徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 20

2015年07月20日 21時26分42秒 | Nosferatu Blood
 背後でビープ音が鳴り響いたからだ――振り向くと壁一面に設置されたいくつかのコンソールのうちひとつに、先ほど撃ち倒したはずの研究員のひとりが貼りついている。
「――師よ?」
「すまん、デン――少し黙っていてくれ」 そう告げて、アルカードは神田忠泰との通信を打ち切った。向こうがこちらの状況をモニター出来る様に送信ボタンはホールドしたまま、研究員に向き直る。
 手首をプラスティック製の結束バンドで固縛されたまま後ろ手にコンソールに取りつき、震える手でなにかを入力していた研究員が、こちらが気づいたのを悟って顔色を変えた。アルカードは研究員のそばまで大股で歩いていくと、彼の体を片手でコンソールから引き剥がし、
「おい、貴様――今なにをした?」 答える気配が無かったので詰問をあきらめ、ディスプレイに視線を向ける――大型ディスプレイに表示されているのはどこにあるのか知らないが、全部で五基の調製槽だった。
 ほかの調製槽と違って壁に埋め込まれる様な造りになっており、まるで料亭にある活け造り用の魚を飼っておくための造りつけの水槽の様に見える。
 まるでフルスモークのサングラスの様な色の硝子のために、調製槽の内部の様子をディスプレイ越しに窺うことは出来ない――否、培養液が抜かれ始めた時点で、硝子自体は無色だったのだと知れた。
 Status:PV-001 Sleep mode off
 Status:PV-002 Sleep mode off
 Status:PV-003 Sleep mode off
 Status:PV-004 Sleep mode off
 Status:PV-005 Sleep mode off
 ディスプレイ下部に表示されたコンディションメッセージに目を通して、アルカードは顔を顰めた――待機スリープモード解除オフ
 まるでブラックコーヒーの様な液色の濃い培養液が、調製槽底部から排出されていく――培養液の水位が下がると、それにわずかに遅れて調製槽のフラットな硝子が下部に吸い込まれる様にしてスライドし始めた。
「調製済みのキメラを『槽』から出しているのか? 例のオルガノンか?」
 形だけは研究員に問いかける様にそんな言葉を口にして、アルカードは彼に視線を向けた。胸倉を掴んで宙吊りにした研究員は首が絞まっているのか顔を真っ赤にして、返事をする気配は無い――別に返事を期待していたわけではなかったので、アルカードは気にせずに先を続けた。
「馬鹿か、おまえは――どんな型式タイプを叩き起こしたのか知らないが、そんな寝起きの状態で使い物になぞなるものかよ」
 鼻先で笑い飛ばし、アルカードは研究員の体を足元に投げ出した。身長差がかなりあったために服の胸倉を掴んで宙吊りにする格好になっていた研究員が床に投げ出されて、くの字に体を折って激しく咳き込んでいる。
「ましてオルガノンじゃな――あの程度の貧弱な筋力増幅型で、」 そこで言葉を切る――ディスプレイ内で調製槽内部から姿を見せたのは全身が獣毛に覆われ、胸部と肩を黒く艶やかなクチクラの装甲で鎧ったキメラだった。目は左右二対、蛇腹状になったクチクラの外殻で構成された長い尻尾を持っている。口周りには巨大な鍬形の顎を持ち、全体的な印象は蟻のそれに近い。
 彼らはディスプレイの中で周囲を見回していたが、やがて覚醒直後とは思えない俊敏さで走り出した。
 小さく舌打ちを漏らして、憤怒の火星Mars of Wrathのセンサー機能を起動――同時に超感覚センスを発動。
 情報表示視界インフォメーション・ディスプレイ・ビュアーが肉眼の視界に重なる様にして投影され、視界の端に索敵モードSearch Modeのモードメッセージが明滅する。同時に温度変化から周囲の状況を検索するアルカードの超感覚センスが、周囲に大量に存在する熱源――調製槽内でスリープ・モードで保存されたり、あるいは調製に失敗して肉の塊となり果てたキメラの群れの中でそれらだけがかなり体温の高い動体を五体捕捉する。
 装甲の隙間から滲み出した水銀の触手が、まるで鎌首をもたげて周囲の様子を探る蛇の様にあちこちにその先端を向ける。甲冑の手甲による索敵範囲の減少を補うために、憤怒の火星Mars of Wrathが索敵触手を伸ばしているのだ――戦闘時に使えるほどのものではないが、今の状況であればある程度遅延を補うことが出来る。
 すぐに結果は出た――調製槽群をはさんで反対側の壁際に、開放された調製槽があるのをセンサーが捕捉したのだ。同時にそこから解放された五体のキメラがばらばらの経路で疾走してくるのを、高度視覚とセンサー視界が同時に捕捉する。
