黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

弁護士を目指す人の「マネープラン」

2013-03-21 19:12:38 | 法曹養成制度と経済負担
 前回FPの話を書きましたので,今回はそのおまけです。なお,相談の内容は架空の事例です。

<相談の概要>
 会社員のAさん(55歳,東京都在住)は,ファイナンシャル・プランナーのX氏に対し,自らの老後資金対策についてアドバイスを受けていたが,大学を卒業して現在フリーターをしている長男(26歳,○○大学経済学部出身,独身)が,来年から弁護士になるため仕事を辞めて法科大学院に進学したいと言い出したことから,どの程度の資金が必要かX氏のアドバイスを受けることにした。

X氏「まずは,A様のご要望を確認させて頂きます。現在26歳のご長男様が弁護士を目指すため,2014年度から仕事を辞めて早稲田大学法科大学院(未修者コース)への進学を希望されていると。A様としてはご長男様を支援したいと考えているが,退職が近いので借金はしたくないという前提で,ご長男様が法科大学院を修了して弁護士を目指すにあたり,大体どの程度の資金を用意すればよいかというお話でしたね」

Aさん「そうなんです。お恥ずかしながら,うちの息子は小さい頃から勉強が苦手で,大学もろくなところに行けず,卒業しても定職に就けずという有様で私としても頭を抱えていたのですが,最近法律に興味を持ったから弁護士になりたいと言い出しまして。何でも早稲田大学の法科大学院には『社会人及び法学部以外の学部出身者』の特別選抜枠があって,それを利用すれば自分も早稲田大学の大学院に入学して弁護士になれるというんですね。それで,来年法科大学院に入学するには,今年の5月か6月の『適性試験』とやらを受験しなきゃいけないということで,息子も珍しくやる気になっているんです」

X氏「なるほどですね」

Aさん「まあ,息子が弁護士になってくれれば経済的にも自立できると思うんで,私としては精一杯応援してあげたいとは思うのですが,なにぶん法科大学院とやらにどのくらいのお金がかかるのか見当がつかないもので,先生のアドバイスを戴こうと考えた次第です」

X氏「わかりました。では,まずご長男様が進学を希望されている早稲田大学法科大学院の学費ですが,資料によると初年度が入学金・授業料その他を合わせて157万円,2年目と3年目は136万円+αということですから,大体3年間で450万円程度を見積もっておく必要がありますね」

Aさん「3年間で450万円! かなり高いんですね」

X氏「法科大学院は,他の大学院と比較しても学費が高いことで有名なんですよ。国立大学でも年間80万円くらいかかります。ご長男様はA様のご自宅から通学可能と思われますので在学中の生活費等は考慮に入れておりませんが,遠隔地の法科大学院であれば生活費,交通費などもかかります。また,法科大学院在学中の経費については,予備校の費用も別途見積もっておく必要がありますね。」

Aさん「法科大学院に行きながら,別途予備校にも通う必要があるんですか!?」

X氏「はい。法科大学院を修了しても,司法試験の合格率は全体で20%台,早稲田の未修者に限定しても例年3割前後しか合格していませんから,現実的に司法試験合格を目指すのであれば,併せて予備校の講座を受講する必要がありますね。なお,予備校の講座は様々なものがありますが,未修者向けの講座をセットで受講する場合,概ね100万円前後の受講料がかかると考えて下さい。なお,予備校の受講料は申込時の一括前払いが一般的です」

Aさん「ううむ,弁護士になるためにはお金がかかるのも仕方ないのかも知れませんが,もし司法試験に落ちたらどうなるんですか?」

X氏「現在の司法試験は,法科大学院修了後5年間で3回まで受験することができ,3回落ちた場合は司法試験の受験資格を喪失します。法科大学院修了者には『法務博士』の学位が授与されますが,そのうち司法試験の受験資格を喪失された方は俗に「三振博士」と呼ばれています。正確な実情は統計が取られていないため不明ですが,就職は非常に厳しいと言われています。ご長男様が法科大学院に入学されるのであれば,何としても司法試験合格を勝ち取られる必要がありますね」

Aさん「うちの息子が無事司法試験に受かるかどうか非常に心配だが,今はその点は考えないことにしておこう。それでも,司法試験に合格した後は,もうお金の心配はしなくていいんですよね?」

