◆SORAの腎臓がん日記◆

2008年12月まさかの「腎臓癌」
12センチの腫瘍が右腎臓に!
発病~入院手術とその後15年間の記録

腎臓がん手術から8年!心地よい繋がりのカタチ

2016-12-15 00:00:00 | 私の腎臓癌まとめ(初期症状~現在)

今日2016年12月15日で腎臓がんによる右腎臓摘出手術から
無事丸8年を迎えることが出来ました!


発覚当初、血のかたまり混じりの血尿、右腰痛、頭痛、かなり酷い倦怠感という腎がんでも末期!?という症状の中、腎がんが発覚した私。
泌尿器科を受診したその日のうちに「手術」をすることを告げられ泌尿器科受診からわずか16日後には右腎臓摘出。
入院生活は22日間という長いものでした。

ステージ2
グレード(悪性度)2
腫瘍の大きさ 8cm×12cm
腫瘍の重さ 約820gm
右腎癌(淡明細胞型腎細胞がん)


腫瘍の大きさが大きさだけに
その後、落ち着いてネットなどで調べると必ず「予後は良くない」の文字が目に飛び込んできました。血尿や腰の鈍痛、倦怠感などの症状についても「末期症状」として書かれているものばかりでした。

それが、どうでしょう!
転移、再発なく本日で無事8年!

術後よりブログを書き続け これまで沢山の方々に温かいコメントを頂き感謝の気持ちでいっぱいです。
皆さんの言葉に力を頂き続けた8年にお礼申し上げます。


8年前には、腎がんは他のがんに比べるとブログも少なく患者会も多くはありませんでした。
身近な存在として感じられる腎がんの情報は本当に少なかったように思います。
8年前には女性の腎がんブロガーさんを探してもなかなか見つけることはできませんでした。
腎がんブログを見つけても難しい言葉がいっぱいだったり、自分と同じような症状で腎がんが発覚した方や同じくらいの大きさの腫瘍だった人も見当たりませんでした。
そこで、自分の覚書を兼ねて誰かのお役に立てばと私自身の経験を誰にでもわかるように簡単に綴ってみようと思いはじめたのが「SORAの腎臓癌日記」です。(まさか8年後もブログを続けているとは思いもしていませんでしたが)

その頃に比べると今では腎がん患者の活動も8年前とは比べものにならないほど活発になりました。そして当時少なかった腎がんブログの増えたこと!
特に女性腎がんのブログが増えたのには驚いています。

腎がんブログが増えるというのは、腎がんを患った方が増えた?ということで嬉しいとは言えませんが、仲間がいるというのは心強いものですね。



私は、これまで患者会や腎がん仲間のオフ会には参加したことがありません。
とくに参加してみようとも思わず今日まできました。
最近、色んな方のブログで患者会への参加を呼び掛けるものや同じ腎がん仲間で集まってお話しする会のお知らせをよく目にするようになりました。

この先、患者会に参加するとかお話しの会に参加するという予定は私にはありません。
それは、患者会が嫌だとか会ってお話しするのが嫌だとかというものではありません。
自分にとっての心地よい「繋がり」
それが多分、私にとってはブログでの交流だからなんだと思います。

ブログも持っていない。
患者会にも参加していない。
お話の会にも参加したことがない。
と言う人はきっと沢山いらっしゃって、それでも同じ腎がんを患った人の事が知りたいとネット検索して私のブログを訪問してくださった方は多いのではないかと感じています。
そして、このブログに言葉を残して下さる方
読むけれどコメントはしていないという方
いつも温かい応援クリックをポチ!してくださる方
色んなカタチがあると思いますが、
どれも私にとっては大切な出逢いであり繋がりだと思っています
本当にありがとうございます。

もちろんブロ友さんには、患者会の中心で活躍している方やオフ会中心のメンバーも沢山います。皆さん素敵なブロ友さんばかりです。
患者会に参加もしていないオフ会にも参加しない私と心地よく繋がってくださってありがとうございます。

