黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

成功可能性ゼロの司法改革 ⑥既修者・未修者の実態

2012-06-10 16:49:36 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 司法試験のうち,短答式試験(択一試験)の結果が発表されています。
http://www.moj.go.jp/content/000098843.pdf
 司法試験は,旧試験時代と異なり択一試験と論文試験がまとめて実施されるのですが,択一試験は350点満点で,公法系・民事系・刑事系のうち1科目でも得点が40%に満たない者,及び各科目の合計点が215点に満たない者は足切りの対象となり,論文式試験の答案は採点してもらえないことになっています。
 そのため,現行の司法試験で択一合格という概念は正確には存在しないのですが,便宜上,この択一試験で足きりを免れた人のことを「択一合格者」などと呼ぶ場合が多く,このブログでも同じ意味で「択一合格者」という用語を用いています。
 今年の試験では,上記の意味における「択一合格者」は5,339人です。受験者のうち約64%近くが合格している計算になりますが,昨年(足切りライン210点,合格者5,654人)より基準が若干厳しくなり,合格者数も減っていることが分かります。今年は受験者数自体が減少に転じたほか,総務省から合格者数目標の見直しを勧告された影響もあるので,最終合格者数も昨年よりいくらか減少するのではないでしょうか。
 なお,今年の司法試験については,予備試験合格者の動向も注目されています。予備試験合格者の資格に基づいて今年の司法試験を受験した85人のうち,択一で足切りとなったのはわずか1人。その1人も,ネットでは論文試験の途中まで受けて退席した予備試験合格者であるとの情報が流れており,仮にそうであれば実質的に全員が合格したということになります。本試験より予備試験の方が難しいという不合理な「逆転現象」が早くも明らかになった形ですが,かかる不合理は一体いつになったら是正されるのでしょうか。

 もっとも,今回の記事はこれが本題というわけではなく,法科大学院の既修者・未修者に関する問題を取り上げます。
 法科大学院の標準修了年限は3年とされていますが,法科大学院において必要とされる法律学の基礎的な学識を有すると法科大学院が認める者(法学既修者。法学部出身者であると否とを問わない。)については,短縮型として2年での修了を認めることとされています。実際には,3年間で修了する原則型を「未修者コース」,2年間で修了する短縮型を「既修者コース」などと呼ぶ場合が多いです。
 ところが,司法制度改革審議会意見書で示されたこの制度設計には,かなり深刻な問題点が指摘されています。
 すなわち,3年間の法学未修者コースは,入学者に法学の知識が全く無いということを前提にしており,入学試験でも法律学の問題は全く出題しないことにされていますが,これでは適切な入学者選抜ができないのです。
 法科大学院の入学者選抜では,アメリカのロースクール制度に倣い,判断力・思考力・分析力・表現力等の資質を試す試験(適性試験)が行われていますが,実際には適性試験の成績と法律学の資質との関連性は薄く,適性試験の成績は優れていても,法科大学院に入学すると法律学独特の思考様式に馴染めず,勉強が行き詰まってしまう人が少なくありません。逆に,適性試験の成績が悪くても司法試験に合格できた人はそれなりにいます。
 現在の適性試験は,文部科学省があくまでも面子にこだわって,適性試験の成績が下位15%未満の人は合格させるなという強い行政指導を行っているというだけの理由で存続しているものであり,適性試験を利用するか否かを各法科大学院の自由な裁量に委ねるものとすれば,おそらく大半の法科大学院は適性試験など見向きもしなくなるでしょう。どうみても無意味な試験なので,立法論としては仮に法科大学院を存続させるとしても,適性試験は直ちに廃止すべきです。
 その他,各法科大学院では適性試験の他に,独自の筆記試験(小論文試験)や面接試験を課しているほか,大学の学部時代の成績や活動実績なども考慮して合否の判定を行っていますが,それでも「法律学の試験を課さないで法律学の素質がある人を選抜する」ことには限界があります。
 また,特に他学部出身で未修者コースに入学した人は,最初の1年間で既修者に追いつく必要がありますが,一般的にそれを可能とするような教育プログラムが実践されているわけではなく,1年間で既修者に追いつけるのは一部の天才だけです。
 法学既修者の方では,法学検定試験や日弁連法務研究財団の実施する法学既修者試験が活用されているほか,各法科大学院が独自に法律学の入学試験を課しています(なぜか適性試験も課されています)が,やはり未修者との差は歴然としています。昨年の司法試験では,既修者コース出身の受験者3,337人のうち1,182人(約35%)が最終合格を果たしている一方,未修者コース出身の受験者5,428人のうち最終合格者は881人(約16%)にとどまっています。
 未修者コースについては,途中で法科大学院の授業に付いて行けなくなる人も多く,無事に3年間で修了できる人は全体の3分の2くらいしかいないということであり,仮に修了できても司法試験に合格できる人は少ないので,「未修者コースは入学者の7~8割が中途退学か三振」という恐ろしい俗説も,あながち否定は出来ない状況にあります。

