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読書の森

お母さん その1

暮れの街を歩いていると、ふと似た面影を見つけてドキッとする事があります。
そんな若さでいる訳もなし、この世にいる筈のない人です。
洒落た帽子と服装、繊細で機敏な表情、などと表現すると「私のいいひと」みたいですが、亡母の面影です。
生きてる間は、この人さえ居なければお嫁に行けたのに、などなど、さんざん邪魔扱いした母が、今は後悔しきりで一番恋しい人になってます。
「寒い」と言うと「寒がりね(弱虫)」と言い返す、その年になって「ああ寒かったろうな」と体で分かるのです。
「言葉だけでも優しくしてあげれば良かった」
一緒にすると怒られるでしょうが、生きてる間喧嘩ばかりだった連れ合いを亡くして初めて分かる激しい後悔と同じ気が致します。

そんな母や母の生きた戦争の時代、昭和の恋バナをテーマにGoogleの blogを始める前から作った創作blogがあります。
その中の幾つかを削除したのは、添削して新人賞応募原稿にしたいという甘い目論みからなのですが、虫が良過ぎたみたいです。

それなら、せめて夢よもう一度と、blogに復活させる事にしました(ホントは今blogのネタ切れなのかも)。
この『お母さん』は未削除のものですが、一部訂正後再度載せます。
面白いと思っていただけたら最高です。

なお、あくまでも創作ですので事実とはかなり異なります。

では、


休日の夜、遅い夕食を珍しく一家揃って取った。

眠りが足りた機嫌良さそうな顔で、父の俊一がテレビドラマを見ている。
大河ドラマの舞台は往年の富岡製糸場。
「富岡製糸場も観光客が押すな押すなだ。こりゃ栃木県も儲かるな」

母の美奈子はあからさまに軽蔑の表情を浮かべる。
「富岡製糸場のあるのは群馬県ですが」言わなくても済むのに父の言い間違いがを正すのが習慣になっている。

俊一は怒りもせず、照れ笑いを浮かべてぶりの照り焼きを突っつく。

沙奈は両親のやり取りに辟易としてる。
不甲斐ない父を馬鹿にし切っている母と、甘んじて受ける父。
時々爆発する夫婦喧嘩。
幼い時から見飽きた光景である。

「甘い言葉にコロリと騙されてこんな人と結婚したのが私の不幸の始まりだ」これも聞き飽きた母の口癖である。

私はこんな愛の無い結婚は続けないと、母の険はあるが整った充分美しい横顔を見つめた。



母、美奈子の実家は戦後しばらく迄、地元でも有名な旧家だった。
だったと言うのは、年の離れた兄の放蕩で財産を潰して家は抵当に入って他人のものになったからだ。美奈子の母は後妻で兄は亡くなった先妻の子である。甘やかされて育った為か彼は遊ぶ事をやめなかったのである。

幼かった美奈子の目に、小さな頃から慣れ親しんだ家財を見知らぬ男が差押えの札をペタペタ貼って次々に運び出す光景が、酷く異様に映った。
いつも優しい家族の皆が一様に強張った表情である。誰も構ってくれない。泣き出したいのを必死に我慢していた美奈子の身に更に不幸が降りかかる。

兄の自死、それを苦にした父の病い、そして足手纏いの美奈子は子どもの居ない親戚に引き取られた。
幸い裕福な家で美奈子は不自由なく育つ事が出来た。

戦後、女として珍しく四大を出て、商社に入った美奈子はそれなりに野心を持っていた。
自分の才や容貌に頼むところが大きく、いわば玉の輿を狙っていたのである。高度成長期の時代においては女性の給与は凡そ微々たるもので、女が財を成して家を復興する事など無謀に近い。
つまり玉の輿を狙った方が遥かに望みが叶うからだった。

その美奈子に、海外旅行で知り合った俊一が近づいた。
どこか死んだ兄を思わせる優しい語り口の俊一に美奈子はドンドン惹かれていった。
自分では野心を持っているつもりだったが、甘い言葉に人一倍弱かった。

俊一は嘘つきだった。
アメリカの大学を卒業したというのは触れ込みに過ぎず、米国の大学の夏季スクールを受けただけで、受け売りの英語の発音が良かっただけである。

俊一が都内の高校を卒業後単身アメリカに渡って、何をしていたのか、定かではない。
知り合った時は一応英会話学校の教師をしていたが、直ぐに職場を変えた。

一つ場所に居つく事が嫌いで、放浪癖のある夫と気付いた時は、美奈子のお腹に沙奈がいた。
「逃げたかったの。でもお腹にお前がいるから自由になれなかった」
その言葉を思春期に入ってから佐奈は聞かされた。それまで母に描いていた幻想が見事に消えた時だった。



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