徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 12

2015年06月20日 23時34分46秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「着いたよー」 そう告げて、凛が黒いステップワゴンのスライドドアを開ける。
 凛と蘭の自宅は、チャウシェスク夫妻の住む家からそれほど離れていないところにある和風建築の一軒家だった。
 赴きある日本家屋の横に、車を三台並べて止められそうな幅のシャッターつきのガレージがある。
 神城恭輔が車を停車させたのは、そのガレージの前に設けられた、やはり車を数台並べて止められる広さのスペースだった。洗車や青空整備に使うのか、フルサイズの車を四台は並べておける広さがあり、今はその一番端に黒いプリウスが駐車されている。
 片隅には洗車作業に使うものか、地下に蛇口を埋設した水道のホースリールが置いてある。恭輔がリモコンを操作すると、不法駐車を避けるために設置された電動式のバリカーがゆっくりとせり出し始めた。
 なるほど、アルカードがうらやましがるのもわかるというものだ――胸中でだけ納得の声をあげながら、パオラはフィオレンティーナに続いて後部シートから降りた。座席の上でお尻をずらす様にして車体左側のスライドドアまで移動したリディアに手を貸して、車から降りるのを手伝ってやる。
「お姉ちゃんたち、こっちこっちー!」 駐車場の敷地に隣接した塀の角から、蘭が手招きしている。デルチャは門の施錠を解除するために先に行っているのか、姿が見えない。
「ええ、すぐに行くわ」 そう返事をして、パオラはリディアと連れ立って歩き出した。フィオレンティーナは凛に手を引かれて先行しているので、リディアに手を貸してもらうことは出来ない――まあ必要も無いが。
 車から離れると、運転席の恭輔が再びアクセルを開いたのか、エンジンの吹け上がる音が聞こえてきた――ガラガラと音を立てて、ガレージの電動シャッターが巻き上げられていく。肩越しに振り返ったときに、ガレージの中に赤いスズキの軽自動車が駐車されているのがちらりと見えた。一台ぶんのスペースは、きっと忠信の例のオープンカーに使われるのだろう。
 観音開きの門を開けて、凛がこちらの到着を待っている――パオラはバックで車庫入れを始めたステップワゴンから視線をはずして、凛の待っている正門の方へと歩き出した。
 二段の段差を乗り越えるのに苦労しているリディアに手を貸して門をくぐると、切り出された石を敷いて造られた舗装道の向こうに玄関があった。前庭のちょうど真ん中を舗装路が横切る造りになっており、左手には砂利や石、草を使って池を表現したオブジェ――アルカードが言うにはカレサンスイ――、右手にはそれとほぼ同じ配置を本物の池にしたものがある。
 正確には、右手の池をカレサンスイで表現しているのだろうが――なかなか目を引く庭ではある。
 蘭の誘導に従って、ふたりは屋敷の玄関に足を踏み入れた。
 家の中もインターネットの日本紹介ページで見る様なクラシカルな古民家で、広い土間には鳥の絵が描かれた屏風が置かれている。床はすっかり飴色になった板張りで、漆喰は塗り直してからそれほど時間がたっていないのか綺麗な白だった。
「わぁ……すごいね。ヴァチカンにいたときにテレビで見た、ブケヤシキの家みたい」 物珍しげに周りを見回して、リディアがそんな感想を漏らす。
「どうぞ、上がって」 家人はそうするのが習慣なのか靴箱に自分の靴を入れながら、デルチャがそう声をかけてくる。
「お邪魔します」 そう答えて、パオラはフィオレンティーナとともにリディアが上がり框に上がるのに手を貸した。
 板張りの廊下に足を置くと、床板がぎしぎしと音を立てる――昔のブケヤシキにあったという屋敷内の人間の挙動を掴みやすくするための鳴き床か、それとも単に老朽化の結果なのかは判然としなかった。
「お姉ちゃんたち、こっちこっち――リディアお姉ちゃんはこっちの部屋のほうがきっと楽だから」 廊下の奥で足を止め、凛がそう声をかけてくる。
 そちらに歩いていくと、凛がリディアが入りやすい様に道を開けてくれる。
 部屋の中は屋敷の外見や内部の雰囲気とは似つかわしくない、リフォームされた洋間だった――凛がリディアが楽だと言ったのは、つまり椅子に座れるということなのだろう。
 洋間というか食堂なのか、部屋はそのまま隣接するキッチンに続いている。
 蘭が部屋の中央のダイニングテーブルの椅子を引いて、リディアに向かって手招きしている――リディアは礼を言って、彼女が引いてくれた椅子に腰を下ろした。
 ちょうどそこに、ステップワゴンをガレージに納めたらしい恭輔が戻ってきた。
「みんな飲み物はコーヒーでいい?」
 デルチャの質問にパオラははい、と返事をした――連れのふたりも特にほかの希望も無いらしく、口々に肯定の返答を返す。
「じゃあちょっと待っててね、すぐにペット連れてくるから」 凛と蘭がそう言い置いて、襖を開けたまま洋間から出ていく。それを見送って襖を閉めるべきか一瞬迷ってから、きっと両手がふさがった状態で帰ってくるのだろうと考えてパオラは襖を閉めるのをやめた。
「どうぞ」 デルチャが氷の浮いたアイスコーヒーの入ったグラスをテーブルの上に並べていく。
「ありがとうございます」 お礼を言って、パオラは一緒に置かれたガムシロップを手に取った。
「おねえちゃーん」 ちょうどそこに、くだんのペットを連れた凛と蘭が姿を見せる。
「見て見てー」
「わあ、可愛かわい――」 返事をしようとして、リディアが硬直する。視界の端で同じテーブルに着いたフィオレンティーナも、きっと今自分と似た様な顔をしているのだろう。
 全身にペットを巻きつけたふたりの姿に――パオラは悲鳴をあげた。
 
