徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Long Day Long Night 3

2016年01月09日 23時39分50秒 | Nosferatu Blood
 アルカードが小さく舌打ちを漏らして、ジープを加速させる。ものの数分でジープ・ラングラーは普段アルカードが使っている駐車場や本条邸の前を通りすぎ、マリツィカの自宅の少し手前、硲西の交差点と自宅手前の小さな交差点のちょうど中間、右側に公園のあるあたりに張られた隔離用のテープの前で停車した。
 消防車が数台、道を塞いでいる――その周りにはパトカーが止まって道を塞ぐ様に隔離テープが張られ、野次馬がその外側を囲んでいる。
「……!」 眼前の光景に、息を飲む――塀の向こうで自宅が燃えていた。紙と木で造られた自宅は夏の乾燥した空気のせいで簡単に燃え上がったのだろう、おそらく煙の量と範囲からするとすでに家全体に火が回っている。
 炎に包まれている自宅を目にして凍りつくマリツィカにはかまわず、アルカードがドアを蹴り開ける様にして車の中から飛び出した。
 こちらに来るな、という様に両手を掲げていた警察官がアルカードに近づいてくると、
「ここは今、通行止め――」 アルカードはそれを無視して、
「中には誰がいる」 気が急いているのか愛想の欠片も無いその返事に憮然とした表情を見せる警察官に、続いて車から降りた紗希が声をかけた。
「その人、この家の住人です」
 紗希の助け船に、声をかけられた警察官が彼女に視線を向け――
「質問に答えろ。中に人がいるのか」 アルカードがそう続けると、警察官がなにか答えるより早く、
「マリツィカ!」 数人の警官たちを押しのける様にして、デルチャが姿を見せた――水でもかぶったのかずぶ濡れで、髪や服に焦げ跡があり、手や顔に痛々しい火傷の痕が出来ていた。
「お姉ちゃん! 無事でよかった、ほかのみんなは?」
 そばに駆け寄ったマリツィカの口にしたその質問に、デルチャが答えあぐねて塀の向こうに視線を向ける。家の中に誰かが取り残されているのだと気づいて、マリツィカは再び息を飲んだ。
 どうしよう、どうすればいい? ドラマでやっている様に水でもかぶって飛び込めば、家族を見つけて救い出せるだろうか。考えがまとまらないまま、焦燥感だけが意識を焼く。
「中には誰がいる」 質問の相手を姉に切り替えて、アルカードが再びそんな質問を発する。
「ご主人は救出されて搬送されました」 若い警察官が、横から口をはさむ。彼はデルチャに視線を向けて、
「この人の話だと、中にはお孫さんと奥さんが――」
「わかった」 ジャケットの左袖を肘まで捲り上げながらそう答えて、アルカードはマリツィカに視線を向けた。
「マリツィカ、靴を貸してくれ」
「え?」 唐突なその要求に、彼女は眼をしばたたかせた。それは今この状況で、必要なことなのだろうか?
「早くしろ――おまえの母親は、おそらくなにも履いてないだろうから」
 意図はわからなかったが――マリツィカは急いで自分の履いていたスニーカーを脱ぐと、アルカードに差し出した。
「すまんな」 彼はそう言ってスニーカーを受け取り、警察官のかたわらをすり抜けて歩き出した。警察官や消防士の間を滑らかに縫う様にして歩を進める彼に気づいて、消火の準備をしていた若い消防士が制止しようと口を開く――より早く、金髪の青年が地面を蹴る。
 茫然と見守るマリツィカや紗希、消防士や警察官たちの視線の先で――彼は高さ二メートルの塀を易々と跳び越えて、家の敷地内へと姿を消した。
 
