徒然なるままに修羅の旅路

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In the Distant Past 38

2015年11月29日 14時42分07秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 同日午前八時半ごろ――
 羽柴恭一がマックス製薬で爆発が起こったとの一報を受けたのは、午前六時のことだった。といっても、ニュースを見た同僚から受けた電話で叩き起こされたというだけのことではあるのだが。
 本社にも電話は入れてみたのだが、どういうわけだかまったく通じない――ビル内の宿舎に居住同然に泊まり込んでいる同僚数人にも電話をしてみたが、いずれも応答しなかった。まるで誰も彼もみんな、とうの昔に死亡してでも・・・・・・・・・・・・いるかの様に――
 電話連絡があったのは七時前の話で、電話が鳴ったのはちょうど本社ビルまでの三十分ほどの通勤のために靴を履いていたところだった。
 電話連絡の内容は自宅待機指示で、そのときに聞いた話によると本社ビルに侵入者が押し入って地下にあるメインの配電設備とディーゼルエンジンの予備電源が爆破されたらしい――羽柴は裏の部門の人間だったので、同じく裏の部門に所属する電話連絡を寄越した同僚も忌憚無く話してくれたのだが。
 マックス製薬本社ビルは、ここ十年程の間に新築し、三年前に入居したものだ――大量の調製槽とスーパーコンピューター、行政には届けていない構造の変更等、内密にしなければならないことが掃いて棄てるほどあった。
 警察の捜査の手が入るとなると、厄介なことになるかもしれない。村山政権時代の国家公安委員長にはパイプはあったが、現政権の公安委員長にはマックス製薬はコネが無い――現政権の閣僚にも企業献金である程度融通の利く相手がいないわけではないが、どの程度抑え込めるのかは正直怪しい。
 正直に言ってしまえば、マックス製薬の裏の研究部門は露顕すればはっきりとテロリスト認定を受けるものだ――それも毒ガスや細菌といった生物兵器よりも、よほどたちが悪い。間違い無くオウム真理教に続く、日本の歴史上二番目の破防法適用検討例になるだろう。
 彼らが造っているのは、キメラという生物兵器だ。
 キメラという単語の由来はギリシャ神話に登場する怪物で、テュポーンとエキドナの娘である。
 生物工学においてはキメラという単語は生物工学的には異なる細胞群から形成される一個体のこと、もしくはその状態そのものを指す。有名どころではニワトリとウズラのキメラだが、バニシングツイン、妊娠初期に二卵性双生児だった双子の一方にもう一方が取り込まれた結果として部分的に遺伝情報の異なる細胞群、もしくは器官が形成された個体が出来ることもある。
 だが、羽柴たちが開発しているキメラはそれとはまるで異なるものだった――キメラという呼称自体は、ただ単にスポンサーがそう呼んでいるために彼らもそう呼んでいるのだが。
 羽柴は研究主任である若林源蔵の下で働く三人の研究副主任のひとりで、三人の副主任の中で最年少だった。
 羽柴のもともとの研究分野はアダルト・ステム・セル、日本語に直すと成体幹細胞と呼ばれる、いわゆる万能細胞の様々な体組織への分化のコントロールだった。
 一般的には体性幹細胞と呼ばれていた成体幹細胞は生物の体内に存在している、最終分化して用途・・が定まる前の未分化の状態の細胞だ――細胞分裂によって増殖することにより最終分化細胞への前駆細胞の供給源として働き、死んだ細胞を補充し損傷した組織を再生される機能を持っている。
 一般には胚性幹細胞とごっちゃにされることも多いが、生体の体組織に含まれる成体幹細胞は胚性幹細胞ほどの分化の多様性を有してはいない。
 だが成体幹細胞は胚性幹細胞ほど応用幅は広くないものの、胚性幹細胞よりもはるかに手軽に取り出すことが出来、また倫理議論の観点からも扱いが容易である。
