黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

「モラトリアム法案」は現実的か?

2009-10-01 22:36:22 | 時事
 またブログ更新が滞ってすみません。体調の回復がいまいち思わしくない上に、この「黒猫のつぶやき」の場合、一般的な普通のブログと違って何か気の利いたことを書かなければいけないというようなプレッシャーがあるもので、調子が悪いときにあまりいい加減なことを書きたくないという気持ちもあったりします。まあ、所詮はいいわけに過ぎませんが・・・。以下本題。

モラトリアム法案騒動 舞台裏で…(産経新聞) - goo ニュース

 本日付けの産経新聞で上記のような記事が掲載されており、亀井静香金融担当大臣の提唱した、いわゆる「モラトリアム法案」の是非が昨今議論されています。
 「モラトリアム法案」の具体的内容はまだ明らかにされていませんが、これまでの報道内容を総合すると、要するに中小企業への融資や個人の住宅ローンにつき、しばらくの期間(3年間くらい?)元本(または元本+利息)の返済猶予を認めるといった内容の法律を制定することが検討されているようです。
 この「モラトリアム法案」は、一時期借金棒引きを意味する「平成の徳政令」のようなイメージで報道され、現在はその火消しに追われているようですが、例えどのような表現を用いたところで、モラトリアム法案は金融機関等に対し、中小企業等に対する貸付金の返済猶予を強制する内容であることに変わりはなく、鎌倉時代に行われた徳政令(御家人に対する借金棒引きを国家権力で強制した)と内容は確かに異なりますが、その本質的発想は大差ないといえるでしょう。

 現代の日本でこのような政策を実施する場合、このような返済猶予の強制が憲法29条1項で禁止されている「財産権」の侵害に該当するのではないか、という問題がまず生じると考えられます。
 破産による免責制度は合憲であるという最高裁の判例はありますが、今回の「モラトリアム法案」は法律の施行後新規に行われる貸付けの契約内容を規制するのみならず、法律の施行前に行われた貸付けについても、その債権者に対し返済猶予を強制する内容を意図していることは明らかであり、遡及立法の禁止という法治国家の大原則を破るものであるという意味でも、憲法違反の問題は生じてくるのです。
 遡及立法の禁止とは、国家権力による新たな法規制を、その法律が施行される前の行為に遡って適用することは許されないという法原則です。
 例えば、現行法では元本10万円未満の貸付けについて、年率19.8%の利息を取ることは何ら禁止されていませんが、「いくら少額でも年率19.8%の金利は暴利だ」という理由で利息制限法や貸金業法を改正し、その改正法の施行後に行われる貸付けについて、利息の上限を一律に年率15%とし、これに違反する行為を処罰の対象にすることはできます。ただし、改正法を現時点での行為にまで遡って適用し、罰則の対象にすることは許されません。
 また、現行の租税法では非課税とされている取引について、法改正によって新たな課税対象とすることはできますが、その法律を過去に行われた取引についてまで遡って適用し、税金を取るようなことは許されません。
 なぜなら、国家権力によるこのような行為が許されるのであれば、たとえ現行の法律を確認して違法ではない(規制の対象とはならない)ことを確認しても、事後の法改正でいきなり違法とされる可能性があるから、最終的に違法となるかどうか分からないという結論になってしまい、国家権力による規制の内容を法律という形で国民に対し事前に公示し、これにより国民の予測可能性を確保するという法治国家の重要な機能が台無しにされてしまうということです。
 貸付金の返済猶予強制という行為も、刑事罰や税金と同様に「国家権力による強制」であることに変わりはなく、法施行後の新たな貸付けについて適用するのであればともかく、既存の貸付けについて債権者に返済猶予を強制するというのは、憲法上正当化できないのではないかと黒猫は考えています。

 また、仮にそのような憲法上の問題をクリアできたとしても、果たしてこのような法律が、資金繰りが悪化している中小企業等の救済という結果に結びつくでしょうか。
 鎌倉時代に行われた徳政令(借金棒引き)は、経済的貧困に悩む御家人を救済する目的で行われましたが、実際には御家人に対する貸し渋りを招く結果となり、かえって御家人の生活を圧迫する結果になったと歴史的に総括されています。今回のモラトリアム法案も、本質は鎌倉時代の徳政令と似たような短絡的発想によるものであり、その結果が徳政令と似たようなものになるであろうことは、歴史を知っている者にとっては容易に想像できることです。亀井氏は日本史をきちんと勉強していないのでしょうか。
 実際、現時点で既に予想されているのが、返済猶予対象となった企業に対する格付けの引き下げであり、実際にこれが行われれば、実際に返済猶予の対象となるかを問わず、「モラトリアム法案」で返済猶予の対象とされた規模の中小企業等に対しては、新規の貸付条件の悪化という不利益がつきまとうことになります。
 しかもその不利益は、仮にモラトリアム法案が3年間の時限立法であり、その効力が失われた後も、下手をすれば半永久的に続く可能性があります。
 一度このような前例を作ってしまえば、今後もまた景気が悪化したら中小企業等に対し同じような規制が再び行われるかもしれず、しかもそれは事前に(貸付け時に)は予測できないという結果につながるからです。
 さらに、日本国が経済政策の名の下に、前述した法治国家の大原則を踏みにじるようなことを平然とやってしまう国であるということになれば、日本の市場全体に対する国際的信用をも損なう可能性があり、それは日本経済全体の更なる低迷をもたらす結果につながります。そして、そのような信用低下が一度発生してしまったら、もはや憲法を改正してこのような行為は二度とやらないと明言しない限り(あるいは明言しても)、その失われた国際的信用を取り戻すことはできません。