   †
 
「おい、人が入ったぞ!」 塀の向こうからそんな声が聞こえてくる――それを無視して、アルカードは周囲を見回した。
 手近にあった本条老お気に入りの桜の木と、そのそばにある瓢箪型の池――手にしたマリツィカのスニーカーを池に浸して水気をたっぷりと含ませる。
 屋根瓦と壁の上塗り材の漆喰、その下の土壁を除いてほぼ可燃物で造られた家では、燃えるのは簡単だっただろう――すでに炎は日本家屋全体を包んでおり、ところどころで火の粉が爆ぜている。
 周囲の温度が高すぎて、高度視覚での探索は難しい――だが憤怒の火星Mars of Wrathの複合センサーがあるので、簡単に居場所は特定出来た。
 屋敷の中ほど、建物の中央にほぼ近い位置に人影が見える――対流が強いために正確な音響反響定位は難しかったが、ほかのセンサーのデータと突き合わせた限り、ほかにはそれらしい人影は見えない。蘭らしき影は見えないが、泣き声は聞こえる――おそらくイレアナに抱かれているために、判別出来ないのだろう。
 周辺状況評価Evaluation of Surrounding Environment――
 警告ALERT空気中の酸素含有率低下Reduces the Oxygen Concentration In the Air――
 生命活動に支障ありThis Place Has A Life-Threatening――
 憤怒の火星Mars of Wrath情報表示視界インフォメーション・ディスプレイ・ビュアーに、周囲の空気の酸素含有率が低下して活動に支障を生じるレベルであるという警告ダイアログが表示されている――周囲の空気中の酸素が炎の燃焼によって、片端から消費されているからだ。
 ロイヤルクラシックが必要とする酸素の量は基礎代謝の高さや脳の活動量から普通の人間よりもはるかに多いので、空気中の酸素濃度が低下すると人間がまだ活動可能なレベルであっても行動不能に陥ることがままある。
 まったく――ロイヤルクラシックなんてたいしたことねえな。
 胸中でつぶやいて、アルカードは『帷子』を展開した。
 『帷子』は気体を媒体とする熱の移動を遮断し、必要に応じて内部の熱の放出や外部の熱の取り込みを行うことで周囲の極端な温度の変化から本人を保護し、運動や戦闘に適した生理状態を維持するための真祖の能力のひとつだが、同時に炎などの物理的に物体として存在しないものや一定以下の質量を持つ物体の移動――埃や塵、気体の移動である風などだ――も遮断する。
 すなわち『帷子』を展開している間は、炎の中で歩き回っても影響を受けない――『帷子』が周囲のガスの中から生存に必要な成分だけを抽出し、必要に応じて周囲のガスの成分を分解し酸素などのガスを生成して内部に取り込むので、酸欠やガス中毒を起こすことも無い。高熱を帯びた物体に素手で触れるのは、当然遮断出来ないので火傷するが。
 要するに、魔力で出来た目に見えない宇宙服の様なものだ――完全なものではないにせよ、ある程度過酷な環境であっても『帷子』によって通常の活動が可能になる。
 壁をぶち抜くのが手っ取り早いか――否、建物が衝撃で崩壊する危険がある。
 アルカードは手近な軒先に歩み寄り、炎に包まれてところどころ炭化し始めた板張りの廊下に足を置いた――軒先の縁側を覆い尽くして燃え盛る炎が、『帷子』に押しのけられていびつにゆがむ。
 アルカードは左手を伸ばして、障子の枠を掴んだ――障子に貼られた紙はすでに燃え尽きているものの、障子の枠はまだ炎をあげて燃えている。左腕を構成する憤怒の火星Mars of Wrathは、接触した物体の温度を検出して脳に伝えてきている――だがそれだけだ。
 炭化し始めた障子を押し開け、アルカードは炎はまったく問題にせずに燃える床を踏んで歩を進めていった。炎そのものは遮断出来ても、熱くなった畳に自分から触れるときの高熱は遮断出来ない。だが、それもブーツの靴底が短時間であれば防いでくれる。
 めらめらと燃えている襖を蹴破り、あるいは壁をぶち抜いて、アルカードは屋敷の奥へと進んでいった。
 ぱちっという火の粉の爆ぜる音に紛れて弱々しい子供の泣き声が聞こえてきて、アルカードはそちらに視線を向けた。憤怒の火星Mars of Wrathの振動センサーではなく、アルカードの耳がはっきりと幼子の泣き声を捉えている。
 これだけの火災だというのに、どうやってかまだ難を逃れているらしい――だがそれも時間の問題だ。
 胸中でつぶやいて、アルカードは再び歩き出した。
 
