「おりがみさん、介護疲れをいやそうよ。バスツアーしようよ。ね。」
ハマの大魔神と同じ大学OBの佐々木女史が熱く誘ってくださったのです。
関東甲信越の福祉関係のお仲間がわが町横浜を訪れてくれるそうなので、地元代表としていってみるべえかと、はせ参じることにいたしました。
しかし、朝起きたら雪が降ってる。やがて、つめたーい雨。午後になったらあがるかなあという願いもむなしく、横浜駅を2時ちょうどにバスは出発しました。(9日間の新婚旅行中8日間雨に降られたという新潟からの参加者がいました。きっと彼女が雨女)
横浜在住、しかも桜木町から根岸にかけては、中高6年通ったエリアですし、しょっちゅう会議や研修で訪れます。バスツアーとして街を観光するのははじめて。新たな発見があって楽しい思いをさせていただきました。2階建てバスなので、大型トラックの天井が目線の下にあるほどのいい眺めでした。
最初は「みなとみらい21地区」遊園地でもショッピングモールでもない、心に残ったのは別の物でした。
赤レンガ倉庫の近くにある、海上保安庁の施設の中には、北朝鮮の「不審船」が展示してあります。先年、東シナ海でどんぱちやった名残も生々しく、赤さびた船体が横たわっています。水底から引き上げた武器や生活用品がそこで失われた命の存在を見せ付けてくれます。建物から出ると左手の大桟橋には優雅な客船が停泊していました。同じ船というのに、かの船の哀れな姿。胸がいたみます。流行のお店が並ぶ赤レンガ倉庫より、こっちの方に惹かれました。
さて、お次は「外国人墓地と港の見える丘公園」。ここはねー、中高の部活動では陸トレコースでした。坂が多いので足腰の鍛錬にはピッタリなのです。「短パンで走ってたよ」というと若いお仲間から「げげっ、想像つかない」と言われました。紺の短パンで走っていると、デート中の恋人達にはいい迷惑だったでしょう。伝説ですが、「環境破壊だ」と学校にクレームがきたとかこないとか。そんな声にお構いなしで「ファイト、オー」と走ってたころが懐かしい。雨なので人もまばら。入館無料の西洋館に入ると、なんだか時が止まったような感覚になります。高い天井、丁寧にしつらえた調度品。生活の隅々に「豊かさ」をかんじます。ホールでは近くの養護学校の生徒さん達の作品展示がありました。綺麗な色使いの粘土のケーキや絞り染めのシャツなど素敵でした。こんどはバラの季節に行きたいな。
西洋の次は和の建築物と庭園を見に「三渓園」へ。小学校の遠足以来です、ここにきたのは。
昔の横浜は生糸の貿易が盛んだったのですが、当時の豪商が財にものをいわせて、京や鎌倉や各地の木造建築物を本牧の三つの渓谷に配置して作った日本庭園です。お茶室とか三重の塔なども見事ですが、白川郷の合掌造りのド迫力が一番でした。厳しい自然と向き合って農業をやるには、大家族制の労働力が欠かせなかったそうです。雪が深く、集落全体が外部と遮断されがちだった立地条件が、白川郷の独特の生活様式をうんだのですね。雨はますます冷たく降って、渓谷を歩く足がジンジンしてまいりました。
さあ、やっと終点の「中華街」に到着です。2月9日が中国ではお正月なので、「春節」といって街は赤いちょうちんの明かりでお祝いムード。バスと別れて街を散策しました。
おりがみは善隣門の近くの路地から見える浜スタの景色が好きです。ナイターの明かりと、夕焼けがミックスすると「いいなああ」とジーンとするんですが、きのうはあいにくの雨でした。照明のYの字が薄暗い空にそびえたつのもまあヨシとしましょう。
「横浜市に住んでいてよかったなあ」と思うことはほとんどない(!)ですが、ここの景色はいい。失ってはならない大事な景色です。
中華街でののめやうたえやについては、また別の機会に。
ハマの大魔神と同じ大学OBの佐々木女史が熱く誘ってくださったのです。
関東甲信越の福祉関係のお仲間がわが町横浜を訪れてくれるそうなので、地元代表としていってみるべえかと、はせ参じることにいたしました。