 音響反響定位Echolocation――視界の端で明滅するステータスメッセージを、アルカードはわずかに目を細めて消去した。
 情報表示視界インフォメーション・ディスプレイ・ビュアーの視界の端に、超音波を利用した音響反響定位で構築された研究室内の3D映像が表示されている――まるで蜂の子の様に見えなくもない無数の調製槽の間を縫う様にして、五体のキメラが接近してきているのがわかった。
 まっすぐこっちに来るな――胸中でつぶやいて、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを構築した。
 到達までは、ものの数秒――五体のキメラたちは通路を駆け抜け、あっという間にアルカードの眼前に姿を現した。
 脅威度評価Threat Assessment――情報表示視界インフォメーション・ディスプレイ・ビュアーの端でステータスメッセージが明滅し、右にいるキメラから順にマーキングして通し番号を振っていく。これで憤怒の火星Mars of Wrathはセンサー機能を起動させている間、マーキングされたトラッキング対象を様々な追跡トラック機能を使って追跡し、センサーの感知範囲内にいる限りどこにいても居場所を把握出来る。
 ナンバリングは向かって右にいる個体から順番に01、02、03、04、05。
 ぎしゃああああっ! キメラたちが口々に叫び声をあげ、02とナンバーを振られた一体が殺到してくる――繰り出された鈎爪を躱し、アルカードは脇をくぐり抜ける様にして塵灰滅の剣Asher Dustでキメラの胴を薙いだ。
 空振りした一撃がその向こう側にいた研究員を捉え、どてっ腹をぶち抜かれた研究員が水音の混じった断末魔の声をあげて口蓋から動脈血と静脈血が入り混じったまだら色の血を吐き散らかしながらそのまま絶息する。同時に胴を薙がれたキメラも急激な血圧低下によって失速し、そのまま倒れ込――まない。
 胴を流れた02が振り向き様に繰り出した背後を薙ぎ払う様な一撃は、アルカードがすでに移動していたために空を薙いだだけで終わった。だが――
 馬鹿な――小さく舌打ちを漏らして、アルカードは横合いから突っ込んで右手の鈎爪を突き込んできた04とナンバーを振られたキメラの攻撃を躱し、そのままその胸元に全力の前蹴りを叩き込んだ。人間であれば胸骨や肋骨に相当する骨格がべきべきと音を立てて砕け、キメラの体が蹴り足に押し出されるままにゴム毬の様に刎ね飛ばされる――キメラの体が背中から実験体番号15787という番号が振られたオルガノンタイプが収容された調製槽の硝子面に激突し、分厚い強化硝子が砕け散って、内部から培養液と一緒にオルガノンタイプが転がり出てきた。
 正規の調製終了処置ファイナライズを経ていないせいか、あるいは外見だけ整っていても調製に失敗しているのか、オルガノンタイプに覚醒の気配は無い――じきに分解するか、そのまま死んでしまうだろう。
 だがそれはこの際どうでもいい――問題は別にある。
 先ほどの最初に胴を薙いだキメラ――02、ほとんど胴体を上下に分断する様な深さで胴を薙いだのだ。彼らの肺や心臓がどこにあるのか知らないが、内臓にも相当な損傷が出たはずだが――
 ――それで死んでおらず、行動不能に陥ってもいない?
 見れば04とマーキングされた二匹目のキメラも厚さ四十ミリの強化硝子が砕け散る様な力で叩きつけられたにもかかわらず、平気な様子で身を起こしている。視線を向けると、最初に胴を薙いだ02は獣毛を濡らす鮮血はそのままに、傷口は最初から手傷など負ってもいないかの様に修復されていた。獣毛を染める血の跡と、獣の怪我の痕の様にその部分だけが禿げた跡が残っていなければ、傷を負わせたことすらわからないだろう。
 なるほど、代謝速度を早回しにされてるぶん治癒能力が高いのか――カスタム・メイドのキメラは成長速度を早めるために寿命と引き換えに代謝速度が早回しに設定されていることが多いが、このキメラたちは特にその傾向があるのだろう――おそらくは今の様に、致命傷に近いダメージであっても修復出来る様に。代謝速度が速いということは成長が早く治癒能力が高いということだ――無論十分なカロリーをその個体が保持している場合に限った話だが、長期的な寿命と引き換えに運動能力とタフネスを獲得した仕様だ。
 ディスプレイ下部で、キメラの状態を表すステータスメッセージがちかちかと瞬いている。
 Status:PV-001 Assault Booted
 Status:PV-002 Assault Booted
 Status:PV-003 Assault Booted
 Status:PV-004 Assault Booted