 このモラトリアム法案に賛成する有識者は、大企業に対する金融機関の返済猶予は広く行われているのに、中小企業に対する返済猶予があまり行われないのは不公平だということを主な理由としているようですが、これはいわゆる「経済の論理」によるものです。
 一般に、債権者と債務者との力関係は、債権者の方が圧倒的に強いと考えられがちですが、貸付けの金額があまりにも大きくなると、その力関係が逆転する場合もあります。すなわち、特定の債務者への債権額があまりにも大きくなり、債権者の持っている財産の大半を占めるほどになってしまうと、その債務者が経済的に破綻した場合には債権者も共倒れになってしまうので、その債務者が破綻しないよう、債権者も支援を続けざるを得ないという状況に追い込まれるわけです。
 歴史的には、『ローマ人の物語』で有名なガイウス・ユリウス・カエサルが、明らかな浪費で莫大な借金を抱えながら、その借金を武器に大金持ちのクラッススをスポンサーとして意のままに操った例があります。
 むろん、債務者によるこのような行為は非常に危険な綱渡りであり、実際に返済猶予を受けている大企業とて、このまま支援を続けた方が得か諦めて貸倒債権にしてしまった方が得かという金融機関側の打算を読みながら、ぎりぎりの交渉によって返済猶予を勝ち取っているわけであり、法律により強制される返済猶予とはその本質を異にしています。
 たしかに、中小企業が単体で金融機関の運命を左右するほど多額の借金をすることは不可能であり、それゆえに大企業より中小企業の方が対金融機関の交渉力が弱くなる事態は、こうした経済の論理に照らせば当然にあり得ることですが、こうした経済の論理自体をけしからんと言って取り締まるのは、もはや資本主義国家ではなく社会主義国家のやることです。
 こうした問題について、資本主義の枠内で国家がやれることは、中小企業に対する公的機関(ゆうちょ銀行や日本政策金融公庫など)からの融資枠を拡大するとか、あるいは中小企業への融資についてモラトリアム(返済猶予等)を行った金融機関等に対する税制上の優遇措置を設けるとか、その程度ではないでしょうか。

 選挙前に民主党と国民新党との間でどのような裏取引があったかは黒猫の知ったことではありませんが、国民新党は今回の「モラトリアム法案」で、日本の中小企業を潰すつもりでしょうか。
 民主党が最終的にどうするかはまだ分かりませんが、仮に民主党が現在報道されているような「モラトリアム法案」を本当に法律として通してしまうのであれば、黒猫は二度と民主党を支持しません。このブログでも「民主党は日本を滅ぼす」という大バッシングをやらざるを得ないことになると思います。

34 コメント

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Unknown (Unknown)
2009-10-03 11:41:38
鋭い指摘ですね。勉強になります。

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Unknown (Unknown)
2009-10-03 20:50:45
>こうした経済の論理に照らせば当然にあり得ることですが、こうした経済の論理自体をけしからんと言って取り締まるのは、もはや資本主義国家ではなく社会主義国家のやることです

ではなぜ消費者金融の利息制限はOKなのでしょうか?
取り立て方法の規制で事足りるような気がするのですが…
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Unknown (Unknown)
2009-10-04 00:59:19
ただ、中小企業の倒産をたとえ一時的にであっても、防止できるという効果は期待できそうですが・・
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Unknown (Unknown)
2009-10-04 21:24:14
今、中小企業は、ガンガン潰れていっているからな。あまり報道されてないだけで、実は、経営環境はかなり苦しい。
ただ、モラトリアム法案も難点は、先生が指摘されているように、相当あるわけで・・・
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Unknown (Unknown)
2009-10-06 01:15:02
民主党って、支持率は高いけれど、モラトリアム法案にしても選択的夫婦別姓にしても、個別的な政策を見れば、だいたい、支持の人、不支持の人が拮抗するんだよね。分野によっては、不支持の人が上回るくらいだし。
やっぱ、みんな不安なんかな?
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Unknown (Unknown)
2009-10-08 12:38:55
民主党には、赤字国債=将来世代の負担、ってことをしっかり考えてほしい。
社会全体で人を支えたいのであれば、その負担を将来世代に一方的に負わせるのではなく、現在の世代で負担していくべき。
そろそろ、将来世代の負担を前提とした社会構造を変えていく段階にあると思う。
30代以下の世代は潰されそうになってる気がする。こう、グシャっと。
要するに、俺達にはもはや上の世代を支える力が無い。
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Unknown (Unknown)
2009-10-08 19:20:25
結局は、財政赤字も、赤字国債も、国民一人一人の借金だからな。優先順位としては、無駄削減>増税>赤字国債の順だろう。赤字国債は検討順位を一番最後にすべき。
橋本知事の言っていることに誤りは無い。
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Unknown (Unknown)
2009-10-08 23:29:59
橋本知事には、ぜひ国政で頑張って欲しいよね。
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Unknown (Unknown)
2009-10-09 02:26:28
だな。知事の力は、どうしても国政に必要だ。
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Unknown (Unknown)
2009-10-09 17:46:47
野党自民党の橋本さんはぜひ見てみたい。
でも、府政から国政に移るのであれば、自分の政治生命をかけて臨まなきゃいけない。府政の後継者も選定しなければいけないし。ただ、それでも出るというのであれば、それは相当覚悟あることなので、評価すべきだと思う。

それにしても、特別永住外国人の地方参政権を民主党は本当に認めるんだろうか?
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