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ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-リボンの教授

2021-12-31 21:00:47 | 大人の童話
 教授はいつものように、正面の椅子に腰掛けていた。
 見事な顎髭には、トレードマークとしてすっかり定着した、小さなリボンだ。
 十歳以上年上の教授と間違われ
ショックを受けた時、ルージュサンが提案したのだ。
 今日は細い三つ編みが三本並び、V字型にピンクのリボンで留められている。
 的確なリズムで三回、扉が叩かれると、教授は深く座り直し、わざと太い声を出した。
「入りたまえ」
「ルージュサン=コラッド、入ります」
 扉を開け、教授のリボンを認めたルージュサンは、思わずフレイアとの血の繋がりを考察してしまった。
「今日君を呼んだのは他でもない、先日の論文についてのことだ」
「はい」
 ルージュサンは姿勢を正したままだ。
「出来は申し分ない。だからこそもう少し掘り下げるべきだと思うんだ。室員としてここに残りたまえ」
「有難いお言葉ですが、子育てがありますので」
「今まで両立していたじゃないかね」
「年末生まれで丁度休みだったのは幸いでした。その後は休憩の度に授乳に走るのを、容認して頂いたお陰です」
「いやいや、君の能力と努力だよ。あの頃に比べれば、大分楽になっただろう?」 
「あの頃無理をした分、暫く手を掛けたいのです」
「やはり室員の件は断ると」
「はい」
 教授は顎を心持ちあげた。
 小さなリボンが微かに揺れる。
「では、研究科を卒業させるわけにはいかないな」
「論文の出来は申し分ないとおっしゃいましたよね。室員としてお誘い頂いたのも、研究科を卒業させて頂ける前提があってのことでしょう。なのに取引材料として使うのは、倫理違反と思われます」
 ルージュサンは落ち着きはらっている。
「そもそも私は俗な人間です。ここに編入したのも、実利の為に知りたいことがあったからです。教授もよくご存知でしょう」
「『伝承の基になった事実を知りたい』。君の目的は一貫していたね。君の噂もそのうち伝説になるかもしれん。先日小耳に挟んだんだが」
「働き者の小耳ですね。今度はどんな噂ですか?」
「君は剣で稲妻を切れるのだそうな」
「私は旅の時に火薬と剣を持ち歩くからでしょう。教授もご覧になった筈です」
「山道で迷った時、君の犬笛を吹くと、狼が道案内をしてくれるとか」
「我が家の飼い犬が、元野犬だからでしょう」
「シケの海に君が作った花束を投げ込むとたちまち凪ぐ、というのもある」
「私が育った船は花柄が多く、シケにもあまり会いませんでしたので」
「既に事実とはかけ離れていると?」
「私の犬笛で狼が道案内をしてくれるのなら、同じ品を沢山作って山の麓に卸します。あの船がシケに会いにくいのは、天気を読む力に優れているのと、無理な注文を受けない為です」
「噂を即座に還元出来るというのも、立派な能力というものだ」
「当事者だからです。私で遊ぶのはこれ位にして、本題に入りませんか?」
 ルージュサンが笑顔を作った。
「教授。用心棒兼通訳を確保な。たいんですね?」
 教授は口をへの字にしたが、すぐににんまりと笑い返した。
 目線をしっかり合わせると、更に大きな笑顔になる。
「加えて優秀な交渉人もだ」 
「光栄です。フィールドワークの際は声をお掛け下さい。子育てが一段落して、私がまだここにいれば、喜んでお供致します」
 教授の視線に心配の色が混じる。
「『ここにいれば』とは、どういう意味だね?」
「色々な意味でです。先の事は分かりませんので」
「うーん」
 呼吸二つ分目を瞑り、教授が溜め息を吐いた。
「家にも時々遊びに来てくれたまえ。私の髭は今日も決まっているだろう?妻の毎朝の楽しみなんだ。すっかり君のファンなんだよ」


 


