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気ままに生活してるシニアの残日録

演劇「諜報員」を観た

2024年03月20日 | 演劇

東京芸術芸劇場シアターイーストでパラドックス定数(劇団名)の演劇「諜報員」を観てきた。自由席、4,000円。2時開演、4時終演。ほぼ満席の盛況だった、若い人が結構来ていた。

作・演出
野木萌葱

出演
植村宏司、西原誠吾、井内勇希、神農直隆、横道毅、小野ゆた

この演劇は、パンフレットに次の通り説明が書かれている。

「リヒャルト・ゾルゲ。父はドイツ人。母はロシア人。ドイツのジャーナリストとして日本へ入国。その正体は、ソビエト連邦の諜報員。任務は日本の国内施策、外交政策を探ること。独自の情報網。信頼すべき協力者。彼らと共に数年に渡り活動。しかし遂に、特別高等警察に逮捕される。

彼が諜報員だったなんて。知らなかった。信じていたのに。裏切られた。協力者たちは、口々にこう叫んだ。彼らは皆、決まってそう言う。騙されてはいけない。保身の為に叫ばれる言葉など、すべて嘘だ。協力者たちを、探れ。二つの祖国を持つ外国人諜報員。その周りで、彼らは何を見ていたのか。日本はどれだけ、丸裸にされたのか。」

この説明書き読んでこの演劇は昭和の戦争の時に起った「ゾルゲ事件」を題材にしたものだな、というのはわかる、しかし、ゾルゲ事件のことについてそんなに詳しいことは知らないので、事前に予習でウィキなどのネット情報で簡単に調べて演劇に臨んだ。

演劇が開始されると、舞台は警察内の鉄格子で仕切られた犯人拘留のための部屋という設定、その拘留場所の周りは廊下や会議室のような設定。その拘置所の中に4人が拘留されており、話を始めるところから舞台が開始されるが・・・

私はこの劇を観ていて最初の30分くらいで眠くなった、少しうとうとしてしまった。これではいけないと思い、そこからは最後までしっかり観た。どうして眠くなったのかというと、観ていてストーリーがわからないのだ、セリフが声が小さくてよく聞こえないこともある。最後まで観たが結局、どういう内容なのかイマイチよくわからかった、というのが素直な感想である。

どうしてそうなるのか、私の不勉強もあるが、私は劇団側にも問題があるのではと感じた。それは、芸術劇場の公演案内を見ても演劇の内容は上に記載した通りのことしか書いてない、当日もらったパンフレットにもストーリーについて書いてないし、キャストも俳優の名前だけで、どの俳優が劇中の誰の役を演じるのかも書いてない。そもそもあらすじがわからない、登場人物も誰だけわからない、そこからスタートしているからストーリーが理解できず、集中力が途切れるのだ。これではあまりに不親切ではないだろうか。

ストーリーについて最後のどんでん返しのようなところまで事前に明らかにする必要はないが、大体のところはホームページ等で明らかにすべきだと思う。そうしても演劇の魅力はちっとも変わらないと思う。シェイクスピアの演劇でも歌舞伎でもあらすじはみんな知っているけど楽しめている。

私が今日観劇して何となく理解したストーリーは大体次の通りだが、間違っているかもしれないし、完ぺきではない

  • ゾルゲは特高警察に既に逮捕されているが罪を認めてない
  • 警察に拘留された4人はゾルゲの協力者であるが、実はそのうちの一人は警察の人間が協力者に成りすましているもの、協力者どうしはお互い知らないので警察が紛れ込んでもわからない
  • 警察から紛れ込んだ人間は何とかして他の3人の協力者からいろいろゾルゲ事件の概要を聞き出そうとする、3人のうち一人は尾崎秀実である
  • 3人の協力者の1人は自分がやったことをノートに書くまでになる
  • 最後、結局ゾルゲが自白して罪を認める
  • 3人は自分たちのしてきたことを顧みて、自分たちの存在価値は何か自問することになる、そしてそれはソ連のためというより、さらに背後に大きな力が働いていた、と悟る

私が理解したのはこんな程度で、冒頭に述べた通りはっきり言ってよくわからない、というものだ。今日観劇に来ていた人で理解できた人がどれだけいただろうか?

前にもこのブログで述べたが、演劇をどうしてこんなに難しくする必要があるのだろうか。どうも演劇界は理屈っぽいような気がしている。別にそんなに難しくもないことをわざと難しく演じて、意識高いところを見せる、そんな印象がある。シェイクスピアもイプセンもゴーゴリもストーリーはそんなに難しくない。だけど観る者に何か考えさせる暗喩や皮肉があり、センスの良さがあると思う。小難しいだけの演劇は作る方も観る方も自分たちの意識高いところに自己満足しているだけと思えるがどうか。