 なお,法学既修者コースに入学できるのは,別に法学部の卒業生に限られているわけではなく,法学部以外の出身者でも既修者コースに入学する人はいますし,逆に法学部出身者でも未修者コースに入学する人が相当数います。昨年の司法試験について公表されている数字を挙げてみます。
既修者・法学部卒  受験予定者数3,457人→合格者数1,068人(合格率約31%)
既修者・非法学部卒 受験予定者数  498人→合格者数  114人(合格率約23%)
未修者・法学部卒  受験予定者数5,043人→合格者数  621人(合格率約12%)
未修者・非法学部卒 受験予定者数2,689人→合格者数  260人(合格率約10%)
 法学部卒の方が若干合格率が高くなっていますが,過年度には合格率が逆転していたこともあり,それほど大きな差ではありません。これに対し,既修者・未修者の合格率の格差は歴然としており,法科大学院協会などが実施した統計調査でも,法科大学院での成績が同程度の人で比較すると,既修者の方が未修者より司法試験合格者の割合は「格段に大きい」ことを認めています。
 法科大学院について,法学既修者・未修者と言われると,事情を知らない人は「既修者が法学部出身者向けで,未修者が他学部出身者向け」というイメージを持ってしまうかもしれませんが,上記のとおり既修者・未修者の区別と法学部卒であるか否かに直接の関連性はありません。むしろ
「既修者=法科大学院に入学する前に,予備校などである程度法律の勉強をしてきた人」
「未修者=法科大学院に入学する前に,予備校などで法律の勉強は特にしてこなかった人」
と定義する方が,実情に近いのではないかと思われるくらいです。
 これから法科大学院に入学しようと考えている人は,司法試験の合格率や就職などの問題があるためそれ自体あまりお薦めできませんが,それでも入学したいというのであれば,予備校である程度法律の勉強をしてから,既修者コースへの入学を目指した方が絶対に良いと思います。法学部出身・他学部出身を問わずにです。
 そして,冒頭でも触れた予備試験の合格者が,司法試験でもかなりの健闘を見せていることを考えると,現行の司法試験制度では,大きく分けて3種類の受験者層がいることになり,司法試験の合格率における格差は以下のように表すことができます。

   予備試験合格者 >>>>> 法科大学院修了者(既修者コース) >> 法科大学院修了者(未修者コース)

 そして,「予備試験合格者」とは,予備校で司法試験の合格レベルまでみっちり勉強してきた人,既修者コースは法科大学院入学まで予備校で勉強してきた人,未修者コースはそれ以外ということですから,選抜過程で予備校による法学教育の影響を徹底的に排除した未修者コースの方が,制度としての破綻はよりひどいことが分かります。
 むろん,予備校に通ったところで全員が司法試験の合格レベルに到達できるわけではありませんが,予備校は法科大学院と異なり,自分に合わないと思ったらその時点で辞められますし,予備校に通うために従来の仕事を捨てる必要もありませんし,予備校に通い始めた時点で借金漬けにされることもありません。やはり,法曹になるために必要な法学教育は,法科大学院ではなく予備校で行う方がはるかに効率的なのです。
 これから法曹になる人が,法律学だけでなく経済学や理数系など他の分野の教育も受け,多彩なバックグラウンドを持っていることは望ましいですが,そのような法曹の多様性を確保するための方策は,既に破綻した未修者コースを維持することではなく,教養選択科目の復活など,司法試験の内容を見直すことくらいしかないでしょう(旧司法試験では,1991年まで論文式・口述式試験に教養選択科目が存在し,政治学・経済原論・財政学・会計学・心理学・経済政策・社会政策の7科目から1科目を選択することになっていました)。
 もっとも,現行司法試験については,合格者でも法律に関する基本的な知識・素養に問題がある旨の指摘があり,現状のままさらに教養選択科目を追加すると,受験生の負担がかなり増えるほか,実務に必要な法律学の基本が現状よりさらにおろそかになってしまう懸念もあるため,見直しには慎重な議論が必要となりますが。

25 コメント

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Unknown (Unknown)
2012-06-11 13:09:35
いくつか論理がおかしい点があると思うので指摘します。

