徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 9

2016年02月21日 18時28分36秒 | Nosferatu Blood
「ああ、あのええ躰した妹のほうはおらへんかったわ。前の若頭カシラをやったっちゅう、例の金髪のガキもおらんかったな――姉貴のほうは突き飛ばしたら頭打って気絶してもうてな、連れて帰ってしばらく輪姦しようまわそうかって思っとったんやけど、若頭アニキがジジイを袋叩きにし始めたもんやから、そっちに参加してて女を連れ帰る時間が無かった」 ポリタンクも運ばんといかんかったし、袋叩きそれが済んだらすぐに油撒き始めたしのう――そう続けて、荒井は軽く肩甲骨を寄せる様な仕草をした。
「まあでも、これでほかの連中も少しは金払いよくなるやろ。いっそ組に支払われる様にして保険かけられたら楽やのにな」
 そんなことを言ってくる。なんといったか、あの外国人の家に火をつけたのはほかの債務者に対する脅しが目的だった。
 以前繁華街近くにあった銀行から債権を買い取ったのはいいが、あまり払いのよくない連中がほとんどだった――もちろん暴力団におびえて、それまでの十倍の利息できちんと払ってくる連中もいるが、そうでない者たちもいる。
 ならば、拒み続けるとどうなるかを見せてやったほうが早い――あの老人の家を選んだのにはたいしたわけは無いだろう。あえて言えば、彼らは残債が一番少なかった。
「ババアとガキは?」
「知らん。家探ししたわけやないけど、踏み込んだときは出てこんかった。出かけとったんかもしれんし、奥のほうにおって気づかんかったんかもしれんな――まあどうでもええわ。ババアとガキじゃ立つものも立たん」 自分の股間を指差してそう言ってから、荒井は下品に笑った。社会の最底辺でしかないヤクザに成り下がった今の状況で言えたものでもないが、荒井はとにかく下品だ。女と言えば襲うことしか頭に無い。
 まあ、強姦は極道の下っ端の数少ない余禄のひとつではある――事実が知られて将来に影響することを恐れて被害者が名乗り出ることも少ないし、脅しをかけて黙らせることも出来る。ついでに脅しの材料の写真や動画を使ってのちのちまで楽しむことも出来るし、売れば金にも換えられる。
「――ん?」 屋敷の塀に沿って五十メートルほど進んだところで、赤松は足を止めた。
「どないしたんや」 荒井も足を止めて、そう聞いてくる――が、わざわざ聞くまでもなくすぐに気づいたらしい。
 二十メートルほど先の電柱のそば、切れかけてちらつく電燈の下に、黒い上着を羽織った男がひとり立っている。
 黒いレザージャケットにジーンズ、獅子の鬣を思わせる暗い色合いのあでやかな金髪。
 会ったことは無いが、知っている――先日若頭の首藤みずから例の外国人の老人の家に乗り込んだときにそのうちふたりを叩きのめした、それまでは見かけなかった外国人の男と特徴が一致する。
「おう、あんちゃんなにしとんねん」 ドスの利いた声で、荒井が男にそう声をかける。
「なんぞ用かいな」
 その言葉に、男がこちらを振り返った。血の様に紅い紅い瞳が、薄暗がりの中で輝いている様に見えたのは気のせいだろうか?
