徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 13

2015年06月20日 23時42分54秒 | Nosferatu Blood
 ちょっと残念だったのは胸中でだけ素直に認めておいて――まあ、それはいい。リディアが逃げようとして怪我を悪化させていなければいいのだが。
 話し声が聞こえるから、デルチャと恭輔もいるらしい。
 止めてやんなさいよ、おまえら……
 胸中でつぶやいて、アルカードは洋間に足を踏み入れた。ほかは全部和室なのだが、この部屋だけは洋風にリフォームされている。落ち着きのある調度品で飾られた部屋の中央に置かれたダイニングテーブルで、見覚えのある大きな三つ編みの少女がこちらに背を向けて席に着いていた。
「ようアルカード」
 ソファに腰を下ろしてくつろぎながら片手を挙げる恭輔に小さくうなずいて、アルカードはリディアに歩み寄った。
 驚いて転んで捻挫を悪化させているのではないかと懸念していたアルカードは、彼女が冷静さを失っていないことにちょっと安堵しつつ、
「大丈夫か、リディア――っておい」 背後から彼女の肩を叩くと、まるでサスペンス映画の死体発見シーンみたいにリディアの体がぐらりとかしいだ。どうもネタではなく本当に倒れかけていることに気づいて――ぐったりと弛緩した細身の体をあわてて抱き止めて顔を覗き込むと、彼女は座ったまま気絶していた。
「……」 椅子から転げ落ちて怪我を悪化させてないだけ、善しとすべきなのだろうか――そんなことを考えながら、少女のほっそりした体を椅子に座り直させようと試みて結局あきらめ、アルカードはリディアの体を抱き上げてソファまで運んでいった。
「ほれ、どいたどいた」 恭輔に場所を空ける様に促して、代わりにリディアの体をそこに横たえてやる。
「なに? 彼女本気で気絶してるのか?」 舌が気道に落ちて窒息したりしていないことを簡単に確認しているアルカードに、恭輔が声をかけてくる。
「そうらしいな――頼むから子供らを止めてくれよ。こうなることなんぞ目に見えてるじゃねえか」
「そうは言うけどよ」 恭輔は非難の矛先が自分に向いているのが不満なのか、
「ペットを見に来たんだぜ、この子たち」
「そうかもしれんが、せめて予備知識は与えてやってほしかったな」
 アルカードは嘆息して、それまでリディアが座っていた席に腰を下ろした。
「ところで、なにか用なのか?」 と、恭輔が聞いてくる。彼の立場からすると、確かにいきなりやってきたアルカードが家人の了解も取らずに勝手に上がり込み、一方的に文句を垂れているだけに見えるだろう。
「忠信さんと別れた帰りに陽輔君たちに会ったんだが、そのときにふたりに彼女たちがここに来てるって聞いたから、様子を見に来たんだよ――来て正解だったな」
「そうか」 適当に返事をする恭輔に嘆息して、アルカードは足を組んだ。
「どうせ本当の目的は見物だろ?」
「そのつもりだったが、あの子たち本気でおびえてるからやめた」 そう返事をすると、恭輔は適当に肩をすくめて、
「ああ、あんたはそういう奴だよな」
「普段からそうやって人を茶化したりしなければいいんです」 パオラがそう言ってくるのだが、アルカードは適当に肩をすくめてその発言を受け流した。
「ところで、その陽輔は?」 という恭輔の質問に、アルカードは周りを見回した。
「ん? ああ、そういえば部屋に入ってきてないな――ジョギング帰りだし、香澄ちゃんと一緒に風呂でも入ってるんじゃねえの?」 適当に返したその返答に、
「入ってないよ」 入浴は香澄に譲ったのか、まだ汗で湿ったトレーニングウェア姿の陽輔が洋間の入口のところから声をかけてきた。
「なんだ、今頃風呂でいちゃついてるのかと」
「いったい俺をどういう目で見てるのさ」 そうぼやきながら、陽輔は洋間に入ろうとした凛と蘭に道を譲った。
「そうか? 別に普通じゃねえ?」 最後まではどうかと思うけど、と続けるアルカードに陽輔は思いきり顔を顰めて、
「で、そっちの三つ編みちゃんは大丈夫だったの?」
「ああ、座ったまま気絶してた」
「器用だね」
「否、そういう問題じゃねえだろ」 再び嘆息して、彼は足を組み直した。
「ところで、うちの親父は? 一緒だったんだろう?」 と、恭輔が質問を投げてくる。
「ああ、市役所に仮ナンバー返しに行ったよ。じきに戻ってくるんじゃないか」
「あ、アルカード――来てたんだ」 洋間に続くキッチンから顔を出したデルチャが、こちらの姿を見つけて声をかけてくる。
「ああ」
「すんなり検査は通ったの?」 アルカードはアイスコーヒー飲む?と聞いてきたデルチャにうなずいて、
「俺は別に――トミーカイラZZも、特に何事も無く終わったよ。一度ホーンが接触不良で鳴らなくなったが、それだけだ」
 そう答えて、彼は目の前にあったリディアのものらしいオレンジジュースのグラスを押しのけた。
「ところで、君たちはどうやってここに来たんだ?」 と、フィオレンティーナに声をかける――そう遠い距離ではないものの、今のリディアの足では徒歩で帰るのはつらいだろうと考えての質問だった。
 さっきのことが頭に残っていたのか拗ねた様な表情で沈黙を守っていた少女は、片手で髪の毛をいじり回しながら、
「凛ちゃんたちが車で通りかかって、誘われたんですよ」
「ああ、ステップワゴン?」 と返事をして、アルカードはガリガリと頭を掻いた。神城の家には陽輔のカプチーノと当時は不動車だったトミーカイラのほかに、全員で出かけたりするために八人乗りのステップワゴンがある。プリウスがガレージ前に停まっていたが、あれはレンタカーだ。
 フィオレンティーナにはその言葉の意味は理解出来なかった様だが、まあそれは別にかまわない――蘭が洋間に入ってくるのに続いて、普段通りの恰好に戻った香澄が姿を見せる。入れ替わりに陽輔が姿を消したのは、彼も汗を流すためだろう。
 アルカードはそれを見送ってから椅子に座り直し、デルチャが持ってきたアイスコーヒーを礼を言って受け取った。
 
