「もののあはれ」の物語

古き世のうたびとたちへ寄せる思いと折に触れての雑感です。

鮎漁解禁

2008年05月22日 | 季節のうつろい
 太公望たちが待ち焦がれる鮎釣りの解禁日は、日本各地、大体6月1日なのでしょうが、日田地方では、一足早く20日、解禁になりました。
 テレビに映し出される釣果は、15センチから18センチのやや小ぶりの鮎で、元気にタモで跳ねていました。
 鰹と並んで初夏の到来を告げる魚です。源氏物語のなかに「西川(大堰川のこと)より奉れる鮎、・・・御前にて調じてまゐらす。」とありますから、御前でどのように調理したのか興味があります。
 現在のように、串を打って、化粧塩をつけての塩焼きにしたのでしょうか、それとも鮎なますにして、庖丁捌きの見事を見せたのでしょうか。これに冷酒、水飯ですから、暑い日でも食は進むというものです。

 万葉集にすでに詠われる鮎漁は、鵜飼はもとより、筑紫松浦川で若鮎を釣る乙女と、大伴旅人は洒落た歌を詠み交わしていますから、乙女たちも釣りをしたものでしょう。(巻五 註1)
 また、「やなほこり」「敷き網」が詠われていますが、日田地方では、やなば漁が見られますし、敷き網漁は想像もできますが、ひどい漁に、「蓼流し」(註2)という方法も詠われています。
 人々は、あらゆる手立てを工夫して、古くから鮎を賞味し続けてきた証しといえるでしょう。
 都府楼址の資料館展示にも献立の中に鮎の焼き物がありました。
 養殖ものではない天然の若鮎の美味を求めて筑後川畔の温泉にでも出かけましょうか。

  註1 松浦川川の瀬光り鮎釣ると立たせる妹が裳の裾ぬれぬ
     春されば我家の里の川門には鮎子さ走る君待ちがてに

  註2 蓼タデを搗いた汁を流して、仮死状態になった鮎をすくう漁法
     み山川のぼる子鮎の蓼流しからくも濁る世に生まれけむ 藤原知家


    古い絵ですが鮎を描いたことがありますので。

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2 コメント

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香魚 ()
2008-05-22 16:16:04
  一群の鮎眼を過ぎぬ水の色  虚子

 渓流を泳ぐすがたそのままに、活きの良い鮎。上品な香気がただよう絵ですね。墨の具合が軽快です。
 もう 鮎の季節…  踊り串に化粧塩して、待てません。

 行ってらっしゃい。 お気をつけて…
 
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年魚 (boa !)
2008-05-22 17:48:59
川魚の王ですね。みやびの世界よりまず食い気の下品を愧じます。川から海へ、そしてまた川へ戻って、秋流れを下って海に入り死んで行く年魚は、美しい軽快な魚。わたが好きです。

化粧塩打ったる鰭や鮎見事 

と詠んだのは秋櫻子でした。

山の色釣り上げし鮎に動くかな   原 石鼎

この句にしたたる翠の山とはねまわる鮎の動き、生動する季節を感じます。

絵を褒めていただき嬉しいです。仲間には、面白うもおかしゅうもないと不評でしたが、自分では気に入っていたのを憶えています。
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