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「――よっと」 気楽に声をあげて、アルカードがフィオレンティーナの体をソファの上に降ろす。倒れない様に彼女の体を支えてから、パオラはリディアと並んでパイン材のダイニング用の椅子に腰を下ろした。
「ありがとう」 アルカードがそう礼を口にして、そのままソファで寝転がったフィオレンティーナを見下ろして溜め息をついた。彼は結局脱いだままだった彼女のパーカーを無防備に寝転がっているフィオレ . . . 本文を読む
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「忠泰《デン》」
ベルトの腰周りにつけた超小型無線機の送信ボタンのホールドをはずしてからあらためて軽く押し込み、アルカードは神田忠泰を呼び出した。
「はい、師よ――音声はモニターしていましたが、御無事ですか?」
「健在だ」 アルカードはそう答えて、足元に視線を落とした。
足元で斬り斃された最後の吸血鬼の体が、音も無く塵へと変わってゆく――その光景から視線をはずして、アルカード . . . 本文を読む
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がらっと音を立てて引き戸を開けると、湿度の高い生暖かい空気が肌に触れた――ありがとう、また来てねーという柊の声に送り出されて店の外に出たところで、軒下にいたデルチャと香澄がそろってこちらを振り返る。
「アルカードは?」
「フィオを連れ出そうとしてます」 と、デルチャの質問にそう答えておく――パオラがリディアの介助をするぶんには両側に手摺のついた狭い階段は昇り降りがむしろ楽なのだ . . . 本文を読む
衝撃波がまるで津波の様に吸血鬼を飲み込んで、周りの調製槽の残骸ごと彼の体を吹き飛ばす。轟音に掻き消されて、悲鳴は聞こえなかった――それにアルカードとしても、戦果を確認するいとまは無い。あの吸血鬼が死んでいようがいまいが関わりなく、まだ敵はほかにもいるのだ。
「このぉっ!」 まだ若い――見た目の話だが――女の吸血鬼が、二本の長剣を両手に持って襲いかかってくる。
アルカードは塵灰滅の剣《Asher . . . 本文を読む
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「おぉあぁぁぁっ!」 外見は二十代半ばに見えるまだ若い噛まれ者《ダンパイア》が、咆哮とともに踏み込んで手にした曲刀を振るう。重い風斬り音とともに肉薄してきた刃が横腹を押しのける様にして軌道を変えられ、床に衝突して火花とともに床に喰い込む。
長剣の刃を踏み折ろうと足を撃ち下ろすいとまは無い――小さく舌打ちを漏らして、アルカードは肩口から仕掛けたタックルで若い吸血鬼の体を吹き飛ばし . . . 本文を読む
05が背後から高周波振動する鈎爪を突き込んできたところで、アルカードは靄霧態に変化して05の背後に廻り込んだ――組み合っていた相手がいきなり消滅し、それまで全力で押し込みにかかっていた03が体勢を立て直せずに踏鞴を踏む。
そして目標を見失った05が動きを止めるよりも早く、その背後で再び人間態に戻ったアルカードは05に背後から殺到した――そのままいったん密着の間合いまで踏み込んで、前のめりにつん . . . 本文を読む
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「で――」 ガリガリと頭を掻いて、アルカードは半眼で周囲を見回した。
「ひょっろ、ひいへまふか?」 まるっきり呂律の回っていない口調で、すっかり出来上がったフィオレンティーナがアルカードの髪を引っ張る。
どういうわけだか隣に移動してきてくだを巻いているフィオレンティーナを横目で見遣ってから、アルカードは盛大に嘆息した。いつもだったら考えられないことだが、彼女はアルカードの隣に座 . . . 本文を読む
片腕がごっそりと吹き飛び、傷口から大量の血があふれ出す。
声帯を持ってはいないのか、悲鳴《こえ》はあがらなかった――その代わりか本物の海老のそれに似た大小の顎を開閉しながら、02が体を仰け反らせる。
