日光山系 ななころびのあの山の向こうに

あの山の向こうには何が待っているのだろう。7回ころんだら7回起き上がる、平凡ハイカーななころびの気まぐれ山行録です。

いろいろあった2012。山関連でき事・ベストテン part.3

2012-12-30 14:01:17 | まとめモノ

2012年、総集編・・・感動の(ウソ(笑))最終回です。 まずはランキング3位から。

ランク 3: 於呂倶羅山で魔の彷徨をする
ヤブ慣れしたかたなら何てことのない日光/於呂倶羅山。今年5/5、GW休み最終日に初めて行ってみた。ヤブ山など歩いたことがなかったのだが、高薙山などに少し興味を持ち出し、たそがれさんやその他のかたがたのネット記録を読んでいるうちにたどり着いたのが、この山。自分でも何とか行けるのではないか、と思ったのが単純な理由。当初久しぶりの雲取に行く予定だったが、遠距離運転が面倒くさくなり、急遽於呂倶羅山行きになった。
中腹以上はくるぶしが埋まる程度の雪歩き、道は何とかわかった。山頂には無事到着。下山は来た道をピストン、自分の踏跡を辿るだけと簡単に考えていた。その後のことは下記レポを見ていただければと思うが、北東に延びる間違い尾根に引き込まれにっちもさっちも行かなくなる。雪の尾根から下山する道がわからなくなってしまったのだ。この時の気持ち、考えていたことを表すと・・・
来なければよかった。だれか地元の山岳会の人でも歩いてこないかな。そして、大人なので泣くに泣けないのだが、子供時代であれば泣きたい気持ち。焦ってあわてころぶ自分を必至に落ち着かせた記憶がある。来た道を戻っても降りる道を探し出す自信も無し、ビバークしても状況は同じ、かえってビバークするほうが怖かった。彷徨を始めて1時間、山王林道彷徨に降りるようななんとか下れる急な沢状の部分を発見し、地形図で見ても行けそうなので、度胸を決めて降りてみる。急な斜面ではあったが運良く癖のある沢でなかったのが幸いし、1時間ほどで無事林道に降り立つことができた。降り立った山王林道は天気もよく、その時の気持ちと言ったら・・・ストックを両手に持ちあげて、ジャンプして小躍りするほど。 プロ野球の年間優勝シーンのマウンド上のようなことを心の底からしてしまったのを覚えている。この事はよほどこたえた、後は磁石をこまめに見る歩きが定着するようになった。この時の感激がなければ、この後の私の山行はこんな展開にはなっていなかっただろうと思う。ヤブ山にはまるきっかけ、変な名前の於呂倶羅山に大感謝、思い出深い山である。
http://blog.goo.ne.jp/blgmnt49/e/39c071dff9ccddd6a4ed0442bbc160f5
http://blog.goo.ne.jp/blgmnt49/e/2244b4c077965dd64b42b92894c1fd58

(まだこの辺りは気分よく歩いていた尾根道)



ランク 2: 憧れの高薙山に登れたこと。

なんといっても、ネットでいろいろなヤブ山を検索するきっかけとなったのは、燕巣山と高薙山の存在のせいである。最初は行くつもりもなく眺めていて、次第に行くとしたらのような読み方になっていき、登頂記録レポを読んでいて結構登るのは難しそうだな、などと考えていた。
5月からヤブ山歩きが面白くなり、於呂倶羅山2回、太郎山(一般ルート)、金田峠など高薙山に一歩づつ近づくような山行を重ねてきた。そして6/2、思い切って念願の高薙山に挑戦した。西沢金山寺跡から登り、北東尾根をつめる。ルートは考えていたよりわかりづらくはなかったが、登り中盤からの、急登、コメツガやシャクナゲヤブの執拗な障害等全くのヤブ初歩人には充分過ぎるほどの高薙山の歓迎だった。4時間以上かけひょっこり山頂に躍り出た時の感動、達成感は今も忘れられない。大切な思い出である。下りは来た道をヤブこぎルーファン歩き。この山、眺望もいまひとつ、達成感一発というような山だが、下から見た時のかっこよさといい、達成できた時に味あわせてもらう喜びなど、自分としては大好きな山になってしまった。半そでで1日歩き、腕が傷だらけになり、翌日会社の同僚に呆れられたのもいい思い出?。
http://blog.goo.ne.jp/blgmnt49/e/59a802d935bf73708eb6aaea711e4fb5
http://blog.goo.ne.jp/blgmnt49/e/9d16844215a96a02ddb977cc1333831c



