蔵書目録

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『軍閥重臣閥の大逆不逞』 維新同志会同人 (1935.7)

2013年07月09日 | 二・二六事件 2 怪文書

 軍閥重臣閥の大逆不逞

   天皇機関説を実行し皇軍を撹乱し維新を阻止し国家壟断国体破壊を強行せんとする逆謀=天人共に許さざる七・一五統帥権干犯事情=国民総蹶起の秋!!

 一、七・一五の経過

   一、暦日経過 〔下は、その一部〕

 六月十六日、林陸相永田軍務局長等満鮮旅行より帰京。
  新京にて南司令官京城にて宇垣総督と懇談したるは周知の通りである。
 七月八日、宇垣総督入京
 七月十日、午前八時半宇垣総督陸相訪問、十時半より陸相真崎教育総監と人事協議、陸相は突如総監の辞職を迫った。『真崎総監の勇退は軍内の輿論である』と、総督の論駁に対し陸相は苦し紛れに『これは総長宮殿下の要求である』これは実は南大将と永田軍務局長の策謀であって南は自分に火中の栗を拾はせやうとしてゐる。満州から帰ってからこの策謀で激しくなった』と弁解し総監は同意せず且永田少将等に関する参考資料準備の余裕を得た旨を述べて別れた。
 七月十一日、陸相は総長宮殿下の御召なりとて総監を招致し直に三長官会議を開かんとしたが総監は準備整はざる故を以て延期した。
 七月十二日、午前八時総監は陸相と会見し二人熟議して大体成案を得た上改めて会議を開くことの至当なる所以を力説した。陸相は別に次官次長人事局長等を召集して対策を練り、午後一時三長官会議開催を決した。席上総監は
 1統制々々と言ふも如何なる原理によるや、単に当局に盲従せよと言ふ意味の統制は真の統制に非ず、国体原理に基く軍人精神の確立によって統制するを要す。
 2輿論と言ひ軍の総意と言ふは何事ぞ、輿論により事を決し総意の名に於て事をなすは軍内に下剋上の風を作り統帥の本義に背き建軍の本旨を破壊するものなり。
 3教育総監は、大元帥陛下に直隷する親補職にして大御心により自ら処決すべきもの、軍隊教育と言ふ重大統帥事項を輔翼する重職にあるものが輿論云々に依って辞める理由なし。
 4今次の異動方針については部外よりの干渉あり、統帥権に対する此の容喙に膝を屈することは辱職にして且つ将来に重大なる禍根を残すものなり、一真崎の進退問題に非ず。
 5三長官協議の上決定すべきものを陸相単独決定の例を開かば延いて参謀総長の地位も動揺し軍の人事は全く政党政治の如く紊乱し私兵化せん。この為に親裁を経たる業務規程あり陸相の態度は統帥権の干犯を惹起する恐れあり。
 6所謂十一月事件は陸軍省を中心とする陰謀偽詐と言はれ永田少将がその中心人物なること明瞭にして、三月事件亦永田が有力なる関係者なり(永田自筆の計画文書提示)最近は新官僚と通謀して各種の政治策動を為しつゝある統制撹乱の中心たる永田を先づ処断するに非ざれば他の一切の人事は価値なし、況や今次の人事の原案が永田中心にて作られつゝあるに於てをや。
等々陸相を論難し、陸相は終ひに答ふること能はず決裂状態を以てをや。
 七月十五日、午後一時第二次三長官会議開会、総監は統帥大権中特に重大なる教育大権の輔弼者としての重要性人事に関する親裁規定等を切論したが、総長宮殿下の御威光を頼む陸相は之れに服せず、決裂して三時半散会
 陸相は既定の策戦で直に山陰地方出張中の渡邊大将に招電を発し三時四十分自動車を駆つて当日行幸遊ばされたばかりの葉山御用邸に参内し眞崎罷免渡邊後任を奏請して七時帰京した。渡邊大将は同夜濱田発

   一、宣伝機関の操縦 〔下は、その一部〕

 1六月二十日頃全国の書店停車場売店等一斉に『軍部の系派動向』と称する小冊子が発売された。宇垣、南、小磯、建川、植田一派を礼讃し林を支持鞭撻し永田、東條等をその中心部として論じ荒木、真崎、秦、柳川等を徹底的に非難した。
  某新聞班員等が永田等の内意を受けてした仕事と言はれ、今次異動の準備宣伝だと見られて居る。

 二、七・一五は統帥権干犯
      皇軍私兵化である
 

  〔省略〕

 三、背後に潜むものー戦慄すべき
           皇国壟断の大陰謀団


  〔省略〕

 嗚呼、目あるものは見よ、耳あるものは聞け。
 天皇機関説の大逆思想を抱藏し実行して上は皇権稜威を侵犯して憚らず、下は万民を残虐してぞの窮乏を顧みず、内は皇軍を撹乱し、外は国家を外侮に晒らし、維新の機運を根底より覆滅し国家を破壊の深淵に投じても明党私閥の獣心を遂げんとする戦慄すべき大陰謀が着々と進行して居るのである。
 陸軍教育総監の更迭は一真崎大将排斥ではなく反動革命の一露頭に外ならない。皇国の非常時は外患に非ず、社会不安にも非ず、此の閥族のユダヤ的陰謀の進行そのものである。皇国々民の総蹶起すべき秋は到来した。
慎んで進路を誤るなからんこと、毫末の懈怠躊躇なからんことを祈るものである。 

 昭和十年 〔一九三五年〕 七月二十五日 維新同志会同人

〔蔵書目録注〕

 表紙には、右上に四角で囲まれた「極秘」、中央に「軍閥重臣閥の大逆不逞」、左下に「(代謄写)」とある。発禁処分は、昭和十年 八月二十二日。活版、19センチ、8頁。

この『軍閥重臣閥の大逆不逞』は、翌十一年 〔一九三六年〕 二月二十五日発行の「大眼目」第四号増刊にも転載された。

 なお、『昭和十年以降頒布セラレタル不穏文書調』の「二、真崎教育総監更迭事件ニ関スルモノ」に、次の記載がある。

  番号 題名 納本又ハ届出ノ有無 発行責任者ノ住所氏名記載ノ有無 印刷形式 内容ノ概略

  6、軍閥重臣閥ノ大逆不逞 ナシ 維新同志会同人 活版

   陸軍部内ノ異動ノ経緯ニ付揣摩臆測シテ暴露的記述ヲ為シ尚参謀総長ノ宮ニ累ヲ及シ奉ル如キ言辞ヲ弄シ国民的総蹶起ニヨル大衆的行動ヲ煽動シタルモノ



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