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ROCKSTARS

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ディッキー・ベッツ

2025-02-17 14:27:52 | guitar

ディッキー・ベッツ Dickey Betts


 【出生名】
   フォレスト・リチャード・ベッツ/Forrest Richard Betts

 【パート】

   ギター、ヴォーカル

 【生没年月日】
   1943年12月12日~2024年4月18日(80歳没)

 【出生地】
   アメリカ合衆国フロリダ州ウェストパームビーチ

 【経 歴】
   オールマン・ブラザーズ・バンド/Allman Brothers Band 1969~1976
   ディッキー・ベッツ & グレート・サザン/Dickey Betts & Great Southern 1976~1978
   オールマン・ブラザーズ・バンド/Allman Brothers Band 1978~1982
   ベッツ・ホール・リーヴェル & トラックス 1982~1984
   オールマン・ブラザーズ・バンド/Allman Brothers Band 1989~2000
   ディッキー・ベッツ & グレート・サザン/Dickey Betts & Great Southern 2000~


 リチャード・ベッツ(通称ディッキー・ベッツ)は、オールマン・ブラザーズ・バンドのギタリストとして著名なミュージシャンである。
 「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」2003年版では58位、2011年改訂版では61位にランクされている。

 1943年12月12日、ベッツは
フロリダ州ウェストパームビーチで生まれ、その後ブレーデントンに移った。
 オールマン・ブラザーズ・バンドの最初期には短期間ジョージア州に住んでいたが、人生の大半はフロリダ州のサラソタ都市圏で過ごした。
 ベッツ家はブルーグラスやカントリー・ミュージックなどの音楽に親しんでおり、父はアマチュアのフィドル奏者だった。
 音楽好きな父の影響で、ベッツは5歳の時に楽器を弾き始める。まだ幼く手が小さかったため最初はウクレレ、その後マンドリン、バンジョー、ドラムなどを演奏するようになる。
 ブルーグラスやアイリッシュ・フォーク・ソングを好んで聴くようになっていたベッツがギターを弾き始めたのは10代の前半だった。当時はデュアン・エディーに憧れており、のちB.B. キングをはじめとするブルースに傾倒するようになる。16歳頃にはフロリダから東海岸、また中西部まで幅広くサーキットするようになり、いろいろなバンドで演奏した。
 その後フロリダ州ジャクソンヴィルに移住してベーシストのベリー・オークリーと知り合い、「セカンドカミング」というバンドを結成する。

 1969年、オークリーとともに参加したジャム・セッションで、新たなバンドを組むために才能あるミュージシャンを探していたデュアン・オールマンと出会う。ベッツとオークリーはデュアンと意気投合し、その直後「オールマン・ブラザース・バンド」の結成に参加。メンバーはベッツ(guitar)、オークリー(bass)、デュアン(guitar)のほか、グレッグ・オールマン(keyboard)、ブッチ・トラックス(drums)、ジェイモー(drums)の6人だった。
 ベッツとデュアンのツイン・リード・ギターはバンドの大きな看板で、特徴はその対等な位置関係にあった。これは従来のリード・ギターとリズム・ギターというツイン・ギターの概念を変えるものでもあった。のちにデレク & ドミノスの「いとしのレイラ」に客演して名声を得たデュアンは、「自分は有名なギタリストだが、ディッキーの方が良いギタリストだ」と語っている。
 キャプリコーン・レコードとの契約を得たバンドは、同年デビュー・アルバム「オールマン・ブラザーズ・バンド」を発表したが、これは全米チャート188位に終わった。翌70年にはセカンド・アルバム「アイドルワイルド・サウス」を発表し、これは全米38位に食い込んでいる。このアルバムの中で、ベッツは初期の名曲「リヴァイヴァル」と「エリザベス・リードの追憶」を書いており、ソングライターとしての能力も世に知られるところとなった。


左:デュアン・オールマン 右:ディッキー・ベッツ
 
 1971年、ライヴ・アルバム「アット・フィルモア・イースト」を発表。
 このアルバムによってオールマン・ブラザーズ・バンドの名は一挙に全米に知れ渡ることになる。バンドのみならずロック史上に残る不朽の名作と言われているこのアルバムの中で、最大の聴きどころとも言われている曲が、ベッツの作品「エリザベス・リードの追憶」である。この曲は、のちのフュージョンのはしりとも言われている。

