徒然なるままに修羅の旅路

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In the Distant Past 14

2015年06月24日 22時37分22秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「うーん……」 神城家の洋間でリディアが目を覚ましたのは、十分ほど経った頃のことだった。
 最初に視界に入ってきたのは、見慣れない天井だった――どうも柔らかなソファに横たえられているらしい。
 柔らかすぎて動きづらいソファの上で、もぞもぞと体を起こす――なんだろ、なんだかすごい怖いものを見た様な気がするんだけど。
「おう。起きたか」 ダイニングテーブルに腰を落ち着けていたアルカードが、適当に片手を挙げる。リディアは横たえられていたソファの上で上体を起こして足を床に降ろし、そこでここがどこだかを思い出し――いるはずのない人物の存在に目をしばたたかせた。
「あれ? アルカード、どうしてここに」
「君がここに来てるって聞いたから、怪我を悪化させでもしてないかと思って様子を見に来たんだよ」
 アイスコーヒーに口をつけながら、アルカードがそう返事を返す。彼はスカートを穿いたリディアの膝のあたりに視線を投げて、
「痛みがひどくなったりはしてないか?」
「ええ、大丈夫です」 スカートの裾を直しながらそう答えると、
「まあ、何事も無い様でよかった――肩を掴んだらいきなり倒れかけたときは、びっくりしたが」
「そうなんですか?」
「ああ、どこの刑事ドラマかと思ったよ」
「そうですか――ところで、どうしてわたし、ソファなんかに?」
「憶えてないのか?」 というアルカードの問いに、リディアはとりあえずきょろきょろと周りを見回した――目を醒ましたばかりで視界がぼうっとしていたが、蘭たち親子と一緒ではなかった秋篠香澄もテーブルに着いている様だった。陽輔と一緒にジョギングに出ていると聞いたが――
「ここにペット見に来たんだろ?」
「ペット――」 と、そこで記憶が一気に蘇って、リディアは表情を引き攣らせた。
「そうそう、青大将のジャスミンちゃんとコーンスネークのタマちゃんとアミメニシキヘビのポチ」
「やめてください思い出したくないです」 耳をふさぎながらそう返事をすると、アルカードは適当に肩をすくめて、
「女って不思議な生き物だよな――蛇皮だの鰐皮だのありがたがるくせに、実物を目にすると逃げ惑うんだから」
「否、そりゃ逃げ惑うだろ」 と、これは恭輔である――彼はアルカードの向かいに腰を落ち着けて、
「男だって慣れてなかったら逃げるよ、そんなもん」
「そうか? 美味いのに」
「……おい、今なんつった?」
 アルカードの口にした不穏当な一言に、恭輔が厭そうに眉根を寄せる。
美味うま――」
「答えるな、頼むから」 こめかみを親指で揉みながら、恭輔はアルカードの返答を遮った。
「ちなみに俺は好きだよ、皮じゃなくて抜け殻だけど」 と、これはアルカードの向こう側に座っていた陽輔である。香澄もそうだがスポーツウェアではなく普段着なので、返ってきてからそれなりに時間が経っているらしい。
「そうか。まあ、俺は蛇皮や鰐皮よりも千デニールのコーデュラナイロンのほうがいいな」 アルカードはそう返事を返してから、陽輔に視線を戻した。
「で、さっきの話の続きなんだがな」
「うん」
「持ちを重要視するなら、ドリブンスプロケはアルミジュラルミンじゃなく純正のものを選んだほうがいい――どんなに頑張っても、ジュラルミンは鋼鉄に耐久性でかなわないからな。そのうえで終減速比ファイナルを変えたいなら、俺はドライブスプロケットを交換することを勧めるよ」
 という内容から察するに、話題はオートバイのことらしい。
「ドライブスプロケットのT数を変えるのは、ドリブンスプロケットのT数を二、三変えるのと同じ効果があるからな――たとえば十五:四十五のT数比の場合、終減速比は一:三だ。ドライブスプロケットのT数を一減らして十四:四十五にすると、終減速比は三・二一四だ――ドリブンスプロケットを交換して同じ減速比にしようとした場合は十五に三・二一四を掛ければいいから、必要なT数は四十八だ」
 ウェストポーチから取り出したメモ帳に愛用の加圧ボールペンでなにやら書き込みながら、アルカードがそんな説明をする。
「ドライブスプロケットはアフターパーツでも鋼鉄で出来てるから、素材による持ちのばらつきはあまり無い――なので、持ちを重要視したうえで終減速比を変えたいなら鋼鉄製のスプロケットを選べばいいんだが、ドリブンスプロケットの鋼鉄製はサンスターあたりで探しても無いんだな、これが」
