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オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

月島慕情 短編集 浅田次郎

2011-03-23 | 読書
短編7編。どれも泣かせる。

月島慕情
吉原から好きな男、時次郎に身請けされる日も近い。男の住む月島に思いを馳せるミノ。
時次郎に会いに行った月島で遭遇したものは・・・・五銭の豚肉も買えなくて貧窮にあえぐ妻と子供だった。
「この世の中にはきれいごとなんて一つもないんだってわかったの。私がそのきれいごとを作ると言うのも悪かないかと思うのよ。」ミノはそう言って関西の見知らぬ遊郭に自分を売る。あんなに憧れた時次郎との堅気の生活だったのに・・・

供物
忘れ去った酒乱の元、夫との生活。突然、夫の葬式に出て欲しいとの連絡が来る。
心に鎧を着て供物のワインを持参する。早々に退座した初枝を追いかけてきたのは夫の下に置いて来た息子だった。
「俺のわがままを聞いてくれてありがとうございました。まさか来てくれると思わなかったから何がなんだかわからなくって・・・うまく行ってるよね。俺も何とかやってるけどお袋が心配することは何もないから。それじゃ、これで」
母はすべての記憶を消し去ろうとしたのに子はささやかな記憶を大切に育ててくれていた。

シューシャインボーイ
非情なリストラをやり終えて銀行マンを辞職し、ボスの運転手になった主人公、塚田。
戦後孤児から社長にのし上がったボス。ボスの育ての親だが、最後までシューシャインボーイとして孤独な人生を終えようとする菊治。
3人の織り成す人間模様が不思議に現実味があって面白い。

「世間のせいにするな。他人のせいにするな。親のせいにするな。男ならば、ぜんぶ自分のせいだ。」
「地べたに這いつくばっているのは俺一人でたくさんだ。男だったら立ち上がって高いところに登って世間を見下ろせ。職業に貴賎はないなんてきょうびの学校はろくなことを教えない。尊いか賤しいかこのザマを見ればわかりそうなものだ。」
菊治は語らないが、戦争体験が彼を頑なにしているようだ。「どうせ拾った命なんだから役に立てなきゃなるめえ。何か一つでも役に立たなくちゃ、先に逝った皆に申し訳ないよ。」「お前だけが頼みの綱なんだ。」その言葉を勘違いして孝行しようと必死に働くボス。「自分の代わりに世間のお役に立って欲しい」と言うのが菊治の真意だった。菊治は世間的に成功したボスの姿を見て姿を消す。
ボスは塚田に言う。「非情なリストラをやってそのまま出世街道を歩けず、辞職した誠実さは立派なもんだがよ。女房の気持ちを考えたことあるのか。あっちこっち引きずり回した挙句、嫌になったから辞めたかよ。俺もそろそろ引退したい。お前に社長業を譲るから今度は逃げないでやれ。」


世間並みの欲も虚栄も狡さも持っている人間が世間並みの幸せを手に入れるはずの最後の一線を越えられなくて身を引いていく・・・
自分の犯した戦時中の非道の責任を他者に転嫁できず、幸せを拒否して懲罰的な人生を自分に課す・・・・

「平成の泣かせや」浅田次郎の世界がある。




私は何故中国を捨てたのか 石平

2011-03-21 | 読書
中国の反日感情は大戦後ずっと続いているものと思っていたが、そうではなく、天安門事件の後、中国共産党によって愛国攘夷の教育とともに意図的に醸成されたものと言う指摘だった。

それにしても共産党独裁になってから、中国と言う国は一億総ヒステリー状態になりやすくなったと思う。非道な文化大革命が10年も中国本土を席巻したのにはただ呆然とするしかない。
毛沢東は共産主義という宗教の教祖である。罪はすべて4人組がかぶって粛清された。

日本に愛国精神がまるっきりないのを嘆く人も多いが、政治や宗教に無関心な人が多いのはどっちの方向にも傾きにくいから良い状態だと思っている。「言論の自由」が明文化されていても何か事が起こると、少数意見が圧殺される社会は怖い。

原爆が2回も落とされ、無条件降伏をした後に北方4島を奪い取られた日本。
反米・反露感情を醸成するような教育はされていない。
イスラエル建国が引き起こした悲劇を見ると過去にこだわりすぎるのは良くない。