私自身、ブログを読ませていただきながら一度もコメントをしたことのないブログ主さんも沢山います。そんな方も言葉を交わしたことがなくても私にとっては「出逢いであり繋がり」だと思っています。そして勝手に繋がりを感じ力を頂いています。ありがとうございます。

「繋がりのカタチ」どんな繋がりを求めるかは人それぞれで
きっと、自分にとって心地よいものであればそれが一番なんじゃないかなぁ。

これからも私は、自分にとって心地良い繋がりを大切にしていきたいなぁと思っています。

こ~んな私ですがどうぞこれからも繋がっていてくださると嬉しいです^^


さー次の目標は術後9年無事クリア報告をブログですることです!
頑張りませんが(笑)
マイペースで目標目指します。








これからもこのブログが、
誰かと誰かを繋げる・・・そんな場であることを願い
PCの向こう側に居る見えないあなたに 
そっと希望を そっと心に寄り添える そんなブログでありますように。


                           SORA

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腎臓がん発覚2008年~現在2016年5月までのまとめ

2016-05-23 16:53:45 | 私の腎臓癌まとめ(初期症状~現在)

2009年2月に一度
腎がんになってからのまとめをUPしましたが
あれからずっとそのままで気になっていたので
中途半端な時期ですが時間があったので現在までの経過をまとめ直してみました。

内容的には途中まで2009年にUPした記事を所々書き直してありますがそのままです。
術後の検査、術後の体調などを追記しました。長文となります。


--------------------------------------------


2008年11月28日(金)に突然の血尿。


最初に腎臓癌の症状が出たその日、
午前中に掃除など家事をこなし
いつもと何ら変わらず昼食をとり午後からお昼寝。
1時間ほどして目をさましたが、何だか凄く身体が重くてだるいような感じ。
「買い物に行かなきゃ!」
そう思うものの なかなか起きられず、
ベッドでグズグズしていた。

トイレに行きたくなりトイレへ
そこで 恐ろしいほど真っ赤な血尿に驚く。
正確には、真っ赤ではなく茶色のようなドス黒い血の海。
便器の中は、まさにドス黒い血の海のようだった。

それでも呑気な私は、
「膀胱炎かな?」
もう一度、ベッドに戻って横になった。
それからしばらくして、夕食の買い物に出かけた。

夕方、膀胱炎の薬をもらえば すぐ治るだろうと
軽い気持ちで 近所の内科を受診。
「出血性膀胱炎でしょう」と
お薬もらって帰宅。

ただ、この時の血尿は「赤」というより「チョコレート色」
血の塊も出ていて普通の膀胱炎程度の血尿ではなかった。
これまでに膀胱炎にかかったことはあったが、
これほどの血尿を見たのははじめてだった。
トイレの便器一面が血の海で尿の臭いではなく血の臭いがした。
見ただけで気分が悪くなるほど凄い血尿だった。
採尿を見た看護師もビックリするような血尿だった。




11月29日(土)

普通に出勤し帰宅。
その夜、右腰鈍痛で一晩中眠れず・・・。

何かおかしい。。。
膀胱炎だったら、薬を飲んだら いつもはすぐ症状は治まり楽になるのに。。。



11月30日(日)



仕事を休んで、日曜日だったので
日曜日でもみて貰える緊急外来のある大きな総合病院へ。

救急外来の為、先生は専門医ではなかった。
「結石かな?」
と一応、お薬もらって明日、専門医に診てもらうよう言われ帰る。


11月31日(月)

今日も仕事を休む。
朝一に昨日行った総合病院の泌尿器科へ。

今までの症状を詳しく話した後、
次々と飛び込みで検査が行われた。
(総合病院では、大きな検査等は殆ど予約になっているにもかかわらず
飛び込みで検査・・・)

検査後、
次の検査の日程がすぐ入れられた。
手術する可能性が80%以上だと、この日のうちに告げられる。

ハッキリした病名も告げられず
翌日、明々後日と検査の予定をたてられ
泌尿器科をはじめて受診したその日に
「手術日をこの日に入れて おさえておく」と言われた。


12月1日(火)、12月3日(木)と検査。

「検査結果はご主人と聞きに来てください。」
と言われる。

自分ひとりで聞いたらダメ?かと訊ねたが
「ご主人と一緒に」と念を押されてしまった。



12月4日(金)

