徒然なるままに修羅の旅路

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In the Distant Past 7

2015年02月22日 10時55分38秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 池上の工場には、自動車の指定工場としての設備が無い――なので、面倒なことに検査を受ける車輌はいちいち検査場に持ち込む必要がある。池上自身は検査員の資格を持っているのだが、工場設備と従業員数が足りていないので指定を受けられないのだ。
 まあ池上に言わせると、車検場に出向くのは珍しい車が見られて面白いらしいのだが――検査場に足を踏み入れて、アルカードはある意味その意見は正しかったのだと納得した。
「おお、すごい――見てみろ、兄さん。ル・マンだ。はじめて見た」
「あっちはBOSS302ですね――稼働してる実物を見るのは久しぶりです」 検査ラインに並んでいる車を見て明らかにテンションが上がっている忠信に、アルカードはそう返事をした。
 到着した時間帯が悪かったのだろう、検査員たちは休憩に入っていて午後から検査を受けに来た車輌がズラリと並んでいる。比較的都心から離れているとはいえそれでも東京都内ということか、アルカードたちの並んでいるレーンだけでも十七、八台は並んでいた。
 アルピーヌ・ルノーの名車ル・マンにフォード・マスタングのスペシャルアップ・モデルであるBOSS302、SA22C、FC-3S、FD-3Sの三世代のRX-7にリフトバック2000GT、ロータス・エランにオースティン・ヒーレー、スピットファイアにS30、アメリカではダットサンの名称で売られていたころの初代フェアレディZ。ハコスカとポルシェ・カレラは四十年近く前の型だ(作者注……こんな濃いラインは滅多にありません。でもたまにお宝があります)。
 まるでちょっとしたミーティングで、車好きとしてはなかなか眼福な光景ではある――これがライトエースではなくマスタングの車検だったら、その光景の中に混じれたのだが。
「こりゃしばらくかかりそうだな――まあ、あっちよりかはましなんだろうが」 と、忠信が視線を転じる。アルカードはそちらを視線で追って、小さくうなずいた。
「ですね」
 視線を向けた先にずらっと並んでいるのは、数十台のオートバイだった。一般人もいれば業者もいるが、数が多い原因のひとつは国内に二百五十を超える店舗を持つ最大手の二輪車販売会社だろう。
 あの会社、整備スタッフではなく営業スタッフが検査車両を複数台持ち込んで、ひとりかふたりで数台の車両をえっちらおっちら動かしているので手間がかかるのだ。
 四輪車は全部事故で駄目にしているアルカードは自動車の検査の受検経験は無いが、二輪車のユーザー車検なら受けているので勝手はわかる――営業店は認証工場ではあっても民間車検を受けられる指定工場ではないので、したがって車輌の持ち込みが必須になる。自動車と違って一度に持ち込む数が多いうえ、複数の店舗が何台もの自動二輪車を一度に持ち込むので、出遅れるとかなり時間がかかるのだ(※2)。
「あの会社、盆休みとか休まんのかね」
「休まないみたいですね――というかまあ、営業してればツーリング先でトラブルになった客は来るでしょうし」
「ああ、そう言われてみればそうか」
 とりあえず待機時間中にやることも思いつかなかったので、ふたりは同じ様に手持無沙汰で話をしているらしい三台のRX-7の持ち主のほうに歩き出した。SA22CとFC-3S、FD-3Sだ。
 FD- 3Sのそばで話をしていた若い男性ふたりと初老の男性が、そろってこちらに視線を向ける。向こうは向こうでトミーカイラに興味を持っていたのか、先ほどからちらちらとこちらを見ていたからだ。
「やあ――あれ何年式ですか?」 こちらが近づいてきたからだろう、業者らしいつなぎ服を着た若い男性がそう尋ねてくる。
「一九九七年です――こちらは皆さんお客さんの?」 三台並んだRX-7を視線で示して、忠信がそう尋ね返した。
「俺とこちらの――」 もうひとりの業者らしい若者が隣にいた青年を視線で示し、
「ふたりは業者です。FC-3Sサバンナは俺の、FD-3Sはそっちの彼の工場で――」
「そこのSA22Cサバンナは私の車です」 口髭を生やした壮年の男性が、SA22Cを見遣ってそう引き継ぐ。フェンダーミラーではなくドアミラーになっているということは、後期型の初代RX-7だ。