「入学者に法学の知識が全く無いということを前提にしており,入学試験でも法律学の問題は全く出題しないことにされていますが,これでは適切な入学者選抜ができない」「法律学の試験を課さないで法律学の素質がある人を選抜することには限界があ」るとありますが、
では現行の法学部入学者の選抜方式はどうなっていますか?大学により差はありますが、おおむね外国語・国語・社会の各科目を中心に東大など国立大であれば若干の理数科目を課すことによりその総合成績で選抜を行なっています。(学習前の段階なのだから当たり前の話ですが)法律学を内容とする選抜は行われていません。この制度により法学部への入学生の適切な選抜ができないとの声は上がっておらず、これまで問題になっていません(いまは法学学習についての資質を問題にしているので、全体的な学生の学力不足は別の話です)。そうだからして、現行の適性試験の運用により引用のような事態が生じているとはとても考えられません。もしそのようなことが現実に問題になっているならば、学部学生の選抜においても同様の問題が取り沙汰されているはずであるし、先に述べたように学部課程ではそのような問題は生じていないのだから、適性試験に代えて大学入試と同じく学力試験を課せば良いという解決策がすでに存在しています。
ことさらに法科大学院の未修者選抜方法にだけ問題意識を投げかけ、いかにもそこに現実の問題が生じているかのような論調は、法科大学院に問題ありきという意識が先行しており、まともな論の立て方になっていないです。

つぎに、「「予備試験合格者」とは,予備校で司法試験の合格レベルまでみっちり勉強してきた人,既修者コースは法科大学院入学まで予備校で勉強してきた人,未修者コースはそれ以外ということですから,選抜過程で予備校による法学教育の影響を徹底的に排除した未修者コースの方が,制度としての破綻はよりひどい」との部分についてですが、既習者コースに入る学生がすべて予備校にも通っていることを前提にしており、それはそれで現実を踏まえた議論かもしれませんが、実態調査を踏まえた上での議論ではないので、仮説の域を脱していません。ほぼ全員の既修者コースの学生が学部時代に予備校に通っていた、さらにはほぼすべての未修者コースの学生がそれ以前の段階で予備校には通っていなかったという実証データはお持ちなのでしょうか?
先日の法務委員会にて河井議員が文科省副大臣に質問したところ、文科省ではこれまでそのような調査はしたことがないとの答弁をしたことを付け加えておきます。

そして、「予備校は法科大学院と異なり,自分に合わないと思ったらその時点で辞められますし,予備校に通うために従来の仕事を捨てる必要もありませんし,予備校に通い始めた時点で借金漬けにされることもありません。やはり,法曹になるために必要な法学教育は,法科大学院ではなく予備校で行う方がはるかに効率的」であるとのことで、ずいぶんと予備校教育を持ち上げているようですが、これは詭弁に等しいです。
まず、法科大学院も自分に合わないと思ったらその時点で辞めることができます。一旦入学したら退学が認められないとの規定はありません。それから、予備校に通うにあたっても、通信制を利用するのでなければよほど融通の利く仕事を持っているのでないかぎり、仕事を捨てずに通うことは不可能です。反対に通信制に近い法科大学院も例外的に存在します。ですので、この点についても予備校と差異はありません。さらに、予備校とて営利である以上、申し込む講座数によっては法科大学院の学費をも上回る講座料を取られることは各種予備校のパンフレットを検討すれば明らかなことです。更に言うと、法科大学院の学費については奨学生制度があるのに対して、予備校の費用については例外的な特待生待遇があるのみで、それ以外に援助は期待できません。借金漬けになるというのはむしろ予備校に通った場合に当てはまる現象です。もっとも大学に加えて予備校にも通えるような富裕層にとってはそのようなことはさしたる問題にはならないと思いますが。
このように予備校も法科大学院と同等かそれ以上にコストの掛かるルートであることを歪曲して、予備校にも通えと勧めるのはいささか無責任だと考えます。

最後に、「法律学だけでなく経済学や理数系など他の分野の教育も受け,多彩なバックグラウンドを持っていることは望ましいですが,そのような法曹の多様性を確保するための方策は,既に破綻した未修者コースを維持することではなく,教養選択科目の復活など,司法試験の内容を見直すことくらいしかないでしょう(旧司法試験では,1991年まで論文式・口述式試験に教養選択科目が存在し,政治学・経済原論・財政学・会計学・心理学・経済政策・社会政策の7科目から1科目を選択することになっていました)」とありますが、経済など文系分野からの転身者はともかく、理数系からの転身者にとってかつての教養選択科目に復活は、さらなる志望者の減少にしか結びつかないことを指摘しておきます。上記のどの教養科目についても理数系出身者が教養として身に付けている学問分野はないからです。この点において、かつての一次試験の教養問題や、予備試験の一般教養問題は、文理の差を吸収した非常に優れた出題内容だと評価できます。仮に多様な受験者を呼び集めるために試験内容を検討するとするならば、このような一般教養問題を課すことが適当であると考えます。
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Unknown (Unknown)
2012-06-11 21:55:25
法科大学院と学部で求められている水準が一緒なのかね。学部生が全員司法試験を目指してるわけじゃないし、期末乗り越えて、適当に成績とって卒業して、新卒で普通の会社に就職すれば、それでいいしね。法科大学院とは違うよね。