検査結果を聞く。

この時点では、右腎臓が左腎臓に比べて倍以上に腫れていて
腫瘍があると聞かされた。
腫瘍は、今の時点では悪性なのか良性なのか判断がつかないとのこと。
ただ、良性であったとしても腫瘍がかなり大きいため
摘出しないといけないと言われる。
術後、取り出した腫瘍を検査に出して悪性か良性かの判断を仰ぐとのこと。

12月9日(火)に入院決定。
12月16日(火)に手術決定。




あれよあれよと入院、手術が決まってしまった。






頭の中の思考回路は絡まったまま
入院、手術が決まった。
あれこれ考える時間はなかった。




手術の日程は
12月16日の予定が急遽12月15日に一日早くなった。

右腎臓全摘出。

手術時間 約5時間で終了。







痛みとかそういうものは 
私の中の痛みというボーダーラインを超越していたので忘れた。←記憶喪失か!(笑)
術後、口の中がやたらと渇いた。
ガーゼに水を含ませ一晩中主人が口を潤してくれた。



術後しばらくは、
ベッドの上で病室の天井と右側の窓が友達。
24時間ってこんなに長いんだぁ・・・。
一日中ベッドで寝ていると時間が過ぎるのが遅く感じた。
何度、時計を見ても針がなかなか進まなかった。




病院でのクリスマスを
43歳ではじめて経験。









クリスマスイブの夜
病名を聞かされた。


右腎癌(淡明細胞型腎細胞がん)


*腫瘍は大きくて8cm×12cmの大きさ
*腫瘍の重さは約820gm
*腫瘍は のう胞状態になっていて(スポンジみたいな感じ)
 細かい穴が開いてるような腫瘍であった。
「悪性」
リンパ節転移「無」
*主静脈、副腎、腎周囲組織に浸潤なし。腎に限局する
T2 :がんが被膜を越えていない 
 直径7cm以上
ステージ1~4のうちの 「ステージ2」
グレード1~3のうち(分化度、悪性度、たちの悪さ) 「グレード2」








この年の8月に子宮全摘手術したばっかりだったので信じられない気持ちでいっぱい。
まさか子宮筋腫の手術後たったの4ヵ月後で腎臓がん・・・
子宮筋腫の術後の経過がすこぶる悪かったのは腎がんのせいだったのかな。


1年に2回も手術するなんてね。
8月に子宮筋腫による子宮全摘手術。(開腹術)
12月に右腎臓摘出手術。(開腹術)
*2人の子供の出産で2度の帝王切開をしているので、ほぼ同じ場所を4回ズサーと腹切り





よくTVドラマで見るような
頭が真っ白になるような感覚もなし。
癌告知されたことに心がついて行ってない。
まるで他人事のようだった。


「えっ?私が癌?これが癌?」


2008年12月30日(火)先負
午後から退院







2008年12月9日(火)腎がん手術のため入院
2008年12月15日(月)右腎臓全摘出(開腹手術)
2008年12月30日(火)入院生活22日 退院



<術後の体調>

手術から何年目くらいまでだろう・・・
多分2~3年いや、もう少し長いかな
体調としては、とても疲れやすい。
眠気がすぐに襲う。
仕事(週半分くらい 1日5時間程度のパート)から帰宅すると疲れて即寝てしまう。1時間ほど。
仕事が休みの日には、買い物以外は家でゴロゴロ。
お昼寝は必ずする毎日が続く。

休みの日の買い物も一人では殆んど行かず主人同伴。
荷物も主人に持ってもらう。



<術後の検査>

<2009年> 1年目

CT胸部~腹部 2回
骨シンチMRI 1回
血液検査 2回

<2010年~2014年> 2年目~5年目まで

1年に1回の★PET-CT検査★胸部~腹部CT検査1回
1年に2回の★血液検査 

PET-CT検査は2014年までとなる(術後5年まで)

<その後>

1年に2回の★胸部~腹部CT検査★血液検査を受け現在に至る。

現在~術後10年までも1年に2回の胸部~腹部CTを2回と・液検査を受けるよう主治医に言われている。 (腫瘍が大きかった為、検査も多めです)


<最近の体調>

最近では、術後数年続いた「眠気に襲われる」ということは特に疲れた時以外はなくなる。
やはり元気な頃よりは疲れやすいが加齢のせいもあるかな(笑)
自分で、疲れないよう生活するよう心がけ暴飲暴食は避けつつ
何でもまんべんなく食べる。好きなものも食べ過ぎないように美味しく食べる!
ストレスになる節制はしない!がモットー!

