受験やら卒業やら就活やらで忙しい学生諸君。
自分の大学生生活を思い出す。
初めて親元を離れて、私は有頂天だった。
ただひたすらに遊んだ。
毎日遊んでたくせに、「教職課程」をとってしまった。
普通に卒業する単位にかなりのプラスαとなってしまうというのに。
国語の先生になるのが、子供の頃からの夢だったのですな。
この「教職課程」というのが曲者で、
教員免許が取れるので、単位取得もかなり難しく、
代返(誰かに代わりに返事をしてもらうこと)も出来なかった。
ほぼ全ての課目がそうだった。
毎日遊んでる人に簡単に取らせてはくれない。
当たり前ですね。
そう、何が1番しんどかったって、
卒論。
卒業論文ですよ。
ひどかった。
過酷だった。
パソコン使用禁止で、
手書きで20000字。
あほか、と。
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でもそう決まってたんです。
私の科は。
ひょっとして、私のゼミだけだったのか?
私は谷崎潤一郎の「春琴抄」について論じたのですが、
私が必死で考えて、
「おお!これは!!!」
と思いついた推論は、
ゼミの先生「ああ、これは今もう定説になってるよ」
という悲惨な結果だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_shock1.gif)
そんなもんだ。
こんな不真面目学生のひねり出したことなんて、
もうとっくの昔に論じられまくっているのだ。
当たり前だけど、気付くのが遅かった。
そこからは遊びも忘れ、大学の図書館にこもり、
部屋にこもり、
飲食も忘れ(おかげで随分やせた)、
同じ境遇の友人と共に毎晩お互いの研究を論じ合い、
雪降る冬を論文に費やした。
受験の時の何倍も頭を使った。
だってこれ完成させないと、
しかも合格点取らないと、
今まで苦労して取った単位が全てパー!
教員免許どころか、
卒業できない!
でも私は初めて、「正しい日本文学科の学生」になった気がした。
書き終わる頃には、ペンだこはもちろん、
右手は腱鞘炎になっていた。
だって20000字の清書書く前に、
一体何回下書きを書いたことかーーー!!!
「1分でも遅れたら落第」という締め切りの10分前に到着し、
「題名書いてないよ」
という係の人の指摘に2人して青ざめ、
あんなに時間をかけた論文に適当な題名を付けた。
そしてやっと論文から解放されて、遊びに行こうと友達の車に乗った時に、
体中の関節がみしみしと音をたてた。
立ち上がることも出来なくなっていた。
39度の熱。
そこから1週間、高熱にうなされて寝込むこととなった。
今でもその論文は手元にあるけど、
その昔読み返した時に、
「あんなに時間かけて、これ?!
内容薄っっっ!!!」
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と我ながら思った。
人生において、しんどかったことのひとつ。
卒業できて本当に本当に良かったー
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