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この世界のどこかに居る似た者達へ。

「クロードと一緒に」 稲葉 友編 4。

2014-11-02 15:21:21 | お芝居・テレビ
速記係”ギィ”役の井上裕朗さんは、最初この舞台の台本を読んだ時途方に暮れたとか。

ほとんど言葉を発さず、舞台上のテーブルに居る時間がとてつもなく長い役、ギィ。

しかし、井上さんは相馬イーブ・伊藤ロバート組と稲葉イーブ・伊達ロバート組において、その各々のコンビの創り出すお芝居の雰囲気がまるで違うため、ギィがどちらでも同じ雰囲気にならない様に役づくりしてこのお芝居に取り組んだそうです。

ロバートとの関係性も、伊藤さんと伊達さんとでは”ギィ”はただの速記係ではなく、伊達さんとではギィは右腕的な「スーパーサブ」。

伊藤さんとでは、彼が若いので、ギィはやはり刑事であるロバートの父親と昔ずっとコンビを組んでいた元・相棒。



井上さんはブログしていらっしゃって、御自分の出演された舞台や共演された役者さんたちの事などを書かれています。


”blue cafe net”井上さんブログ


「ブラックホール」と言うタイトルの記事がこの舞台の時に書かれた物です。


この井上さんの書かれた文章を読んで、アタシが相馬さんの時も稲葉さんの時もカーテンコールで涙を流してしまった理由が少し解かる気がしました。



「イーブをどうにかして救ってあげたいが、その方法が見つからない。かける言葉すら見つけることが出来ない。ひたすら無力。」

「孤独と絶望の果てに行ってしまった彼をなんとか引っ張り戻したくて、そして彼の勇気を讃えたくて、袖中で毎公演彼を抱きしめた。ふたりして泣いた。」


舞台袖の暗がりでの光景が目に浮かび、胸が締め付けられる様な感覚に襲われます。井上さんの感情がとてもよく理解出来ます。


アタシは人の好き嫌いが激しく「あの人嫌い。苦手。」とすぐ言ってしまうけど、本当はよく見たら人は誰でもいいところを必ず一つは持ってる。つぶさに見つめればもっと見つかる。

でも、アタシは目先ばかりにとらわれて人見知りの性格も手伝って、すぐに人を見つめる事が面倒でやめてしまう。

井上さんの文章を読んでいると、きっとこの人は人をつぶさに見つめる事を面倒くさがらないでやれる人なんだろうなぁと感じます。

そしてそれが井上さんの役者としての血肉になっているんだろうなぁと。

役者さんもミュージシャンも写真家も絵描きも物書きも「発信」する職業だけど、発信するまでにはたくましく「受信」する力が必要不可欠なわけで、受信できないと発信出来ないとアタシは思っています。

井上さんはそんな「受信力」の強い人なんだろうなと。

そしてそれも表現者としての「才能」なんだなと。




稲葉・伊達コンビでは、この井上さん演じるギィと絶妙なコンビネーションで様々な事件に取り組んで来たであろう伊達さん演じる刑事。

確か舞台上にギィが不在だった時の場面だと思いますが、舞台のテーブルに伊達さんが乗って立ち上がり、判事のデスクに居る稲葉イーブを真正面から見据えて「俺はお前を絶対に逮捕してやるからな」と言う様な宣言をする場面がありました。

凄くかっこよかったんです。

宣戦布告の様な、ロバート刑事の本気を示すパフォーマンスが実にキマッていました。


同時にここからイーブも本腰を入れて、この大人達と対決しようとします。

しかしそれは相馬さんのイーブの時と同じく、彼が己の痛みと孤独に打ちのめされる事を意味していました。




つづく。






























「クロードと一緒に」 稲葉 友編 3。

2014-10-30 22:07:28 | お芝居・テレビ
また間が開いてしまいました。申し訳ないです。

こんなに時間が経ってもその時の空気が激しい感情を持ってまざまざとよみがえって来る、この「クロードと一緒に」と言う舞台。

なんと

再演が決定しました!!!!!!!


