徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 7

2016年02月21日 18時25分15秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
「――ふう」 食後のコーヒーを飲み乾して、アルカードが息を吐く。空腹だと言ったのは子供たちなのに、御多分に漏れず食べる量はアルカードが一番多かった。
 アルカードは腕時計を確認して、
「あと一時間くらいですか」
「そうね」 アルカードの言葉に、イレアナがそう返事を返す。
「じゃあお姉ちゃん、ゲームコーナーに行こうよ」 という蘭の言葉に、リディアは小さくうなずいた。
「そうだね、行こうか――アルカードは、先に車のところですか?」 隣の席に腰を下ろした吸血鬼に問いかけると、アルカードはうなずいた。
「そのつもりだ――そろそろ結構時間が経ってるし、一度犬の様子を見に行くよ」
「おばあちゃん、凛もアルカードと一緒に行ってきていい?」 フライドポテトをつまみながら、凛がイレアナにそんな言葉をかける。
「行ってらっしゃい」 優しい口調での返答にうなずいて、凛がお皿に残った最後のポテトを口に入れてからアルカードと一緒に席を立つ。
「じゃあ、俺たちは犬の様子を確認したらゲームコーナーに行けばいいのかな?」 というアルカードの確認に、蘭がうなずいてみせる。
「わかった」 フィオレンティーナをからかって遊んでいるときとは別人みたいな優しい表情でうなずいて、アルカードが凛と連れ立ってレストランの出口の方へと歩いていく。一礼する従業員にアルカードが会釈を返したところで、ふたりの姿はほかの客や料理の台の陰に隠れて見えなくなった。
「どうしたの?」 吸血鬼を見送って眉根を寄せているリディアに怪訝そうな視線を向けて、イレアナが声をかけてくる。
「いえ……どうして普段はあの態度を取らないんだろうと思って」
「アルちゃんのああいう態度は、子供限定だもの」 楽しそうにくすくす笑いながら、イレアナがそんな返事を返してくる。
「確かに、フィオちゃんとかにももう少し優しくしてあげてもいいんじゃないかとは、思うわね」 その言葉に胸が締めつけられる様な感覚を覚えて、リディアは先ほどとは別の理由で眉をひそめた――フィオレンティーナに殺されるためにわざと怒りを買っているのだと、アルカードは身の上を語ってくれたあの夜にそう話していた。
 きっと彼は、死にたいのだ――それもただ自殺するのではなく、自分を身内の敵として心底憎む者の手によってまったく打つ手が無くなるまで徹底的に追い詰められたうえで、殺されて死にたいのだ。きっとそれで、自分に殺された者たちの溜飲が少しは下がると思っているのだろう。
 リディアとパオラは、両親と兄を吸血鬼に殺された――だが、その仇敵はアルカードではない。だから、ふたりは彼に対して思うところはなにも無い。だがフィオレンティーナは生家がグリゴラシュの襲撃を受けた際にアルカードと遭遇し――成り行き上のことではあるが、妹と父親をアルカードによって殺害されている。
 無論、フィオレンティーナ本人が認めているとおり妹は喰屍鬼グール、父親は噛まれ者ヴェドゴニヤに変化したあとの話だ――そのまま放っておけばどれだけ被害が拡大したかわからないし、当のフィオレンティーナ自身も殺されていただろう。それに関しては、フィオレンティーナ自身が複雑な感情をいだいている様ではある。
 でも――出来たらみずから死を選ぶ様なことはしてほしくないし、フィオレンティーナと殺し合うところも見たくない。
 ともすれば身勝手とも取れるその感傷に、リディアは深々と息をついてから烏龍茶のグラスを手に取った。
 
