徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 17

2015年07月20日 21時24分48秒 | Nosferatu Blood
 装甲の隙間から水が入り込み、左腕に直接触れている――左腕が再び振動波を発し、反響を利用した音響反響定位エコーロケーションで周囲の立体図を重層視覚に構築していく。
 貯水池の面積は縦横それぞれ約百六十メートル、水深は二十メートルほど。先ほど穿った穴の中に流入したために少々水位が下がっているが、上から見て疑問に思うほどの水位減少ではないだろう。
 貯水池の水面から上の様子は今の状況ではわからないが、貯水池の中心に円筒状の構造物がある。おそらくその内部に、水を給水ポンプに吸い上げるストレーナーがあるのだ。
 それはともかく――問題は憤怒の火星Mars of Wrathが検出した、ここに貯蓄されている水の成分だった。
 塩化ナトリウムこそほとんど含まれていないものの、カルシウムやマグネシウム、カリウムにバナジウム――その他のさまざまなミネラル分が豊富に含有されている。所謂ミネラルウォーターや水道水などとは、比較にならないほどの含有量だ。
 キメラ学上、低地に位置して濃縮される一方の死海の湖底から採取された水は無機栄養塩類を豊富に含み、キメラ調製のための培養液の素材としては最高のものだとされている――海洋深層水もある程度効果があるとされていたが、ミネラル分含有量は死海の水に比べてさほど高くなく、また採取も難しいことからコストも高い。
 このため海洋深層水を培養液の素材に使う手法はかなり以前からすでに廃れており、現代においてはキメラ学者の間でも死海の水のほか、そこらの河の水を濾過・煮沸殺菌したうえで人工的にミネラル分を添加して、代替の培養液にする例も多い――現代において最高級とされているのは死海の湖底に近い水域から採水された水を脱塩したものをベースに人工的に抽出された大量のミネラル成分を溶かしたものだが、やろうと思えばそこらの河の水でも同程度のものは作れなくもない。ただしその一方でプランクトンの死骸など老廃物が多く、それを除去するのに手間がかかるのだが。
 ここに貯水されている水が死海の水なのか、それともそこらの川から採取したり、あるいは水道から取った水をベースに栄養調整したものなのかは判然としないが、いずれにせよ昔は最高の素材とされていた死海の水よりもはるかに栄養成分含有量が多い。
 水の中に占めるミネラル含有量を数字で表したものを硬度と呼ぶが、強引に硬度の数字で表現するならここに貯水された水の硬度は百五十万を超える。事前になんらかの手を加えて人工的にミネラルを添加していない限り、絶対にありえない数字だ。
 一般的に日本で手に入る国内採水のミネラルウォーターのほとんどは、どんなに硬度が高くても百八十未満の硬水で――無論水道水も、それを大きく超えることは無い(※)。
 したがってここに貯蓄された水は飲用も含めた生活用水ではなく、キメラ調製のための培養液の原料だ。
 大量のミネラル成分を含んでいるために比重が重いのだろう、妙に浮力が大きく感じる――ただでさえ重装備のせいで水中での姿勢制御が難しいこともあり、アルカードは水中から脱することよりもむしろ水中にとどまることのほうに難儀しながら、円筒状の構造物に泳いで近づいていった。
 円筒状の構造物の外壁に手を突いて、そのまま水面に顔を出す――円筒状の構造物の上部にはその外周を取り巻く様にして設けられた通路があり、そこから別な通路が四方に伸びて貯水池の内壁に設けられた通路につながっている。
 あらためて高度視覚と超感覚セ ン ス憤怒の火星 Mars of Wrath のセンサー機能で周囲の状況を検索すると、今彼がへばりついている円筒状の構造物の外部を取り巻く様にして設けられた通路に人影がふたり見えた。