 こうしてオールマン・ブラザーズは順調にスター・バンドへの道を進み始めたが、その矢先の1971年10月29日、デュアン・オールマンがオートバイ事故によって他界する。
 デュアンは花形ギタリストであったと同時にバンドのリーダーでもあり、文字通りバンドの支柱だった。バンドにとって、そのデュアンを失ったということは存亡の危機に立たされたということでもあった。ベッツはバンド内では最年長だったが、のち長男に「デュアン」と名付けるほどデュアンに対しては尊敬の念を抱いていたため、ベッツ自身も大きな喪失感を味わった。
 この緊急事態に新たなリーダーとなったのが、ギタリスト、ソングライター、リード・ヴォーカリストとしてバンドを支えていた他ならないベッツである。
 急遽大きな責任を負うことになったベッツであるが、豊かな音楽性と強力なリーダーシップをもってバンドを牽引し、解散の危機から救ったのである。
 デュアンの後任として迎えられたのは、ギタリストではなく、キーボード奏者のチャック・リーヴェルであった。そしてバンドは、製作途中だった「イート・ア・ピーチ」を完成させ、全米チャート4位に送り込んだ。
 このアルバムに収められている名曲「ブルー・スカイ」もベッツのペンによるものである。ベッツは当初グレッグ・オールマンにこの曲を歌ってもらおうとしたが、グレッグは「これは君の曲で、君らしく聞こえるし、君が歌う必要がある」と、ベッツに自分で歌うよう勧めたという。

 1972年10月にはニュー・アルバムのレコーディングが始まったが、その1ヵ月後の11月11日、今度はベリー・オークリー(bass)が死亡する。デュアン・オールマンが事故死してから約1年後のことで、またもやバイク事故であった。
 バンドにとって立て続けに起きた大きなアクシデントだったが、ベッツはこの時もリーダーシップを発揮して難局を乗り越え、改めてその存在の大きながクローズ・アップされた。
 制作途中だったアルバムは、1973年8月に「ブラザーズ & シスターズ」のタイトルでリリースされ、全米チャート1位の大ヒットを記録。このアルバムからは、ベッツが作詞作曲とボーカルを担当した「ランブリン・マン」がファースト・シングルとしてリリースされ、バンド史上最高の全米2位を記録した。続くセカンド・シングル「ジェシカ」もベッツのペンによるものであるが、この曲はベッツが彼の幼い娘ジェシカからイマジネーションを得て書いたものであり、今ではサザン・ロックを代表するインストゥルメンタルとしてロック・ファンに愛されている。
 ちなみに、「イート・ア・ピーチ」に収められている「ブルー・スカイ」とは、ベッツの最初の妻サンディのニックネームであり、ベッツとサンディのあいだに産まれたのがジェシカである。
 1974年にはカントリー・ロック色の濃いファースト・ソロ・アルバム「Highway Call」を発表している。



 オールマン・ブラザーズ・バンドは国民的人気バンドに成長したが、ベッツとグレッグ・オールマンとの間に生じた不協和音や、メンバー間の音楽的見解の相違がもとで、1976年に解散する。ベッツは「ディッキー・ベッツ & グレート・サザン」を結成、1977年にはファースト・アルバム「ディッキー・ベッツ & グレート・サザン」をリリースした。このアルバムに収録されている「ブーゲンヴィリア」は、のちにハリウッドのスター俳優となるドン・ジョンソンとの共作である。

 その後、グレッグ・オールマンから和解を求める提案があり、これがきっかけとなってオールマン・ブラザーズ・バンドは1979年に再結成し、アルバム「Enlightened Rogues」をリリースした。このときのラインナップは、ベッツ(vocal, guitar)のほか、グレッグ・オールマン(vocal, keyboards)、ダン・トーラー(guitar)、デヴィッド・ゴールドフライズ(bass)、ブッチ・トラックス(drums)、ジェイモー(drums)である。
 その後、何度かメンバー交代が行われたが、人気やレコードのセールスは全盛期ほどではなく、それに加えてマネージメント上の問題もあり、バンドは1982年に再び解散した。

