ピアノと海と花との生活 Ⅰ

海まで歩いて1分、大好きなピアノと花との毎日

第15回ピアノ発表会 無事終了!

2010-04-24 | 音楽

  

17日土曜日、金沢市アートホールにて、

第15回ピアノ発表会、無事終了しました!

今年は、新しいかわいい会員4人の参加で、1部のソロプログラムも、

私のショパンを含めて24、

2部のアンサンブルでは、今年4回目となるトロイさんと、

藤井ひろみさんにも加わっていただいて、ピアノ連弾、フルートとピアノ、

ヴァイオリンとピアノ、最後は私たちのミニコンサートと、

大変華やかで、15回の節目にふさわしい内容となりました

 

今回は、トロイさんと私との連絡ミスで、

トロイさんのオケの練習が午後3時半だと思い込んだ私が、

4時半開場にしてしまったため、

4時過ぎに衣装をきて、県立音楽堂から走って駆けつけてくださったトロイさんとの

生徒たちのゲネプロが、開場時間と重なってしまい、

そのまま舞台で全体写真も撮り(毎年、ゲネプロで写真屋さんに全部撮っていただいています)

私とトロイさん、藤井さんとの3人の合わせは何と本番始まってから、

控室のキーボードに合わせてという事態に・・・

 

それで、何とか学校コンサートのポスター用の写真は撮れたものの、

今回はトロイさんとの写真がありません

舞台で写真を撮ったら、すぐ本番で、最初の生徒さんたちと私との連弾も始まってしまい、

なんだか運動会をしてるみたいでした(笑)

でも、こちらのごたごたは全然客席には伝わらなかったようで、

演奏も皆、1番良くできたプログラムが多く、いい発表会になりました。

 

2部では、毎年私も生徒さんと連弾してますが,

今年は高校生の男の子と、ハチャトゥリアン「剣の舞」演奏しました。

なかなかうけましたね

フルートのひろみさんと生徒は、

フォーレの「シチリアーノ」や、ビゼーの「メヌエット」など4曲、

トロイさんとは、「チャールダーシュ」や、イザイの「子供の夢」(これ絶品です

など8曲、

あとは、ひろみさんの歌と私で、ヘンデルのオペラ「リナルド」より、

《涙のながるるままに》

トロイさんとは、ガーシュインの《パリのアメリカ人》

3人では、モーツアルトの《フィガロの結婚》序曲 演奏しました。

どれもいい演奏になったと思います。

 

ここからは今の庭の写真を・・・

いつもシックな色のチューリップを植えるんだけど、

今年はなぜか可愛い色のばかり。でも元気になる!

発表会も15年やってると、

いろいろな事があり・・・

私は妊娠して、すぐ絶対安静状態にといわれ、

寝て食事とトイレに行くだけの生活になり、

寝たきりの生活を1カ月おくったのでした。

4ヵ月で、安定期に入り、もう海外旅行も大丈夫といわれ、

延期にしていた発表会を,6ヶ月のマタニティドレスで1回しましたね。

 

そのあとです!7ヵ月のころ、最初の家の、庭の草が気になって仕方なく

(今94歳でホームで元気にしている私の祖母、母、夫の亡くなったおばあちゃん、

皆、庭の草取りが大好きで、しょっちゅうその姿を見て育ったのですね

大きなおなかで庭じゅう草取りをしたら!大変なことになり、

すぐに大学病院に、緊急入院!周り中の人からしかられ、

そのまま出産まで入院していました。

でもそのおかげで、元気だったら、私の性格上産むまで跳びまわってただろうに、

ただ寝てるだけの生活。

でも大学病院なので、各国の妊婦さんとたくさん友達になり、

のんびりと妊娠後期の生活を楽しんだのでした。

そのおかげで、超!情緒安定!快食快眠の健康優良児が生まれ、

本当に育児に苦労することなく、娘はすくすくと育ち、

人生何が幸いするかわかりません(笑)

 