 昔歯の部分だけ鋼鉄製にしてハブ周りはアルミって製品もあったんだが、もう生産してないみたいだしな――そう付け加え、アルカードはボールペンをテーブルの上に置いてアイスコーヒーに手を伸ばした。リディアがソファから立ち上がってテーブルに近寄ったのに気づいて、自分の隣の椅子を引いてくれる。
「ありがとうございます」 お礼を言って席に着くと、それまでアルカードと陽輔の会話を黙って聞いていたデルチャが席を立ち、
「飲み物、淹れ直すわね」
「あ、いえ、これでいいです」 リディアはそう返事をして、先ほどからずっとテーブルの上に放置されていた自分の飲みかけのアイスコーヒーに手を伸ばした。
「ところで、なんの話をしてるんですか?」 一族挙げて自動車がらみの職に就いている、という身内の絡みでそういったことには多少明るいのだが、一応そう聞いてみる。
「ん? 陽輔君のオートバイのチェーン交換の話」 という予想通りの返答に、リディアは軽くうなずいた。ドゥカティの開発に携わっている叔父とフィアットのディーラーで整備員をしていた父親の影響で、リディアもそういったことに多少の知識はある。
 ふたりの会話はエンジンの動力を直接取り出す駆動ドライブスプロケットとチェーンやベルトを介してそこから動力を受け取る被駆動ドリブンスプロケットの歯数の比率を変えることで、終減速比を変える相談だ。
 これは歯車ギアでもベルトでもチェーンでもなんでもそうだが、駆動ドライブ側と被駆動ドリブン側のギアやスプロケット、プーリーの直径、正確には外周長さの比率を変えることでパワー特性を変えることが出来る。
 動力伝達装置ドライブトレーンが歯車だろうがチェーンだろうが、ベルトだろうが基本は同じだ――ギアであれスプロケットであれ、歯数を変えてもひとつひとつの歯の大きさは変わらないから、歯数が変われば外周の長さが変わる。
 一言で言うと被駆動ドリブン側の外周が駆動ドライブ側の三倍だった場合、回転速度が三分の一になる代わりに被駆動ドリブン側の軸に加わる力が三倍になるのだ。
 逆に被駆動ドリブンの外周が駆動ドライブ側の三分の一しか無ければ、軸に加わる力は三分の一になるが代わりに速度は三倍になる。
 前者を減速、後者を増速といって、自動車の場合は被駆動ドリブン側の外周が駆動ドライブ側よりも小さい場合をオーバードライブという。
 これらをひっくるめて変速といい、自動車カタログに記載されているトランスミッションの変速比もこれと理屈は同じだ――もちろん変速機つき自転車の場合も同様で、同様の理屈の装置は人間の生活圏で広く使われている。
 そしてそれとは別に、エンジンから取り出された動力を最終的に駆動輪に伝達する、ふたりの話題に則ればチェーン機構にも変速比が存在する。正確にはトランスミッションと違って一定の比率での減速しか行わないので、変速ではなく減速と呼ぶのが正しいのだが――それがアルカードと陽輔が話し込んでいた終減速比、ファイナルギアレシオだ。
 自動二輪のトランスミッションはエンジン内部に組み込まれているから触ることは出来ないが、チェーン機構のスプロケットは外部に露出しているので簡単に触ることが出来る。
 なので、自動二輪の終減速比はスプロケットの交換で簡単に変えることが出来――叔父の言葉を借りるなら、チェーン機構のカスタマイズは動力性能と外観の変化を確実に楽しめ、いつでも元に戻せる、手軽かつ比較的安価なカスタムなのだそうだ。まあ叔父はその作業を自分でこなせるので作業工賃は度外視しているだろうから、『安価』かどうかは首をかしげざるを得ないが。
 そんな回想をしている間にも、話は続いている。
「あとはまあ、チェーンそのものかな――チェーンそのものによっても、動力伝達装置ドライブトレーンの効率は変わる」
「伸びにくいとか?」
「ん、まあそれもある。ただ――伸びるのとはちょっと違うな。うどんじゃねえんだから」
「そうなの?」 という陽輔の質問に、アルカードは肩をすくめた。
「チェーンは内外二重になったプレートとそれを貫通して固定するピン、ピンが挿入されてスプロケットに直接接触するローラーから出来てる。ピンとローラーはチェーングリスによって耐摩耗性と耐衝撃性を維持してるわけだが、それでもやっぱり加減速によって引っ張られたりそのたびにピンとローラーが衝突して摩耗していくわけで、そうやって減っていった隙間のぶん、引っ張ったときのチェーンは長くなる。これがつまり、チェーンの伸びだ」
 アルカードはそう言ってからコーヒーに口をつけ、