2013年頃から、薬による薬疹の症状がみられる。
アレルギー検査の結果「ロキソニン」はダメ
その他の薬に関しては特にアレルギー反応は見られなかったが、
殆んどの頭痛薬はNG市販の風邪薬や鼻炎薬NG湿布薬でも薬疹が出たので要注意と実際にはアレルギー反応とみられる薬多々あり・・・。様子をみながら薬を服薬する旨医師から指示あり。
頭痛薬や風邪薬などが飲めないのは、かなり苦しいけれど体調を崩さないよう気力で頑張っています(笑)
不思議と薬疹が出るようになってからの方が頭痛もなくなったように思う。
「負けない!」という気力凄し


2010年~2012年 卵巣嚢腫の腫れ消滅を繰り返す。、(その都度、検査、経過観察)
2015年6月29日 歯根膿胞摘出後の再掻把 日帰り手術


小さなことは気にしない。ストレスは出来るだけ発散するようにしている(なかなか難しいけど)
沢山笑える毎日で。。。というか笑顔でいたいかな
そんな風に過ごし現在まで転移・再発なく





今年12月で術後8年目をむかえます。
只今、術後10年の完解を目指して転移・再発のないことを祈りながら日々過ごしています。


この記事を読んで下さっている方は
現在、腎がんの術後転移の為の抗癌剤治療をされている方もいらっしゃると思いますが
自分が腎がんかも?とあれこれ検索して辿り着いた方や腎がんの発覚後に腎がんについてあれこれ調べて辿り着かれた方が多いと思います。

色んなブログを検索していると不安で押し潰されそうになると思いますが、
大きな腫瘍ですでに進行がんと思われる諸症状が出ていた私でも術後こうして元気に過ごしています。
どうぞ、負けないで!希望を持って!
自分の心が「腎がん」という言葉に負けないよう
「大丈夫!」って強く気持ちを持ち続けてくださいね。


ここを訪れて下さった方が希望を持ってくださること。
良い方向へと向かうことを心よりお祈りしております。





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転移性腎細胞がんの治療「ニボルマブ」の承認を求める署名のお願い

2015-10-08 14:09:49 | 私の腎臓癌まとめ(初期症状~現在)

すっかり季節は秋になった今日この頃。
皆さん、こんにちは。お変わりありませんか?







さて、本日は”転移性腎細胞がんの治療「ニボルマブ」の承認”なんて私にしては珍しい記事なんですが、良かったらお付き合いください。

腎癌が発覚した皆さんは、まず手術ということになるのですが
その後は、転移のない人は経過観察となり
転移してしまった人は抗癌剤治療となるのはご存じだと思います。

抗癌剤にも種類があって、効果を見ながら治療をすすめていくわけですが、効果が見られず腫瘍の増大がみられる場合には、また違う抗癌剤での治療へとなっていきます。

今回、腎癌に効くと研究がすすめられてきた
「ニボルマブ」の早期承認を求める署名活動がされていると知り、いつもは何も出来ない私ですが、こんな私にでも少しでも協力出来ればと皆さんに署名のお願いをさせていただきたく記事にしまた。

腎癌治療中の方の中には、次々とためしていた治療薬の効き目が得られず次なる治療薬へと期待したくても次の治療薬がなく希望を持てずにいらっしゃる方が大勢います。
この「ニボルマブ」が承認されれば、そういう方々の希望へとつながるのでは・・と。