   *
 
「――送ってあげられなくてすまないね」 タクシー乗り場まで付き添って出たところで、アルカードはかたわらの紗希にそう声をかけた。
「いえ、別に――今はあの人たちについててあげてください」
「俺で役に立てればいいんだがね――ところで君の荷物、ほかにも無かったか?」 紗希が左腕に引っ掛けたトートバッグを指差して、そんな疑問を口にする――いったん地下駐車場まで降りて紗希が車の中に置きっぱなしにしていた荷物を取ってからタクシー乗り場まで出てきたわけだが、先ほど病院前の歩道を歩いているところを拾ったとき、彼女の荷物はほかに大きな紙袋もあったと思うのだが。
「あ、あれはアルカードさんのです。直接渡すべきでしたね、ごめんなさい」
「俺の?」
「こないだ二回送ってもらったのを両親に話したら、お礼に渡してこいって持たされたんです。父の田舎の地酒で」
「ジザケ?」
「お酒です。父の地元の名産品で」
「そうか。こんな状況だが――ありがたく戴いておくよ」 そう返事をしたとき、彼らふたりがタクシー乗り場に出てきたのに気づいてか、数台客待ちで並んでいたタクシーの先頭の一台が後部座席のドアを開けた。
 紗希が後部座席に乗り込むのを横目に、アルカードは周囲に視線を走らせた。
「それじゃ、失礼します――マリのこと、よろしくお願いしますね」 運転手がドアを閉めたからだろう、窓を開けて紗希がそう声をかけてくる。
「ああ、君もな――俺じゃ役に立てないことも多いだろうし、友達としてどうかフォローしてやってほしい。運転手さん、この子のことをよろしく頼む」 窓から覗き込む様にして運転手に声をかけ、アルカードは取り出した一万円札を運転手に差し出した。紗希がなにか言うより早く、それを受け取った運転手がうなずいてシフトレバーをDレンジに入れる。
 窓を閉めた紗希が、窓硝子越しにやや大袈裟な仕草で会釈をし――軽く片手を挙げてそれに応え、アルカードはタクシーが病院の敷地から出ていくのを見送って踵を返した。
 本条老に関しては、例の院長が一緒に住んでいるのか先ほど連れて帰った――確認したわけではないが、硲西のあの大きな日本家屋が老人の自宅なら四世帯くらい一緒に住んでいてもおかしくなさそうだ。
 神城忠信は妻の体調が思わしくないらしく、マリツィカに一言断りを入れてから帰宅している――本条冬馬がAMGメルセデスの現行型で一番高い車なのは別に驚くことでもなかったが、神城忠信が近いうちにトミーカイラZZジー・ジーを購入するつもりだというのには少々びっくりした。趣味が合いそうだ。
 蘭とデルチャ、イレアナの三人は眠っている――現時点での人生の七割を寝て過ごしている蘭はともかく、イレアナとデルチャは最前の体験とアレクサンドルの状態を聞いたことが原因で興奮が激しく、また大量の煙を吸い込んでいたこともあって処置の最中に鎮静剤を投与されたのだ。恭輔は再び海外に発っているために、連絡が行っていても帰ってくるのには時間がかかる――そのため、マリツィカはアレクサンドルの手術が終わるのをひとりで待っている。正直なところ赤の他人の自分がいていいものかどうか迷ったが、マリツィカがアルカードが病院を離れるのを嫌がったので、アルカードはそのまま彼女のそばについておくことに決めた――紗希や家族ほどの役には立たないだろうが、見知った相手がかたわらにいれば気分的に多少はましになるだろう。
 正面玄関をくぐって診療時間が終わったために照明がいくらか落とされたロビーに足を踏み入れると、まだ会計と薬の受領が済んでいない人たちが長椅子に座っているのが視界に入ってきた――エントランスの照明に近いところに座っている若い女の子は小説を読んでおり、少し奥では仕事帰りらしいスーツ姿のサラリーマンが漫画雑誌に視線を落としていた。
 磨き上げられた床が、ブーツの靴底に踏みしだかれてキュッキュッと音を立てる――柱のところに立っていた警備員がこちらに視線を向けてから、すぐに興味を失ったのか視線をはずした。
 アルカードも警備員とその向こうにいる会計待ちの患者からそちらから視線をはずして、エレベーターに歩み寄る――手術室は三階で、全身十七ヶ所に及ぶ骨折と全身の皮膚表面積の五分の三の広範囲に及ぶ重度の火傷を負ったアレクサンドル・チャウシェスクの手術が今でも続いているはずだ。
 同じエレベーターに乗ろうと近づいてきた松葉杖を突いた若い男の姿に気づいて、一度閉じかけたエレベーターの扉を再び開ける――会釈しながら乗り込んできた男性に、
「何階ですか?」
「五階をお願いします」 その返答に五階のボタンを押して、アルカードはエレベーターの内壁に設置された手摺に腰かけた。すぐにエレベーターは三階に到着し、『閉じる』ボタンを押しながらエレベーターから降りる。
 救急医療でも使われるフロアのためか、三階廊下は照明が落とされていない――同様にストレッチャーが通ったりするためか、急患用出入り口とその動線になる廊下も、先ほど通ったときは照明がそのままになっていた。
 いくつか手術室の扉が並んだ廊下を歩いていくと、第三手術室というプレートを掲示した扉の前でマリツィカが長椅子に座っている。手術はまだ終わっていないのか、『施術中』というランプがついたままになっていた。
「マリツィカ」 抑えた声で呼びかけると、それまで祈る様に両手の指を組んでいたマリツィカがこちらに顔を向ける。滂沱と流れる涙が頬を伝い、顎の輪郭に沿って床に滴となってしたたり落ちた。
「……アルカードっ……!」 席を立ったマリツィカが駆け寄ってきて、腕の中に飛び込んでくる。こちらから言葉をかける必要は無いだろう――落ち着かせてやりたいのなら、言葉は必要無い。気の済む様にさせてやればいいだけだ。ギュッと背中に腕を回してしがみついてきた少女の体を抱き寄せて、赤子を宥める様に背中を軽く叩いてやっていると、
「神城さんが、うちは放火だって、お父さんは放火した人たちに袋叩きにされたって――」
「話したのか」
 返事はせずに、少女が胸に顔をうずめたままかぶりを振ったのか身じろぎした。緩やかな癖のある金髪が揺れて、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「本条さんと話してるのを聞いちゃったの」 嗚咽混じりの返答に眉をひそめたとき、マリツィカが涙に濡れた顔を上げた。
「どうしてわたしたち、こんな目に遭うの? わたしたち、なにか悪いことしたのかな?」
 アルカードは返事をせずに、マリツィカの色白の頬を伝う涙を指先で拭った。
「怖いよ――今度は蘭ちゃんとか、友達がこんな目に遭ったら、わたしどうすればいいの?」
 やはり返事をしないまま、アルカードはマリツィカの体を引き寄せてそのまま抱きしめた。ほっそりとした背中を愛撫し、清潔感のある手触りのいい髪を指先で梳きながら、
「大丈夫だ」 抱きしめられた少女が、その言葉に腕の中で身じろぎする。彼女の体を離さずに、アルカードは耳元でささやく様にして静かな口調で続けた。
「心配要らない」

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