話がそれてしまいましたが

発表会のソロのプログラムは、毎年、同じくらいの数で、まだ出演しないメンバーもいて、

受験や進学でやめる生徒さんがいても、次々新しいメンバーが増えて、

本当にありがたい教室です。

この先、2部はもっともっと増えそうで、生徒さんの前向きな気持ちが、

この上なくうれしい私です。

 

庭の写真を撮って、海へ行って夕陽が沈む写真も撮れましたよ。

海にぽっかり太陽が沈むのを、いつもみれる

(家の中からも見えるんです)

なんて幸せなことかなあと思います。

沈む前の写真だけなぜか暗い感じだけど、

周りは明るいんですよ。

連続でどうぞ・・・

 

 

 

3枚目はちょうど半分の所がわかるように大きくしたけど、

4枚目は中途半端な大きさになってる・・・

 

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日本の心

2010-04-13 | しあわせの素

 

春の海はこんな色をしています。

あったかい日は、水平線と海の色と空の色が

おんなじ・・・

空の高いところで、ひばりの声だけが響いてる。

気持ちいい。

こんなにスキスキ!5月ごろから海に集まってくる仲間たちは、

こうやってそうっと波打ち際で、水に足をつけてみる。まだ冷たい。

7月ごろまで、そんなことをしているうちに、

ようやく海にはいれるようになる!

地球のふところに抱かれるように、

約2カ月、ずっと海にはいってる(笑)

去年も、普通に泳いでる場所で、お魚、いっぱい泳いでたなあ。

沖縄かどこかの海に行ったみたいで、

毎日魚と泳いでいた。

先日、佐藤しのぶさんの定期を1番前で感激し、(大ファンの私。Ⅱのブログに早く書きたいですが、すごく長くなりそうなので、もう少しあとで

透ける様な白い肌を目の前で見たら「よし、私も今年は焼かないぞ!」と固く決心したのに、

あっさり撤回です(笑)ああ、はやく泳ぎたい。

今、’日本丸’が沈みそうだと、連日TV・新聞で報道されている。

戦争を経験した世代の方たちが必死になって日本を守ろうとしている。

私は、30歳の時、イタリアとオランダで、様々なカルチャーショックをうけた。

オランダで、世界の名だたるコンクールのトップ受賞者たちが、

ごく自然に寮で生活してたり、

イタリアで、毎日通った学校の道で、魚屋さんと八百屋さんの店のおじさんが、

毎朝、二人でオペラをうたっている。

そのうまさといったら!

私はただたちどまり、拍手をし、通り過ぎるだけの毎日だったが、

相当驚いた。イタリアはどこでもそうだった。

でも約3カ月滞在していて、1番のカルチャーショックは、

ヨーロッパ各国から集まってきた若い人たち、すごい数の友人ができましたが、

彼らが、自分の国に心から誇りを持っていることだった!

旅立つ前、元NHKアナウンサーの私の伯父が、

「淑子、ヨーロッパにいくんだったら、もちろんピアノの勉強は結構だが、

日本史と世界史の教科書をもっていきなさい。

世界でこんなことが起こっていた時に、日本はどうなっていたか知っとかなきゃだめだ」といわれ、

重いスーツケースに、2冊の高校の教科書を入れていったのです。

やっぱりその通りでした。

イタリアのシエナの町の中心の広場、カンポ広場で、イタリア人、スペイン人、イギリス人の友人と、

毎晩語っていましたが、

彼らの愛国心は強く、時々イタリア人とスペイン人は、自分の国のワインがおいいしんだと、本気でけんかしてました!

その頃ちょうどロンドンでは、日本ブームだったらしく、

大手のデパートで、’日本展’が開催されていて、美人ペアのロンドンっ子は日本に興味しんしん。

私は金沢の絵ハガキと、小さい小物たくさんと、綺麗な和紙のおりがみとか持って行ってたので、

非常に喜ばれ、クラス全員の子に、’千羽つる’の折り方を教えた時もありました(笑)

あれは、逆にすごいカルチャーショックらしく’日本人はなぜ、皆、あの難しいツルを、

全員おれるのか!’とブラボーの嵐になったのでした

私は、茶道の簡単なお手前だけはできるので、

大きなカフェオレのカップで、オープンカフェの椅子の椅子にせいざし、

お手前をする真似をすると、皆、大喜び!

