金井湛しずか君は哲学が職業である。
哲学者という概念には、何か書物を書いているということが伴う。金井君は哲学が職業である癖に、なんにも書物を書いていない。文科大学を卒業するときには、外道げどう哲学と Sokrates 前の希臘ギリシャ哲学との比較的研究とかいう題で、余程へんなものを書いたそうだ。それからというものは、なんにも書かない。
しかし職業であるから講義はする。講座は哲学史を受け . . . 本文を読む
私は七十に近い父と一しょに、寂しい寺領の奥の院で自由に暮した。そのとき、もう私は十七になっていた。
父は茶が好きであった。奥庭を覆うている欅けやきの新しい若葉の影が、湿った苔の上に揺れるのを眺めながら、私はよく父と小さい茶の炉を囲んだものであった。夏の暑い日中でも私は茶の炉に父と一緒に坐っていると、茶釜の澄んだ奥深い謹しみ深い鳴りようを、かえって涼しく爽やかに感じるのであっ . . . 本文を読む
多くの祭りのために
第一章
僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルグ空港に着陸しようとしているところだった。十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんな何もかもをフランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた。やれや . . . 本文を読む
【「雁」 森鴎外】
古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。どうして年をはっきり覚えているかと云うと、其頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった。上条(かみじょう)と云う下宿屋に、此話の主人公と壁一つ隔てた隣同士になって住んでいたからである。その上条が明治十四年に自火で焼けた時、僕も焼け出された一人であった。その火事のあった前年の出来事だと云うことを、僕は覚えている . . . 本文を読む
赤座は年中裸で磧(かわら)で暮らした。
人夫頭である関係から冬でも川場に出張っていて、小屋掛けの中で秩父の山が見えなくなるまで仕事をした。まん中に石でへり取った炉をこしらえ、焚火で、寒の内は旨い鮒の味噌汁をつくった。春になると、からだに朱の線をひいた石班魚(うぐい)をひと網打って、それを蛇籠じゃ(かご)の残り竹の串に刺してじいじい炙った。お腹は子を持って揆ちきれそうな奴を、赤座は骨ごと舐(しゃ . . . 本文を読む
彼は大学を卒業する少し前に、親友からある女を妻に持たないかと勧められた。
彼は始めそう乗気になれなかった。しかし好奇心は動いた。写真だけ見てもいゝと思った。友は次ぎの日写真を持って来た。面長で背がすらっとして中肉中背の品のいい何処か淋しい顔をした女だった。彼はわるくないと思った。彼はその晩いろいろの空想をした。
彼はまだ女を知らなかった。女に憧れている方だった。彼は若い時に両親を失っていた。 . . . 本文を読む