   *
 
「そういえば――」 紗希が思い出した様に口を開いたのは千鳥ヶ淵を離れたあと、千代田区三番町を適当にぶらついているときのことだった。
「ヴァチカン大使館って、そこじゃない?」
 そう言って紗希が指差したのは、道路をはさんで反対側にある正門だった――風雨で汚れた元は白い塀で、門の両脇には植え込みがある。敷地を囲う塀の向こう側には何種類もの木が植えられていて、それぞれが青々と葉を茂らせていた。
 黒く塗装された正門の前には、ふたりの日本人の警察官がそれぞれ『休め』の姿勢で立哨している――門は普通の扉の様に向こう側へ押して開けるもので、スライドして引き戸の様に動くタイプではない。左右のサイズの比は左が一で右が三といったところか――左側の門が通用口を兼ねているのだろう。
 向かって左側の門柱に嵌め込まれたプレートに、駐日ローマ法王庁大使館の館名が金文字で記されている――アルカードもそう呼んでいたが、ローマ法王庁大使館というのが正式な名称であるらしい。右側の門柱にもプレートが嵌め込まれており、こちらにも金文字でなにか書かれている。
 NUNTIATURA APOSTOLICA――おそらくヴァチカン市国の公用語であるラテン語で、日本語表記の看板同様同様に駐日ローマ法王庁大使館と書いてあるのだろう。
 門は閉ざされているために敷地の様子は窺えないが、門を入って左手に青っぽい屋根の建物が見える。
「あの人が勤務してるのってここじゃない?」
「んー……でもアルカード、普段はいつも家にいるよ。あんまり出かけない」 気乗りのしないマリツィカの返事に、紗希は首をかしげた。
「そうなの?」
「うん。それにわたし、アルカードが実際にどこでどういう仕事してるのかも教えてもらってないし――」 言いかけたとき、ロックが内部から解除されたのか通用門が内側から開いて、見慣れた金髪の青年が姿を見せた。
 彼は外交官に対して敬礼を向けた警察官ふたりに対して鷹揚に片手を挙げて視線をめぐらせ――そこでこちらに気づいた様だった。
 彼は四人の少女たちのほうに歩いてくると、軽く首をかしげて、
「どうした? こんなところで」
「いえ、ナンパから逃げて適当にぶらついてただけで」
 という由香の返事に、アルカードは意味がわからなかったのか眉根を寄せた。
「ナン……? 否、まあいいか。君たちは都心で泊まるのか? 車で来てるから、家に帰るつもりなら乗せていくが」
「あ、ほんとですか?」 胸の前で両手を合わせて、紗希がパッと顔を輝かせる。彼女は両腕にぶら下げたいくつもの紙袋を見下ろして、
「荷物が増えたからどうしようかと思ってたんです」
「なら、特に予定が無いなら車のところに行こうか――君たちもそれでいいかね?」 アルカードが少女たちの顔を順繰りに見やると、由香と静、紗希はそれぞれ小さく首肯した。
「でも、アルカードさんはいいんですか?」
 静がそう尋ねると、アルカードは用事は済んだのかという意味に受け取ったのだろう、
「俺? 知っての通りもう会いに来た相手には会ったし、話すことも話したからこっちに用事は無いよ――だから俺は一向にかまわない。綺麗な女の子に囲まれてるのも、悪い気分じゃないしな」 そう言って適当に手を振ると、彼は少女たちを促して歩き出した。

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