2015年4月17日~4月23日、「シアタートラム」と言う劇場での再演です

いやぁ~~、凄い嬉しいですね


初演と同じ俳優の方々が出演なさるのかはまだ分かりませんが、アタシはこのニュースを聞いて本当に嬉しかったですよ

舞台のお芝居を観始めてまだ日の浅いアタシですが、この「クロードと一緒に」と言う舞台を観てから人生観の様なものが変わったかもしれないと感じているんです。

何故か分からない、終演時に流れる涙と、震える心。

フィクションの世界を傍観しているに過ぎないのに、制御できない感情。

ずっとそれがどこから来る感情なのか考えているけど明確には分かりません。

そして、この舞台を観てから、何だか前よりもずっと涙もろくなった気がするんです。映画を観て泣くことの多くなったこと・・・。年齢のせいもあるのかも知れないけれど、以前はあまり泣くことは無かったのです。


若い役者さんが体当たりで演ずることに対して素直に感動したと言うのも事実ですが、何か、あの空間には今まで経験した事のない空気が流れていました。


演ずる役者さんによってお芝居の雰囲気は変わって来ますので、同じ方が配役されても違う方になっても、どんな「クロードと一緒に」が拝見出来るのか正直少し怖くもありますが、楽しみに待っていたいと思います。



さて、稲葉 友さん演じるイーブ、伊達 暁さん演じる刑事”ロバート”のこの舞台。アタシが観に行った回が、このコンビの千秋楽でした。千秋楽と言う事もあってか、ラトレイユ役の鈴木ハルニさんの”笑い”のぶち込み方が凄まじかった


取調べの途中で刑事が扉の向こう側に立つ警備官”ラトレイユ”を大きな声で呼びます。ハルニさん演ずるラトレイユが部屋へ入って来ると、イーブの方を見て「トイレだ。」と刑事。

ラトレイユに連れて行けと言う指示なのですが、当のイーブはトイレに行きたいなんて言っていません。不満そうな表情を見せるイーブですが、ここでハルニさんが


「大でしょうか?小でしょうか??」


と、ぶち込んで来ます


まさかここでそんな空気の読めない台詞がぶち込まれるとは思わずに、観客席が戸惑いまくります


舞台上の刑事も「お前、なに?」と言う顔でじっとラトレイユを見ています。

しかし、彼はめげません。


「ビッグ オア スモール?」


と、今度は英語でしかもちょっと得意げに

思わずブッと吹き出す観客達

「何で英語やねんっ!英語で言うとしてもビッグオアスモールとはちゃうやろっっ!!!!!」

と心の中で突っ込むことしきり

この場面は相馬さんチームの時にもありましたが、英語で聞いてくることまではしませんでした。

千秋楽であったため、ハルニさんなりの稲葉・伊達コンビへのサプライズだったんでしょうか。


でも、流石プロです。伊達さんも稲葉さんも表情は崩さず、決して笑いませんでした。

凄い。

知ってたのかなぁ?




ラトレイユに連れられて渋々部屋を出てゆくイーブ。

部屋に残った刑事は判事の机の上にある電話をかけます。

相手は彼の奥さん。

電話がつながってすぐに、開口一番だるそうな声で


「死にそー。」


イーブがトイレに行きたいとは申し出ていないのにラトレイユに連れて行かせたのは、彼も一息入れたかったからなんだなぁと思ったのでした。




つづく。


























































「クロードと一緒に」 稲葉 友編 2。

2014-10-07 14:27:11 | お芝居・テレビ
この「クロードと一緒に」と言うお芝居の主人公”イーブ”には一切女性的なアプローチはありませんが、中性的と言うか何と言うか「男の子でもなく女の子でもない」と言う雰囲気が二人のイーブからは感じられました。

いや、勿論外見は男の子です。かもし出す空気が独特でした。

それは本当に不思議な感覚で、この二人の俳優さんがそこまで「男娼イーブ」の雰囲気を身にまとった事に驚きます。

きっと演出家の方や共演者の方々、関わった人たち総てに「引き出された」と言う事もあるかと思いますが、表現者として「イーブ」と言う青年に取り込まれる位寄り添わないと出来ない役であったと感じます。