ランク 1: 山のお仲間ができたこと・・・
ランキング1位は、山自体の思い出ではないのですが、そういうことです。思いもしない自分でブログをやることにもなって、他のかたのブログにコメントを入れたり、入れてもらったりするうちに、何か非常に良い仲間に入れてもらえたような気がする。まさか、ブログを始めて、数ヶ月でこんなに皆さんといい関係をもたせてもらうなんて、ちょっと想像もしていなかった。それぞれのレポにいただく、皆さんのコメントは本体のレポ内容よりも自分にとって貴重なお宝になりました。

たそがれオヤジさん、ハイトスさん、みー猫さん、ノラさん、野球親爺さん、烏ケ森さん、ぶなじろうさん、しぼれさん(お知り合いになった順(おそらく))、 そしてその他のブログを見ていただいている皆さん。ここまで本当にありがとうございました。これからも末永くお付き合いください。
http://blog.goo.ne.jp/blgmnt49/e/56f26583599d1880ad2643c67b5458fd

(10/20 仙ノ倉山頂で)

 


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6 コメント

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感動(笑) (みー猫)
2012-12-30 16:48:58
読後にやや感動がありました(笑)
お礼なんてとんでもないです。気恥ずかしい思いで一杯ですが、かならず間違いをすぐに突きとめてなさるところはななころびさんのお名前の通りですよね。感服いたします。今後ともよろしくお願いいたします。
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みー猫さん (ななころび)
2012-12-30 17:58:13
いやいや、本当に皆さんには感謝の気持ちでいっぱいですよ。5/5に於呂倶羅山であんな経験をせず、雲取で一般ルート普通歩きをしていたら、今年も白根山に2回くらい行って終わりだったかもしれません。運命とは恐ろしいものですね。
皆さんのおかげで、山に行くのも倍楽しくなっている気がしています。
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感動(その2) (ハイトス)
2012-12-30 22:24:02
みー猫さんもななさんもちゃんと一年の総括をやられて偉いですよ。
ネットの力は素晴らしいものですね。
自分も山歩きを初めてから多くの人とネットで知りあい、そして一緒に山へ行くようにもなりました。
たそがれさんもそうですが、やまの町桐生関係者の皆さんと知り合ったのも元はというとネットです。
ちなみにリアルであった最新のお方がみー猫さんです。
来年はななさんとも同行出来る機会が有ればと思っております。
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於呂倶羅山の経験は私にもいくつか (ノラ)
2012-12-31 11:33:36
ななころびさん こんにちは。於呂倶羅山の彷徨は私にも似たようなことが何度かあります。まだGPSを持っていなかった頃に栃木-福島県境の1624mからの降り,会津の大中子山の降りと。これからもまだ何回かあるでしょう。薮の中で降りすぎてしまってもう戻れないと感じる時の心細さ,でも,平常心を保つことが一番難しいですね。私の時は尾根のトラバースでなんとか脱しましたが,ななころびさんが間違った場所はあそこかなって推測してます。
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ハイトスさん (ななころび)
2012-12-31 18:20:38
こんばんは。一年の総括をしているのは、単に暇だからです、お恥ずかしい。ただ、今年一年、自分としては過去にないほどの充実の山ライフを送れたので、総括してみたくなったのかもしれません。ただ、山の面だけでなく、精神面でも同時にかなり充実できた1年でした。
これもネットで知り合いになったハイトスさんはじめ皆さんのおかげが大きいと本当に感じております。2012年は心身共にリーマンショック後の大底から復活ののろしを上げられた1年でした。(大袈裟・・)
ハイトスさんと山にご一緒できるのを楽しみにしています。(こんな弱脚のヤツか、と思われそうでチト怖いです)
それでは、ハイトスさん、来年もよいお年を・・・
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ノラさん (ななころび)
2012-12-31 22:43:50
こんばんは。ノラさんでもやっぱりそんな事があるんですね。お互い安全第一で楽しみましょう。
やっぱり於呂倶羅のような時の為にGPSは必携ですね。最低限来た所へ戻れるというのは何にも代えがたい安心感だと思います。非常時にGPSが作動しなくなったら恐怖ですけど。
於呂倶羅山の主脈は太郎山に登って見下ろしたとき感じましたが、私の引き込まれた北東尾根ですね。それなので、うっかり歩いているとついつい鉄塔登り口に向かって歩いているつもりで、北東尾根に引き込まれそうになります。この彷徨のすぐ後、リベンジ再訪時にもちょっと北東尾根に引き込まれそうになりました。
来年は、その北東尾根を歩いてみたいと思っています。
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