   †
 
 神城家の自宅はかつて暴力団とのいざこざで放火されて焼け落ちたチャウシェスク邸同様、もともとは本条家の持ち物件のひとつで、本条兵衛によって神城忠信の父親に譲渡された赴きある日本家屋である。
 隣接する空き地を買い取ってガレージにしているのだが、ガレージの前にバリカーで隔離された車四台を並べておけるほどのスペースがあり、忠信はここを洗車スペースや晴れた日の整備場所として活用していた。
 今は表のスペースの端のほうに、黒のプリウスが止まっている――恭輔が出先で調達したレンタカーだ。ガレージ内はすでに置き場所が無いので、外に止めているのだろう。
 トミーカイラのエンジンオイル交換等を引き受けていた関係で、アルカードもこのガレージのシャッターとバリカーを操作するためのリモコンを預けられている――トミーカイラを忠信が静岡に持ち帰る以上もう不要になるので、今日帰るときに返さなければいけないだろうが。
 そんな事を胸中でつぶやいて、アルカードは電動式のバリカーが地面に引き込まれるのを確認して駐車スペースにライトエースを乗り入れた。じきに忠信が帰ってくるので、駐車スペースを完全にふさぐわけにはいかない――ちゃんと縦に乗り入れて駐車してから、リモコンを操作して電動バリカーを動作させる。
 バリカーが再び地面から飛び出してくるのを確認して、アルカードはふたりを促して車から降りた。香澄は完全に家族公認の仲で、半同棲みたいな状態になっている――この家にも自室を持っているから、そこで着替えるのだろう。
 ガレージから神城邸の敷地内に直接入ることは出来ないので、いったん正門に廻って門扉を開ける――風雨で汚れた表札の脇に、色褪せたセコムのステッカーが貼ってあるのが視界に入ってきた。
 ふたりに続いて門をくぐると、家の中が妙に騒がしい――騒がしいというか悲鳴が聞こえてきている。ああ、もう始まってるっぽいな。
 胸中でつぶやいて、アルカードは飛び石を踏んで家の玄関に近づいていった。
 陽輔が玄関を開け、来客に道を譲る――香澄は来客扱いではないので、陽輔はアルカードより先に彼女に道を譲ろうとはしなかった。
「お邪魔します」 声をかけて玄関から家の中に足を踏み入れると、ただいま、と声をかけて香澄と陽輔が家の中に入ってきた。
 土間には女の子用の靴が二足と、見覚えのあるサンダル――神城家では家人は自分の靴を靴箱にしまう習慣があるから、この靴は客人のものだ。あと、松葉杖が一本だけ靴箱に立て掛けられている。
「さて、どうなってるか――」 靴紐をほどきながらつぶやきかけたとき、廊下の奥から絹を裂く様な悲鳴が聞こえてきた。
「――きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 上がり框に上がるのとほぼ同時に廊下の奥にある洋間の扉が開き、どたどたという慌ただしい足音とともにふたりの少女たちが部屋の中から転がり出てきた。
 先頭を走っていたパオラが、こちらの姿を認めるや否や涙目でこちらに走ってくる。よほどおびえているのかそのまま抱きついてこられたのは、アルカードとしても予想外だったが。
 フィオレンティーナはというと、アルカードの背後に廻り込んで彼の後ろに隠れている――悲鳴をあげた時点である程度は予想はしていたものの、やはりふたりともあれは苦手らしい。まあ無理も無いが。
 こちらの体に腕を廻したパオラが顔を上げ、目に涙をためたまま、
「アルカード、へ、へび、へびが――」
 んー、やっぱり耐性無かったか。胸中でつぶやいたとき、視界の隅のほうでなにかが動く。
「お姉ちゃん、大丈夫ー? あー、アルカードだ」 ふたりに続いて洋間から姿を見せたのは、凛だった。今日は赤いワンピースを着ている。普段と同じ愛らしい容姿だが、普段と違うのは両腕が妙に長い。
 両腕に蛇使いよろしくコーンスネークと青大将を巻きつけているからだが――まあ、ふたりが逃げ出したのはこれが原因だろう。
「やあこんにちは、凛ちゃん――リディアもいるの?」 しがみついているパオラを宥める様に肩を抱いてやりながら凛に声をかけると、
「うん」
「そう。ちょっとお姉ちゃんたち怖がってるから、ジャスミンちゃんもタマちゃんも戻してこようか」
「わかった」 残念そうな様子ではあったが、青大将のジャスミンとコーンスネークのタマを両腕に巻きつけた凛は素直に洋間の中に声をかけ、上半身にアミメニシキヘビのポチを巻きつけた蘭とともに廊下の奥へと消えていった。
「ええと――」
 それを確認して、アルカードはいまだに体に腕を廻しているパオラの背中を軽く叩いた。
「ほら、ふたりとも――怖いもんはあっち行ったから」
 パオラは涙目で顔を上げてアルカードを見上げ――すぐ横に陽輔と香澄がいる状況にも気づいたらしく、そそくさと体を離した。フィオレンティーナもさっさと離れて、洋間に戻っていく。

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