 リアシートがあるので日本仕様、三眼メーターはkm/hとmile/hが併記されている。
「なんだかコンビネーションスイッチが変わってるな」 車内を覗き込んで、忠信がそんな感想を漏らす。外からは右側のレバーだけが見えているコンビネーションスイッチのところに貼付された、噴水の様なシールドウォッシャーのマークが入ったステッカーを見つけたからだろう。
「現行車とかなり違いますね」
「SA22は、ヘッドライトスイッチが左にあるんですよ」 実際にSA22Cに何年か乗った経験のあるアルカードは、横から綺麗に整えられた車内を覗き込んでそんなふうに返事をした。
 SA22Cのコンビネーションスイッチの操作は右側にヘッドライトやウィンカーといった燈火類、左側にワイパースイッチを集中させた現行車の様な方式が確立していなかったか、あるいはそこに至るまでの過渡期だったのだろう、ヘッドライト操作とワイパーの操作だけがそっくり入れ替わった様な仕様になっている。ヘッドライトスイッチは現行車のワイパー操作の様にレバーを倒したり起こしたりして操作し、ワイパースイッチは現行車のヘッドライト操作の様にレバーの一部を回転させるのだ(※3)。
「よくご存知ですね」
「一時期乗ってたことがありまして。昭和五十三年式の後期型です――工事現場の下を通ったときに上から鉄骨が落ちてきて、ボンネット部分を押し潰されて廃車になりましたけど」 感心した様なオーナーの男性の言葉にそう返事をして、アルカードは車体から離れた。
「よく無事でしたね」
「ええ、あと一メートル進んでたらキャビンを押し潰されてました。ぎりぎりのところで命拾いしましたよ」 ま、キャビンごと押し潰されても無事だったでしょうけどね――胸中でだけそう続けてから、アルカードは厭な思い出を抑え込んで当時を懐かしむために車体に視線を向けた。
「ところで、これは何年式なんですか?」
「これも五十三年式です。ちょうど新卒で就職した直後に買ったんですよ」 オーナーの男性はところで柚本といいます、と自己紹介しつつ、彼は半開きのままにしてあったSA22Cのボンネットを開けた。
 そうそう、SA22Cのエンジンフードは今では珍しいチルトタイプ、逆アリゲーター式といわれるもので、車体先端部にヒンジがあってエンジンフード後部を持ち上げて開くのだ。見た目には格好いい反面、エンジンに車体正面からアクセス出来ないのでメンテナンス時の作業性に劣るのだが。
 いやー懐かしい。まるで適温の風呂に浸かっている様な心地よさを感じつつ、アルカードはエンジンルームを覗き込んだ。メンバーに貼りつけられたステッカーには、東洋工業と漢字で書いてある。
 エンジンルームは車内同様、ほとんど手を加えられていないノーマルのままだった。アルカードが昔乗っていたSA22Cは手に入れた時点ですでに改造しまくりだったので、オリジナルの状態ははじめて見るが。
 エンジンルームはきちんと手入れされていてオイルや水の滲み痕さえまったく無い。エンジンオイルや冷却水といった消耗品の交換も、きちんとまめに行っているのだろう。エンジンオイルと冷却水に気を使うだけで、エンジンは驚くほど長持ちするものだ。
「あ、じゃあこれワンオーナーですか」
「ええ、定年になったら処分しろって嫁さんにせっつかれてます」
「それは勿体無いですよ」 FD-3Sを運転してきた業者の青年が、顔を顰めてそうコメントする。
「写真集に載っててもよさそうな代物なのに」
「ねえ」 アルカードはそう返事をして、一度検査ラインのほうに視線を向けた。まだ検査員たちは戻ってきていない。
「ところで外人さんはなにに乗ってらっしゃるんですか?」 胸元に風間というネームワッペンをつけたFC-3Sを持ってきた業者の青年が、アルカードにそう尋ねてくる。
「シェルビーのGT500を改造したものです」
「え、オリジナルの?」 FD-3Sに乗ってきた青年が、そう尋ねてくる。シェルビー・コブラGT500は元レーサーだったキャロル・シェルビーが手掛けたフォード・ムスタングのスペシャルアップ版で、一九六五年の初期型から一九六九年まで供給された車両だ。年式によって外観がガラリと変わるほか、仕様も大きく異なる。
「否、日本でも売ってる現行型のやつですよ。アレを今年の頭に輸入で買ったんです。で、リショルムコンプレッサーを移植したりして」
「りしょ……?」 FD-3Sの業者の青年が、そう返事をして首をかしげる。