まあ、法科大学院既習レベル程度なら予備校に行かなくても独学で受かる人も多いんじゃない?

予備校の講座については、自分の財布と相談できるからね。借金してまで口座とる人は聞いたことないな。自由があるよね。授業内容も講師も自分で選べるし。
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Unknown (Unknown)
2012-06-11 23:00:08
『本試験より予備試験の方が難しいという不合理な「逆転現象」が早くも明らかになった形ですが,』

全然、明らかになってないと思いますが・・・
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Unknown (アカ猫)
2012-06-11 23:46:52
相変わらず、ロースクールを維持したいのか、単に優秀な黒猫先生にケチをつけたいのか、馬鹿なチンカスどもがケチ付けをしていますが、黒猫先生のご指摘は100%正当だと思います。
これからもウジ虫どもの難癖は気にせず、正論をがんばってください!
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Unknown (なめ猫)
2012-06-12 00:41:03
「アカ猫」さんに同調します。
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Unknown ( )
2012-06-12 01:06:26
とうとう有名な企業法務のブロガーの方が、資格=職業という価値観に対して根本的な疑念を表明しましたね。
ttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120604

試験制度自体は旧司法試験制度に戻っても、即独状態が解消されるような水準にはならないでしょう。むしろ分野ごとの弁護士資格の細分化によって、他の業界の実務経験を積んだ人が弁護士資格を得て独立しやすくなるような方向に進むのではないでしょうか。
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Unknown (ぽこにゃん)
2012-06-12 02:00:56
黒猫先生、いつも楽しく拝見しています。
予備試験合格者の方の、司法試験択一合格率、予想通りに高いですね。凄いですよね!

私は予備試験に合格する頭がないので、法科大学院ルートでお金と時間をかけて受験資格を取ります!

ご指摘の通り、法科大学院既習者コースは、予備校で散々勉強をして、旧司法試験に挑戦し続けてきた方が殆どです。

社会人の方は今の不景気の時代に仕事をやめて、法科大学院に通い、卒業しても受かるかどうかも分からない、また受かったところでその先の仕事があるのかどうかも分からないので、よく考えてから司法試験に挑戦されたほうがいいかと思います。



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Unknown (Unknown)
2012-06-12 02:02:18
↑のコメントも,「有名な企業法務のブロガー」とやらも,歪んでいるというか,ズレてますね。

》「弁護士がその資格だけで生計を成り立たせなければならない」という、決して一般的とは思えない

だと?

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120604


一般的なんだよ。
それを「一般的とは思えない」などという,アンタの方が独善的なんだよ。

》旧態依然とした古い「職業」観に凝り固まった頭で、世の中に向かって“危機”を訴えたところで、誰の共感も得られないし、この先、法の使い手を目指そうとする人々裾野を削ることになってしまうだけだ

んなこと,ねえよ。
少なくとも,プロボノ・人権活動から離れていると合理的に推認される,一企業(=商売人!)の一歯車に過ぎない「企業戦士」とやらに,↑のようなことなど言う資格など,ないわな。


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Unknown ( )
2012-06-12 19:43:03
>それを「一般的とは思えない」などという,アンタの方が独善的なんだよ。

意図的に趣旨を読み違えているようですね。
「資格」=「職業」という意識は一般的ですか?
YESなら医師免許のある法曹など矛盾してますよね。医師資格=職業としての医師なのだから。会計士も同様ですね。
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Unknown (Unknown)
2012-06-12 21:34:03
「資格」=「職業」
が一般的かどうかということではなく、

「弁護士資格」=「職業」
と言えるかって話じゃない?
それに、この意味は、弁護士資格=弁護士事務所など弁護士業に就くという意味で使ってるよね。

そういうことが問題なんじゃないんだよ。
企業は弁護士資格に特別な価値を見出していない。だから、企業は弁護士を募集してないし、弁護士の採用が進んでいない。
これを弁護士らの意識の問題と勘違いしているところにあのブログには大きな問題があるんだよ。
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