「何を目標とするのか」という視点が重要だと思う。個人の生き方もそうだし、国や公共の在り方もそうだ。
例えば、個人で言えば、お金儲けや仕事、結婚などもそうで、現在の在り方と目的は何かということを間違ってはいけないと思う。自分が、どういう生き方を好むのか、自分にとって何が心地よいのか、金儲けや仕事などは、そこに至るまでの単なる手段に過ぎない。
公的なものもそうで、コロナ禍をどう乗り切るかとか、地方鉄道の経営危機をどうするかとか、人口減少問題、国の安全問題とかも全てその見地から考えて見るべきだが、政治家や国民の大多数は、卑近な視点でしか物を考えられていないと思う。そして、国民や政治家のエゴの問題も大きい。せめて、視野を50年後、100年後にまで伸ばしてみるという視点が重要だ。
イデオロギーなどは、人間の作った妄想に過ぎない。人類が生き延びるという観点からすると、国連などが打ち出したSDGsなどの環境政策が流行りだが、一次エネルギーを消費している国別ランキングの一位が中国で、次が米国、インド、ロシアで日本は第五位である。かって、原発が効率的だと思われていたが、放射能廃棄物や事故まで考えると、そうでは無いと分かってきた。かといって、現在の異常気象は、明らかに化石燃料の使い過ぎに起因すると思われる。植物の持つ、二酸化炭素を吸収してエネルギーに変えるという原理を人工利用する研究などを、地球環境が決定的に破壊されるまでに進めてゆくことが必要だが、ロシアなどの大国は、自国の覇権に拘り、戦争というやり方で、むしろ地球環境を破壊する方向に進んでいる。
人間には寿命があるので、短い自分の人生の範囲でしか物事を考えないという悪癖がある。したがって、老い先短い政治家どもに、この国の政治を任せるなどは根本的な誤りであるのは考えるまでもない。しかし、若者は常に経験不足で、老人が賢いと思い込み、特に日本での選挙などは、自らが議員に当選して自らの利権や名誉欲を満足させようとする政治家達の愚民政策の一つに過ぎなくなっている。しかし、その選挙にすら大半の若者達は関心を寄せようとはしない。安倍元首相襲撃事件は、図らずも、古くから問題の指摘されてきた宗教団体ですら選挙の為にと利用してきた政治家達の浅ましい姿を浮かび上がらせつつあるが、日本の政治は、与野党問わず、政治家自らの為のものか、それとも、少しでも国民の方向を向いているものなのかという課題を突き付けられているのではなかろうか。
※ 愚民政策(ぐみんせいさく)とは、為政者が国民を「愚民」と呼ばれる政治的無知状態に陥れ、その批判力を奪おうとする政策、つまり、民主主義の根幹である国民の政治参加を阻害する権威主義に基づき、人々の知性を意図的に非民主的な方向へ偏向させる政策である。娯楽による心理的利己主義の普及(パンとサーカス)、偏向報道、全体主義国家や軍事国家などの一部の反民主主義教育が愚民化政策の例として挙げられる。