「リショルムコンプレッサーです――昔ファミリアとかに積んでた、タッピングビスをふたつ組み合わせたみたいな」
「ああ、ツインスクリュー? ユーノス800に搭載されてたあれですか」 当時のことは年配の人のほうが断然詳しいのだろう、柚本が腕組みする。
「はい」
 スーパーチャージャーはターボと違い、なんらかの駆動手段、ベルト等を使って動力を取り出し機械的に駆動する過給機だ。
 排気ガスを利用してタービンを回す構造上、吸気管と排気管が近接するために吸気配管の取り回しが複雑になりがちなターボと違って、後づけがしやすい特徴がある。
 リショルムコンプレッサーは機械式のスーパーチャージャーとして一般的なルーツブロアとは異なり、タッピングビスの様なねじれた形状のローターによって過給を行うものだ。
 このタイプはルーツやターボの様な送風機ブロアとは違い文字通りの圧縮装置コンプレッサーで、過給機内部で圧縮した空気を供給するために圧縮率を高めても効率が落ちない特徴がある。サイズも小さく抑えられ、振動や騒音も小さいのだが、いかんせん高い工作精度が要求されコストがかかる。
 マツダとIHIが共同で自動車用機械式過給機として開発し、一時期マツダやメルセデス・ベンツの一部の車に採用されていたのだが、残念ながら最近は日本ではあまり名前を聞かない。
 ターボはインテークマニホールドとエキゾーストマニホールドが近接して吸気が温められ効率が落ちるので、正直アルカードには存在価値がわからない。もちろん無いよりはあったほうが出力は上がるのだが、インテークマニホールドの取り回しが非常に複雑になったり、それ以外のデメリットが多すぎるというのがアルカードの意見だった。
 エンジン内部がごちゃごちゃしてメンテナンス性に劣り、トラブルになったときが面倒なのでターボが嫌いなアルカードとしては、機械式過給機はもっと普及してもいいと思うのだが(※)。
「アレいいですよねぇ――いくらくらいしました?」
「改造費含めると、千五百万くらい」 というアルカードの返答に、青年があう、とうめく。
「それは手が出ないですね。燃費も悪いでしょうし」
「ええ。燃費は悪いです」 嘆息して、アルカードはうなずいた。平地面積の広い狭いや産油国とそうでないというお国柄の事情もあり、アメリカ車は押し並べて日本車に比べて燃費がいいとは言い難い。日本や欧州に遅れてDOHCエンジンを搭載したアルカードのGT500も、パワーを優先して燃費はかなり悪い。排気ガスを千円札に喩える皮肉も、あながち間違っているとは言えない。
 そんなことを考えたとき、ジリリリリリというベル音が鳴り響いた。検査員の休憩が終わったのだ。それまで互いに立ち話をしていた人々が、自分の車に戻っていく。
 RX-7もアルカードたちの車も、ラインに入るまでに十台以上残っている。だがそれまで雲で隠れていた太陽が出てきて日差しがきつくなってきたため、彼らは誰からともなく自分の車に戻り始めた。
「俺たちも避難しませんか」 ライトエースを親指で指示してそう声をかけると、
「だね――飲み物を買ってくるべきだった」 そんな返事をして、忠信が歩き始めた。

※……
 ターボ本体のトラブルやメンテナンス性の悪さもさることながら、車種によってはオイルフィルターの近くにオイルクーラーを追加したりして補機類やウォーターポンプの交換にも支障が出てくることがあるので、作者はターボがあまり好きじゃないです。
 エブリィなんかのK6Aエンジンとか、ターボの有る無しでウォーターポンプの交換作業の手間が全然違います。これは実体験なんですが、エブリィはターボつきだとオイルクーラーが追加され、オイルクーラーが邪魔になってウォーターポンプに直接触れないため、まずオイルクーラーを取りはずす必要があり、手間が大幅に増えます。アレは面倒臭かった、はじめてやる作業だったので手順を間違えてオイルとクーラントが混ざったし(遠い目)。

※2……
 かつてそこで働いてた身で言うのもなんですが、二輪車はあの会社に限らずトラックで一度に複数台を持ち込むのが普通なので、出遅れるとえらい目に遭います。先に行って場所取りしておくのがお薦めですね。

※3……
 ちなみにウィンカースイッチはなぜかそのままで、右側の(つまりワイパーの)操作レバーを倒して操作する様です。

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