背後でビープ音が鳴り響いたからだ――振り向くと壁一面に設置されたいくつかのコンソールのうちひとつに、先ほど撃ち倒したはずの研究員のひとりが貼りついている。
「――師よ?」
「すまん、デン――少し黙っていてくれ」 そう告げて、アルカードは神田忠泰との通信を打ち切った。向こうがこちらの状況をモニター出来る様に送信ボタンはホールドしたまま、研究員に向き直る。
手首をプラスティック製の結束バンドで固縛 . . . 本文を読む
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隔壁《シャッター》ロック、警報装置《アラームシステム》解除《オフ》――あとは監視カメラの映像だが、過去二時間の映像を再生速度を九十パーセントまで落としてリピート再生。
これでこのセクションでなにが起こっても、しばらくの間は露顕することは無いだろう。
胸中でつぶやいて、アルカードは壁際に設置された大型ディスプレイのキーボードから手を離した。
壁際にはフェンスで隔離されたスー . . . 本文を読む
正面に立っていた二体目のキメラが、滑る様な滑らかな動きで踏み込んでくる。低い軌道で繰り出した廻し蹴りをバックステップで躱し、彼はそのまま数歩後退した。
蹴りを躱してそのまま後退したアルカードに殺到して、キメラがさらに追撃を仕掛けてくる――その場で旋廻しながら繰り出した、バックハンドの一撃。
こめかみを狙って撃ち込まれてきた一撃を体勢を沈めて躱しながら、内懐に飛び込む――同時に、アルカードは一 . . . 本文を読む
装甲の隙間から水が入り込み、左腕に直接触れている――左腕が再び振動波を発し、反響を利用した音響反響定位《エコーロケーション》で周囲の立体図を重層視覚に構築していく。
貯水池の面積は縦横それぞれ約百六十メートル、水深は二十メートルほど。先ほど穿った穴の中に流入したために少々水位が下がっているが、上から見て疑問に思うほどの水位減少ではないだろう。
貯水池の水面から上の様子は今の状況ではわからない . . . 本文を読む
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そろそろ三十分ほどか――
興中でつぶやいて、アルカードは両手足を鎧う万物砕く破壊の拳《Ragnarok Hands》の稼働を解除した。
魔力供給を断ち切られて万物砕く破壊の拳《Ragnarok Hands》が基底状態に戻ったと同時、絶え間無く掻き分けられ押しのけられていた土が固まりきらずにばらばらと足元に落下する。
アルカードは小さく息を吐いて、固く圧縮された土の上に腰を . . . 本文を読む
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東京都心にマックス製薬と呼ばれる製薬会社の本社ビルがある。
ノーベル賞を取得した学者を何人もかかえ、国内外の主要都市にいくつもの支社を持つ、国内屈指の規模の製薬会社であるとされている。
その本社ビルは新宿区内、東京都庁に程近い場所に居を構え、高さ二百五十メートル、五十階建てに地下五階、基部にプリンの様な形状の構造物を持つ。細かい相違点を気にせずにざっくりと外観の印象を述べる . . . 本文を読む
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「うーん……」 神城家の洋間でリディアが目を覚ましたのは、十分ほど経った頃のことだった。
最初に視界に入ってきたのは、見慣れない天井だった――どうも柔らかなソファに横たえられているらしい。
柔らかすぎて動きづらいソファの上で、もぞもぞと体を起こす――なんだろ、なんだかすごい怖いものを見た様な気がするんだけど。
「おう。起きたか」 ダイニングテーブルに腰を落ち着けていたアルカー . . . 本文を読む
ちょっと残念だったのは胸中でだけ素直に認めておいて――まあ、それはいい。リディアが逃げようとして怪我を悪化させていなければいいのだが。
話し声が聞こえるから、デルチャと恭輔もいるらしい。
止めてやんなさいよ、おまえら……
胸中でつぶやいて、アルカードは洋間に足を踏み入れた。ほかは全部和室なのだが、この部屋だけは洋風にリフォームされている。落ち着きのある調度品で飾られた部屋の中央に置かれたダ . . . 本文を読む
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「着いたよー」 そう告げて、凛が黒いステップワゴンのスライドドアを開ける。
凛と蘭の自宅は、チャウシェスク夫妻の住む家からそれほど離れていないところにある和風建築の一軒家だった。
赴きある日本家屋の横に、車を三台並べて止められそうな幅のシャッターつきのガレージがある。
神城恭輔が車を停車させたのは、そのガレージの前に設けられた、やはり車を数台並べて止められる広さのスペースだ . . . 本文を読む
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「――以上が、現時点で掴めているグリゴラシュ・ドラゴスの動向です」 応接用のテーブルの向かいに腰を下ろした神田忠泰が、そう説明を締め括る。
在東京ローマ法王庁大使館内で彼専用に与えられた、ローマ教皇庁渉外局在東京ローマ法王庁大使館支部の執務室だ――レーザー盗聴や盗撮防止のために、窓は無い。部屋の主がいないときの立ち入りはたとえ特命全権大使であっても禁止されており、清掃員も彼のい . . . 本文を読む
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「――遅くなってしまって申し訳ありません」
神田忠泰の謝罪の言葉に、かたわらを歩いていた金髪の吸血鬼が適当に肩をすくめた。
「だから別にいいって。それより、警察に情報がうまく流れてないんじゃないか」 というのは、アルカードが警察に職務質問を受けたことを言っているのだろう――本来、アルカードはいかなる職務質問も受けない。彼が法王庁大使館の要請で行動する際には、近隣の警察に特徴を伝 . . . 本文を読む
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「――あ」
「やあ、さっきはどうも」 ユーザー車検の窓口の前で長椅子に腰かけていた口髭を蓄えた初老の男性――柚本が片手を挙げる。
「すんなり通りましたか?」
「まあ問題無く」 アルカードはそう答えて、カウンターの箱の中にクリップボードでまとめた書類を放り込んでから柚本の隣に腰を下ろした。
「おじさんは?」
「外観検査で引っ掛かりました、ここに来る途中でナンバー燈が切れてまして―― . . . 本文を読む
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前を走っていたトラックが、赤信号でブレーキをかける。反応が鈍い――余所見でもしていたのだろうか。
信号が変わる前に交差点を抜けようとしていったん加速してから間に合わなかったために急停止に移行し、スピードを殺し切れずに停止線をちょっと越えたところで停車したトラックの荷台で、ガンガンという音が聞こえてくる。タイヤの分子が路面との摩擦で振動する際のスキール音が、それに混じって聞こえ . . . 本文を読む
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池上の工場には、自動車の指定工場としての設備が無い――なので、面倒なことに検査を受ける車輌はいちいち検査場に持ち込む必要がある。池上自身は検査員の資格を持っているのだが、工場設備と従業員数が足りていないので指定を受けられないのだ。
まあ池上に言わせると、車検場に出向くのは珍しい車が見られて面白いらしいのだが――検査場に足を踏み入れて、アルカードはある意味その意見は正しかったの . . . 本文を読む
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あらためて家を出ると、門を出たところにエンジンを回したままのジープ・ラングラーが止めてあった。アルカードのお気に入りの意匠なのか、黒い車体のフロントフェンダーに炎の様なパターンの真っ赤なカーボンシートが貼りつけられている。
左ハンドル車なので、アルカードは左側の席に座っている――助手席側に廻り込んでドアを開けると、意外なことに車内に流れているのはデーモン閣下の歌声だった。聖飢 . . . 本文を読む