そんなとき、友人はすかさず熱心に質問してくるのです。

’ヨシコ、茶道が日本で発達したのはいつなんだい?’

やっぱり伯父さんのいってたとおりだ!

私は下宿に帰って、日本史と世界史の教科書を読み、確認し、

また次の日、彼らにくわしく説明する、という毎日でした。

彼らは、自分の国を愛すると同時に、未知の国にものすごく興味をもち関心をもって話をきいてくれました。

これは現在うちにあるお雛様。

私が幼少のとき、買ってもらった京都の大きなお雛様です。

もともと8段もする大きなもので、

毎年、飾るのがだんだん年老いた母には、大変な作業になり、

現代風の台を購入し、2年前から新しくした家に運んで、今度は私が管理することになりました。

40年も前のお雛様ですが、母がきちんと管理していてくれたので、

どこも傷んでいません。

私がこれから後を次いで、今度は娘に引き継いでいきたいです。

私の母は、お正月のおせち料理から始まって、2月の節分、3月のお雛様、あと菖蒲湯やお月見など、日本の伝統行事をきちんとする人だったので、

私は娘ができて、仕事のためあまり時間がかけられませんが、

出来るだけ、日本のいいものを娘につたえて行きたいと実行しています。

金沢には、素晴らしい日本の伝統と歴史が残っていて、

お菓子も美しいし、食べ物も本当においしい。

そして大好きな海の近くに住めたので、私には本当にもったいないくらいの現在の暮らしです。

東京、大阪、名古屋で仕事するのも、海外で仕事するのも大好きで、

夏は、各国の友人が海に集まり、ポルトガル語・スペイン語・英語・フランス語のなかに、ぼーっと座っているのが大好きな私ですが、

根底には日本人の心が、脈々と流れているような気がする。

娘が生まれる前、仕事が終わって、疲れると必ずいくサウナがあった。

もう今はなくなっちゃったけど、

そこでぼーっとしていたのは、演歌が流れてたから。

そのときはどの曲もよくわからかったけど、なぜか疲れた身体に心地よかった。

この間、TVで、サッカーの三浦カズ選手の特集をやっていて、

彼はハードな練習の間、ずっとiPodで演歌をきいているといっていた。

先日、UPしたスタイリストの菊池さんも仕事が終わって一人でかけそばを食べる時、

店に流れる演歌が好きだといっていた。

すごくよくわかる。

私は、仕事着がドレスなので、着物はそんなに持ってないし、

最近は娘の七五三で着たくらい。

でも、演歌の石川さゆりさんや、坂本冬美さんが、美しい着物をバシッと着こなして、歌っていらっしゃる姿を見ると、

’粋だなあ’と感動してしまう。

今、日本は不況で大変な状態になっています。

皆、不安だと思う。

でも物価が上がれば、節約を学んで、生活するすべを覚える。

医療費があがれば、健康に関心がむき、病気にならないように気をつけるようになる。

ガソリン代が上がれば、歩く人が増え、健康になる・・・

すべていいように考えれば、その状況もよくなると思う。

実際私も、最近移動が多く、経費もあまりにかかるので、

高速バスをつかったり、車なしで、駅から家まで歩いたりしていますが、

これもなかなかいいもの。

身体も元気なので、すごく楽しい。

今、金沢では、ラ・フォル・ジュルネのあと、フランス週間になり、

金沢駅から、ずっと道沿いにフランスのお店が並び、フランスの香りたっぷりの毎日になるそうだ。

もう市内では、特別フランス仕様のブルーのバスが、走っている。

日本を愛し、金沢を愛してる私にとっては、これももうれしくて仕方ない。

どんどん素敵な街になっていってほしい。

これは先週の金曜の写真。

金沢は土曜が満開でした。