また石平は日本を論語・儒学の真の継承者として礼儀の国として絶賛する。
エコノミックアニマルと言われた日本は今斜陽の国になりつつある。しかし、今だから、なおざりにされていた大切なことが見えてくるのかもしれない。古き良き時代に回帰してゆくチャンスなのかもしれない。
愛と思いやりに満ちた優しい人間がたくさんいる国。精神的安息が得られる国。貧しかった子供の頃、人々の情は厚く、家族の絆は深かった。

悼む人 天童荒太

2011-03-12 | 読書
死者を悼む旅を続けている静人を軸に母、雑誌記者、殺人犯の人間模様を描く。と言うより、3人を通して静人の人物像に迫ると言った方が正解だろう。
事件に巻き込まれたり、特異な死を遂げた見ず知らずの人を悼む全国行脚の旅を続ける静人。彼の特異性に彼の不可思議な行為に照準を合わせて読んでいくわけだが、その実像が3人の静人への関わりによって明らかにされていく。
静人が死を悼む行為にのめりこんでいく過程はそれほど違和感なく、自然の成り行きとして理解できる。
身近な人、大切な人を失った喪失感。しかし、どんなに大切な人を失っても程なく人はそれを忘れていく。そういう自分を許せなかったのではないかと感じる。死に対する我々の姿勢もそうだ。身近な人を失って「もう、以前と同じようには生きていけない。」と感じても、時とともにすべてが忘却のかなたに消え去る。静人は見ず知らずの人の死を心に刻み付ける行為にのめりこんでいく。誰がかの人を愛したか?誰に愛されたか?誰に感謝されたか?
この命の安い時代にただ無意味に地球に出現しては消えていく命を心に刻みつける孤独な旅を何時まで続けるのだろうか?存在感の薄い観念的な静人に関わってくる人物は濃密な生を生き抜いているあくの強い人間像だ。その3人の愛の形、死生観を織り込みながら人の存在の意味を探ろうとする意欲作のように思えた。

今日、三陸沖で大地震が起こった。また、数千人の痛ましい死者が記録されるのだろう。数字だけの痛ましい死の記録。それぞれの死を悼む人が存在することを祈りたい。

浅田次郎 終わらざる夏

2011-03-06 | 読書
なんとも幅の広い作風だ。三文小説的な「プリズンホテル」からストーリーテラーとして面目躍如たる「蒼穹の昴」。藤沢周平ばりの純文学的短編もいい。

今回は戦争文学としては殆ど取り上げられることのなかった北方領土で繰り広げられる悲惨な戦いだ。30年温めていたということなので、ノンフィクション的なものを期待していたが、100%小説だった。記録は散逸してるわけだから、松本清張の「昭和史発掘」などと同等なものを期待しては駄目だ。小説としては良くできているし、面白い。だが、面白い?と言うのが気に食わない。あまりにも荒唐無稽のものが出て来過ぎる。戦争文学は私としてはノンフィクションしか読みたくない。戦争を時代背景に愛の感動巨編などと言うのは願い下げだ。本当に戦争を知っているものは戦争については語れないのではないだろうか?まして小説になどできないのではないだろうか?野坂昭如は「火垂るの墓」を書いているが・・・・
五木寛之は満州で母親が惨殺される場に居合わせたようだが、口を閉じて詳細は語らない。

しかし、戦争文学でいつも思うことは軍部と国家のやった犯罪で一般の人はそれに巻き込まれた被害者だと言う視点から書かれたものが殆どだ。
国家のプロガンタに踊らされて戦争賛成、新天地を求めて満州侵略に加担した一般人は無罪放免なのだろうか?敗戦したので財産没収、命からがら逃げてきたから相当の罰は受けているが、そういう国家総動員の体制で戦争は遂行される。
10代のとき、刀の切れ味を中国人で試したと言う話しをとくとくとしていた来客のことは今でも嫌な気分で覚えている。

戦争中は戦争反対で憲兵隊に捕まり、不本意な死を遂げた者もたくさん居たはずだ。私の父も住所不定で徴兵制を逃げ回っていた一人だ。同棲後、共産党と間違えられて半年極寒の留置所で過ごし、一生腎炎で苦しむことになった。

いくら戦争を体験しても人間はなかなか賢くならない。9・11事件後、国民の殆どがヒステリ一状態になり、アフガン侵攻に突き進んだアメリカのやり方を見れば、ベトナム戦争で何も学んでいないのは明白だ。

日本でも憲法改正論者が息を吹き返してきた。一旦、戦争禁止の枠が外されれば、日本はアメリカの腰巾着になって世界侵略で犬死することになるだろう。それを防ぐ政治家は居るだろうか?答えはノーとしか言いようがない。