イーブは女性の気持ちを持つ男の子では決してないのだし、女の子の容姿に憧れる男の子でもありません。

男性であり、男性が恋愛対象である男の子の複雑な佇まいを安っぽくならず身にまとう事はとても難しい事だったのではと思うのです。

観客にも伝わりづらく、表現する方にしても伝えづらい難しさがあったにも関わらず、最後にはお互いが涙を流す程何か強い物を共有する驚くべき結果となりました。



稲葉さんの演じるイーブは相馬さんのどこかとんがった雰囲気を持つイーブとは違い、物静かで大人しい感じがしました。

もうホントにうんざりなんだって表情で刑事役の伊達暁さんと向き合います。

伊達さんはとってもかっこ良かったです。男っぽい色気がありましたねぇ。

何をしでかすか分からない危うい瞳の相馬イーブと対峙していた伊藤さんが、「やるんならお前、かかって来いよ」的な感じであったのに対し、パッと見殺人など出来そうにない稲葉イーブ相手の伊達さんは36時間取調べに何の進展も無い事に苛立っては居るものの、「まぁ、お前は話すよ、最後には。俺は本気なんだし。」ぐらいの大人っぽい余裕があったような。

おもしろかったのは、相馬イーブとは立ち位置が反対側だったりした事です。相馬イーブがギィや刑事の居る舞台中央の大きなテーブルの方で喋るところで、稲葉イーブは判事のデスクの方で喋っていたり。

左利きや右利きだったりして?

いや、分かんないけれど(笑)。



少し子供っぽい雰囲気を残す稲葉イーブには、「どうしてこんな事に・・・?」と言ういたたまれない気持ちを覚えました。

彼が育って来た日々の中に、安らぎや温もりの代わりに混乱や孤独があった事を悲しく思いました。


主に刑事や速記係が居るテーブルの脚はまっすぐはなっておらず、猫脚の様に少し床に近い部分に曲線のあるデザインです。

稲葉さんがそのテーブルの方に腰掛けて話す時、自分の足の裏をぺたっとその曲線部分に乗っけて話していました。

そんな若い無邪気な仕草が可愛らしかったですね。


また、”クロード”に自分以外の女性の恋人が居て、彼女が事件の事を聞き絶叫したとの捜査報告を刑事が読み上げると、稲葉イーブは思わず刑事の持つファイルを掴んで引っ張ります。

「嘘だ、そんな事どこに書いてある!」と言わんばかりに。

伊達さん演ずる刑事は、イーブのその余裕のない瞳をじっと見据えながら触るな、と言う具合にイーブが掴みかけたファイルをその手から引き剥がします。


このお芝居は相馬さん・伊藤さんコンビには無かったと思います。


取り返しのつかないとんでもない事をしてしまったイーブはまだ考えの甘い子供で、刑事達は経験もあり術も知る大人。

結局のところはまったく勝ち目がない。


稲葉さんの若い外見も手伝って、そんな事が伝わって来る様なシーンだと感じました。




つづく。




























































「クロードと一緒に」 稲葉 友編。

2014-10-02 21:47:54 | お芝居・テレビ
10月に入りました。昔、母がよく「二桁になるともう年末まで速いわよね!!」などと言っていましたが、なんかやはりここから駆け足が始まる様な気がします。

アタシは5月に「クロードと一緒に」と言う舞台を観ました。このお芝居は元々カナダのお芝居で、初演は1985年、29年も前です。イギリスでも上演され、映画化もされた作品で日本では初演。

日本の舞台はダブルキャストで、主人公で若い男娼の”イーブ”を相馬圭祐さんと稲葉友さん、彼を取り調べる刑事を伊藤陽佑さんと伊達暁さんがそれぞれ演じ、各々のチームがイメージの異なるお芝居となっていました。

そして、本国カナダではカナダ人若手演出家による本作品がこの9月16日から10月11日まで上演中です。


相馬圭祐さんと伊藤陽佑さんコンビの事はこのブログに書きました。(記事はこちらからどうぞ

只今カナダで上演中なのだし、もう一人のイーブ、稲葉友さんのお芝居の事を書いて行こうと思います。



アタシは「相馬イーブ」から拝見したのですが、カーテンコールでの相馬さんは足元がフラつく程消耗していたのです。

そんな相馬さんの姿を見て、思わずアタシも涙が出ました。

他の観客も拍手をしながら泣いている人が多かった。

相馬さんのファンの方にとってはきっと衝撃の舞台であったと思うし、お芝居が始まった頃には正直こんな凄まじい演技を観るとは思っておらず「なめてた・・・。」と感じていた人も居ただろうし、内容が濃く、絶対的な説得力を以ってして表現しなければならない難しい役に挑戦した若い俳優さんに対して感動し涙を流した方も居ただろうと思います。


