この第二弾(?)も宜しくお願いします。
これも戦後間もない頃のお話である。
「早苗ちゃんのお母さんは継母なんだってね。大丈夫?虐められない?」
日ごろ優しくしてくれている近所の中学生の登美代に言われた時、早苗は一瞬呆気にとられた。
何故なら、早苗自身は全く知らないし、そんな事を考えた事もなかったからだ。
早苗は母の文子が誰よりも好きだったし、母のそばにいると日なたのぬくもりに包まれたような安心感をいつも感じていた。
一瞬、母の顔に泥を塗られた気がした。
「何でよ。なんでそんなこと聞くのよ」
登美代は心外そうな顔をした。
「だって、昨日の晩、お父さんとお母さんが話してるの聞いちゃったからよ。文子さんもなさぬ仲の子供をよく育ててるって。なさぬ仲って本当の親子じゃないって事でしょう」
その内、登美代は自分の言った事の重大さに気付いたようで、声がだんだん小さくなった。
「ごめん。知らなかったんだ。気にしないで」
早苗は何も答えず、後も振り向かずに駆けだした。
自分が生きている根っこの部分をもぎ取られた驚きと怒りと絶望感がゴッチャになって早苗を襲ってきたが、帰るところは一つ、文子の待つ我が家しかない。
いつしか、早苗の目に涙が噴き出していた。
横町の通りの裏に澄んだ川が流れる。
川に沿って建つ長屋の1軒に文子と早苗は住んでいた。
この町は水が澄んで綺麗な事で知られる岐阜大垣である。
6歳の早苗はこの土地を一歩も離れた事がない。
早苗が家に戻ると、母の文子はうつむいてせっせと縫物の内職をしていた。
「ああ、お帰りなさい。おやつに芋饅頭作って台所の水屋に入れてあるからね」
芋饅頭は早苗の好物である。
蒸かしたさつま芋をすりこ木でつぶし、砂糖と牛乳を加えたものを、布巾で形作った饅頭である。
優しい甘さのおやつだった。
いつもなら、ニコニコしてすぐに手を出す早苗だが、しょんぼりと座り込んだままだ。
針仕事の手を止め、文子は早苗を見つめた。
幼い丸い早苗の目は涙でぬれていた。
「どうしたの?何かあったの」
早苗はこらえ様もなく、文子に縋った。
「お母さん、お母さんは早苗のたった一人の本当のお母さんだよね」
「・・・・・」
「違うっていうの。登美代ねえちゃんがおかあさんの事、継母だっていうのよ!」
一瞬、文子は目の前が真っ暗になった。
戸籍上においても早苗は亡くなった夫佐伯恵三と文子の長女になっている。
墓場に行っても、早苗に実母がいる秘密を誰にも打ち明けない約束をだった。
大切に守ってきた早苗の秘密が、興味本位の噂話でぼろぼろ崩れてしまったのである。
(でも、あの事を皆は知らない。早苗の実母の行方も早苗を置いて出た事情も)
文子は心の中で小さくつぶやいた。
「馬鹿ね。早苗の親は今私一人よ。顔洗ってそれから芋饅頭二人で食べよう」
文子ふっくらとした頬をほころばせて笑ってみせた。
笑うと目が糸の様に細く柔和になって、早苗もつられて泣き笑いの表情を見せた。
「本当の事は決して言えない」
文子は思案していた。
それはこの小さな家庭の一番大事な幸せを守る為だった。