この署名活動をおこされたのは
腎細胞癌及び腎盂癌患者とその家族の「そらまめの会」です。
私は、そらまめの会にも他の患者会等にも一切参加していませんが、
誰でも署名、及びこんな署名活動がやってるよ!と、広く呼び掛けてほしいという事で私もここに来て下さる方に呼びかけてみようと記事にしました。


「ニボルマブ」早期承認への署名活動についての詳細は下記のとおりです。


****************************

「そらまめの会総合フォーラム」には早期承認を求める声が、さらに詳細は「署名用紙」をご覧いただくと書いてあります。
こちら 「そらまめの会総合フォーラム」 から、署名用紙がダウンロードできます。
お読みいただき、ご理解ご賛同いただける場合は是非署名のご協力をお願い致します。

一筆でも多くの署名を届けるため、「腎細胞がんではない方」も「そらまめの会員ではない方」も、ホームページや、ブログ、Facebookなどをお使いでしたら、広く知らせて頂けると助かります。私も何の会にも属しておりません。
ブログにリンクを貼って下さるとか、SNSへの拡散もご協力いただけると嬉しいです。

拡散していただく場合は、
こちらの「そらまめの会総合フォーラム 」のURL(http://www.soramamenokai.net/forum/mod/forum/discuss.php?d=750)を貼って頂けますようお願いします


****************************




また、協力はしたいが、どう書いていいかわからない?と言う方は、上記の「*」内をそのままで結構です。(私も何の会にも属しておりません←この部分は消して頂いて結構です)









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腎臓癌になって(今までのまとめ)

2009-02-05 12:57:34 | 私の腎臓癌まとめ(初期症状~現在)
腎臓癌になって、退院するまでをまとめてみました。
今迄の日記は、それまでの1日1日を詳しく綴りましたが、
はじめて このブログを見てくださる方に簡単にわかりやすく
ザーッとまとめてみました。
最初から読んで頂いてた方には、同じ内容の繰り返しになりますが

(ミクシーでのお友達にも同じ内容になります。)

ただ、色んな方のブログを拝見して
最初から読んでなかった方のブログを1から読むのは私的に
結構大変だったので、簡単にまとめたのもUPしてみようと思いまた。


--------------------------------------------


2008年11月28日(金)に突然の血尿。


最初に腎臓癌の症状が出たその日、
私は、仕事がお休みでいつもと変わりなく過ごしていた。
午前中に掃除など家事をして、昼食もモリモリ食べた。
午後から、眠気に襲われて(いつものことですが(。☉m ⊙。)プッ)お昼寝。
1時間ほどして目をさましたが、何だか凄く身体が重くてだるいような感じ。
「買い物に行かなきゃ!」
そう思うものの なかなか起きられず、
ベッドでグズグズしていた。

トイレに行きたくなりトイレへ
そこで 恐ろしいほど真っ赤な血尿に驚く(||゜Д゜)ヒィィィ!(゜Д゜||)
正確には、真っ赤ではなく茶色のようなドス黒い血の海。
便器の中は、まさにドス黒い血の海だった∑( ̄□ ̄;)

それでも呑気な私は、
「膀胱炎かな?」
もう一度、ベッドに戻って横になった。
それからしばらくして、夕食の買い物に出かけた。

夕方、膀胱炎の薬をもらえば すぐ治るだろうと
軽い気持ちで 近所の内科を受診。
「出血性膀胱炎でしょう」と
お薬もらって帰宅。

ただ、この時の血尿は「赤」というより「チョコレート色」
血の塊も出ていて普通の膀胱炎程度の血尿ではなかった。
これまでに膀胱炎にかかったことはあったが、
これほどの血尿を見たのははじめてだった。
トイレの便器一面が血の海で尿の臭いではなく血の臭いがした。
見ただけで気分が悪くなるほど凄い血尿だった。
採尿を見た看護師もビックリするような血尿だった。




11月29日(土)

普通に出勤し帰宅。
その夜、右腰鈍痛で一晩中眠れず・・・。

何かおかしい。。。
膀胱炎だったら、薬を飲んだら いつもはすぐ症状は治まり楽になるのに。。。



11月30日(日)



