「ああ、あのええ躰した妹のほうはおらへんかったわ。前の若頭《カシラ》をやったっちゅう、例の金髪のガキもおらんかったな――姉貴のほうは突き飛ばしたら頭打って気絶してもうてな、連れて帰ってしばらく輪姦しよう《まわそう》かって思っとったんやけど、若頭《アニキ》がジジイを袋叩きにし始めたもんやから、そっちに参加してて女を連れ帰る時間が無かった」 ポリタンクも運ばんといかんかったし、袋叩き《それ》が済んだら . . . 本文を読む
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駐車スペースに降りると、アルカードは記憶にある駐車番号を頼りに自分たちの乗ってきた車のところに戻った。
「ねえ、今更なんだけど、わんちゃんってレンタカーに乗せていいの?」 かたわらでジャケットの袖を握った凛が、歩きながらそんな疑問を口にする。
「ん? 大丈夫」 見上げてくる凛を見下ろして、アルカードはそう返事をした。
アルカードが用意した車は十五人乗りのコミューターで、営利が . . . 本文を読む
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「――ふう」 食後のコーヒーを飲み乾して、アルカードが息を吐く。空腹だと言ったのは子供たちなのに、御多分に漏れず食べる量はアルカードが一番多かった。
アルカードは腕時計を確認して、
「あと一時間くらいですか」
「そうね」 アルカードの言葉に、イレアナがそう返事を返す。
「じゃあお姉ちゃん、ゲームコーナーに行こうよ」 という蘭の言葉に、リディアは小さくうなずいた。
「そうだね、行 . . . 本文を読む
本来肉体を持たない霊体が物質世界に顕現する方法は三種類――
霊体のまま存在するか、筺体に取り憑くか、受肉《マテリアライズ》によって肉体《マテリアルボディ》を構築し、そこに自分の霊体《アストラルボディ》を封入するか。
下位の霊体は、自分のための筺体《・・・・・・・・》を持たない――筺体とはガーゴイルやゴーレムの体を指すこともあるが、本来は人間が神仏との交信を行うためにそれらに似せて作った像を指 . . . 本文を読む
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フェリーの甲板上の構造物の二層目にあるレストランは日本ではバイキング形式と呼ばれているらしい食べ放題のもので、所謂北欧のスモーガスボードに近い。甲板上の四面すべてに窓があり、常にどこかの面から陽が射し込む構造になっている。
その反面日光とその熱で傷むからだろう、本来壁に面して配置するのがもっとも効率的であるはずの料理は中央に川の字になる様にして三列に分けて配置されており、その . . . 本文を読む
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「――あのふたり、大丈夫かね?」 かたわらを歩いていたアルカードが、気乗りのしない口調でそんな言葉を漏らす。
「さぁ……」
まるで三週間飲まず食わずのまま行き倒れた様にやつれた姉と友人の姿を思い出して、リディアは眉根を寄せた。
正直に言うと、老人よりもふたりのほうが重症っぽい感じではある。ちなみに老人のほうは船の医務室の先生にあきれられてベッドは貸してもらえたものの、先生曰く . . . 本文を読む
アルカードが小さく舌打ちを漏らして、ジープを加速させる。ものの数分でジープ・ラングラーは普段アルカードが使っている駐車場や本条邸の前を通りすぎ、マリツィカの自宅の少し手前、硲西の交差点と自宅手前の小さな交差点のちょうど中間、右側に公園のあるあたりに張られた隔離用のテープの前で停車した。
消防車が数台、道を塞いでいる――その周りにはパトカーが止まって道を塞ぐ様に隔離テープが張られ、野次馬がその外 . . . 本文を読む
「なにしてるんですか」 近づいていったアルカードが声をかけると、隣でかがみこんでいた蘭がこちらに視線を向け、
「あ、アルカード。おじいちゃんが、俺は酔わないぞーってぐるぐる回ってたら酔っちゃったの」 それを聞いて、アルカードが壊れたおもちゃを見る様な視線を老人に据える。
「否だってほら、凛とか蘭が平気だって言ってたからな、私もまだまだ――」 どうやら自分は船酔いしないということをアピールしたかった . . . 本文を読む
盛りは過ぎたもののいまだ燦々と照りつける太陽が、頭上からちりちりと肌を焼いている。
風はかなり強い――真正面から吹いてくる風に逆らう様にして進んでおり、そのため相対的に風は実風速以上に強くなる。フェリーは甲板上に四角い構造物が多いため逆風では速度を維持するのが難しいらしく、あまり船速《あし》は出ていない。
気温が高く空気も生暖かいが、風が強いのでそれほど暑苦しさは感じない――青い空に白い雲、 . . . 本文を読む
3
マックス製薬の社長である巻島玄蔵の自宅の電話が鳴ったのは、本社ビルに押し入った侵入者がキメラを皆殺しにして研究データを根こそぎ破壊し、地下の配電設備を爆破してから三日後のことだった。
政権与党に大量にばらまいた企業献金が幸いしてか、今のところ警察の動きは鈍い。あくまで事故で押し通したことと政界やマスコミ、経団連のコネをフル活用したこともあって、時間を稼ぎ事故の現場を偽装するこ . . . 本文を読む
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「……」 長い絶叫とともに羽柴の体が視界から消え――人間の体が叩きつけられて潰れるときのグシャリという音とともに、唐突に悲鳴が途切れる。
それを確認して聴覚の感度を通常の状態に戻し、アルカードは踵を返した。
玄関の施錠は確認しているし、彼の部屋にはもう誰もいない――社内の名簿によると独身らしいが。
このマンションは周囲の建築物よりもかなり高く、バルコニーに立っていても外部に . . . 本文を読む
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同日午前八時半ごろ――
羽柴恭一がマックス製薬で爆発が起こったとの一報を受けたのは、午前六時のことだった。といっても、ニュースを見た同僚から受けた電話で叩き起こされたというだけのことではあるのだが。
本社にも電話は入れてみたのだが、どういうわけだかまったく通じない――ビル内の宿舎に居住同然に泊まり込んでいる同僚数人にも電話をしてみたが、いずれも応答しなかった。まるで誰も彼も . . . 本文を読む
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同日七時半ごろ――
わずかなブレーキ鳴きの音とともに、黒いジープ・ラングラーが有料駐車場に入ってくる。
駐車場勤務員の川村隆はそれを見遣って、手元の黄色い駐車券をプリンターに差し込んだ。
ガチャンという音とともに駐車券に現在時刻が印字される。川村はそれを確認してからジープのナンバープレートの下四桁をボールペンで駐車券に書き込み、詰め所に近づいてきた同僚の湯浅に手渡した。
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2
翌朝六時半ごろ――
風祭咲夜はいつもどおり、愛犬のコロを連れて公園に足を踏み入れた。
高台公園というそのまんますぎる通称で呼ばれる公園はちょうど高台の半分を削り取った結果出来た崖の様な地形の上に造成されており、落差五十メートルの崖側からはその下に広がる高級住宅地の様子を一望することが出来る。
公園そのものは結構古くからあるのだが、子供が事故を起こすたびにPTAや市会議員が . . . 本文を読む