 男は返事をしない――その沈黙が気に入らなかったのか、荒井は手を伸ばして男の胸倉を掴んだ。
「聞いとんか、われ――なにしとんじゃって聞いとんねん、耳ついとんかこら」
「今は――」 若干たどたどしい日本語で、男が言葉を口にする。
「貴様ら以外は全員中にいるのか?」
 というその言葉に、荒井はふっと笑って胸倉を掴んだ手を離した。ジャケットのポケットに右手を突っ込みながら、左手で馴れ馴れしく男の肩をぽんぽんと叩き、
「たまにおるんや」
 誰にともなくそんな言葉を口にする荒井を気に留めた様子も無く、金髪の男が口を開く。
 といっても、荒井や赤松に向けた言葉ではないらしい――はっきり言ってしまえば、なにを言っているのかもわからなかった。ザーハ・ラビーヤとか聞こえたが――
「たまにおんねん、暴対法出来たからってな、極道は堅気に手ぇ出せへんて勘ち――」 科白の後半を怒声に変えて、左手で男の髪を掴み上げた荒井が右手を振りかぶる。ポケットの中で嵌めたものらしいメリケンサックで男の顔を殴りつけようとした、異状が起こったのはそのときだった。
 荒井がどう続けようとしたのかはわからないが、『勘違いしとるアホがいる』とでも続けるつもりだったのだろうか。荒井の科白が終わるより早く、荒井の声が聞こえなくなったのだ。
 否、それだけではない――遠くを走る車のエンジン音、耳障りな蛙と虫の鳴き声、それらすべてが聞こえなくなった。
 そしてこれも聞こえなかった――いったいどうやったのか髪を掴む荒井の左腕を半ばから二つ折りにへし折り、続いて殴りつけようとした荒井の右腕を躱して下顎を突き上げた男の攻撃音も、荒井の百九十センチの巨体が地面に倒れ込む音も、そのあとに続く荒井が血の泡を噴く音も。
「な――」 声を出したはずなのに、自分にすらその声が聞こえない。荒井はあの一瞬で下顎をふたつに割られただけではなく両目に指でも突っ込まれたのか、瞼の隙間から血を流している。いったいなにをされたのか、胸のあたりが馬に蹴られたかの様に陥没していた。
 内懐から白鞘込めの短刀を抜き放ち、距離を取って身構えようとするよりも早く――次の瞬間には、男の攻撃が嵐の様に赤松に襲いかかってきた。
 いつ短刀を奪い取られたのか、赤松にはそれすらわからなかった――瞬きする間も無く、容赦の無い打擲が襲いかかってくる。強烈な衝撃とともにこめかみのあたりを横殴りに殴られ、倒れ込むよりも早く次の攻撃が反対側のこめかみを撃ち据えた。
 二度の加撃で飛んだ意識が鳩尾への強烈な打擲で再び引き戻され、強烈な嘔吐感が喉の奥から突き上げてきたのもつかの間、再び後頭部になにかが衝突して脳髄が激震する。
 激痛を感じたのは、倒れ込んでからだった。強烈な嘔吐感に体をくの字に折ってげえげえと咳き込んでいる赤松の体を、男は鳩尾を爪先で突き上げる様にして蹴り上げ、その動きで仰向けにひっくり返した。
 男が左手で保持した赤松の短刀をくるくると回しながら、こちらを見下ろしている――その視線に気づいて、赤松は心底戦慄した。
 自分たちと同じ様に、力の行使に慣れた人間の目だ――否、その眼の奥に宿るモノに気づいて、赤松は戦慄とともに考えを改めた。この男は自分たちとは違う。脅迫のための暴力ではなく、殲滅のための実力行使に慣れきった人間の目だ。
 相手の事情に斟酌することも、脅しつけて交渉することもせず、問答無用で相手を撃破し殲滅する、殺すことそのものを目的として実力を行使する人間の眼だった。
 男は唇をゆがめて笑い――手にした短刀の白木の柄を握り潰した。短刀をそのまま足元に投げ棄てる――短刀がアスファルトの上で跳ね回る音も、やはり聞こえなかった。
 恐ろしいことに、柄の中に収められていた短刀の茎が指の形に変形している。鋼の短刀を、握力で変形させたというのか。