しかしながらアタシは、カーテンコールで体力も精神力も消耗し切り、どこかうつろな瞳でいる相馬さんを観て泣いてる自分の涙の意味がよく分かりませんでした。

お話は終わったと言うのに”イーブ”の居る世界から戻って来れない様な感覚でいて、目の前で観客に向かってお辞儀をしている演者の方々を見てさえ胸が苦しく、切ない様な気分のままでした。


この舞台を観た多くの観客の方々がそうであったように、アタシもこの日の帰り道は余韻をひきずりまくりました。
劇場を出て駅まで歩くあいだ、何度も泣きそうになってしまい焦りました。

「意味が分からない・・・」と思いつつ、もう一人の”イーブ”に会いに行かずには居られなくなってしまったのです。



そして翌日、アタシが観た稲葉友さんの回は、稲葉さん・伊達さんコンビの千秋楽でした。

お昼の回だったのですが、この舞台の夜公演が相馬さん・伊藤さんコンビの回で大千秋楽だったのです。


相馬イーブと稲葉イーブとでは当たり前の事ですが、まったくイメージの異なる「彼」でした。

観客と初対面する時、相馬イーブはデスクに後ろ手をついて刑事をまっすぐに見据えていましたが、稲葉イーブは観客の方を向き立っていました。

こんなのやってられない、と言う様な表情を浮かべてただ立っているのですが、この立ち姿がとても妖艶でそれがそのまま稲葉イーブの鮮烈なイメージとなりました。


相馬さんと同じく、稲葉さんの髪も金色。相馬さんがどこか怖さを感じる美しさであったのに対し、稲葉さんは凄く中性的な感じがしました。見た目は男の子なのですが、受ける感じが男の子でも女の子でもない、色っぽくて幼くて不思議な感じ。


稲葉さんはまだ21歳なんですねぇ!!

