体を喰い潰す性質があるため、攻撃回数が増えていくと一気に破綻するので、修復機能が十分に優れていないとあっという間に破壊されてしまう――この結界の術式は相当出来がいいらしく、ほとんど傷口が広がらない。
「ふむ――」
 声を漏らして、アルカードは周囲を見回した。これほど広域の結界なのだから、全体がひとつの結界ではあるまい。全体をひとつの結界にしてしまうと、附加機能の処理や透過を許可するもののフィルタリング、複数の損傷の同時修復などの処理が煩雑になって、術者に負担がかかるからだ。
 それはつまり制御システムも分割されているということで、この部分を制御している術式の核を探し出して破壊すれば結界を解除出来るということなのだが――
 いうまでも無く結界を破壊する意味は無い。この結界は内部にいる噛まれ者ダンパイア喰屍鬼グールを閉じ込めておくための檻なのだから、結界を破壊したら内部にいる怪物たちが蜘蛛の子を散らす様に逃げ出してゆくだろう。
「さて――」 ひとりごちて、アルカードは再び結界に斬りつけた。徐々にふさがりつつあった裂け目が、斬撃によって再び広がってゆく。
 アルカードの目には虹色の結界に走った亀裂が徐々に広がり、結界全体を侵蝕しつつあるのがはっきりと視える。だが、その侵蝕に抗う様に結界の傷口が埋まりつつあった。
 さらにそのまま立て続けに何度か斬りつけると、やがて結界には人間がひとり通れるサイズの綻びが出来た。無論、この結界の綻びはじきに修復されてしまうだろうが――むしろ、一撃でこの五倍の大きさの綻びが生じなかったことに瞠目すべきだろう――、アルカードが通り抜けるには十分だ。アルカードは綻びをくぐって結界内部に入り込むと、手にした塵灰滅の剣Asher Dustを消した。
 そこはまさに無音の世界だった――車のエンジン音も人間の話し声も、犬の鳴き声も聞こえない。もっともそれは、今の状況では結界の外でも似た様なものだったが。
 さて、どこから調べるか――胸中でつぶやいて、アルカードは周囲を見回した。まずはこの結界の形状を把握する必要がある。結界の張り方でポピュラーなのは円形か四角形だが、この結界がどちらかはわからない――半径数十キロの範囲で展開する極大規模の結界であれば、円形の結界であってもその縁に立った程度では曲面に見えないこともあるからだ。
 ビルの屋上には柵や手摺はなく、代わりに外周に金網が張られている。アルカードは金網のそばまで歩み寄り、金網のフレームの上に飛び乗った。
 しばらくは退屈そうだから、音楽を聴いていてもいいかもな――そうつぶやいたとき、視界の下端に動くものを見つけて、アルカードは地上を見下ろした。
 眼下の路上を見下ろすと、眼下の道路で三十数人の人間が路上駐車された白黒に塗装された車に群がっているのが見えた――屋根にパトライトがついている。パトカーだ。ドアは開け放されていて、彼らは車内に上体を突っ込んでいる様だった。
 パトライトに気づく前は集団の暴徒か車上荒らしのたぐいかとも思ったが、どうやら違うらしい――そもそもこの異常な状況で車上荒らしなど行うものではあるまいし、公用車輌を荒らしたってたいして使い道も無い無線機が手に入るだけだろう。オークションにでも出せば好事家はいい値をつけるのかもしれないが、それこそあっという間に足がつくだろう。
 そんなことを胸中でつぶやいたとき、乾いた銃声が耳朶を撃った。
 銃声の聞こえてきたほうに視線を向ける――やはりあの車だ。
 再び、今度は立て続けに銃声が響き渡る――銃口炎で車内が一瞬明るくなり、着弾の衝撃でパトカーに群がっていた者たちのうち数人が体をのけぞらせる。
 だがそれだけだ――彼等は皆一様に、何事も無かったかの様に再び車に群がり始める。
 喰屍鬼グールか――胸中でつぶやいて、アルカードは片手で顔を覆った。
 それが拳銃弾であれライフル弾であれ、あるいは対物狙撃銃アンチマテリアル用の・五〇口径キャリヴァー・フィフティであれ同じことだ――それ・・専用に作られていない普通の銃弾では、たとえ千発撃ち込んでも喰屍鬼グールは殺せない。
 吸血鬼の犠牲者となった喰屍鬼グール適性者は蘇生するまでの間に『蘇生防止四原則』、すなわち脳、脊髄、肺、心臓のいずれかを破壊すれば蘇生しなくなる。
 その一方でいったん喰屍鬼グールとして蘇生してしまえば、彼らは霊体に損傷を与える能力を持たない通常の武器による攻撃では一ヶ所の弱点を除くあらゆる部位を挽き肉にしても死なない。
 通常の武器で喰屍鬼グールを斃す方法はひとつだけ――喰屍鬼グールの弱点は食欲を掌る脳の構造体の一部である視床下部で、視床下部を破壊されると喰屍鬼グールはただの死体に戻る。
 それがわかっていれば別だが――下で襲撃を受けている連中が恐慌状態に陥った今の精神状態で、頭部に集弾させるのは無理だろう。
 よほど腕に自信があって冷静でなければ、人間は的の小さな頭よりも的が大きく狙いやすい胴体を狙いがちだ――まして、彼らは喰屍鬼グールを通常弾で止められる唯一の目標が視床下部であることなど知らないのだから。