しかし、朝起きたら雪が降ってる。やがて、つめたーい雨。午後になったらあがるかなあという願いもむなしく、横浜駅を2時ちょうどにバスは出発しました。(9日間の新婚旅行中8日間雨に降られたという新潟からの参加者がいました。きっと彼女が雨女)
横浜在住、しかも桜木町から根岸にかけては、中高6年通ったエリアですし、しょっちゅう会議や研修で訪れます。バスツアーとして街を観光するのははじめて。新たな発見があって楽しい思いをさせていただきました。2階建てバスなので、大型トラックの天井が目線の下にあるほどのいい眺めでした。
最初は「みなとみらい21地区」遊園地でもショッピングモールでもない、心に残ったのは別の物でした。
赤レンガ倉庫の近くにある、海上保安庁の施設の中には、北朝鮮の「不審船」が展示してあります。先年、東シナ海でどんぱちやった名残も生々しく、赤さびた船体が横たわっています。水底から引き上げた武器や生活用品がそこで失われた命の存在を見せ付けてくれます。建物から出ると左手の大桟橋には優雅な客船が停泊していました。同じ船というのに、かの船の哀れな姿。胸がいたみます。流行のお店が並ぶ赤レンガ倉庫より、こっちの方に惹かれました。
さて、お次は「外国人墓地と港の見える丘公園」。ここはねー、中高の部活動では陸トレコースでした。坂が多いので足腰の鍛錬にはピッタリなのです。「短パンで走ってたよ」というと若いお仲間から「げげっ、想像つかない」と言われました。紺の短パンで走っていると、デート中の恋人達にはいい迷惑だったでしょう。伝説ですが、「環境破壊だ」と学校にクレームがきたとかこないとか。そんな声にお構いなしで「ファイト、オー」と走ってたころが懐かしい。雨なので人もまばら。入館無料の西洋館に入ると、なんだか時が止まったような感覚になります。高い天井、丁寧にしつらえた調度品。生活の隅々に「豊かさ」をかんじます。ホールでは近くの養護学校の生徒さん達の作品展示がありました。綺麗な色使いの粘土のケーキや絞り染めのシャツなど素敵でした。こんどはバラの季節に行きたいな。
西洋の次は和の建築物と庭園を見に「三渓園」へ。小学校の遠足以来です、ここにきたのは。
昔の横浜は生糸の貿易が盛んだったのですが、当時の豪商が財にものをいわせて、京や鎌倉や各地の木造建築物を本牧の三つの渓谷に配置して作った日本庭園です。お茶室とか三重の塔なども見事ですが、白川郷の合掌造りのド迫力が一番でした。厳しい自然と向き合って農業をやるには、大家族制の労働力が欠かせなかったそうです。雪が深く、集落全体が外部と遮断されがちだった立地条件が、白川郷の独特の生活様式をうんだのですね。雨はますます冷たく降って、渓谷を歩く足がジンジンしてまいりました。
さあ、やっと終点の「中華街」に到着です。2月9日が中国ではお正月なので、「春節」といって街は赤いちょうちんの明かりでお祝いムード。バスと別れて街を散策しました。
おりがみは善隣門の近くの路地から見える浜スタの景色が好きです。ナイターの明かりと、夕焼けがミックスすると「いいなああ」とジーンとするんですが、きのうはあいにくの雨でした。照明のYの字が薄暗い空にそびえたつのもまあヨシとしましょう。
「横浜市に住んでいてよかったなあ」と思うことはほとんどない(!)ですが、ここの景色はいい。失ってはならない大事な景色です。
中華街でののめやうたえやについては、また別の機会に。
赤レンガ倉庫近くにそういうものがあるとは知りませんでした。
保育士さんのやっているホームページとかよく見に行きます。ゆずりん、ぴかりんのもおもしろいですよー。
>ナイターの明かりと、夕焼けがミックスすると
そのジーンとする気持ち、きっと野球ファンに共通のものですね。中華街はいつも疾走しているので(笑)景色をしみじみと眺めたことはない
のですが、今、心の中で想像してみてジーンとしてしまいました。(私の想像にはちょっと神宮が混じっているかもしれませんが)
中華街散策、ぜひどうぞ、たのしんでくだされ。