桜の時期は、いつもコンサートをひかえていて、2年前は、ベートーヴェンのスプリングソナタをどうするか、兼六園の桜を見ながら考えていた。

去年は、ヴィラ・ロボスのピアノパートの音が、

桜の花びらが散る感じにきこえて、ずっと桜の木の下で、

花びらの散るのをみていた。

今年は・・・ちょうど土曜日が富山だったので、路面電車の中から松川べりの見事な桜並木をみた。

満開の桜の花って、なんか応援してくれてるようだね。

日曜から、花ちらしの雨になって、今年はたった1日の満開の金沢でした。

皆さんの今年の桜はいかがでしたか?

今、宇宙飛行士でまさに宇宙でお仕事しているママ飛行士さんの山崎さん、

宇宙から「瑠璃色の地球も花も宇宙の子」という素敵な俳句と、

’さくらさくら’の演奏を地球に届けてくれました!

素敵です!

がんばってください!

 

今日のブログ・・・波の音も、

 

きこえましたか・・・

 

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初めてのコンクール

2010-04-01 | 音楽

1月からずっとコンクールを受けていました。

年末にラ・フォル・ジュルネのオーディションを受けた時に、

生まれて初めて、自分のピアノを審査していただいて、

その体験がすごく楽しかったので、自分でも受けてみようと思ったのです。

もちろん生徒は、数えられないくらいのコンクールに出場し、

私自身も日本クラシックコンクールの審査員を4年していますが、

自分自身は幼少のころから1度も受けたことがなかったのです。

年末のオーディションの次の日、金沢でアールンピアノコンクールという予選・本選があり、

ショパンのオーディションを受けた生徒さんが、早々と予選と本選を突破。

これはおもしろいなと急きょ、1月に自分で名古屋で受けたところ、

満点も出て、1度に予選・本選まで通り、

次のエリア大会は、はるばる仙台まで行って受けました。

それまで、曲はショパンのバラード1番で受けていたのですが、

先日も書いたとおり、OEKの事務局から、バラード2番を弾いてほしいと連絡が入り、

途中で曲を変更していいコンクールだったので、急きょ2番に変更し、

3週間で仕上げて仙台にもっていきました。

コンクール当日も、会場の下の小ホールがずっとあいていたので、

お金を払い続け、6時間弾いて、時間ぎりぎりで出場し、合格しました。

折しも、あのチリ大地震の大津波が三陸に押し寄せていた日で!

ホテルに帰ってTVをみたら、コンクール会場の町が、避難地区に指定されていて、

かなりあせりました

仙台は、合格ラインが厳しかったにもかかわらず合格してしまったので、

初めてのコンクールで、昨日、横浜関内大ホールの一般の部の全国大会に出場してきました。

全国一般の部、21人に入ったのです。

昨日の演奏は、ミスもあったりして納得できるものでなく、残念でしたが、

私にとっては、初めてのコンクールで全国大会にまでいってしまったという、想定外の出来事。

信じられないことの連続でした。

この週は大変な日々で、

まず27日(土) ラ・フォル・ジュルネ  生徒が石川県縦断コンサートに出演。

29日(月) 別のコンクールグレンツェンのエリア大会で、大阪シンフォニー大ホールに生徒1人出演

30日(火)同じく大阪生徒3人出場

     東京、ティアラ江東で、ショパンの生徒、アールンピアノコンクール全国大会出場(小3,4年の部 76人)

31日(水) 私、横浜関内で全国大会

 

という死にそうなスケジュール

結果、ショパンを弾いた生徒アールンコンクール、小学中学年の部で、奨励賞受賞し、

大阪では、1人が次の全国大会、浜離宮ホール決めました!

