ルネッサンスの初めからその斜陽の時代まで、
そして反宗教改革、プロテスタントの台頭の時代には
多くの芸術作品の検閲・再注文が行われ、
時代を先駆ける芸術家の表現力が制限されることがままありました。
個人依頼主からの再注文や変更の申し出であったり
大口顧客であった教会当局からの依頼である場合もありました。
ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」が
下品な表現、猥褻な表現が含まれているとして
そうした検閲の標的であったことはよく知られています。
同じように生涯作品約50点のうち
その3分の一は検閲を受けているといわれる
Caravaggio(カラヴァッジョ)。
彼の独創的な表現力が時代にそぐわず、
検閲の結果描き直しを強要されているものがいくつもあります。
厳しい検閲の結果依頼主から受領拒否され、
時には前払い金の返却まで止む無くされたケースもありますが、
そうしたすべての受け取り拒否作品は
後にオリジナルの依頼金額の倍額以上の金額で
別の芸術愛好者・擁護者に買い取られています。
ローマのSan Luigi dei Francesi
(サン・ルイジ・デイフランチェージ教会)に収蔵されている
「聖マッテオの殉教」は近年の調査の結果
非常にドラマティックなオリジナルの上に
まったく異なるシーンが
カラヴァッジョ自身によって
上描きされていることが明らかになっています。
現在我々が目にしているのは
厳しい検閲の結果受け入れられなかった
オリジナルの代わりの作品ということになります。
そうした作品のひとつに「サウロの改心」があります。
ローマのSanta Maria del Popolo
(サンタ・マリア・デル・ポポロ教会)の
チェラージ家の礼拝堂を飾ることになっていた作品は
当時の厳しい検閲の結果、その表現において
同礼拝堂主祭壇を飾るAnnibale Carracci
(アンニーバレ・カラッチ)の荘厳な「聖母被昇天」との
釣り合いも取れないということで却下され、
描き直しを命じられています。
現在同礼拝堂にある「サウロの改心」は
カラヴァッジョ自身によって描き直しされた作品で、
画面の半分以上を馬の巨体が占め、
その右背後に馬使い、
前面馬の下敷きになる形でイエスキリストの声を聴き
落馬したサウロが描かれています。
遠景から届く神々しい光が
イエスキリストの意思を表現していますが
イエスキリストの姿自体はどこにも描かれていません。
オリジナルの「サウロの改心」はOdescalchi(オデスカルキ家)の
プライベートコレクションで通常は簡単に見学することができません。
この作品が初めて大々的に一般公開されたのは2006年の修復後。
サンタ・マリア・デル・ポポロ教会で
オリジナルと描き直し作品を並べる形での公開でしたが、
近くから見学することができず
オリジナルの詳細がわかりにくい展示でした。
1600年にTiberio Cerasi(ティベリオ・チェラージ)に依頼された
オリジナルの「サウロの改心(Conversione di Saulo)」は
依頼主の突然の死により希望の場所に設置されることなく、
厳しい検閲の結果、受領拒否され、スペインへ。
その約1世紀後にジェノヴァのBalbi家が買い取り
再びイタリアに戻りやがて何度かの相続を経て
Odescalchi(オデスカルキ家)の所有となります。
2006年にオリジナルの色彩が失われているということで
Nicoletta Odescalchi(ニコレッタ・オデスカルキ)によって
修復が依頼されています。
この修復により、作品はオリジナルの色彩を取り戻し、
カラヴァッジョが人物像を描くための指針とした
指標なども確認されました。
この作品が12月14日までミラノのスカラ座広場にある
Palazzo Marino(マリーノ宮殿)の
Sala Alessi(アレッシの間)に展示されており
間近で見ることができます。
ミラノでこの作品が展示されるのは1951年以来。
描き直しされた作品とは大きく異なり、
画面いっぱいに多くの人物が描かれ、
怒りを含む多彩な表現が散りばめられています。
描き直しされた作品では
描かれるシーンとはまったく関係なく
平静を装っているように描かれる馬と馬使いは
オリジナルではサウロの受けた幻覚に巻き込まれ、
驚き怯えている様子がはっきりと描かれており、
全体的に非常に劇的な仕上がりになっています。
右上方から天使に支えられながら迫り来るように
上半身を乗り出しているキリストの姿には
改心前のサウロに対する一種の怒りと懇願がこめられています。
改心後キリストの弟子となり、サン・パオロとなる人物は
サウロと名乗っていた時代にはユダヤ教信者で、
ローマ帝国によるキリスト教抑圧のための活動を行っていました。
まさに彼のこの行為に対する、
キリストの怒りにも似た感情がそこにあふれ出ているのです。
そしてそうした表現が既に聖人としてのサン・パオロとして
サウロを捉えていた当時の教会当局には
許せない表現の一つとして映ったのです。
またそのサウロがほぼ全裸にも見える
皮革の非常にタイトな鎧を身につけている点も
猥褻的な表現とされ
それが大きな理由で受領拒否となっています。
またサウロがイエスキリストの声を聴いたときに受けた
目も眩むような強烈な光から
眼を守るために両手で顔を覆っている姿も
イエスキリストの意思を拒否する行為
と解釈されたのも受領拒否の要因の一つ。
カラヴァッジョが求めた本来の「サウロの改心」は
彼の表現力があまりにも劇的であったために
当時は受け入れられなかったのですが
傑作としての価値をもつ芸術作品として
現在は評価されています。
Conversione di Saulo
会場:Sala Alessi di Palazzo Marino マリーノ宮殿・アレッシの間)
Piazza Sacala 2 ミラノ
会期:2008年12月14日まで
開館時間:9:30-19:30 木曜のみ9:30-22:30
入場料:無料
この作品(画像)はオリジナルのほうですので、オデスカルキ・プライベートコレクションにあり、通常は見ることができません。
サンタ・マリア・デル・ポポロにあるのはこれよりも、はるかに抑え目の描き直し作品です。
それはそれですばらしい作品だと私は思いますが。
改心、改宗いつも非常に悩むところですが、聖書の訳などでは改心のほうが多い気がしたので、今回は改心としてみました。
回心には気づきませんでした。
波乱万丈な人生だったよねぇ。
一枚の絵にも波乱万丈な変遷があって、
それを知るとより面白い!
だね。
感情の起伏も激しい人だったようで、共感します(爆)
後世まで伝わる作品はどれもやはり一筋縄ではいかない歴史を背負っているのですよねぇ。