 感情の感じられない無表情でこちらを見下ろして、男が右足を持ち上げる。その足裏が眼前に肉薄する光景を最後に、赤松の意識は途切れた。
 
   †
 
「おう、あんちゃんなにしとんねん」 ドスの利いた声で、横合いから男が声をかけてくる。
「なんぞ用かいな」
 その言葉に、それまで電信柱のそばで塀を眺めていたアルカードはゆっくりとそちらを振り返った。
「……」 沈黙したまま、男に視線を向ける――身長は百九十五センチほどか、がっちりした体格で、頭は剃っているのか禿げているのか毛がまるで無い。
 そして先ほどの会話から察するに、チャウシェスク邸を襲撃し、アレクサンドルを袋叩きにして家に火を放ったのは――
 男は拳胼胝でごつごつした手でこちらの胸倉を掴んで自分のほうへ引き寄せると、
「聞いとんか、われ――なにしとんじゃって聞いとんねん、耳ついとんかこら」
「今は――」 男の言葉は無視して、アルカードは口を開いた。
「貴様ら以外は全員中にいるのか?」
 その返事に男がふっと似合わない笑い声を漏らして、胸倉を掴んでいた手を離す。右手をジャケットのポケットに突っ込みながら、馴れ馴れしく肩をぽんぽんと叩いて、
「たまにおるんや」
 それは無視して、アルカードはぼそりとつぶやき声で呪文を口にした。
「Zahh La――」
「たまにおんねん、暴対法ボータイホー出来たからってな」
 男が再び手を伸ばして、汚い手でアルカードの髪を掴む。
「極道は堅気に手ぇ出せへんて勘ち――」
「――Vieya」 科白の後半を怒声に変えて、左手で男の髪を掴み上げた男が右手を振りかぶる。だがその科白が最後まで聞こえてくることは無かった。
 『隠密殺傷サイレントキル』の術式の発動と同時に、周囲から一切の音が消滅する。
 男の振りかぶった右拳に、メリケンサックが嵌められている。ポケットの中でごそごそやっていたのはこれらしい。自分の声すら聞こえなくなったことに戸惑ったのか、一瞬ではあったが男の動きが止まる。アルカードとしてはそれで十分だった。
 一撃で終わらせることも出来たが、やめておく――この手の手合いに必要なのは、長く続く苦痛だ。
 髪を掴んだ左手首を右手で掴んで一瞬で握り潰す――というのは文字どおりの意味だが。筋肉がひしゃげ骨が擂り潰されるゴリゴリという感触。男がそれを知覚するいとまがあったかどうかはわからない。
 激痛を知覚するより早く突き込まれてきた拳を頭を傾けて躱し、そのまま右手で手首を保持して左手で男の左肘を掴み、腕を内側に向かって焚きつけの様にへし折る。
 パキンという感触とともに男の腕が肘から逆方向に折り曲げられ、そこでようやく脳が痛みを知覚したのか男の顔がゆがんだ。だが絶叫をあげようと口を開きかけるよりも早く眼窩に指を捩じ込まれて、男の絶叫が止まる――『隠密殺傷サイレントキル』の影響下にある以上、叫んだところでその絶叫は誰にも届かないが。
 アルカードは顔を鷲掴みにした手を突き込んで男の体を押し出す様にして突き飛ばすと、その動きで眼窩に捩じ込んだ人差し指と中指を引き抜いた。体勢を崩した男の両脚の間に左足を捩じ込み、相手の足首に踵を引っ掛ける様にして内懐に踏み込みながら、右の掌打で下顎を突き上げる――続いて撃ち込んだ肩の当て身が、身長差のためにちょうどうまく胸に入り、胸骨と肋骨が片端から折れる感触が伝わってきた。
 追撃で繰り出した左の肘撃ちが鳩尾に突き刺さり、その動きで浮きかけた状態から後方に吹き飛ばされた男の体が、為す術も無く仰向けに倒れ込む――踏み込んだときに足首を引っ掛けていたために、その足がちょうど男の足を刈り払う様な役目をして、よろめいて体勢を立て直すことも出来ない。
