小説の「書き出し」

明治~昭和・平成の作家別書き出し
古典を追加致しました

「広場の孤独」 堀田善衛

2010-03-23 01:32:06 | 作家ヘ、ホ
 電文は二分おきぐらいに長短いりまじってどしどし流れ込んで来た。
「え――と、<戦車五台を含む共産軍タスク・フォース>と。土井君、タスク・フォースってのは何と訳するのだ」
「前の戦争中はアメリカの海軍用語で、たしか機動部隊と訳したと思いますが……」
「そうか。それじゃ、戦車五台を含むタスク……いや敵機動部隊は、と」
 副部長の原口と土井がそんな会話をかわしていた。木垣は『敵』と聞いてびくっとした。敵? 敵とは何か、北朝軍は日本の敵か?
「ちょっとちょっと。北鮮共産軍を敵と訳すことになっているんですか? それとも原文にエネミイとなっているんですか?」
 東亜部兼渉外部長の曽根田は、何かというと渉外関係を円滑にするため、という名目で外人記者その他を社用と称して待合へひっぱってゆくところから『お社用部長』という仇名(あだな)で呼ばれていたが、戦争中サイゴンで仕入れたというしゃれた防暑服に派手な模様入りのストックキングをはいた足を机の上に投げ出してまま、ちらりと木垣、原口、土井の三人を横眼でみて、・・・