著者はシンガポールにて現地の企業からの採用で就労していた経験がある。 そもそもスコットランドにての留学生活を終えてシンガポールでの就職を決意した経緯は2つある。 まず、大学院時代の宿題でシンガポール経済政策のレポート作成の時に興味をもったことと。 もう一つは、留学中に日本へ一時帰国する際にシンガポールにストップオーバーしてスコットランド留学時代にシンガポール在住の友人と出会いに行った時の印象である。 すでに一人頭の国民総生産(GDP)が日本より高いアジアの先進国として存在しているシンガポールという国の状況と観察内容を述べていきたい。
まず、シンガポールの政治経済は特殊な経緯によって成り立っている。 そもそもイギリスの植民地として開発される前は、東南アジア一帯を支配していたイスラム教のスルタンの一領土であり、熱帯雨林と沼地が占める島に小さな漁村があるほどであった。 イギリスの植民地時代を得て開発され、やがてマレー連邦がイギリスから独立した時はマレー連邦の一部であった。 その際に、マレー連邦のブミプトラ政策というマレー国民ではなくマレー人のみの優遇政策として非難され、それに反発した華僑系が多数を占める独立派勢力がシンガポールという小さな島を国家として独立させた。 最初は、それこそ第三世界とか発展途上国といわれていたほど貧しい国であったが、初代首相のリー・クアン・ユー率いる人民行動党の特殊で革新的な政策により、目にもとまらぬ速さで貧困国家から先進国家(俗に「第三世界から第一世界へ!」と言われる)へと大変貌を遂げた。
そもそも、この独立シンガポールを統治した与党の人民行動党という存在そのものが特殊であった。 シンガポールを独立に導くという立場に共感した政治家が政治思想を越えて集結した政党である。 強制的にたとえるならば自民党の田中派と日本共産党とその他少数派政党を一つの政党にまとめ上げたものとも表現できる。 ただ、人民行動党が実利的に物事を考え行動しそれぞれ異なる政治思想から独立を保ちながら経済繁栄を遂げる政策を構築した。 そして、その結成当時の不安定な政党と不安定なシンガポールを一つにまとめ上げられたのもリー・クアン・ユー首相の独裁的ともいえる強靭なリーダーシップのもとに統括運営されていたことも重要である。 ただ、彼の独裁的ともいえる数々の強硬策は賛否両論を生んだが。
シンガポール人民行動党の政治は、英米の自由民主主義的な自由競争と選択の自由によって成り立っている自由市場とそのれから生まれる成果主義の恩恵、そしてマルクス・レーニン主義的共産主義の大きな国家の管理による監督と計画性を同時に遂行したことである。
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まずこの図を見ていただけるとお分かりのように、シンガポールの経済モデル大きな政府の存在と自由市場競争の2つの性格を結合させたものである。 英米型市場原理主義モデルであれば政府の政治だけでなく経済への干渉は控え各々の個人が自由競争と表現の自由によって切磋琢磨し成長するというモデルである。 ヨーロッパ(特に北欧)福祉国家型モデルであれば、国家政府が経済活動の基盤と一部の産業の運営を担い各国民個人の国民の生活環境の充実を保証するモデルである。 また、小さな政府であり平等を保つ古典的理想主義というものは数多のロマン主義的なヨーロッパ思想家が考察した人間性前節に基づいたユートピア国家であるが未だ具現化されたケースは皆無。
シンガポールの強みは、ヨーロッパ福祉国家モデルのように生活に不可欠で経済活動の基盤を支える公益事業は政府が率先して運営し、英米型市場原理主義の自国民と移民も含めて自由競争で切磋させることにより生産力が発達することである。 シンガポールの弱みは、英米市場原理主義と同じく競争社会の中で淘汰されてしまう個人も多く貧富差が過度に拡大し、ヨーロッパ福祉国家モデルと同じくすべてが政府の監視下にあるという閉塞感はぬぐい切れない。 一人頭のGDPが日本より多いといってもその所得の貧富差は日本より断然高い。 また政府の官僚へ支払われる給料が多国籍企業の役員クラスであり、首相の給料もアメリカ大統領をはるかにしのぐ値である。 運よく成功した大金持ちとギリギリのところで生活している低所得層がともに多い。
他には、未開発な経済を迅速かつ安定的に成長させるために経済の自由と多民族多宗教の平和的共存を認め守る中でも治安と政策決議の安定を保つために政治の自由は制限したため、開発独裁国家という異名も持つ。 実際に生活していても、物流がすごく発達していて痒い所に手が届くといえるほど便利ではあるが、公共衛星を保つ上での厳しい罰則やスキのない警察の監視などもあり、一言でいえば「自由があって自由がない国」といえる。
