10月8日(月)
昨日、兄の三回忌の法要がありました。
その席で住職がある実話を紹介してくださいました。
とても考えさせられる内容でしたので、許可をいただき、ご紹介したいと思います。
実は、あるお寺の娘さんが19歳でお亡くなりになられたのですが、
その娘さんが中学生の時に書かれた手記をご紹介いたします。
彼女は小学生の時、骨肉腫が発病。そして、19歳の短い生涯を閉じられましたが
私たちに多くの教えを残してくださいました。
そして、その志は 今のこの時代に
伝えてられて行くべきことであると感じます。
生きている幸せ
最近、すぐに「死ね」や「消えろ」などといった言葉が簡単に使われています。
さらに「生きている事がつまらない」という理由だけで自殺してしまう人が、若い人たちの間で増えてきました。昔のままの私だったら、こういうことに対して気にしなかったことでしょう。しかし、小学校五年生の時に小児病棟に入院してから考えは変わりました。「命」があるということ、健康で普通に生活していられるということが、とても大切で幸せな事だとわかりました。
私は「一年間ぐらいは入院です。」と言われた時、とてもショックでした。
今まで「入院」なんて他人事だと思っていたのにいきなり言われ、さらには足が動きにくくなってしまう、と知り、目の前が真っ暗になりました。
小児病棟に入院して、私は驚きました。私と同じぐらいの子や私より小さい子が、一生懸命に病気を治そうと、病気に負けずに生きようとしている姿をたくさん見たからです。私はその姿を見て、とても感動しました。必死に辛い治療に耐えて、生きようと頑張っていて、とても強いなと思い、私も頑張ろうと思いました。けれども、いくら頑張っても、助からなかった子もいます。その子は白血病の移植手術をするために親と窓越しでしか面会が出来なくなってしまいました。
小学校三年生のその子は激しい副作用の為に体力がなくなり、お母さんに会いたいと毎日泣いていたそうです。最後は、親に会うことを許してもらい母親に抱かれて無くなったと聞きました。どんなに「生きたい。」と願って頑張っていたか、それはとても言葉にできないくらいだと思います。この話を聞いて私は、副作用がつらくて、さらに親に会えないのは、小学校三年生の子には苦しいだろうと思うと、涙が止まりませんでした。
「命」はどれほど大切で、かけがえのないものであり、そして「生きている」ということがすごく幸せな事なのだと、心に深く思いました。
今は、私は病気になって良かったと思っています。つらい入院生活だけど、そこから得たものはとても大きなものだからです。足が前のようには動かないけど、何も特別なものなどなくても健康で、普通の生活を送れることが大事に思えるようになったこと。「命」の重さ、大切さ。「生きている」ということは幸せだということ。
さらに家族の存在が心強いこと。私は何度も励まされました。簡単なことのような当たり前のことが、病気になり入院して分かりました。
しかし、その当たり前の事を知らなすぎて、自殺したり、ひどい言葉を言ったりするのです。これから私は、少しづつ「命」は大切なのだと伝えていきたいです。自殺したいと思っている人がいたら、話を聞いて相談に乗ってあげたり、ひどい言葉を言う人には、今、生きようと必死な人達がたくさんいることを教えて、「命」を軽く見てはいけないと言いたいです。そして、お互いに傷つけあったりしない社会をつくっていきたいと考えています。
最初は全然うまくいかないかもしれないけど、少しづつ、少しづつ「生きている」だけで素晴らしいということ、「命」の大切さを伝え、より多くの人達に健康で普通に生活できる事の幸せを、教えることが出来たらいいです。
私は前を向いて生きている幸せを伝えることができる人間になりたいと思います。
第22回 小田原市中学生の主張より
命の大切さや、生きているだけで幸せであること
子供たちのみならず、全ての人たちがそのように思い
幸せな社会を築いていきたいと思います。
西村 甲汪

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昨日、兄の三回忌の法要がありました。
その席で住職がある実話を紹介してくださいました。
とても考えさせられる内容でしたので、許可をいただき、ご紹介したいと思います。
実は、あるお寺の娘さんが19歳でお亡くなりになられたのですが、
その娘さんが中学生の時に書かれた手記をご紹介いたします。
彼女は小学生の時、骨肉腫が発病。そして、19歳の短い生涯を閉じられましたが
私たちに多くの教えを残してくださいました。
そして、その志は 今のこの時代に
伝えてられて行くべきことであると感じます。
生きている幸せ
最近、すぐに「死ね」や「消えろ」などといった言葉が簡単に使われています。
さらに「生きている事がつまらない」という理由だけで自殺してしまう人が、若い人たちの間で増えてきました。昔のままの私だったら、こういうことに対して気にしなかったことでしょう。しかし、小学校五年生の時に小児病棟に入院してから考えは変わりました。「命」があるということ、健康で普通に生活していられるということが、とても大切で幸せな事だとわかりました。
私は「一年間ぐらいは入院です。」と言われた時、とてもショックでした。
今まで「入院」なんて他人事だと思っていたのにいきなり言われ、さらには足が動きにくくなってしまう、と知り、目の前が真っ暗になりました。
小児病棟に入院して、私は驚きました。私と同じぐらいの子や私より小さい子が、一生懸命に病気を治そうと、病気に負けずに生きようとしている姿をたくさん見たからです。私はその姿を見て、とても感動しました。必死に辛い治療に耐えて、生きようと頑張っていて、とても強いなと思い、私も頑張ろうと思いました。けれども、いくら頑張っても、助からなかった子もいます。その子は白血病の移植手術をするために親と窓越しでしか面会が出来なくなってしまいました。
小学校三年生のその子は激しい副作用の為に体力がなくなり、お母さんに会いたいと毎日泣いていたそうです。最後は、親に会うことを許してもらい母親に抱かれて無くなったと聞きました。どんなに「生きたい。」と願って頑張っていたか、それはとても言葉にできないくらいだと思います。この話を聞いて私は、副作用がつらくて、さらに親に会えないのは、小学校三年生の子には苦しいだろうと思うと、涙が止まりませんでした。
「命」はどれほど大切で、かけがえのないものであり、そして「生きている」ということがすごく幸せな事なのだと、心に深く思いました。
今は、私は病気になって良かったと思っています。つらい入院生活だけど、そこから得たものはとても大きなものだからです。足が前のようには動かないけど、何も特別なものなどなくても健康で、普通の生活を送れることが大事に思えるようになったこと。「命」の重さ、大切さ。「生きている」ということは幸せだということ。
さらに家族の存在が心強いこと。私は何度も励まされました。簡単なことのような当たり前のことが、病気になり入院して分かりました。
しかし、その当たり前の事を知らなすぎて、自殺したり、ひどい言葉を言ったりするのです。これから私は、少しづつ「命」は大切なのだと伝えていきたいです。自殺したいと思っている人がいたら、話を聞いて相談に乗ってあげたり、ひどい言葉を言う人には、今、生きようと必死な人達がたくさんいることを教えて、「命」を軽く見てはいけないと言いたいです。そして、お互いに傷つけあったりしない社会をつくっていきたいと考えています。
最初は全然うまくいかないかもしれないけど、少しづつ、少しづつ「生きている」だけで素晴らしいということ、「命」の大切さを伝え、より多くの人達に健康で普通に生活できる事の幸せを、教えることが出来たらいいです。
私は前を向いて生きている幸せを伝えることができる人間になりたいと思います。
第22回 小田原市中学生の主張より
命の大切さや、生きているだけで幸せであること
子供たちのみならず、全ての人たちがそのように思い
幸せな社会を築いていきたいと思います。
西村 甲汪

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