この若さでこんなに深く難しい役を演じたことに驚きます。

でも若いからこそ、稲葉さんのイーブは真っ直ぐでたやすく、不安定で爆発的なパワーを持っていました。

そして相馬さんと同じでどんなに乱れてぐちゃぐちゃになっても、とても綺麗でした。





つづく



























「クロードと一緒に」 相馬圭祐編 5。

2014-06-20 13:05:06 | お芝居・テレビ
「クロード」と言う男性を殺した「イーブ」と言う青年の独白には、グロテスクと美しさが共存していました。

ラスト30分間に及ぶこの独白がスタートするのと同時に、何かのスィッチが入った様に彼は話し始めました。

生々しい言葉たちは”イーブ”の元から発せられ、生きて再び”イーブ”に襲い掛かります。



街角に立つイーブの様な男娼を夜ごと金で買い、暴力的なSEXを要求して来る男達。

まるで社会の中での不満をぶつける様に、彼らの体を乱暴に奪う。

事が済むと「出て行け!」「うせろ、クズ!」と男娼達の脱いだ服や靴を投げつけ彼らを罵倒する。


そして、男を金で買う男達は、そ知らぬ顔をして家族の元に帰ってゆく。



「そんな事をお前の父親が、お前の旦那が、しゅっ中してるなんて知らなかっただろ?」



イーブの瞳がそう言っているようで彼を直視できない感覚に襲われました。


目を見開き、大きな身振り手振りで頬を紅潮させながら、イーブは自分の体が受け入れて来た事を赤裸々に告白します。

そのあまりの迫力にのまれ、観客席の女の子達は硬直していました。

相馬圭祐さんは若い俳優さんであり、若いファンの方々がいらっしゃるのでこれはかなりの衝撃であったに違いありません。

また、公演の行われた青山円形劇場は小さな劇場で最後列でも6列目なので、その臨場感は相当です。

この時の相馬さんの体全体から発せられるオーラは凄かったです。

忌まわしい数々の夜を無かった事になど出来ない事、そこには確実に自分が居た事、”イーブ”と言う青年は逃げずに全部を認めていました。

それが世間的にどう思われるかなどは関係なく、そこには完全に己があって生きていた事を泣き叫ぶように訴える姿に心が震えました。

逃げずにいる記憶の中に在って、どこかでSOSを発信している様な弱さを感じ、イーブと言う青年を痛みから守ってあげたいと思いました。



そんなイーブが、クロードとの話になるとうっとりと夢を見ている様な目で話すのがとても印象的でした。

クロードは誰かとルームシェアをしていたようですが、ある日彼はその相手を追い出したのです。

それはクロードがイーブとの時間を過ごすためにしたこと。

イーブはこの事を本当に嬉しそうに話しました。


”あの人が僕のためだけににしてくれたこと。”



イーブが”仕事”を終えて、クロードの居る部屋を訪れるのが見えて来るようでした。


「あの人は僕の胸の上に本を置いて、ページを開いた。」

仲むつまじくベッドの上に寝転び、クロードがイーブに本を読んで聞かせる姿を観客は容易に想像出来ました。



あの日の夜、いつもより少しお金を持っていたイーブはクロードと食事をしようとしていました。

「レストランでも良かった。」

でもやっぱり、クロードの部屋を訪れた。

食事を用意し、テーブルをセットし、キャンドルも。

クロードの友達から出かけに誘う電話がかかって来ましたが、彼は「大事な用があるから。」と言ってその誘いを断ります。

「僕を見ながら、そう言ったんだ。」

嬉しくて感激して泣いてしまいそうなイーブの目。


「キャンドルの火も好きだけど、君を出来るだけはっきり見てたいんだ。電気はつけたまま、キャンドルに火を点けてもいい?アホみたいかな・・・?」

イーブはそう言って部屋の灯りは消しませんでした。


犯行が行われたのはそれから後のこと。

数分後か数時間後か。



イーブとクロードは恋人同士であったし、お互いを思いやっていたと思います。

しかし、彼らは自分達の中からどうしても拭い去る事の出ない「不安」に気付いてしまったのではないかと。


テーブルのそばの床の上で、イーブとクロードはそんな「不安」がお互いの間に入り込む隙を作らぬよう、激しく愛し合います。

テーブルが揺れて食器が落ちても、求め合う事をやめませんでした。


「僕達はパンケーキみたいにひっくり返ったんだ!」

面白おかしそうに話すイーブでしたが、そこには正気を失った様な空気がありました。


犯行の自供をするイーブには、激しい痛みと安らかな温もりが何度も訪れるようで、アタシは相馬さんが壊れてしまうんじゃないかと思いました。



「クソガキ」「クズ」

そんな風にイーブは人から罵声を浴びて生きて来ました。刑事だって取調べの中でそんな”呼び名”で彼を呼びます。

「あんた達が僕にどんな風に思わせたくてそう呼ぶのか、僕は知ってる。」

反抗的な眼差しはそう語り、刑事をにらみつける彼でしたがそこに強さはありません。

あるのは痛みだけでした。


イーブは社会の鬱屈した暗くて汚れた何かを一手に引き受けて来たんです。

「社会人」と称される大人達が消化しきれない汚れてたまった物を。

大人達は自分のした事を彼らをクズ呼ばわりして、なかった事にしてしまおうとする。


イーブの発するメッセージは相馬さんの魂と体を介して劇場の中を逆巻いていました。

彼は涙で頬を濡らし、声を絞り出すたびに体を震わせていました。

観客もその傷だらけのメッセージを必死に受け取ろうとし、イーブと一緒に泣きました。



イーブにとってクロードは、たった一つの「光」であったのかもしれない。

幸せな時間があればある程、失う事が恐怖になる。

お互いを奪い合う様に、お互いの存在を確かめ合う様に極限状態で愛し合う中、イーブはクロードの瞳の中に”不安”の正体を見てしまいます。


客を取るためにこの部屋を出てゆく自分。

友達の元へと帰ってゆくクロード。


ずっとこの先の未来も”クロードと一緒に”居る事など出来るはずもない。


金のためじゃないSEXの果てに、イーブは限りなく現実になってしまいそうな幻を見たんです。



失いたくないと強く思った次の瞬間、テーブルから落ちたナイフで彼は最愛の人をその手にかけてしまったのでした。





つづく。