「内部に充填したグリスで、チェーンは耐摩耗性を維持してる――さっきも言ったとおりだ。で、チェーンのグレードによってグリスの充填可能な量やグリスを内部に留めておくためのオイルシールの出来が変わってくる。オイルシール自体の摩擦による回転の抵抗なんかもな――だからチェーンはいいものをつけるに限る」
 彼はそこでいったん言葉を切り、
「ドリブンスプロケットのT数が増えると、スプロケットの外周が長くなる――それは変速について理解出来てればわかるだろう? ひとつひとつの歯の大きさは変わらないから、T数が増えればそのぶん外周が長くなり、外周が長くなるってことはイコール直径も大きくなる。当然そこに巻きつけるチェーンのピースの数も増えるわけで――まあ、単価も上がる。なので値段を抑えながらスプロケットの持ちと性能の向上を両立したいなら、ドライブスプロケットのT数を減らす方向で考えたほうがいい」
 ま、純正品のスプロケットもいい金額取られるがな――アルカードはそう付け加えて軽く腕を組み、
「純正品の鋼鉄製のスプロケットは、走り方次第で四、五万キロは持つ。アルミ製のはどうやったってそこまでは持たないから――値段はたいして変わりやしない、下手すると純正品の方が高いかもしれないが、まあコストパフォーマンスを考えるとな」
 そう続けて、金髪の吸血鬼は再びコーヒーに口をつけた。どうも陽輔は自分でメンテナンスのたぐいはあまりしないタイプらしく、身近な詳しい人物に頼りがちらしい――アルカード本人は逆に頼られるのに慣れているからか、あまり気にならないらしいが。ある意味相性がいいタイプといえるかもしれない。
「ところで、姉さんとフィオは? 凛ちゃんたちも姿が見えませんけど」 会話が途切れたので口をはさむと、アルカードがこちらに視線を向けて、
「ああ、ペット部屋に連れてかれた。まずはイグアナから慣らすらしい」 終いにゃ四人で蛇巻きつけて帰ってくるかもな――アルカードがちょっと意地悪く笑いながら、そう返事をしてくる。
「やめてください、忘れようとしてるんですから」 唇を尖らせてそう返事をすると、アルカードは首をすくめて、
「冗談だ。四人でマリオカートやってるよ。君を起こそうとしてたが、一応止めといた」 まあ実態は知らんけどな――不穏当なことを付け足してアルカードがそう返事をしたとき、
「お? なんだか賑やかだね」 洋間に入ってきた神城忠信が、こちらの姿を認めて適当に片手を挙げる。土間に残してきた靴の存在で客人がいるのは知っているからだろう、特に驚いたりはしなかった。
「お邪魔してます」
「ああ、おかえり、親父」
「ずいぶん遅かったですね」 と、これはアルカードである。
「うん、役所にいる友達とちょっと話をしててね。ところで兄さんはなんでここに?」
 という忠信の質問に、アルカードがリディアに返したのと同じ答えを返す。忠信はリディアの足首のテーピングを見遣って納得したのかうなずいてから、
「転びでもしたのかい?」
「いえ――」
 どう返答したものか迷ってアルカードに視線を向けると、吸血鬼はあっさりと、
「先日戦闘中に吸血鬼に足を挫かれまして」
「ああ、それは災難だったね」 彼はそう返事をして、ダイニングテーブルはふさがっていたので代わりにソファに腰を下ろした。
「コーヒーと紅茶と麦茶とどれにします?」 デルチャの質問に、忠信はそちらに視線を向けて、
「麦茶をもらえるかい」
「はい」 デルチャが返事して席を立つ。
「忠信さんも知ってるんですか?」 忠信に視線を向けてリディアが尋ねると、
「ああ、そりゃ、神城の関係者だからね。特に俺の場合は、はじめて会ってから何年かしてから、警視庁本庁の配属になったときに渉外局経由で正式に紹介されたから」
 という返答に、アルカードに視線を向ける。
「言ってなかったっけか? 忠信さんは警視庁の上級幹部で、日本警察側の渉外局との接触役を務めてた時期もある。最終的な役職は警視庁副総監だ。接受国側の警察幹部と個人的なつきあいを持ったのははじめてだったが、おかげで日本はやりやすかった」
「こちらとしても、情報が潤沢に得られたのは助かったよ――吸血鬼事件に対処する能力の無い生身の警察官を深入りさせて無駄死にさせずに、兄さんに直接丸投げ出来たからな」 アルカードの言葉に、デルチャが持ってきた麦茶のグラスに視線を落としたまま忠信がそう返事を返す。
 ふたりは互いに相手のことを十分に理解している者同士の笑みを交わして、それぞれ飲み物に手を伸ばした。

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