LP盤でクラッシックを聴かせる名曲喫茶の生まれた1950年代、新宿東口でスカラ座、琥珀などと共に生まれた『らんぶる』。
1974年に建て替えられましたが、今も地階には当時のままの椅子やテーブルが出迎えてくれます。
香り高いコーヒーと静かに流れる名曲に身を委ねると、ここが新宿中央通りの丁度真ん中にあるとは信じられない程であります。
本日はこの喫茶店を舞台に物語を作ってみました。
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「横山、久しぶり」
待ち合わせ場所で美波が声をかけると、横山卓は眩しそうに眉を寄せた。
彼が緊張すると眉を寄せる癖があるのを美波は思い出した。
7年半前。
羽田美波がOBとして、母校の社会問題研究会に出席した時に彼は大学1年だった。
それは、非常にマニアックな研究会で、社会問題とは名目に過ぎず、極めて独特な考え方を持つ学生の好き勝手なお喋りの場と言えた。
内向きの男子が多くて、一見明るい美波は結構チヤホヤされた。
女子校出身の彼女にとって生まれて初めてのモテ期で浮かれてサークルに通う内に、成績が下がってきた。希望の出版社を三社落ちてかろうじて法律事務所の事務員になったのは自業自得と美波は諦めている。
卒業した年の春、懐かしさに惹かれてタバコの匂いが充満した部室へ美波が足を踏み入れた時、睨むような目をしたのが卓である。
綺麗な澄んだ子供のような目だった。
大柄な身体といかつい顔つきと凡そ不似合いの目に美波は惹かれた。
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職場で美波は初めて大人のドロドロした恋愛の世界を知った。
銀座にある法律事務所で美波は一番若かった。重い資料を運んだりお茶汲みをしたり、たち働く美波はいかにも初々しく目だったのである。
ジャーナリストは諦め、この機会に法律を学び近い将来、司法試験でも受けようか、という甘い考えが一気に吹き飛ぶ事件が起きたのである。
冴木というクライアントは横暴な妻との離婚を希望する夫である。
血色の良い活動的なタイプでかなり知られた食品チエーンの社長だった。好感が持てるこの男の相談内容は凡そ外見と合わないものだった。
相談を持ちかけられた若手弁護士が、
「ちょっと持ち場が違う、穏便な離婚調停なら家裁で」と婉曲に断ろうとしたところ、男は驚くべき打ち明け話をし出した。
「実は別れたがっているのは妻の方である。しかし自分から言い出せば慰謝料など非常に低くなる、そのために自分が浮気をしたという既成事実を作りたがっている」
「それで?」
「つまり、金を使って頼んだ女に私を誘惑させようとしているのです」
「それは横暴とは違いますね」
男は形の良い唇を歪めた。