X氏「そんなことはありません。司法試験に合格した後は,1年間の司法修習を受けて二回試験に合格することで,はじめて弁護士となる資格が与えられるわけですが,現在の司法修習では従来のような給費は支給されず,修習に必要な資金を最高裁から貸与される仕組みになっています。貸与を受けるには2名の保証人を付ける必要がありますので,A様も保証人になることを求められる可能性が高いですね」

Aさん「先生,貸与とか保証人とかいった話は聞きたくないんです。私の親戚や友人で,借金で身を持ち崩した人はいくらでもいますから,絶対借金をしたり保証人になったりはしないって心に決めているんです。仮に貸与を受けなかった場合には,司法修習の資金はどのくらいかかるんですか?」

X氏「正確な金額は不明ですが,貸与の基本額が月23万円とされていますので,貸与を受けずに自費で司法修習を受けるということになると,1年間で300万円前後が必要と考えた方がよいのではないでしょうか。なお,実務修習地の希望が通らず遠隔地での修習になった場合には,この金額はさらに膨らむ可能性もあります」

Aさん「(頭が痛くなってきた)ええと,少し整理させてください。この表によると,2014年の4月に法科大学院に入学して,無事に3年間で修了しても2017年3月,その年の司法試験に首尾良く合格したとしても,司法修習を終えるのが2018年の11月頃,この4年半で合計1000万円近い費用がかかるわけですか。しかもその間息子はずっと無職になるわけですよね。仮に弁護士になれたとして,その莫大な投下資本を一体どのくらいで回収できるんですか?」

X氏「その点は,非常に難しい問題です。司法修習を終えた人は裁判官,検察官,弁護士になるのが一般的なのですが,最近は経済的理由等により弁護士登録をしない人も増えており,たとえば日弁連の調査によると,2012年に修習を終えた65期については,修了者2080人のうち546人が一括登録日の時点で任官も弁護士登録もしない,いわゆる弁護士未登録者となったことが明らかになっています。そのような人がどのような仕事に就き,どの程度の平均収入を得ているかという調査は全く行われていないため,実態は分かりません。また,弁護士登録はしていても,いわゆる「即独」と言って,既存の法律事務所に就職できずいきなり独立開業することを余儀なくされる人,いわゆる「ノキ弁」といって,事務所に在籍しても固定給をもらえず独立採算での業務を余儀なくされる人,建前上事務所の共同経営者ということにさせられて,事実上採算が取れない事務所の経費負担を押しつけられる人,年収300万円以下の低賃金で酷使されるなどして,早期に事務所を退職してしまうような人も多いと言われています。そのような人を含めて,一般的に司法修習を修了した人が平均でどの程度の収入を得ているのか,一般的に信頼できる統計資料が存在しませんので,弁護士になってからどの程度のキャッシュフローが見込めるのか,我々FPとしても具体的な数字をお示しすることができないんですね」

Aさん「ええと,具体的な数字が出せないのは分かりましたが,今の先生のお話だと,弁護士になってからほとんど無収入ということもあり得るという風に聞こえるのですが・・・?」

X氏「そのとおりです。東京国税局の統計によると,平成22年度に同国税局の管内で弁護士として所得税の確定申告をした人が16,527人,そのうち所得70万円以下の人が5,468人ということであり,しかも法科大学院制度の発足以前には年間所得70万円以下の弁護士などほとんどいなかったものが,最近急激に増え続けているということですので,法科大学院を修了して弁護士になった人の大半が,いわゆるワーキングプア若しくは無職に近い状態になっている可能性も否定できません。

Aさん「・・・」

X氏「しかも,ご長男様は司法試験にストレートで合格しても司法修習修了時点で31歳に達することになりますが,そのくらいの年齢になると法律事務所への就職も一般企業への就職も非常に厳しいと予想されます。就職をあきらめて独立開業する場合,開業当初は収入などほとんど見込めませんし,弁護士業界は司法試験合格者の急激な増加で大変な過当競争状態にありますので,長年頑張っても収入が上がるとは限りません。一方で事務所を設ければ維持費もかかりますし,弁護士会の会費も年間数十万円単位でかかりますから,ご長男様が弁護士になった後のキャッシュフローについては,ひとまずゼロと試算するしかありません。したがって,A様のご相談に対するお答えとしては,ご相談のプランでご長男様を弁護士にするには概ね1000万円前後の資金が必要であり,その回収はほとんど見込めないということになります」