 そして、胴体をいくら撃っても喰屍鬼グールを仕留めることは出来ず――仮に生身の人間が標的であれば一弾一殺が可能なほどの腕前があったとしても、この状況では焼け石に水だ。
 やがて、彼らが車内からなにかを引きずり出すのが見えた――人間だ。必死に抵抗している男女。
 どちらもSIGザウァーの自動拳銃を持っている――さっきの連射のときに全弾を撃ち尽くしたらしく、スライドが後退したままロックされている。ざっと数えた限り、全部で十八発撃っていた――日本の警察官がニューナンブ拳銃に代わって装備しているSIGザウァーP230自動拳銃は装弾数が薬室を込みにしても九発だから、弾薬が切れたらしい。
 日本の警察官が自動拳銃オートマティックでコンバットロードをしていたというのは意外だったが――どのみち・三二ACP口径の普通ボール弾では、たいした効果は望めないだろう。
 日本の警察官は予備の弾倉を持ち歩いていないのか、それともすでに使い切ってしまったのか、彼らは再装填リロードを行おうとはしなかった――どのみちあの状況では、使ったところで意味はあるまいが。
 思考が終わるより早く、アルカードは金網の上から身を躍らせた――地上に降り立つまで、数秒とかからない。
 果たして彼らに群がっているのは、喰屍鬼グールの一団だった――食欲以外になにも感じられない濁った瞳をぎらぎらと輝かせた生ける屍の一団が、パトカーの隣に路上駐車したキューブ・キュービックのボンネットを踏み潰す音に惹かれてこちらに注意を向ける。なにも映していないその表情が、まるで鯛の尾頭つきの眼みたいに虚ろだった。
「お願い――た、助けて!」 こちらに先に気づいた女のほうが声をかけてくる――男のほうもそうだが、警察の制服を着ていた。正直女性とはいえ、民間人のアルカードに助けを求めるのは警察官としてどうかと思わざるを得なかったが。
 よくよく見ると、やはり車はパトカーだった――深夜巡回中だったからだろう、エンジンは動きっぱなしになっている。可能性として高いのは、あからさまな不審者集団――喰屍鬼グールたちのことだ、もちろん――に職務質問をしようとしたら逆に襲われたケースだろう。
 さっきまでの車列から察するに、この結界には内部にいる人間に外に出ていく様に心理誘導をかける式が織り込まれている様だ――彼らがそれにかからなかった理由は知らないが、おそらくどちらかが抗魔体質なのだろう。
 程度はあるが、目標に直接干渉するタイプの魔術や結界、霊薬などの影響をまったく受けなかったり、あるいは耐性を持つ人間というのは結構いる――フィオレンティーナの様に、異能扱いされるほど強力な抗魔体質は珍しいが。
 正直に言ってしまえば、彼らの生き死にになど興味は無い。
 だが、放っておけば彼らも喰屍鬼グールに噛まれて喰屍鬼グールに変わるだろう――吸血鬼に噛まれた人間が喰屍鬼グールに変わるまではそれなりに時間がかかることが多いが、喰屍鬼グールに襲われて死んだ人間が喰屍鬼グールになるまでにはタイムラグがほとんど無い例が多く、視床下部さえ残っていればほかの箇所がどんなに損傷していても関係無く喰屍鬼グールに変化し、しかも喰屍鬼グールに変化する確率が非常に高い。
 余計な仕事を増やすのは御免こうむりたい。いずれにせよ耳障りな声だと思いながら、アルカードは無造作に地面を蹴った。
 ひゅ、という風斬り音とともに、アルカードの右廻し蹴りが一番手前にいた喰屍鬼グールのこめかみをえぐった。横殴りに薙ぎ倒されたチーマー風の恰好をした喰屍鬼グールを無視して、婦警の手足を掴んで車内から引きずり出し、今まさに腕に喰らいつこうとしていた女の喰屍鬼グールに攻撃を仕掛ける。
 顔面に横蹴りを喰らってパンツルックのスーツを着た喰屍鬼グールが倒れ、婦人警官が舗装された歩道に倒れ込む。
 背中から舗装路に叩きつけられた婦警が悲鳴をあげたが、気にも留めない――続いて繰り出したコンパクトな動きのショートアッパーが、男性警官の腕を拘束していたビジネスマンらしいスーツを着た喰屍鬼グールの下顎を粉砕した。
 舗装路で頭を打ったのか、うめいている男性の制服警官に視線を向け、アルカードは冷たい口調で声をかけた。
「邪魔だ。さっさと行け」
 その言葉に水飲み鳥みたいにかっくんかっくんうなずいて、ふたりの警官たちが這う這うのていで走り去る――問題は彼らがすでに喰屍鬼グールたちによって受傷していた場合だが、被害者がいったん死ななければ喰屍鬼グールに変化することは無い。
 したがって衰弱死寸前の状況であればとどめを刺して視床下部を破壊する必要があるが、あれだけ元気なら心配はあるまい。あわてて転んで頭を打って死んだら、もしかすると喰屍鬼グールになるかもしれないが――少なくとも広域結界は内から外に出るぶんには妨害しない様だし、ここは結界の境界線のすぐ内側だ。いったん出てしまえばそれでいい。
「さて――」 喰屍鬼グールたちに視線を向けて、アルカードはゆっくりと笑った。

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