徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 10

2015年06月14日 22時35分24秒 | Nosferatu Blood
 
   †
 
「――遅くなってしまって申し訳ありません」
 神田忠泰の謝罪の言葉に、かたわらを歩いていた金髪の吸血鬼が適当に肩をすくめた。
「だから別にいいって。それより、警察に情報がうまく流れてないんじゃないか」 というのは、アルカードが警察に職務質問を受けたことを言っているのだろう――本来、アルカードはいかなる職務質問も受けない。彼が法王庁大使館の要請で行動する際には、近隣の警察に特徴を伝えたうえで『その人物には触らない様に』指令が下る。
 これは彼のバックアップを行うヴァチカンと国交を結び、外交官の建前で派遣されたアルカードを受け入れる接受国側政府の秘密合意に基づくもので、ヴァチカンが特命全権大使を派遣するすべての外交相手国に同様の合意が取りつけられている。
 特徴だけでなく車の車種とナンバー、免許証番号といったものも伝達されており、よほど目立つ真似をしなければ、彼が警察に職務質問を受けることは無い――そのうえで連絡不徹底があったりしたときには、法王庁大使館の身分証がものを言うのだが。
「はい。あとでもう一度、チェックしておきます」
「ああ」 そんな会話を交わしながら、彼らは遊歩道を適当に歩いていった。アルカードが歩きながら肩越しに振り返り、数歩後ろをついて歩いてきている長男に声をかける。
「ところでセバ、久しぶりだな――いつ日本に来たんだ?」
「三日ほど前です」 セバスティアンが微笑とともにそう返事を返すと、アルカードも穏やかに笑った。
「そうか。太平洋はさんでこっち側で、君に会えるとは思わなかったよ」 日本語はまだ扱いに慣れていないからだろう、先ほどの少女たちと話しているときは愛想に欠ける抑揚の無い平板なしゃべり方だったが、彼は使い慣れたイタリア語に切り替えると途端に地が出てくる。柔らかな口調のその言葉に、セバスティアンは小さくうなずいた。
「私もです、ドラゴス師」
「カチュアは元気かい?」
「ええ、まあ――相変わらずのやんちゃな暴れん坊ですが、元気なのは確かです。淑女としてもう少し落ち着いてもらいたいですが」 こめかみを指で揉みながらそんなぼやきをこぼす長兄に、アルカードは苦笑した。神田は一男一女の父で、亡くなった妻との間にはセバスティアンの下にもうひとり、かなり年の離れた娘がいる。
「まあ、妹の面倒は兄である君の弟の役目だろう――日本には連れてきたのか?」
「はい。ですが、大使館の職員に預けてきました」 目を離した隙にどこに行くかわかりませんし、と続ける長男に、アルカードがくすりと小さく笑う。
「そうやって手を焼いていられるのも、今のうちさ。すぐにかまってもらえなくなる」
「師の実体験ですか?」
「否、俺の古い友人だよ――まだ生身の人間だったころのな」 アルカードはそんな返事を返し、周囲を彩る桜並木に視線を向けた。
「それにしても――ここはどうにも、華に欠けるな」
「それは致し方ありません――桜の開花時期は過ぎておりますから」 アルカードの言葉にそんな返事を返すと、彼はふむ、とうなずいた。