   †
 
 腕の中の蘭が、火がついた様に泣きわめいている――すでに周囲は炎に包まれており、白漆喰の壁はそれ自体は燃えていないものの畳を焦がす炎の舌に執拗に舐め回されている。イレアナと蘭を守るのはまるで絶海の孤島の様に、そこだけがいまだ燃えていない畳だけだった。
 かたわらには内側に琺瑯処理された鉄器の大きな花瓶――というか、甕の様な大きな花瓶とその中に活けられていた花が転がっている。
 花瓶に入っていた中身を足したばかりの水を周りに撒いて、少しばかりではあるが火の勢いを喰い止めたのだ――文字通り焼け石に水ではあるが。
 四方の襖や壁を包む激しい炎は、まるでじりじりと取り囲む様にして畳を燃え上がらせている。水気が完全に乾けば、炎はたたみかける様にして一気にふたりを焼き殺すだろう。それを抜きにしても、酸素が消費されてかなり息苦しい。どこかから空気が入ってきているのか、なんとか窒息はせずに済んでいる――当然炎が消えることもないが。
 このままでは焼け死ぬ前に、先に酸欠で死んでしまうだろう――そしてそれはもう、一分も二分も先のことではない。
 もう終わりだろうか。
 孫娘が一緒なのが無念だった。せめてこの子だけでも無事にここから逃がせたなら、満足して死ねるだろうが――
 そんなことを考えながら泣きわめく蘭を抱きしめたとき、轟音とともに壁の一角が瓦解した――正確にはまるでマーガリンの蓋の内側の紙を引き剥がす様に、外側に向かって引っぺがされたのだ。割れ砕けた漆喰の上塗り材とその下の土壁がばらばらと細かな破片を撒き散らし、無造作に脇に投げ棄てられた土壁が地響きとともに砕け散る。
 その拍子に崩れかけた燃え盛る梁を素手のままの左手で平然と支え、細竹を縦横に組み合わせた木舞の残骸を煩わしげに右手で引きちぎって、金髪の青年が姿を見せる――アルカード・ドラゴスはそのまま崩落しかけた梁を見上げ、手を放しても問題無いことを確認して、こちらに近づいてきた。彼は手にしたマリツィカのものらしいスニーカーを畳の上に放り出して、
「無事ですか」 そう声をかけてくるアルカードの周りで、いったいどういうからくりか、炎が彼を避けている――まるで絶対者にひざまずく民草の様に。
「え、ええ――どうしてここに」
 イレアナの質問には答えずに、アルカードは手を伸ばして蘭の体を受け取った。彼が右手を伸ばしてイレアナの手に触れると同時に、それまで肌を焼いていた炎の熱がまるで見えない壁に遮られたかの様に遮断され、同時に息苦しさも無くなった。
「話はあとです。とにかくここから離脱しましょう」
 アルカードはそう言って、蘭の体を左腕で抱き直す。それにどういう意味があるのか、彼は獅子の尾を思わせる金髪を蘭の手首に手早く巻きつけた。
 彼がその作業のために右手を離すと同時に、周りの業火の熱が再び押し寄せてくる。アルカードがその作業を終えてもう一度彼女の手に触れると、押し寄せる熱波は再び感じられなくなった。アルカードが畳の上の、どうやらマリツィカのものらしいスニーカーに視線を向け、
「それを履いて」 言われるままに水気をたっぷり含んでべちゃべちゃになったスニーカーに足を入れると、アルカードは彼女を立たせて障子のほうに歩き出した。
「手を離さないで」 すでに向こう側のことを考慮する必要は無いということか、金髪の青年が平然と障子を蹴り破る――炎の只中を歩いているというのに、濡れた靴越しに感じられる熱以外はどういうわけだか、熱さも暑さもまるで感じない。それどころか彼女たちの脱出を阻むはずの業火は、アルカードが近づくと風に薙ぎ倒された稲穂の様に彼と腕に抱かれた孫娘、イレアナを避けている。
 金髪の青年が最後に一枚襖を蹴り破ると、すでに炎に包まれた玄関の引き戸の前に出た。
 アルカードが硝子を入れた引き戸を無造作に蹴り破ると、開きっぱなしになった門の向こうにどよめく消防士たちの姿が見えた。
 玄関から外に出て門のところまで歩いたところで背後を振り返ると、すでに家全体が炎に包まれていた――アルカードが彼女の手を握っていた右手を離すと同時に、数メートル離れた場所で燃え盛る炎の熱が再び感じられる様になった。
 消防士たちが口ぐちになにか言いながら、イレアナを門の外に連れ出す。アルカードもそれに続いて、門をくぐって屋敷の外に出てきた。
「お母さん! アルカード!」 娘の声に、イレアナはそちらを振り返った。友人の見舞いに行っていて難を逃れたマリツィカが、たしかサキとかいう友人とふたりで、警察官の制止を振り切ってこちらに近づいてくる。デルチャはすでに救急搬送されたのか姿が見えない。
「蘭ちゃん! よかった――」 アルカードから受け取った蘭の体を抱きしめて泣いている娘に、救急隊員が近づいていく。彼は孫娘を受け取り、イレアナの腕を取って、救急車のほうへ導き始めた。
「マリツィカ、おまえも付き添ってやれ」 背後でアルカードがそう指示を出すのが、喧噪に混じって聞こえてきた。
「でも――」
「おまえがここにいても仕方無い。ほかの家族に付き添ってやれ――俺もここにいてもやることは無いだろうが、誰もいないよりはましだろう」 アルカードはそう言ってからサキに視線を向け、
「必要なら彼女はまた俺が送っていく。おまえは今必要なことをしろ」
「う、うん、わかった」 サキが小さくうなずくのを確認して、マリツィカは母と一緒に救急車に乗り込んできた。

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