徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 2

2016年01月09日 23時39分16秒 | Nosferatu Blood
「なにしてるんですか」 近づいていったアルカードが声をかけると、隣でかがみこんでいた蘭がこちらに視線を向け、
「あ、アルカード。おじいちゃんが、俺は酔わないぞーってぐるぐる回ってたら酔っちゃったの」 それを聞いて、アルカードが壊れたおもちゃを見る様な視線を老人に据える。
「否だってほら、凛とか蘭が平気だって言ってたからな、私もまだまだ――」 どうやら自分は船酔いしないということをアピールしたかった老人が、その場でぐるぐる回っていたら目を廻したということらしい。アルカードは老人の口にした弁解を聞いて心底あきれ果てたという表情で、
「なに考えてんですか、まったく――フィギュア教室でしょっちゅうぐるぐる回ってる凛ちゃんや蘭ちゃんならともかく、普段ろくに運動してない年寄りがそれも船上でそんなんやったら酔うに決まってるでしょうが」
「ううう」
「まったく、もう。せっかく船酔いしてなかったのに、アホなことやってるから患者がひとり増えたじゃないですか――なにやってんですか、ほんとに」
 ほら、医務室に行きますよ――老人の体をふたつ折りにして肩に担ぎ、アルカードが歩き出す。
「おま、それ余計気分悪いんだが――」
「ええい、文句の多い」 あまり雇い主に対する敬意の感じられないぼやきを口にして、アルカードが老人の体を降ろして普通に肩を貸す。
「ううえ、よりによってこんなマッチョと密着せにゃならんとは――」
「ああはいはい、俺だって六十過ぎた爺さんよりも、若い女の子のほうがいいですよ」 おっさん臭いことを言いながら、アルカードは老人の体を半ば引きずる様にして歩き出した。
 まっちょ? 首をかしげながら、彼らについて歩き出す。
 スペイン語を語源とする英語のmachoなら、男らしいとか男っぽいという意味になるのだろうが――たぶんそうではないのだろうから、まっちょって漢字でどう書くのだろう。抹著?
「凛ちゃん、マッチョってなに?」 下りのエスカレーターに乗り込む吸血鬼のあとをイレアナと子供ふたりと一緒にぞろぞろついていきながら凛にそう尋ねると、
「えっとね、筋肉むきむきの人のこと」 凛は首をかしげながらそう返事を返してきた。
 ふうん、と返事をして、リディアはアルカードに視線を戻した。どうやら英語のmachoと大意は同じらしい。ほかの英単語と同様、日本人に浸透して本来の意味とは異なる使い方をされている英語なのだろう。
 アルカードは身長が高いのと体型がスリムなので細身に見えるが、ウェイトリフティングでこしらえたものではない苛烈な運動の中で身についた粘りのある筋肉がしっかりとついている――というか、レザージャケットのせいでわからないが、実は彼は腕がとても太い。
 病院であの腕に抱かれたときのことを思い出して、リディアはぶんぶんと首を振った。あんなのはただ、怪我人を助けてくれただけだ。あのとき抱きかかえられたのも、その前の日、ライブハウスから連れ出したときのも。酔っぱらったフィオレンティーナに対してだって、態度は変わらなかった。彼にとっては普通の対応でしかない。
「ところでリディア」
「はい!」 いきなり呼びかけられて、リディアは裏返った声で返事をした。
「なんですか?」
 いったん足を止めて振り返ったアルカードはリディアの妙な反応に首をかしげつつ、
「医務室ってどこにあるんだ?」
「……知らないで歩いてたんですか?」
「うん」 存外素直に、吸血鬼がうなずく。
「はぁ、こっちですよ」 溜め息に載せる様にしてそう答え、リディアはちょうど差し掛かった丁字型の角を曲がった。
 
   *
 
 サイレンの音とともに、反対側の車道を消防車が走り抜けてゆく。一キロほど先の向かい側にある消防署から出動してきたのだろう。遠ざかってゆく消防車を見送って、マリツィカは首をかしげた。