 いずれも人間ではない――体温値が四十度を超えており、人間の平均体温を大幅に上回っている。生身の人間であれば脳細胞の死滅が始まっているだろう――体温分布も、平均的な人間のそれとはまったく異なるものだ。
 ならば、始末しても問題無い――それに彼らと戦うことで、ここで開発されているキメラたちの完成度もある程度推し量れるだろう。
 胸中でつぶやいて、アルカードは両腕を鎧う万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsに魔力を注ぎ込んだ。同時に手甲の金属元素と結合して手甲に一体化していた具足が変形し、指先が巨大な鈎爪状に変化する。
 脚甲と結合していた具足も同様に変形し、まるで恐竜の足の様な巨大な爪を形成していた。
 それを確認して、右手を円筒状の構造物の外壁に叩きつける――轟音とともに指先の鈎爪が外壁に喰い込んだ。
 両手足を鎧う具足が変形した鈎爪を使って、外壁を駆ける様に一気に攀じ登る――鼠返しの様に張り出した通路の下あたりで外側に向かって大きく跳躍し、続いてアルカードは右腕を振るった。
 大きな動きによって振り散らされた水滴が水銀燈の光を乱反射して、一瞬だけ宝石の様にきらきらと輝く。
 振り回したのは、両端に錘のついた細いワイヤーだ――それ自体はワイヤーも錘もなんの変哲も無い通常の金属で出来ており、特段に吸血鬼や高位の霊体に対して高い殺傷能力を発揮するものではない。が――
 跳躍の方向は上に向かって、ただし通路を躱す様に――そのままでは通路から遠ざかって再び水中に落達する。
 通路に設置された鋼鉄製の落下防止柵にワイヤーが絡みついて、たるみが無くなってピンと張った――ワイヤーが張った時点で錘を握り込んだ右手を強く引きつけ、手繰り寄せる様にして軌道を変える。
 彼はそのまま、先ほど外壁を駆け昇る際の轟音に気づいて柵のそばに近づいていた敵二名の頭上を跳び越え、いったん通路上部に円筒状の構造物の外壁に着地してから、そこから落下する様にしてグレーチングの通路の上に降り立った。
「なっ――」 水音に気づいて水面を見下ろしていたふたりの敵が、こちらを振り返ってそんな驚愕の声を漏らす。
 目の前にいるふたりは、見た目はただの人間の男だった――ふたりとも身長二メートル近い非常に恵まれた体躯を持ち、作業内容のためかツナギの様な作業服を着ている。
「どこから――」 口にしかけてからそんなことはどうでもいいと気づいたのだろう、ふたりの気配が変わる。
 ふたりの男たちの全身が膨張し、ぶちぶちと音を立ててツナギ服が縫い目から裂けてゆく。頭髪が変形して黒く角質化し、皮膚がグレーに近い色に変色して――
 数秒後、そこにいたのは体高二百五十センチほど、全身を青みがかったグレーの皮膚で覆われ、頭部と両肩、下膊や膝下を黒々と硬化したクチクラの外殻で鎧った二体のキメラだった。
 頭部を鎧うクチクラの外殻はヘルメットの様な形状で、額に指先程度の短い頭角が三本生えている。外見から判断する限りただの筋力増幅型で、生体熱線砲バイオブラスター照射器官などの特殊器官は見当たらなかった。
 だが――
 ――なんだと!?
「――殺せ!」
 驚愕を声に出す暇も無い。一体の号令に、もう一体が彼に合わせて床を蹴る。
 人間に――擬態するキメラだと?
 驚くべきことだった――人間の形態とキメラの形態を使い分けていることもそうだが、それよりもキメラが会話しているだと・・・・・・・・・・・・
 否、本当に彼らは造られたキメラなのか・・・・・・・・・・・・・・・・
 調製槽の中でゼロから培養されたキメラには機械的な行動原理はあっても、人間と同じ意味での感情は無い――否、痛みに対する復讐心など、攻撃的な感情をいだくことはあるだろう。だが――
 キメラが『驚いた』? 『仲間と連携して行動する』? そんなことがありえるのか?