Aさん「そんなの,経済的に全然割に合わないじゃないですか! 一体誰がそんなものに投資するというんですか」

X氏「私に怒られても・・・。実際,法科大学院という進路は経済的には全く割に合わないので,最近は法科大学院への進学希望者も激減しており,法曹を目指す人も法科大学院ではなく難関の予備試験を受験する人の方が多いくらいですが,中には小さい頃から弁護士になるのを悲願とされていて,どんな経済的状況でも志望を曲げないという方,予備試験の滑り止めとして法科大学院を受験される方,あるいは学生の方で辛い就職活動を回避したい,社会人の方で仕事を辞めたいがためのモラトリアムとして法科大学院を受験される方もおられるようですが・・・」

Aさん「それか! うちのバカ息子,ようやくまともな将来の進路を考える気になったかと喜んでいたのに,結局は仕事を辞めたいだけか・・・。1000万円という金額自体は,これまでの貯金や退職金から捻出できないことはありませんが,先生のお話で老後資金にあまり余裕はないことに気付いたばかりなのに,そのようなものに貴重な老後資金をつぎ込む気にはなれません。先生としても,息子の法科大学院進学は止めた方がよいということですよね?」

X氏「老後資金のご相談のときにも説明させて頂きましたが,私どもファイナンシャル・プランナーは,あくまで中立的・客観的な立場から,お客様のご要望に添ったマネープランをご提案させて頂くものであり,お客様やそのご親族の人生設計そのものに意見を差し挟む立場にはございません。ただし,そのような立場を離れた個人として率直に申し上げれば,ご長男様の法科大学院進学という進路は,それ自体とてもお勧めできるものではないように思われます」

Aさん「分かりました。息子の法科大学院進学は止めさせるか,進学するとしても私からはお金を出さないことにします。ありがとうございました」


 このブログの記事については,特に著作権を主張するつもりはありませんので,リンクや引用・転用等は自由です。法科大学院進学を検討されている方やそのご親族の方には,是非参考にして頂きたいと思います。

13 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-03-21 22:28:36
現在弁護士の人が65歳で定年とするには、それまでに幾ら貯金しなければならないのか、毎年幾ら稼がないといけないのかというマネープランを期待しています。
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 12:28:50
おもしろい!
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 13:32:23
法科大学院に行けば、成仏まっしぐらですね
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 13:38:57
自殺願望のある人は法科大学院へ是非!
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 13:43:45
そこで近年、学説では成仏理論が有力に主張されるようになったわけです
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 14:41:31
ローへ進学する人は、これを悪意で誇張された記事として読んでしまうのだろうなぁ。
全く、誇張ではないのだけれど。
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Unknown (弁護士一年生)
2013-03-22 21:09:34
私は弁護士になってから3か月経ちましたが、この記事に嘘や誇張は見当たりませんでした。

何でローに進学する人が存在するのか不思議です。
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君はどっち? (Unknown)
2013-03-22 21:40:22
Aパターン
就職が怖い。
いつまでも消費者(サービスを受ける)側でいたい。
社会で責任を負うのが怖い。
働いたら負け。

Bパターン
テレビドラマの弁護士しか知らない。
弁護士は金持ちというイメージをいまだに信じてる。
資格の最高峰だと思っている。
ネットができないので、新しい情報を入手できない。

Cパターン
自分は頭が良くて運がいい。
成功すること以外考えられないしありえない。
自分は凡人とは違う特別な存在。
自分の考えにそぐわないことを言うのは、出来の悪い劣った人間が自分達に嫉妬して遠吠えをしているに過ぎない。
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Unknown (Unknown)
2013-03-22 22:44:56
東大京大レベルならCパターンも少しいるかもしれないが、
それ以外はAかBでしょ。特にBは多い。東大京大行けなかった時点で凡人なんだし。Cの非凡な人たちの意識の中にもAやBの意識が少し入っている場合が多いのが実際。
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Unknown (Unknown)
2013-03-23 02:37:20
65期就業状況
ttp://www.moj.go.jp/content/000108960.pdf
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