「なんかさっきから騒がしいね」
「どこかで火事でもあったのかしらね」 そう返事をしてから、横を並んで歩いていた手島紗希が前に視線を戻す。
「ところで――」
 今日は片平由香は父方の曽祖父の法事、古谷静はここ三日間ほど盲腸炎を患い、抗菌薬による治療の経過観察が必要になるために硲北と深川南の間を東西に走る幹線道路沿いの北川総合病院に入院している――マリツィカと紗希は、その見舞いの帰りだった。
 紗希は手にした紙袋を翳して、
「ドラゴスさんだっけ? あの人、今日は出かけてるの? うちの父さんが、こないだお世話になった話をしたらお礼に渡してこいって、日本酒預かってきたんだけど」
 ああ、あの大荷物はそのせいか――紙袋の口から覗く日本酒の化粧箱に視線を向けて、マリツィカは胸中でだけ納得した。
 最初落ち合ったときはそれが入院中の静に対する見舞いの品かと思って――まあ、中身が化粧箱入りの日本酒だということはすぐに気づいたが。まさかそれを静への見舞いの品にするつもりではないだろうとは思っていたが、どうやらアルカード相手の手土産だったらしい。
「出かけてるよ。荷物をほとんど持って出ていって、ここ四日くらい帰ってきてない」
 マリツィカがそう返事をすると、紗希は形のいい眉をひそめて、
「荷物持ってって、引き払ったってこと?」 どうしようこれ――手にした紙袋に視線を落とした紗希に、マリツィカはかぶりを振って、
「着替えとかは置いてあるから、そうじゃないみたい。無いのは仕事用の荷物だけだよ」 アルカードは数日間戻らないと宣言してから出かけていったし、彼の私物もいくらか家に残っている――掃除のために一度だけ部屋に入ったときに見た限り、置いていったものはほとんどがチャウシェスク邸に来てから調達したもので、彼がどうしても必要とするもの、つまり武装のたぐいはすべて持ち出されていた。
「ああ、つまりヴァチカン市国から教皇でも来てるってこと? ニュースじゃやってなかったと思うけど」 お忍びで来てる教皇様をボディガードでもするのかしら? 人差し指を顎先に当てて、空を見上げる様な仕草でそんなことを口にする。
 鎧を着たボディガードはいないと思うけどね――胸中でだけそうつぶやいて、再び前方に視線を戻す。
「わからない――アルカードは普段、わたしたちに仕事のことは話してくれないから」
「まあ、べらべらしゃべる様な人なら務まらない仕事だよね、きっと」 と返事をしてから、紗希も前方に視線を戻す。
 もっとも、口数こそたしかに少ないが、彼はそれなりに人づきあいはする男だ――先日デルチャの夫である神城恭輔の祖父に当たる蘭の父方の曽祖父母が曾孫の様子を見るために訪れたときには、鉢合わせした老夫婦の世間話につきあったり、彼らのために孫と一緒に写った写真を撮ったりしていた。
「――あれ?」 声をあげて、紗希がその場で足を止め――つられて一緒に足を止めたところで、マリツィカはちょうど前方から走ってくるジープ・ラングラーに気づいた。
 ボンネットの左端から左側のフェンダーにかけて、炎を模したパターンの真っ赤なシートが貼られている――何度か目にしたことのある、見覚えのある意匠。
 向こうもこちらに気づいたのだろう、ジープがゆっくりと速度を落とし、ハザードランプを点燈させて車体を路肩に寄せた。運転席の窓を開けて腕を出したアルカードが、適当に手を振る。
「ずいぶん長いこと出かけてたね」 近づいていって声をかけると、
「ああ、やっと終わったよ」 なんだか疲れた様子で、運転席に座っていたアルカードがそう返事をする。
「疲れてるね」
「ああ、疲れてる。ここ数日間ろくに寝ていないんでな――日本語ではフミンフタイというんだったか? それだったからな」 眠そうに欠伸をするアルカードとジープを見比べて、軽く小首をかしげる――ふたい?
