安倍晋三元総理のことを話題にしている書籍が書棚にあったことを思い出しました。
2015年2月徳間書店刊「日本戦後史論 内田樹×白井聡」です。そこには「岸信介がCIAのためにどういう活動していたかなんていうのは、安倍晋三がいる限り日本では資料は公開されないでしょう。」「岸ファィルについては例外扱いで、公開されていないのだそうです。戦後の日米関係の根幹、ひいては現在の日米関係を揺るがしかねないという判断なのでしよう。 」という記述があります。
安部元総理が死去しましたので「パンドラの箱が空いた」状況になりました。アメリカから「岸ファイル」が公開されることを強く要望します。
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「占領時代」を忘却している日本
白井 何せフランスは戦勝国であるということに公式的にはなっており、日本でもだいたいそう信じられているわけで、今のお話はとても刺激的でした。似たような事情を日本現代史に移し替えてみると、当てはまるのは占領期じゃないかなと思うんですよね。八月になると、「あの戦争を忘れない」みたいなキャンペーンが多くなりますが、占領を忘れるなという話は出てこないですよね。
内田 出てこないですね。八月一五日で終わってしまう。一九四五年八月一五日から一〇年間ぐらいの占領期に「ほんとうは何があったのか」は一種のブラックボックスですよね。
白井 その間、アメリカ側は戦争とは違う形で本土決戦を続けていたんですよね。この国を二度と歯向かってこないような国に改造しようということで、断固たる意志でやっていた。日本人としてはほとんどやられっぱなしにやられるほかない。抵抗できない。まさこその時期こそが忘れられた時期になっている。
内田 必死になってその時期のことを調べていたのは江藤淳くらいでしよう。占領期に何が起きたか、何が隠蔽されていたか、それを江藤は調べていますね。フランスの場合と似ているのは、占領期に占領軍と通じていた人間たちが、その後の日本政府中枢を占めているということです。自民党のある部分は敗戦時に軍隊の物資を私物化したフィクサーと CIAの合作です。ですから、そこにかかわる話は日本の保守政界でも、保守系メディア でも完全なタブーですね。しかもいまだに当時の関係者たちの末裔たちが政権中枢に居座っている。占領期にアメリカと通じた人たちとその係累たちが今も続いて日本の支配層を形成している。占領期における対米協力者というのは、フランスにおける対独協力者と機能的こは同じものですよね。岸信介も、賀屋興宣も、正力松太郞もCIAの協力者リストに名前があがっている。アメリカは公文書を開示してくれますから、日本人自身がどれほど隠蔽しようとしても、外から情報が漏れてきてしまう。岸と正力がCIAのエージェン卜だったということを知れば、安倍晋三と読売新聞がつるんでいるという政治的絵図は一九四五年から変わっていないということがわかります。特定秘密保護法を安倍政権が必死になって制定しようとしたことの理由の一つは二〇〇七年にアメリカの公文書が開示されて自分の政治的出自が明らかにされたことに対する怒りがあるんじやないですか。
白井 早稲田大学の有馬哲夫さんは、そのあたりの研究を精力的に進めていらっしゃいます。正力のことについても書いているし、児玉誉士夫のことも書いている。私の大学院で の師匠だった加藤哲郎先生もこのあたりのテーマに近年取り組んでおられます。これって 日本の政治学者や歴史家がいちばん熱狂すべきテーマであるはずなのに、アカデミックテーマとしてそれほどプレゼンスが大きくないのは何なんだろうと思うんですよね。これ以上おもしろいことはないだろうに。
内田 一つは関係者があまりに多いからでしょう。関係者が多いイシューは必ず抑圧され る。いろいろ史料が出てくるtしたら彼らが死んでからでしょう。だから、まだ時間が足りないないんですよね、戦後七〇年ではまだ足りない。
白井 ただ、深刻なのは、当事者が死んでも、その子孫みたいなのが相変わらず高位高官にいるから手が出せないという感じもあります。
内田 まあそうですよね。岸信介がCIAのためにどういう活動していたかなんていうのは、安倍晋三がいる限り日本では資料公開されないでしょう。
白井 そうなんですよ。CIAの資料は自動的に何年か経てば公開していくはずなんだけれども、岸ファィルについては例外扱いで、公開されていないのだそうです。戦後の日米関係の根幹、ひいては現在の日米関係を揺るがしかねないという判断なのでしよう。
内田 でもそれが日本人がいちばん知りたいことでしよう?占領下の日本人がどうやってアメリカに協力していったのか。占領期における対米協力の実相というのは僕たちが「対米従属を通じての対米自立」という戦後の国家戦略の適否を仔細に分析しようとしたら避けて通ることのできない論件なんです。それがわからないと現代日本のかたちの意味 がわからない。ぜひ心ある歴史学者にやってほしい仕事なんですけれど。たぶん科研費はつかないですね。
白井 この前、ある年長の学者に仕事でお会いする機会がありました。その方は自民党の政治家と長年交流する機会があったから、彼らがどういう感覚なのか、どういう価値観なのか、皮膚感覚でご存じで、興味深いお話をたくさん伺ったんです。
対米従属の問題に関してこうおっしゃった。日本の保守のエスタブリッシユメント層というのは、アメリカと日本国民の間に入っていろんな経験をしている。だから今の安倍さんのやっていることの動機は、要するにアメリカに対する怨念なんだと、恨みなんだと、いうのです。どういラ限みなのかというと、間に立たされた日本のエスタブリッシュメン卜層は、かなり屈辱的な経験をしてきた。例えば、これは役人だか政治家だかの妻がすごい美人で、それを見た占領軍の将校だか将軍だかが「俺によこせ」といって愛人にしちや った。そういうことをやられても、彼らは涙を吞んで我慢するしかなかった。保守政治家と話していると、二代、三代にわたった恨み話を、酒なんか吞んでいると語り出す。あんまりそれがしつこいから、ある席で「あんたそんなにごちやごちや言うなら、あんたの祖 先が戦争に勝つべきだったんだよ」と言ったら激怒して、その後口を利いてくれなくなっ たというんです。実に生々しい話ですが、こういう屈辱も保守エスタブリッシュメント層が一般庶民に対して隠している次元ですよね。
内田 自分たちの恥だからね。
白井 そうなんです。その情けなさというのを全部隠蔽して、国民に対しては「アメリカ と対等にやり合っている日本国の代表なんですよ」というイメージを乍り、そして同時に「アメリカは日本に対して変わらぬ愛情を持っているんですよ」と演出してきた。だけど、アメリカが国家として日本に対して愛情など持っているわけがないといちばんよく知っているのは、交渉の最前線に立っている彼らだと思うのですが。そのあたりをこれから積極的に解きほぐしていかないといけませんね。
今回の対話を通じて、「敗戦の否認」という自分の打ち出した概念をどう深めていくベきなのか、沢山のヒントをいただいた気がします。「否認,-という概念は、フロイトの精神分析学に起源を持ちます。私はそれを歴史分析に応用してみたわけです。重要なのは、「否認」が昂じた状態とは、明白に病的な状態だということです。これを治すことは簡単ではない。しかし、そうした病的状態が存在すること、これを認めることからしか話は始まりません。かつ、永続敗戦レジームの中核層やその支持層こそ、この病気を深く患ってるわけです。病気というのはつらいものです。だから、われわれのメッセージは、随分攻撃的なことも、言いましたけれども、「あなた方もおつらいでしよう?そろそろ楽になりませんか?」ということでもあるのです。このことが伝わるならば、今回の対話は今の社会に対して、何某か有益なものとなるのではないか、と思います。
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(了)