シンガポールは物価が高い国として有名であり、ここ数年の間に何回か世界一物価の高い国にランキングされた。 たが、実際に生活してみれば、日本と比べて高いものと安いものがある。 この図に記されているように、シンガポールの物価の高低は市場による影響と行政による影響がある。
まず、狭い国土の中で急激に経済が発展したこととそれに魅せられて流入してきた移民によって不動産の値段は高くなった。 この影響で中心街およびその周辺では良物件の値段はものすごく高い。 ただ、その市場影響を受けて公営住宅やコンドミニアムの建設および商業地の再開発も行われているため、リーズナブルな値段で提供されている場所もある。 それに、狭い国土であるため移動にも困ることは少ない。
その狭い国土のなかで行政が公共交通機関を積極的に使用させるように誘導しているため、電車とバスだけでなくタクシーの値段は安い。 基本的に狭い国土の中での自動車の使用を制限するために、自動車購入および自動車免許の更新には莫大な課税がなされている。 それに伴い、公共交通機関は整備されているだけでなく値段も安いため、手軽に使用できる。 しかも、狭い国土でいろいろなところへいろいろな目的で赴ける。
また、行政介入で課税により値段が高く設定されているのは自動車だけでなく、生活習慣と公共衛星に悪影響を及ぼしがちなアルコール飲料とタバコは高い。 その代わり、庶民が気軽に飲食できて憩いの場としても機能している屋台が多く並ぶホーカーセンターで売られている食べ物は安い。 また、外国から多くの投資家を呼び込むため、そして庶民の努力と成果を認めるためその見返りとして得れる可処分所得を減らさないためにも所得税はかなり低く抑えられている。
あと、シンガポールはかなり自由競争を重んじているためか最低賃金は存在しない。 それゆえに労働者を雇う側にとっては有利なためビジネスチャンスは多い。 また、賃金の高低差がある割に、安い賃金でも労働を希望する移民労働者が多いのも、自国で失業するよりかは雇用先が確保できるシンガポールを選ぶからであろう。 とにかく、単純労働への人件費は安い。 あとは、厳しい印象が強いシンガポールであるが面白いことに「世界最古の職業」のサービス利用料も、その提供者の供給量と競争原理が影響なのか、他先進国と比べると比較的に安価ではある。
この「世界最古の職業」であるが、実は、政府の監視下により衛生管理を徹底させると同時に犯罪との連携を防ぎ所得税を支払わせることを条件に、シンガポールでは合法なのである。 ただ、旅行者として入ってきて違法に行っているものも存在するが、それは警察に見つかれば提供者も利用者も犯罪で逮捕である。 その「世界最古の職業」においても、その店の外に派手に宣伝広告を掲示したり宣伝活動をすることは禁止している。 しかし、これが世界最古といわれるほどどうしてもなくならない場合は、公共衛生を保つための管理を施し、他の職業と同じく所得税を支払わせるようにするしかないという合理的な解決策にもっていった。
シンガポールはこの「世界最古の職業」や賭博(ギャンブル)など道徳的に賛否両論があるがどうしてもなくならない産業においては特殊な形で制限を加えている。 まず、ギャンブルはシンガポール国民が使用するには比較的に高い賭博場への入場料を払う必要があるが、外国人は入場料は無料である。 つまり、シンガポール国民にはなるべく控えるような誘導を施すと同時に、外国人からはより多くのお金を落とさせ国家経済に還元させる実利的な仕組みになっている。
最近は世界全体の不況の波の影響を受けてシンガポール経済も停滞気味である。 やはり、世界経済全体が過渡期であり、新しい技術運営と新しい経済モデルが必要になってきている証拠であるのかもしれない。 シンガポールは、その世界貿易の中間地点という地の利を生かしつつ、今までの世界経済の中で奇抜な政策を執行することによって急速に発展し安定した統治を実現した。 それに経済成長が停滞した現在でも、東南アジアの中では随一の技術と資本をもつ国家なので、東南アジア全体の首都という扱いと表現してもおかしくない。 高技術の医療が必要な患者は東南アジア諸外国からシンガポールに運ばれてくるし、東南アジアの優秀な学生やビジネスパースンはシンガポールに移住し活躍する傾向がある。 故に、その成功から学ぶ部分は未だ多く存在しているであろう。