 胚性幹細胞は、そして成体幹細胞も、電気刺激や薬品によって神経・皮膚・筋肉などの必要な組織に分化させ利用することが出来ると考えられて研究の対象となってきた――究極的には人体を部品交換・・・・によって永らえさせることを目標に、世界中で様々な研究者が血眼になって研究に取り組んでいる。
 羽柴の研究テーマは幹細胞の研究者たちの大半同様再生医療の一種だが、生体幹細胞から製作者の意図したとおりの組織を薬品を使わずに電気刺激のみで造り出すことを研究の主眼に据えていた。
 マックス製薬の裏の顔、キメラ調製実験研究部門のスポンサーであるあの男――グリゴラシュ・ドラゴスというラテン系の大男の要求スペックの中に、状況に応じて筋力増幅型やレーザー砲装備型といった複数種類の調製型タイプを自在に切り替えて戦える様にすることというのがあったのだ。
 グリゴラシュ・ドラゴスという名で紹介されたその男――黒髪に血の様に紅い目をしたその男が提示した要求スペックは、現在の生体工学技術を以ってしても極めて実現が難しいものだった。
 1. 格闘戦を主体とした基本形をベースに、状況に応じて様々な調製型タイプ切り替え、追加装備を構築して戦える様にすること
 2. 調製型タイプ切り替えによって構築可能な追加装備はいくつあってもよいが、最低限レーザー砲を備えていること。多ければ多いほどよい。
 3.ベースとなる筋力増幅型は水中や砂漠、寒冷地といった局地でも活動可能なものであること。すべての個体があらゆる状況に適応出来る個体である必要は無く、寒冷地用に保温性の高い体毛を備えた個体や砂漠に適応した個体、鰓を備えて水中でも活動出来る個体など、状況に特化したものであってもよい。
 4. ある生物に対してその代謝機能を狂わせ、一時的にでもいいので肉体の再建を阻害する毒を開発し、開発したキメラにそれを分泌する腺を組み込むこと
 5.筋力増幅型時のパワーは、少なくとも常人の百倍を超えること。調製型タイプ切り替えで筋力値の変動が起こらなければなおよい。
 6.最終的には上記のスペックをすべて満たしたうえで、すでに成人した人間をキメラに改造する技術を確立すること。
 特に厄介なのが1と6だった――どちらもグリゴラシュ・ドラゴスが提供した先人の実験記録には存在しないもので、一から手探りしていかなければならなかったからだ。そしてその場で自己調製を行うためにはいちいち薬品など用意してはおられず、また数十秒単位の極めて短い期間で体組織の融合と増殖、分化を行わなければならない。
 これらの要求スペックを実現するには神経細胞の電気信号のみで分化の方向性を正確に決定する必要があり、そのために羽柴は彼らに必要とされたのだ。
 実際6は今のところオルガノン数体しか成功例が無く、1も寒冷地用局地戦型の狼に似たキメラ――ウルフェランス一体しかない。
 さらにそのウルフェランス自体が、まだ個体寿命のチェックまでは済んでいない状態だった――ウルフェランスは両肩に必要に応じて生体レーザー発振器官の構築を行うことに成功したはじめての例だが、それは使い物になることとイコールではない。
 状況に応じて調製型タイプ切り替えを行うのはそのたびに体組織が融合と死滅、分裂と増殖を繰り返すために、生体に大きな負担がかかる。さらに十分な速度でそれを行うためには極めて速い代謝速度が必要になり、それはつまり受傷した場合の修復速度も速くなるものの、寿命も短いということでもある。
 計算上は『槽』から出して待機させている状態で、三週間程度しか生きられないはずだ――調製型タイプ切り替えを繰り返したり損傷の修復などを行う戦闘行動をとれば、その寿命はさらに短くなる。
 だがきわめて強力なキメラには違い無い――今のところ筋力低下と引き換えに生体レーザー砲を構築することしか出来ないが、試行錯誤を繰り返してもっと強力な個体を作ることも可能だろう。代わりに寿命はたとえ待機状態でも、さらに短くなるだろうが――
 研究内容が公に露顕すれば破防法適用に加えて、生物工学分野の倫理的問題も指摘されることになるだろう。