 Status:PV-005 Assault Booted
 アサルト――強襲アサルトか。
 ぎしゃあああああ、と声をあげて、五体のアサルトタイプがグレーチングの床を蹴った。
 
   *
 
 間合いが遠すぎる――胸中でつぶやいて、アルカードは数歩前に出た。アルカードの手にした打刀は、間合いが狭い反面振りが早く扱いやすい――陽輔の手にした長大な野太刀は、対照的に間合いが広い反面振りが遅い。
 だが、彼の体格と体力なら十分に扱いこなせる。圧倒的な体格と腕力から繰り出される一撃は、防御しようとしても到底防ぎきれまい。
 長引けば不利――胸中でつぶやいて、アルカードは前に出た。
 アルカードの動きに合わせて、陽輔がじりじりと後ずさる。アルカードが間合いを詰めれば離れ、こちらが離れればそれに合わせて前に出る。
 間合いを詰め、離し、あるいはたいの軸をずらして、彼らは自分の間合いを測っていた。
 焦る必要は無い――たがいに自分の間合いを作りたいのは同じだ。時間の制限も横槍が入る可能性も無い。ただたがいの距離を測るだけでいい。
 だが、やがて均衡は崩れた――間合いを測るのに焦れた陽輔が、先んじて動いたのである。
 若い――否、甘い。待つべきときに待てない者も、動くべきときに動けない者も、同様に戦場では早死にする。
「つぁ――ッ!」
Aaaaalalalalalalieアァァァララララララィッ!」
 陽輔が繰り出した迎撃の真直の一撃をサイドステップして躱し、そのまま内懐に飛び込んで足を刈る――続いてその動きから飛び込む様にして叩きつけた片手の真直の斬撃が、仰向けに倒れ込みかけた陽輔の頭蓋を叩き割った。
 秘剣・鉦叩かねたたき――初撃で相手の足を刈り、倒れ込んだ敵を続く真直の一撃で仕留める絶技だ。
 赤と黄色の混じったドットの粗いエフェクトとともに、青と黒の服を着た大男――陽輔の操るキャラクターが石畳の上に倒れ込む。
「うぁっ! し、しまった――!」 致命的な失策の結果に、陽輔が声をあげる。対照的に、アルカードは歓声をあげた。
「やった! やったぞ! ついに陽輔君に勝ったぞ――!」
 隣で悔しがる陽輔を横目に見ながらテレビ画面の前でふはははははは――!と悪役っぽい笑い声をあげるアルカードに、
「……なにしてるんですか?」 部屋の入口のところから心底困った様子で声をかけてきたのは、フィオレンティーナだった。
「ブシドーブレード」
 恭輔の持ち物だったプレイステーション2のコントローラーを畳の上に置いて、アルカードはそう返事をした。
「昔、スク●ェアがまだまともだったころの迷作だ」
「エニ●クスとくっついてからおかしくなったよね」
「否、あの絵描きだろすべての元凶は」
 そんな言葉を交わすアルカードと陽輔にフィオレンティーナははぁ、と生返事を返して、
「忠信さんがみんなで一緒に晩ご飯食べに行こうって言ってるんですけど」
「おう、どこへどこへ?」 手早くゲーム機を片づけながらそう返事をすると、
「セージューローさんのところだって言ってましたけど」 フィオレンティーナがそう答えてくる。
「焼き鳥か」 アルカードはうなずいて、陽輔と視線を交わしながら立ち上がった。
 部屋の入口のところでこちらを注視しているフィオレンティーナの肩を軽く叩いて板張りの廊下に出ると、飴色の床がぎしりときしみ音を立てた。
「この床って傷んでるんですか? この家に入ってから、廊下がみんなこんなですけど」 一応陽輔に気を使ったのかイタリア語で問いかけてきたフィオレンティーナの質問に、
「否、もともとこういうふうな造りになってるんだ」 と返事をしておく。もっとも陽輔は第二外国語がスペイン語なので、フィオレンティーナの気遣いは無に帰しているだろう。
「鴬張とかいうらしい――詳しい原理は知らないがね、建て替える前の爺さんの家にもあったよ」
 そうなんですか、と返事をして、フィオレンティーナが口を閉ざす。
 もうすでに残るメンバーは外出の準備を整えているらしく、開け放された玄関の向こう側にリディアとパオラを除く全員が集合していた。
「リディアはどうするんだろう?」
「ライトエースでいいんじゃない?」
 と、アルカードの口にした疑問に陽輔が返事をしてくる。目的地になっている焼き鳥屋『鳥勢』はさほど遠くはないものの、酒を出すからか駐車場が無い――リディアに必要以上の負担をかけずに店まで行くには、彼女を車に乗せて店まで送り、自分はいったん車を駐車場に持っていってから再度徒歩で店まで移動することだろう。帰りはタクシーでも拾えばいい。
「そだな」 アルカードはうなずいて上がり框に腰かけ、自分のブーツを引き寄せた。

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