だがそれでも動きを止める事無く、02は反撃を仕掛けてきた。
左腕に備えた鈎爪で、こちらの体を掴もうと手を伸ばしている。
左手の鈎爪はバレーボールを掴めそうなほどの大きさで、こちらの胴体も鷲掴 . . . 本文を読む
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ズシンズシンという地響きの様な足音とともに、02と番号の振られたエビに似たキメラが突進してくる。振り翳した右手の蟹鋏が二度ほど開閉し、ついでちょうど首をはさみ込む様な軌道でまっすぐに突き込まれてきた。
その一撃を上体を沈めて躱すと同時、回避動作で頭の下がったところを狙って今度は左の鈎爪が突き込まれてくる。巨大な鈎爪で頭を握り潰されそうになったところで、アルカードは突き込まれて . . . 本文を読む
「……どこから出てきた?」 キメラの獣毛はまだ濡れている――つまり調製槽を出てからそれほど時間は経っていない。
キメラ特に生体熱線砲装備型《バイオブラスタータイプ》などの飛び道具を備えた型式《タイプ》を野放しにしていると研究者自身も危険に晒されるので、通常はスリープ・モードで保管されていることが多い――危険であることのほかに、キメラは成長が早いぶん寿命も短いため、覚醒した状態で飼育しているとすぐ . . . 本文を読む
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「みんななかなか来ないねー」 と、まだかなり席の空いた卓に着いた蘭が、そんな言葉をこぼす。
というか徒歩で家を出た男性三人がまだ到着していないので、女性陣しかいないのだ――そのため席はほとんど空いており、女性陣も適当な席でひと塊になっている。
老夫婦の店にある様なメニューは無く、代わりに品名と一人前の数量、値段を明記した小さな木製の板が何枚も壁に掛けられている。
残念ながら . . . 本文を読む
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膝に前肢をかけて後肢立ちになりながら、ウドンがくるんと巻いた尻尾をちぎれんばかりに振っている。アルカードは公園のベンチに腰を下ろしたまま上体をかがめて、足にじゃれついてくるウドンの頭を軽く撫でてやった。
ベンチの座面に座り込んでいたソバが上体をかがめたアルカードの耳元に鼻先を近づけ、ふんふんと匂いを嗅いでいる。
「ソバ、それくすぐったい」 黒犬の鼻面から逃れる様に上体を起こし、 . . . 本文を読む
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「――着いたよ、ここだ」 アルカードがそう言って、ライトエースのシフトレバーを操作しパーキングブレーキを引く。助手席に座っていたフィオレンティーナは、遮光バイザーを避ける様に上体をかがめて窓の外に視線を向けた。
見た目はそこらの居酒屋とそう変わらない感じで、いつぞやの鰻屋の様に駐車場は無い。酒を出すからだろう。あるいは煩わしい大勢の客を嫌っているのかもしれない。
屋号は漢字だ . . . 本文を読む
ディスクアレイは――当たり前の話だが――高さがロッカーくらいある。
内部にはパソコン用の三・五インチハードディスクよりずっと大きなハードディスクが四台設置されていた――パンチングメッシュのメンテナンスドアの向こうでちかちかとLEDが光っている。
「……」 これを持ち出すのは無理だ。速攻であきらめて、アルカードは嘆息した。
ここにあるスーパーコンピュータのデータサーバーは複数のハードディスクを . . . 本文を読む
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ぎしゃああああああ、という耳障りな叫び声をあげて、03と通し番号を振られたキメラが飛びかかってくる――鋭利な爪で引っ掻く様な攻撃を躱し、アルカードは飛び込んできたアサルトの腕の外側に出た。そのまま肩のあたりを突き飛ばし、その反動で間合いを離す。
突き飛ばされたアサルトが、そちらから突っ込んできていた別の個体に激突する――最初に胴を薙いでやった個体、02の通し番号でマークされた . . . 本文を読む