「桜並木なんですか、これは? ソメーヨシナの?」 というセバスティアンの質問に、アルカードがうなずいてみせる。
「セバ、ソメーヨシナじゃなくてソメイヨシノだぞ――でもソメイヨシノだけじゃなくて、日本原産種の桜が複数種類植えられてる」
「そうなのですか――たしかソメイヨシノは生殖能力が無いのでしたか」
「らしいな――品種改良で自力での生殖能力を失って、接ぎ木で増えたんだと。だから周りの気象条件が同じなら、みんな同じ時期に咲いて同じ時期に散る」
 その言葉に、セバスティアンが物珍しげに周囲を見回す。彼にはどれがソメイヨシノなのかなど、区別もついていないだろうが。
「ソメイ村のヨシノさんが桜を品種改良して作ったんだとさ」
「師よ――違います。原産は染井村ですが、ヨシノの由来は奈良県の吉野山です」 誤った知識を正してから、神田は周囲を見回した。残念ながら、ここらにはゆっくり話せる場所が無い――安全性も考慮すれば、やはり大使館が一番だろう。
 ほどなくして千鳥ヶ淵遊歩道から抜け、千鳥ヶ淵交差点に出る――首都高都心環状線の下をくぐる様にして交差点に近づくと、ちょうど信号が赤に変わる直前だったので彼らは足を止めた。
 信号待ちをしていたデリカが信号が黄色の段階で見切り発車し、信号が赤に変わる前に向こう側にたどり着こうとあわてて飛び出した若者を危うく轢き殺しそうになりながら走り去っていった。
 それを見送って、信号が青になったのを確認して歩き出す――公用車で出向いてもよかったのだが、待ち合わせ場所だった千鳥ヶ淵緑道附近には車を止める場所が無かったのだ。そのため公用車はもちろん、私用車で出向くプランも無しになった。
 まあ実際問題として、ローマ法王庁大使館までの距離は知れている。徒歩でも十数分でたどり着ける範囲内だ――アルカードはどうしても直接出向かなければならない用事が無ければ、大使館には寄りつかない。
 だが今回は少々秘匿性の高い話がしたかったので、アルカードは特に抵抗無い様子で大使館の正門に歩み寄った。正門で警備に当たっていた日本人の警察官ふたりが、こちらの姿を認めて居住まいを正す。大使館に設置された、警備派出所に勤務する警察官たちだ。
 彼らは顔見知りの大使館職員である神田とその同行者、滅多に大使館に顔を出さない一等書記官と三日前に到着したばかりの新顔である息子を物珍しげに見比べながら、通用門のロックを解除した。
 まあ、安全性に限って言えばこれ以上の場所も無いんだが――胸中でつぶやいて、神田は師と息子を敷地内に招じ入れた。
 在東京ローマ法王庁大使館は、外見はともかく内部はペンタゴンさながらの要塞だ――聖堂騎士団を要する総本山もそうなのだが、独立した電源で稼働する無数の電子制御された監視装置や隔壁を持ち、公式に登録されているよりもはるかに多くの戦闘訓練を受けた職員が待機している。そうでなければ、組織を挙げて吸血鬼どもと対峙する集団の拠点として機能することなど不可能だ。
 もっとも、それでさえ徒党を組んだ吸血鬼に対してはあまりにも脆弱なのだが――
 そんなことを考えながら、神田は大使館の正面玄関で立哨に立っていた警備員ふたりに片手を挙げて挨拶して大使館の建物に足を踏み入れた。
 