 だが、いつまでも驚いてばかりもいられない――わざわざ姿を晒したのは、彼らと戦うことでここにいるキメラたちの平均的な能力を推し量るためなのだ。
 一体のキメラが拳を固め、アルカードめがけて突っ込んでくる――正面からの攻撃を選択したのはこちらを侮ってその一撃で勝てると踏んでか、それともキメラ化しても戦い方には習熟していないのか。
 無論、生身の人間であればキメラの攻撃には到底耐えられないだろう――筋力増幅度の低い生体熱線砲装備型バイオブラスタータイプでさえ、二百キロあるバーベルを片手で持ち上げる程度の腕力はあるのだ。接近戦を挑んでくるということは筋力増幅型のキメラなのだろうが、だとしたら人間などたやすくひねり潰せるはずだ。
 だが――
 胸中でつぶやいて、アルカードは右拳を軽く握った。それを緩めると同時に指の隙間から大量の血があふれ出し、赤黒い血が構築された形骸に流れ込んで、漆黒の曲刀を形成する。
 構築された塵灰滅の剣Asher Dustが、アルカードの魔力供給に呼応して叫び声をあげた。
「死ねッ!」 声をあげて殴りかかってきたキメラの一撃を、アルカードは左腕で押しのける様にして受け流した――おそらく腕力増幅度は生身の人間の三十倍程度、アルカードの基準からすればそれほど強力ではない。
 そのまま打撃を押しのけた左腕を伸ばし、キメラの胸元を突き飛ばす――続いて踏み込みながら、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを振るった。肩に担いだ体勢から繰り出した、右肩から入って左脇に抜ける袈裟掛けの一撃。
 おそらくキメラは、両腕を鎧う装甲外殻でその一撃を受け止めようとしたのだろう――斬撃を繰り出したときの間合いからすれば、腕ごと首も刎ね飛ばしていたはずだった。防御する様に翳した左腕を鎧う装甲外殻に深く切り込むのにとどまったのは、素早く接近してきたもう一体のキメラが繰り出してきた横蹴りを躱したためだ。
 そのために斬撃は浅くなり、胴体を完全に分断するには至らず――鏡の様に滑らかな断面から、一瞬遅れてまだら色の血が噴き出す。
 アルカードは追撃をあきらめて軽く床を蹴って後退し、いったん二体のキメラから間合いを離した。返す一撃で仕留めることも出来たが、もう一体に対する対応が遅れる可能性があったからだ。
 一度距離を作り直し、二体のキメラのほうに向き直って体勢を立て直す。
「ぐぁッ……」 腕を半ばまで薙がれたキメラが、ぞっとするほど人間臭いうめき声をあげながら、傷口を押さえてその場に膝を突く。
「大丈夫か!?」 もう一体のキメラがこちらを牽制する様に前に出ながら、うずくまった仲間に声をかける。
「ああ」 返事をしながら、最初に斬りつけたキメラがその場で立ち上がった。半ばまで切断された腕の傷はほぼ完全にふさがり、装甲外殻にわずかな傷跡だけが残っている。
 再生能力は高いな――胸中でつぶやいて、アルカードは眉をひそめた。
「気をつけろ、こいつ人間じゃないぞ」
「ご名答」 そう返事をしながら、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直した。
 ぎゃああああ、ひいいいい、という魔具の絶叫に、わかりにくかったが二体のキメラの表情がわずかに動く。
「なにか持ってやがる、気をつけろよ」 最初に斬りつけたキメラが、もう一体のキメラにそう警告の声を発した。
「わかってる」 そう返事をして、二体目のキメラがわずかに構えを修正した――左手を軽く開き、右拳は固めて、左足を軽く引いて半身になっている。
 アルカードの格闘戦の基本の構えに近い――ただの殴り合いではなく、関節を捕ることも想定した構え方だ。
 術理を遣うのか?
 一体目のキメラがじりじりと横に動いて位置を変え、こちらの側面に廻り込む。それに合わせてわずかに向きを変え、アルカードはゆっくりと笑った。移動しているのは互いに相手の攻撃を邪魔しないためだ。
 最初に斬りつけたほうのキメラはというと、胸元を両拳で固める様にして身構えている。ボクシングでいうピーカーブー・スタイルに近いと言えば近いが、ステップのたぐいはしていない。拳は手の甲や指の外側が細かく外殻クチクラで覆われており、殴打に向いた構造になっている。
 こいつもか――胸中でつぶやいたとき、二体のキメラが前に出た。

※……
 フランス産のエビアンやヴィッテルといったミネラルウォーターは硬度が三百を超え、世界保健機関の基準上『非常な硬水』に属します。ちなみにボルヴィックは軟水です。
 死海の湖底に近い深層水のマグネシウム含有量はリットル当たり四百二十グラム、カルシウム含有量は十二・五グラム程度だそうです。
 硬度の計算方法にはアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスの各方式があり、塩化マグネシウムおよび塩化カルシウムの含有量からアメリカ方式で計算した場合、死海のもっとも深い水域から採取された水の硬度は四十三万を超えます。

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