私は結局弾いただけという結果でしたが、

先日、バラード1番で送った別のコンクールのテープ審査に合格したので、

すぐまた1番でエリア大会です。

私が今回受けたアールンピアノコンクールは、

参加人数全国4位の大規模なコンクールで、

非常にいいシステムでした。

それは、まず予選・本選、その上エリア大会まで、同じ日に受ける事ができるのです。

私の場合、生徒さんがまず金沢で、予選・本選1日で通ったので、

私は初めてだし、予選だけでも通りたい!と名古屋で受けたら、

満点まで出していただいて、通過。

でもおひとり、あこがれの先生が、すごく厳しく、具体的に10項目ほど指摘して下さったので、

私はそれがまたものすごくうれしく、

本選までの時間は40分ほどしかなかったのですが、

すぐ近くのヤマハに部屋を取っておいたので、

走って行って、全部直し、本選はがらっと変えて弾き、通りました。

他の参加者も、そういう人が多かったと、審査員の先生方の感想でした。

このあとエリア大会まで出た方もいましたが、

私は一旦帰って、そのあとラ・フォル・ジュルネの曲が変更になったので、

思い切って曲を変え、エリア大会通りました。

でも、全国大会の控室でいろいろ話をしていたら、

予選・本選・全国大会と3回曲を変えて、うまくそれぞれ選曲していた人もいて、

彼女は、本番もすごくよくていい成績でした。

全国大会で優秀賞まで取った人は、次にまた同じシステムで、

グランド大会で1位を目指すらしく、主催の石井先生が「下剋上の世界です!」とおっしゃっていました。

私は何より、当たり前ですけど、毎回の先生方のコメントが本当にうれしく、

一般でコンクールを受けると、参加費も1番高いし、

次に進むたびに、交通費、宿泊費、ピアノレンタル費も半端ではなく、

一般は、自分で働いている方が多いですから、大変です。

やっぱりここでも一般といっても、独身の方が多かったかな?

年齢では多分1番上ですね

でも、それにまさる素晴らしい経験と、また全国大会での他の方のすばらしい演奏をきけて、

本当に何にも変えられない貴重な経験をしました。

コンクールの場合は、本番の舞台の上で、初めてそのピアノに触れることになります。

それで、近くにあるヤマハやカワイのピアノレンタルで、空き時間に必死に練習するのですが、

昨日はたまたまどこもかしこも1年の棚おろしで、ヤマハもカワイも全部休み。

困り果てましたが、20年も前にシンガーソングライターの友人の合わせで使っていた

渋谷宮益坂のスタジオがあいていたので、

そこで2日間こもって練習。

夜には、ピアノに格闘している私に大阪、東京各地から、生徒の結果が携帯で知らせてくるという、尋常でない状況・・・

たまたま全部重なったんですけど、大変な状況でした。

本番前は、いつもかなり気分がダウンするパターンですが、

今回は生徒も多く受けていたので、本当にしんどかったです。

こんなとき、1番いい気分転換が歌・・・

この間もたまたま伴奏が好きな弾き語りの曲、書いたんですが、

私は歌う事も大好きで、ヤマハの時は、ピアノと同様、声楽も芸大の教授のレッスンを受けに東京へ通ってました。

後ろの息の通り方がちょと違っているのが自分でわかるので、

人前では歌いませんが(笑)オペラもリートも、趣味で、弾き語りで歌ってます。

 

ピアノをずっと弾いていると、つらくなる瞬間もあり(笑)

そういう時は切り替えて、歌をうたうとすごく楽になります。

今回も、東京の空の下、シューマンやシューベルトのリート、ちっちゃい声で歌いながら、歩いたら、かなり楽でした

初めてのコンクール経験が、とんでもない大舞台での演奏になってしまいましたが、

コンクールのベテランだった私の生徒は、これで公式の演奏会はおしまい。

生徒と先生が逆になってるこれまた不思議なケースですが、

石川県縦断コンサートの演奏、ティアラ江東での演奏、

本当に立派でした。なっちゃん、いい演奏きかせてくれて今までありがとう

最後は涙で、舞台見えなくなりました・・・

 

すぐに、今度はピアノ発表会、もう1つのコンクールと休む間もなく、

練習の日々です 

 

 

Ⅱの《新・ショパン考 ショパンの手紙 1》 です!

  

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