仕事を休んで、日曜日だったので
日曜日でもみて貰える緊急外来のある大きな総合病院へ。

救急外来の為、先生は専門医ではなかった。
「結石かな?」
と一応、お薬もらって明日、専門医に診てもらうよう言われ帰る。


11月31日(月)

今日も仕事を休む。
朝一に昨日行った総合病院の泌尿器科へ。

今までの症状を詳しく話した後、
次々と飛び込みで検査が行われた。
(総合病院では、大きな検査等は殆ど予約になっているにもかかわらず
飛び込みで検査・・・)

検査後、
次の検査の日程がすぐ入れられた。
手術する可能性が80%以上だと、この日のうちに告げられる。

ハッキリした病名も告げられず
翌日、明々後日と検査の予定をたてられ
泌尿器科をはじめて受診したその日に
「手術日をこの日に入れて おさえておく」と言われた。


12月1日(火)、12月3日(木)と検査。

「検査結果はご主人と聞きに来てください。」
と言われる。

自分ひとりで聞いたらダメ?かと訊ねたが
「ご主人と一緒に」と念を押されてしまった。



12月4日(金)

検査結果を聞く。

この時点では、右腎臓が左腎臓に比べて倍以上に腫れていて
腫瘍があると聞かされた。
腫瘍は、今の時点では悪性なのか良性なのか判断がつかないとのこと。
ただ、良性であったとしても腫瘍がかなり大きいため
摘出しないといけないと言われる。
術後、取り出した腫瘍を検査に出して悪性か良性かの判断を仰ぐとのこと。

12月9日(火)に入院決定。
12月16日(火)に手術決定。




あれよあれよと入院、手術が決まってしまった。







何がなんだか
わからないうちに入院、手術が決まった感じで・・・

ただ、自分はとても冷静で
自分の事ではないかのように全て受け止めていた。


手術の日程は
12月16日の予定が急遽12月15日に一日早くなった。

右腎臓全摘出。

手術時間 約5時間で終了。










術後4日間くらいは、
ベッドの上で病室の天井と右側の窓が友達。
24時間ってこんなに長いんだぁ・・・。
一日中ベッドで寝ていると時間が過ぎるのが遅く感じた。
何度、時計を見ても針がなかなか進まなかった。








病院でのクリスマスを
43歳ではじめて経験。











クリスマスイブの夜
病名を聞かされた。


右腎癌(腎細胞癌)


*腫瘍は大きくて8cm×12cmの大きさ
*腫瘍の重さは約820gm
*腫瘍は のう胞状態になっていて(スポンジみたいな感じ)
 細かい穴が開いてるような腫瘍であった。
「悪性」
リンパ節転移「無」
*主静脈、副腎、腎周囲組織に浸潤なし。腎に限局する
T2 :がんが被膜を越えていない 
 直径7cm以上
ステージ1~4のうちの 「ステージ2」
グレード1~3のうち(分化度、悪性度、たちの悪さ) 「グレード2」







ネットが好きな私は、色々ネットで調べてたから・・・
病名は予想していた通り。

だから、怖くも悲しくもなかった。

自分でもビックリするくらい
落ち着いていて冷静だった。




今年の8月に子宮全摘手術したばっかりだったから
ちょっとビックリだっただけ・・・


1年に2回も手術するなんてね。
しかも「腎臓!?」
私、臓器提供カードに
提供してもいい臓器の蘭に「腎臓」に○つけてたんだよ・・・。
全然、腎臓が病気になることなんて考えてもなかったのに・・。


これが、「告知」
という奴なんだね。
思ったより簡単であっけないものだ。
涙も出なかったよ・・・。








よくTVドラマで見るような
頭が真っ白になるような感覚もなし。
癌告知されたことに心がついて行ってない。
まるで他人事のようだった。


「えっ?私が癌?これが癌?」



ただ、旦那と長男には手術後の主治医からの説明で取り出した腫瘍は
「悪性」だったと伝えられていたらしい・・・。




2008年12月30日(火)先負
午後から退院









そして現在
2009年2月15日で手術から2ヶ月がたつ。





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