安倍元首相銃撃事件を通して見えて来たものがあるように思う。報道によると、統一教会の信者であった母親が信仰にのめり込み多額の寄附をするなどして家庭が崩壊状態となったことから、長年に渡り同協会を恨んでいた容疑者が、同協会の関連団体の行事に安倍元首相がメッセージを送ったことなどから同協会に安倍元首相が関係しているものと誤解し、犯行に及んだとのこと。
経済的理由からか、進学高校に在籍していたものの大学進学にも挫折し、派遣社員などで食いつないでいたものの、中年の歳になっても将来に展望が持てない境遇にあった容疑者が、宗教団体に恨みを募らせ、ネットで見て、関係があるとの記載のあった元首相を殺害しようとしたとのことだが、ここで見えて来たものとしては、
①宗教団体に対するマスコミの過度な忖度
現在の同団体の状況は良く知らないが、過去には、高額な壺や印鑑などを信者に売らせたり、合同結婚式をするなど、様々な問題を起こして来た団体であるが、今回の事件では、大手のマスコミは、警察発表で団体名が公表されなかったせいもあり、一部の週刊誌などを除いては、統一教会の後継団体である世界平和統一家庭連合が会見を開くまでは同団体名を報道しなかった。これは、オウム真理教事件でもそうだが、マスコミは、信教の自由という憲法の条項を言い訳にしていて真実の報道を行うという姿勢に欠けていると疑はざるを得ない。
➁容疑者のような人物は、今の日本には、どこにでもいるのではなかろうか。
安倍元首相のような恵まれた環境で育った人とは異なり、容疑者の若い時代における挫折と、それから立ち上がれない状況には同情しかない。失われた世代(ロスジェネ世代)というが、1990年代後半から2000年代前半に就職氷河期があり、ただでさえ、その頃に社会に出た世代の就職難があった。まして、高卒であった容疑者にとっては、努力して幾つかの資格を取っても、非正規の派遣労働者としてしか生きる術がなく、孤独な人生を送ってきて、中年世代となって挫折感と焦燥を募らせていたことだろう。ある意味では、今の社会では多数いる人物の一人であり、偶々、彼が恨みに思っている宗教団体があり、それと関係があるとネットなどでされていた政治家がいたということではないか。昔読んだ「君よ憤怒の河を渉れ」という題の小説を思い出した。その内容については忘れてしまったが、憤怒の河という題を、この容疑者の境遇を知って思い出した。今の日本には、一握りのエリート層、セレブ層が存在しているが、それよりも遙かに多い、憤怒の河でもがき苦しんでいる大衆がいるように思えてならない。努力した者が報われる社会、挫折しても何度でも再挑戦できるような社会が望まれるが、自民党の政治には、果たしてそのようなビジョンがあるのだろうか。
③安倍元首相の評価
安倍元首相については、ここにきて、外交における評価や、バブル崩壊後に落ち込んだ日本経済をここまで保持してきたという評価がある。確かに、長期間にわたり安定した政権を維持してきたのは事実であり、過去の一年刻みで交替してきた首相達とは異なり、日本の存在感を外交面で示して来たという功績もあったと認めることにやぶさかではない。しかし、規制改革を進めて経済を活性化することは出来なかったし、憲法改正についても道半ばであった。現時点では、功罪未だ定まらずということではなかろうか。