 パソコンデスクの脇に置いてあった十五インチの液晶テレビに映し出されたニュースの映像を見ながらイライラと脚を組み替えてから、羽柴は強くかぶりを振った。
 情報が無いまま考えても仕方無い。とにかく頭を落ち着けよう。同僚や上司と話して少しでも情報を集めて、考えるのはそれからだ。
 机の端のほうに置いてあった電話機に手を伸ばし、受話器を取り上げる――キメラ調製研究の責任者である若林源蔵の自宅の電話番号をプッシュしながら、羽柴は眉をひそめた。連絡網に従って電話を寄越した大沢彰は、別の連絡網の同僚から聞いた話として若林と連絡がつかない、と言っていたが――
 プルルルルルという呼び出し音のあと、
「もしもし」 聞き慣れない若い男の声が聞こえてきて、羽柴は眉をひそめた。
「失礼、若林源蔵さんのご自宅ですか? 源蔵さんは――」
「そうです。そうですが――父は――その――亡くなりました」 という返答からすると、電話に出た相手は息子なのだろう。社会人の息子がふたりと大学三回生の息子がひとり、合計三人の子がいると聞いたことがあるが。
「亡くなった?」 さすがに動揺が声に混じるのを抑えきれないままそう聞き返すと、電話の相手はこちらもお世辞にも冷静さを保てているとはいえない様子で返事をした。
「はい、二時間ほど前に。自宅を出発しようとしたときに突然車が爆発したとか」
「とか?」
「俺は大学の寮に入ってて、家にいなかったもので」 その返答から推せば、彼は大学生の三男なのだろう。
「その、お母さんは?」
「遺体と一緒に病院です。その、母親もショックで状態がよくないので」
「ああ、そうでしょうね」 思わず間の抜けた返事を返して、羽柴は少し考え込んだ。
「すみません、俺ももう病院に行かないといけないんです。失礼してもよろしいですか?」 という相手の言葉に弔辞を言うことも思いつかないまま、電話を切る――死んだ? 若林源蔵が、このタイミングで?
 少し頭を冷やそうと思って若林のところに電話をしてみたら、余計に混乱の材料が増えただけの様な気もする――こめかみを指で揉みながら、羽柴は席を立って窓際に歩み寄った。
 五十階建ての高層マンションの最上階から見下ろす東京の光景が、眼下に広がっている――掃き出し窓を開けてバルコニーに出ると、羽柴はバルコニーのへりに歩み寄って手すりに手をかけた。
 午前中の空はよく晴れており、昇り始めた太陽がバルコニーを照らし出している。地上に比べるとかなり冷たい風が、穏やかに頬を撫でていった。
「どういうことだ……」
「――おまえが知る必要は無い」 唐突に背後から聞こえてきた声に、ぎょっとして振り返る――より早くスラックスのベルトを背後から掴み上げられて、羽柴の体は首をつまんで持ち上げられた仔猫の様に軽々と床から引っこ抜かれた。
 ぐるりと視界が反転する――状況判断も追いつかぬまま、羽柴の体は手すりを乗り越える様にしてバルコニーから放り出された。
「今から死ぬ男には、なんのかかわりも無いことだ」 まるで使い慣れていない言語でもあるかの様にたどたどしい――しかし氷の様な冷酷さを感じさせる声の主の姿を、羽柴は落下する直前の一瞬だけ目にすることとなった。
 獅子の鬣を思わせる暗い色合いのあでやかな金髪に、鮮血のごとき紅い紅い瞳。
 人を殺すことに慣れきった冷たい視線が、瞬きひとつぶんの間に視界から消えることになるであろう羽柴を冷徹に射抜いている。
 男は特に道具らしいものは持っていない――それに先ほど羽柴の体を持ち上げたのは人の手だった。あの男が信じがたい力で七十キロある羽柴の体を持ち上げ、そのまま手摺の上から突き落としたのだろうか。
 考えるいとまも無かった。そのまま羽柴の体は重力に従って地上に向かって落下し――数秒後、どこかに掴まることも出来ないままエントランスの屋根に叩きつけられた。

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