 ベッツは新たなバンド「ベッツ・ホール・リーヴェル & トラックス」(以下BHL&T)を結成する。メンバーは、ベッツのほかブッチ・トラックス、チャック・リーヴェル、デヴィッド・ゴールドフライズ、元ウェット・ウィリーでヴォーカル、サックス、ハーモニカを担当していたジミー・ホール、そしてベッツとトラックスが発掘したヴァイオリニスト兼ギタリスト、ダニー・パークス(violin, guitar)の計6人であった。
 BHL&T
はレコード契約を結ぶことができなかったため、1984年に解散したが、ベッツは後年「BHL&Tは、なかなかいいバンドだった」と語っているほか、リーヴェルも「最高のバンドだった」と回想している。
 BHL&Tのライヴ音源はいくつか残されており、ヴァージニア州ロアノークでのライヴが2016年になって「Live at the Coffee Pot 1983」のタイトルでリリースされている。
 解散後のベッツはディッキー・ベッツ・バンドを結成し、ソロとしての活動を開始した。1989年にはアルバム「Pattern Disruptive」をリリースしている。

 1989年、オールマン・ブラザーズ・バンドのデビュー20周年を記念して、ボックス・セット「Dreams」がリリースされた。このプロモーションとして、バンドの一度限りの再結成ツアーの計画が提案され、ベッツは自身のバンドのメンバーであるウォーレン・ヘインズとともに参加した。
 この一度限りのツアーは成功裡に終わり、これがきっかけとなってバンドは再々結成した。1990年から1994年の間に3枚のスタジオ・アルバムをリリースした。
 1991年にはオールマン・ブラザーズ・バンドの初来日公演で来日。
 1995年、オールマン・ブラザーズ・バンドのオリジナル・メンバーとしてロックの殿堂入りを果たす。また1996年にはバンドと共に「ジェシカ」でグラミーの最優秀ロックパフォーマンス賞を受賞している。
 しかし1990年代以降のベッツはアルコールへの依存が深刻化していた。そのうえもともと気性が激しく、この頃も警官への暴力で逮捕されるなど、私生活が次第に荒れてゆく。
 1990年代中頃から後半にかけて、ベッツは「個人的な理由」によってオールマン・ブラザーズ・バンドのツアーに何度か参加しなかった。
 2000年5月7日、ジョージア州アトランタで「ミュージック・ミッドタウン・フェスティヴァル」が行われたが、これがベッツがオールマン・ブラザーズ・バンドの一員として演奏した最後のコンサートになった。このフェスティヴァルが終わり、バンドが夏のツアーを開始する前に、ベッツはグレッグ・オールマン、ブッチ・トラックス、ジェイモーから解雇通知を受けた。3人はベッツに「アルコールや薬物と手を切る」よう伝えたという。その後、今度はベッツがこの3人に対して訴訟を起こしたため、ベッツとバンドの間には決定的な溝が生じ、これ以降ベッツはバンドに復帰することはなかった。
 なおベッツの後任は、ブッチ・トラックスの甥、デレク・トラックスである。

 その後ベッツは「ディッキー・ベッツ・バンド」を再結成し、のちバンド名を再び「ディッキー・ベッツ & グレート・サザン」に改め、息子のデュアン・ベッツ(guitar)をメンバーに加えた。
 ベッツの最後のアルバムは、2021年に発表された2枚組ライヴ・アルバム「Official Bootleg Vol. 1」である。このアルバムには2000年代のディッキー・ベッツ & グレート・サザンのパフォーマンスが収録されている。



 ベッツはデュアン・オールマンを敬愛していたが、弟のグレッグとの折り合いは良いものだとは言えなかった。オールマン・ブラザーズ・バンドからの3度の脱退の理由のなかにはグレッグとの不和があった。
 2000年にバンドから離れた後、グレッグとの交流は全く途絶えていたが、グレッグが2017年に亡くなる前にふたりは和解している。その翌年には(2018年)、ベッツの息子のデュアン・ベッツ、グレッグ・オールマンの息子デヴォン・オールマン、ベリー・オークリーの息子ベリー・デュアン・オークリーが「オールマン・ベッツ・バンド」を結成、話題になった。

 2018年8月、ベッツは軽度の脳卒中になり、ディッキー・ベッツ・バンドのツアーをキャンセルした。同年9月20日、脳の腫れを和らげる手術が成功し、以後療養生活を送っていた。
 2024年4月18日、フロリダ州オスプレイの自宅で癌と慢性閉塞性肺疾患のため、80歳で亡くなった。