 もっとも、字面を思い浮かべればすぐにわかった――不眠不体。
「アルカード、それ不眠不休だよ――体じゃなくて休み」 というマリツィカの訂正に、アルカードがこちらに視線を向けてこくりとうなずく。
「そうか」 彼はドアに肘をかけてふたりを見比べ、
「君たちはどこへ行くんだ?」
「もう用事は済んだから、うちに帰るの」 というマリツィカの返答に、アルカードがうなずく。
「なら、乗っていくといい」 と勧めてきたところをみると、つまりもう家に帰る途中なのだろう――都心方面からこちらに高速でやってくると、この国道沿いの出口は硲方面に向かう科川西の交差点と総合病院のちょうど中間あたりになる。つまり、高速から降りてマリツィカの自宅に帰ろうとすると必ずどこかでUターンしなければならないのだ。
 アルカードは紗希に視線を向けて、
「君は?」
「あ、ドラゴスさんがマリツィカの家に帰るんでしたら是非」 紗希がそう返事をする――彼女はバスで硲南と西のちょうど中間あたりにあるバス停までやってきてからマリツィカと合流したので、自前の移動手段が無い。見舞いを済ませたあとは自宅でふたりで遊ぼうという算段になっていたので、自宅に向かう途中だったのだ。
「それなら乗るといい――向こうの交差点でUターンして、マリツィカの家に向かうから」
 アルカードの返事に、歩く手間と時間が省けたふたりの少女たちは嬉々として車の後部座席に乗り込んだ。
 ドアを閉めるのを確認してから、アルカードは車列が途切れるのを待ってジープを発進させた。
「それにしても――さっきから緊急車輌が多いな」
「はい、もう五台くらい――」
「俺は高速道路の出口を降りてから二台見かけたよ」 そう返事をしながら、アルカードが車を右折レーンに入れる。
「さっき走っていった赤いのはファイアエンジンだろう? 日本語でなんといったかな、忘れたが」
 Fire engine? 一瞬言葉が頭の中から出てこなかったマリツィカより先に、その英単語を理解した紗希が小さくうなずく。
「消防車です」
「消防車か。ということは、どこかで火災でも起こったのかな」
 そう答えて、アルカードは信号が変わるのを確認してジープを交差点に進入させた。
 そのまま一気に転回して対向車線に入り、アクセルを踏み込む。サイレンの音とともに対向車線を走ってきた救急車が、北川総合病院の緊急車輌用出入り口に入っていった。
「ところで、残りのふたりはどうしたんだ? 一緒じゃないのか」
「ひとりは法事で、もうひとりはちょっと入院してて。今日はそのお見舞いだったんです」
「入院? 大丈夫なのか?」 後部座席を振り返って、アルカードがそう聞き返す。法事は意味がわからなかったのか、言及しなかった。
「ええ、簡単な投薬治療みたいです」
「そうか」
 先ほど降りて来たばかりであろう高速道路の出口を横目に、科川西の交差点に到達する。
 信号の切り変わりのタイミングが悪かったのだろう、ジープが到達するころには右折信号は消えている――再び右折可能な状況になるまで一分ほど待ってから、アルカードは片側三車線の大型交差点を右折した。
「おい」 ジープが曲がりきったところで、アルカードが低い声を漏らす。
「どうかしました?」 誰に対する呼びかけかわからなかったからだろう、紗希が返事をすると、
「君じゃない。マリツィカ、あれを見ろ」 というアルカードの返事に、運転席と助手席のシートの間に体を突っ込む様にして身を乗り出し――マリツィカは小さくうめいた。
「あのあたり――」 アルカードの視線の先、ちょうどこの先の交差点で直進道路は車線の区別が無くなるのだが、そのさらに向こう側で激しい煙が上がっている。
 道路を進んだ先に、複数の消防車と交通整理のパトカーが見えていた――本条家の屋敷ではない。もっと向こうだ。

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