 もっとも足を引っ掛けていなくても、まともに体勢を立て直すことが出来たかどうかは疑わしいが――後頭部からもろに地面に倒れ込んだ男が、蟹の様に血の泡を噴きながら痙攣している。両目は完全に潰され、下顎はふたつに割れて喉に突き刺さり、胸部は象にでも踏み潰されたかの様に完全に陥没している。口の端から噴き出す泡に、吐瀉物が混じり始めて胃液臭い。
 しまった――やりすぎたかな。これじゃ苦痛を感じる意識も無いかもしれん。
 胸中でつぶやいて、アルカードは小さく息を吐いた。どうせ声に出したところで自分にさえ聞こえないのだ。
 まあいいか、別に――そう結論づけて、もうひとり、痩せた男のほうに視線を向ける。
 真新しい生傷のある右手を懐に入れて白鞘込めの短刀を抜き放ちながら、男が後方に跳びすさって距離を取る――よりも早く、アルカードは前に出た。抜き放ちかけた短刀を反応する間も与えずに奪い取り、左手で保持した短刀の柄頭で男のこめかみを撃ち据える。
 その衝撃に耐えきれなかったのか、白木の柄に亀裂が走った――男の体がぐらりとかしぎ、続いて反対側のこめかみに掌打を撃ち込まれて風に揺れる稲穂の様に揺れる。逆手に持ち替えた短刀で顔面を斜めに引き裂き、続いて右手で肩を掴んで引き寄せた男の鳩尾に膝蹴りを叩き込む。続いて後頭部に右肘を叩き込み、アルカードは男の体を脇に投げ棄てた。
 体の左側を下にして倒れ込んだ男が、体をくの字に折ってげえげえと咳き込んでいる――アルカードはその鳩尾を狙って爪先を突き刺す様にして蹴りを叩き込み、男の痩身を仰向けにひっくり返した。
 男が恐怖の浮かんだ視線を向ける先で、手にした白木の柄を握り潰す――乾燥した木製の鞘が粉々に砕け、その中の硬い鋼の茎も変形してゆく。
 色を失った男を見下ろして、アルカードは指の形に歪んだ短刀を足元に投げ棄てた。鋼の刀身がアスファルトの上で跳ね回る、その音も聞こえない。
 『隠密殺傷サイレントキル』はアルカードが独自に組み立てた儀典魔術のひとつだ。
 言葉の意味は『大気よ、我が意に従うべし』――魔術としての効果は周囲の設定した範囲内における流体の振動伝播を抑制するというもので、これを行うと周囲に存在する気体や液体は振動波や衝撃波の伝播の媒体としての特性を一時的に失う――具体的には効果範囲内を伝播する振動波や衝撃波の周波数帯が低くなり、伝播速度も極端に低下して、結果効果範囲内における可聴範囲内の音の音量が極端に小さくなる。
 この範囲内では小さな音はまったく、ジェットエンジンの様な轟音を間近で聞いても標準的なテレビの音量くらいにしか聞こえなくなる。爆発物が爆発しても音は小さく抑えられ、伝播速度が低下するために爆風はほとんど発生しない。
 効果範囲にある人間同士の相互の会話なども含めて日常的なほぼすべての音声が聞こえなくなるため、異状にはすぐに気づかれるが、ごく短時間の強襲制圧等には十分な効果がある――会話による連携も取れなくなるので、撹乱にも使うことが出来る。その一方で味方同士の会話によるコミュニケーションも妨害されるため、仲間とともに立つ戦場で使うのはいたずらな混乱を招くが。
 まあ逆に言えば、周りに聞かれたくない様なことをするのにはもってこいだ――今の様に。
 状況についてこられず対峙している相手が誰かも理解出来ないまま、男が恐怖に染まった表情でアルカードを見上げている。
 なにか言ってやろうかとも思ったが、やめておく――どうせ聞こえない。アルカードは片足を持ち上げて、男の顔に踵を落とした。
 さて――
 胸中でつぶやいて、アルカードは屋敷の門に向かって歩き出した。

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