 ベッツのギターは「不世出の天才」とも言われたデュアン・オールマンにひけを取らない素晴らしいものであった。
 1957年製ギブソン・ゴールド・トップがベッツのメイン・ギターで、彼の代名詞でもある。ベッツはこのギターに「ゴールディ」と名付けて愛用していた。1980年代後半以降は、おもにポール・リード・スミスを使っていた。
 ベッツのギター・プレイの根底はブルースである。またバンド・メイトだったジェイモーがジャズの造詣に深かったことからその影響を受け、マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンに傾倒した時期もある。マイルスの「オール・ブルース」に影響を受けていることも公言している。長尺のソロや、「エリザベス・リードの追憶」に見られるジャズ、あるいはフュージョンよりの作風などは、ジャズから得たエッセンスの現れであろう。さらに、そういったベッツの作風は、オールマン・ブラザーズ・バンドの音楽性の幅を広げることに貢献したと言える。またスライド・ギターの名手としても知られている。
 その後はカントリー音楽からの影響が顕著になり、メロディアスなベッツの演奏は、のちのサザン・ロック系のギタリストに大きな影響を与えた。またヴォーカルも、オールマン・ブラザーズ・バンドではグレッグ・オールマンがブルース系の曲を、ベッツがカントリー系の曲を担当していた。

 キャメロン・クロウ監督による2000年の映画「あの頃ペニー・レインと」の劇中に、ビリー・クラダップ演ずるロック・スター「ラッセル・ハモンド」が登場するが、ラッセルのルックスを含めた役作りは、クロウ監督によるとディッキー・ベッツへのオマージュだということである。 


【ディスコグラフィ】(☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレーションアルバム)

 <ソロ>
  1974年 Highway Call(US19位)※本名のリチャード・ベッツ名義
  1982年 Nights
 ★2006年 
Bougainvillea's Call:The Very Best of Dickey Betts 1973–1988
 ☆2018年 Live from the Lone Star Roadhouse

 <オールマン・ブラザーズ・バンド>
  1969年 オールマン・ブラザーズ・バンド/The Allman Brothers Band(US188位)
  1970年 アイドルワイルド・サウス/Idlewild South(US38位)
 ☆1971年 フィルモア・イースト・ライヴ/At Fillmore East(US13位)
  1972年 イート・ア・ピーチ/Eat A Peach(US4位)
  1973年 ブラザーズ & シスターズ/Brothers and Sisters(US1位, UK42位)
 ★1973年 Beginnings(US25位)
  1975年 ウィン、ルーズ・オア・ドロウ/Win, Lose or Draw(US5位)
 ★1975年 The Road Goes On Forever(US43位)
 ☆1976年 熱風/Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas(US75位)
  1979年 いま、再び/Enlightended Rogues(US9位)
  1980年 リーチ・フォー・ザ・スカイ/Reach for the Sky(US27位)
  1981年 ブラザーズ・オブ・ザ・ロード/Brothers of the Road(US44位)
 ★1981年 The Best of the Allman Brothers Band
 ★1989年 Dreams(US103位)
  1990年 セヴン・ターンズ/Seven Turns(US53位)
  1991年 シェイズ・オブ・トゥ・ワールズ/Shades of Two Worlds(US85位)
 ★1991年 A Decade of Hits 1969=1979(US39位)
 ☆1992年 アン・イヴニング・ウィズ・ジ・オールマン・ブラザーズ・バンド~ファースト・セット
       /An Evening with the Allman Brothers Band:First Set(US80位)
  1994年 ホエア・イット・オール・ビギンズ/Where It All Begins(US45位)
 ☆1995年 An Evening with the Allman Brothers Band:2nd Set(US88位)
 ☆2000年 ピーキン・アット・ザ・ビーコン/Peakin' at the Beacon

 <ディッキー・ベッツ & グレート・サザン>
  1977年 
Dickey Betts & Great Southern(US31位)
  1978年 Atlanta's Burning Down(US157位)
  2002年 The Collectors #1
  2004年 Instant Live:The Odeon – Cleveland, OH 3/09/04
 ☆2006年 The Official Bootleg
 ★2010年 Rockpalast: 30 Years of Southern Rock (1978–2008)
 ☆2019年 Official Bootleg Vol.1

 <ベッツ, ホール, リーヴェル & トラックス>
 ☆2016年 Live at the Coffee Pot 1983

 <ディッキー・ベッツ・バンド>
  1989年 Pattern Disruptive(US187位)
  2001年 Let's Get Together
 ☆2019年 Ramblin' Man:Live at the St. George Theatre