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読書の森

永遠の嘘 その5

「あんな阿呆な女と二度と会わない」
そう呟いてみても卓の胸に変なしこりが残った。
酒を飲み女を抱いても、しこりは取れなかった。

考えてみれば、愛が口走った「B型肝炎ウイルスの予防注射」は卓の身を気遣っての事だ。
のこのこ付いてきたシティホテルで大型のベッドをみて目を丸くした愛にこの様な体験どころか、知識も皆無だった事は丸分かりである。
「一体どういう女なんだろう。この20年をどう過ごしてきたのか?」
卓の心に引っかかってならない、馬鹿げ過ぎて笑い話と片付ける訳にもいかない。

とうとう卓は愛の自宅に電話をかけてしまった。
「あら、藤崎君。この前は怒ってごめんなさい」

「謝る必要ないだろ、それより大丈夫か?」
「何が?」
又も卓はイラつくものを感じた。

そして止せば良いのに又愛とおままごとの様なデートを重ねたのである。
たまたま愛が卓の職場に電話を掛けてくる事があって、噂が社内に広がった。




後で俺もとうとう引っかかったと卓は思ったが、別に愛は卓を引っ掛けたつもりも無いらしい。
営業課長という立場で独身なのは何かと変な噂が立つ事だし、年を喰っているが真面目な独身の女と結婚するのは成り行きとして自然だと、卓は年貢を収める気になった。

双方とも健康診断をして、愛のB型肝炎も抗体が出来ている事が判明した。
用心の為、卓は予防接種を済ませた。

その年の九月、愛の世間知らずを周囲に知られるのを恐れてハワイで二人だけの式を挙げた。

終始一貫、愛は夢心地だった。
「これを一体何と言うのだろう。瓢箪から駒とでも言うのでしょうか」
と挙式後、卓にささやき、又も卓はイラついたのである。



卓の心配をよそに初夜も新婚生活も何事もなく過ぎた。
愛は家事に堪能という訳にはいかかったが、学習に勤しむ様に家事に励んだ。
翻訳の仕事は細々と続けていたが、没頭する様子も無い。

卓が驚いたのは、愛の女としての開花の目覚ましさだった。
今迄抑えられていたものが一気に吹き出した様な愛だが、何処か抜けたところは相変わらずである。
卓が外で遊ぼうと全然平気な顔をしている。
「わからないのかな?」
卓は、まさか浮気してきたと宣言して愛の気持ちを確かめる訳にもいかなかった。

二人にとって平和な新婚生活が続いた。



卓にとって、生まれて初めてと言っていい程穏やかな日々だった。
そろそろ、自分の子が持ちたい。
かなりの高齢出産であるが、愛みたいな奥手の女にとって遅すぎる事はないだろう。

その矢先のまさかの癌宣告だった。

「何で俺はこんなに家庭の幸せに恵まれないのだろう?」
今迄仕方ないと割り切っていた運命について、卓には珍しく感情的になった。

愛は相変わらず能天気な表情で、卓の異変に気付いた様子もなかった。



読んでいただき心から感謝します。 宜しければポツンと押して下さいませ❣️

コメント一覧

airport_2014
正直言ってこんなコロナ禍が深刻な状況で、経験した事がないフィクションを作ってる神経が疑われるところですがね(^。^)
airport_2014
@light77g 有難うございます。この先をどうするか悩ましいところですが、そうおっしゃっていただくのが一番の励みになります。
light77g
こんにちは。

読み応えアリマス❣️ありがとうございます☘️
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