第一章
六月の、雨の夕暮れ時である。
ホテル最上階、十二階の部屋から見渡す街は、しとどに雨に濡れている。ネオンらしいネオンはほとんどなく、街の明かりも少なくて、濡れた路面だけが偽物のベルベットのように、てらてらと光っている。
高層ビルどころか、目立つ建物がひとつもない街である。ホテル前の通りを行き交っている車の量もごくわずかで、歩行者の姿もまばらだ。
薄い水煙に覆われた中、何本かの . . . 本文を読む
多くの祭りのために
第一章
僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルグ空港に着陸しようとしているところだった。十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんな何もかもをフランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた。やれや . . . 本文を読む
第一章 装い
水越麻也子(まやこ)はあれこれとスカーフを選んでいる。
買ったばかりの臙脂(えんじ)のジャケットには、黒いベィズリー模様が似合うような気がしたが、こうして巻いてみるとどうも重たげだ。白いエルメス柄と合わせてみたがしっくりこない。いっそのこと何もつけないことにした。とたんに麻也子の喉がむき出しになる。その方がずっとよかった。濃い色の服の衿(えり)からのぞく肌は自分でも美しいと思 . . . 本文を読む