   *
 
 センターコンソールの上に放り出していた携帯電話が鳴り出したので、アルカードは手を伸ばして電話機を取り上げた。
 ライトエースの前で信号待ちをしているトミーカイラの運転席で、忠信が携帯電話を耳に当てている――携帯電話を開いて発信者を確認すると、発信者は忠信だった。
「はい」
「ああ、兄さんか? 俺だが」 スピーカーから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ええ、どうかしました?」
「俺は借りた臨番を返しに役所に寄って行くよ――つきあわせるのも悪いし、ここで別れないか。工具はあとで引き取りに行くから」 エンジンとの間に遮蔽物が無いために騒音が酷く聞き取りづらかったが、忠信はそんなことを言ってきた。
 車検の切れた自動車の運行には、本来臨時運行許可番号標――回送等に目的の限定された仮のナンバープレートが必要になる。これらは自治体の役所で貸与されるもので、運行期間ぶんの自賠責保険に加入することを条件に誰でも取得することが出来る。
 別に元のナンバープレートと交換する必要は無いが、見えるところに掲示しておく必要は、ある――まあ忠信が交換していないから、そうなのだろう。彼は一枚はダッシュボードの上に放り出し、もう一枚は結束バンドでロールバーに括りつけていた。
 その特性を利用して、まともにナンバーを取得出来ない不正改造車の運行に使われることもある(作者注……最近厳罰化されました)――まともに公道も走れない車が仮番つけて集会を開くというのも考えればみっともない光景だと思うのだが、本人たちはそうは思わないらしい。
 忠信の臨番は、昨日役所で借りてきたものらしい――今日中に返納しておかないと、返納が月曜日まで伸びてしまう。
「ええ、わかりました――お疲れ様でした」
「ああ、つきあわせて悪かったね」 トミーカイラの運転席から右腕を出して、忠信が片手を挙げてみせる――窓から腕を出して軽く手を振ると、トミーカイラは信号が変わる直前に左折のウィンカーを出し、そのまま信号が変わるタイミングに合わせて交差点を左折していった。
 さて――胸中でつぶやいて、アルカードはトミーカイラに続いてライトエースを交差点に進入させた。特にやることがあるわけでもないので、そのまま自宅に帰ろうかと思いつつ交差点を抜けたとき、見覚えのあるふたり連れが信号の無い細い脇道から姿を見せる。
 それに気づいて、アルカードは後方を確認してからライトエースのブレーキを軽く踏み、車体を路側帯に寄せながらハザードランプのスイッチに手を伸ばした。
 完全に停止するのを待たずに、拳で軽く叩く様にしてホーンボタンを押し込む――ジャージ姿の神城陽輔と秋篠香澄がランニングの足を止めて背後を振り返り、こちらの姿を認めて相好を崩した。
 ふたりの若者たちが、助手席側の窓からこちらを覗き込む――パワーウィンドウのスイッチを操作して窓を開けると、ふたりの男女は口ぐちに声をかけてきた。
「こんにちは、アルカードさん」
「ああ――どうしたんだ? いつものランニングのコースじゃないよな?」 と、尋ねてみる――元野球小僧の陽輔もそうだが、実家がらみのごたごたをきっかけに護身のために鍛え始めた香澄も、暇さえあれば運動している。
 香澄に頼まれて簡単な運動の指導と護身術の教練をしたことのあるアルカードは、彼女が選んだランニングコースからはずれたルートであることも知っていた――だから聞いてみたのだが、答えてきたのは陽輔だった。
「さっき凛ちゃんから電話があって」
「ほう」
「アルカードさんのところの女の子たちがさ」
「それ聖堂騎士団の三人娘のことか? あの三人がどうした?」
「そうそう。その子たちがうちに遊びに来るっていうから、念のために帰っとこうと」
「え」 リディアも含めてだろうか。胸中でつぶやいて、アルカードは盛大に眉をひそめた。あの夫婦、ペットに関してはあまりあてに出来ないし。
「デルチャたちは?」
「いると思うけど、一応ね」
「だろうな」 うなずいて、アルカードは軽く指先で手招きして乗る様に促した。
「乗せてってくれるの?」
「神城の家までな――リディアを迎えに行ってやらなくちゃならんかもしれんし」
「ああ、あの三つ編みの子? 彼女がどうかしたの?」 後部のスライドドアを開けて車内に入りながら、香澄がそう尋ねてくる。
「ああ、こないだ吸血鬼との戦闘中に足首捻られて戦闘中負傷ウーンデッド・イン・アクション
「うーん……? ああ、怪我したんだね」 という陽輔の返事に、アルカードはうなずいた。彼が助手席のドアを閉めるのを確認して、それまでニュートラルにしていたシフトレバーをDレンジに入れる。
「そうそう」 短く返事をして、アルカードは後方を確認してからハザードランプを消し、アクセルを踏み込んだ。
「急ごう――面白そうなところを見損なうかもしれないし。ついでに君の親父さんの工具も返してこよう」
「……ゑ?」 という陽輔の返事には耳を傾けず、アルカードはそのままアクセルを踏み込んで、交差点を抜けてきたデミオが追いついてくる前にライトエースを加速させた。

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