楽園-Eの物語-誰のために

2021-12-24 22:03:04 | 大人の童話
「話を聞きますよ。やはりお酒にしますか?それとも子守唄が良いですか?」
 台所で木鉢を洗いながら、ルージュサンがフレイアを振り返った。
「・・・話を聞いて欲しいわ」
 自分の巻き毛を指に巻き付けながら、フレイアが答える。
 その様子にルージュサンの口元が弛む。
「そうしていると、まるで女の子のようですね。一緒に育っていたら、こんな風に話を聞くことも、沢山あったんでしょうね」
「そうですわね」
 フレイアがくすりと笑った。
「わたくしの母が第三婦人でありながら、その姉に手を出して逃亡されたと知った時、わたくしはお父上を嫌悪しましたわ。けれどもそもそも父上と伯母上が惹かれ合ったのに、父上が人違いして求婚したのだと祖父母に聞いて、少しだけ赦せる気がしたのです。何より貴女という素晴らしいお姉様を、授けてくれた。生まれは一月と違わないのに、こんなにも頼りになるんですもの。それに比べてわたくしは本当に、甘ったれた妹だわ」
「私は話を聞くことくらいしか出来ませんが、姉として頼られて嬉しいのです。しかもその相手が、こんなにも可愛い妹なのですから」
 洗い終えた鉢を伏せて、ルージュサンがフレイアの髪を撫でる。
 フレイアが悲しむような、すがり付くような目でルージュサンを見詰めた。
「わたくしはずっと、王室のため、民のために尽くしてきたつもりでしたわ。王座にふさわしい嫡子たらんと剣を習い、馬も御しました。王宮から馬場に向かう道では民と交わり、その声に耳を傾け、頼まれれば名付け親にもなりましたの。世継ぎが異父弟に決まった後は、国交の為と思って、ケダフ殿からの縁談を受けましたわ」
「はい」
 ルージュサンはゆったりと相槌を打つ。
「けれども今日、様々な方から話を聞いて、よく分かりましたの。わたくしは誰がそうしたか、見返りは何なのかが気になりましたわ。わたくしはそういう考え方をしていたのです。本当に王室の為を思っていたならば、一人で血筋の問題を解決しようと、むきになる必要はありませんでしたわ。そして民を思ってのことでしたら、誰が彼らを幸せにしても良い筈。わたくしはただ、自分が役に立ちたかっただけなのです。独りよがりにじたばたして、いい気になっていましたの」
 ルージュサンはフレイアの瞳をじっと見詰めた。
「カナライに行った時、私は国のあちこちで、貴女の噂を耳にしました。皆、貴女に感心し、信頼を寄せていましたよ。先程のエダン喜びようを見れば、よく分かるではありませんか。貴女がどう思おうと、貴女が素晴らしい王女であったことに変わりはないのです」
「わたくしはあれでよかったのでしょうか?」
「勿論ですとも」
 ルージュサンがふわりと微笑んだ。
「それにこの国の王は、結果的には知性でこの国の行く末を決めましたが、王座を下りようとした理由は、吟遊詩人になりたかったから、なのですよ」
 ルージュサンをウインクをしてみせる。
「本当に?」
 フレイアが目を見張る。
「本当です」
 ルージュサンが頷く。
「ケダフ殿は余命が短いことを知って、わたくしを自由にするために娶ったのです。だから自分の喪が開ければ、国の決まりでわたくしがサス国から出されるように、夜を共にしなかったのです。わたくしが本当に回りを愛していたのではなく、無理をしてそのふりをしていたのを見かねたのですわ」
「愛されていたのですね」
「口づけ一つ許しては下さいませんでした」
「ケダフ殿は残された命を、貴女の為に燃やそうとした。彼はきっと懸命に努力する貴女を、深く、愛していたのです。そしてそれを貫き通した。貴女がどれ程愛されていたか、貴女の変わりようを見ればよく分かります。自分を押さえ込まず、肩肘も張らずに、柔らかく、溌剌としている。伸びやかな子供のようです。フレイア、貴女も分かっているのでしょう?貴女をそれ程愛することが出来た、彼は幸せだったはずです」
「本当に?」
 フレイアの目には涙が浮かんでいる。
「本当です」
 ルージュサンはフレイアを優しく抱き寄せた。





楽園-Eの物語-名付け子のエダン

2021-12-17 21:16:47 | 大人の童話
「王も民に慕われてましたの?」
 問いかけるフレイアの眉間には、少し力が入っている。 
「はい」
 答えるルージュサンは、いつも通り落ち着いて穏やかだ。
「この国は学術大国として繁栄してますわ。学問を志す者にとって、まず必要な外国語はこの国の言葉、そしてこの国の国立学院は憧れの的。民主主義に変える必要が、何処にあったのかしら?」
「この国では五年間、子供に教育を受けさせています。政について考える最低限の下地は、ある筈なのです。だから王は民を信じ、後継者として選ばれたのです」
「お姉様はどう思われてるの?」
「文明が進んで生産性が上がれば、人々は自由な時間を手に入れます。他国でも、政が王の専門職である必要は、なくなっていくのです。それが時代の流れです。この国がその魁の一国として、成功例を示せれば幸いだと思います」
 フレイアは両目を細め、顎に手を当てて、少し考えてから確認した。
「王は民に敬われ、民を信じ、時流を読んで、より良い未来の礎となることを選ばれた、ということですのね」
「結果的には、」
《王女様っ!?》
 ルージュサンの返答を、カナライ語の呼び掛けが遮った。
 同時にフレイアの背筋が伸び、表情が引き締まる。
 正面から走って来たのは、十二、三歳の少年だった。
 痩せてはいるが幼さが残る頬と、大きな目が印象的だ。
《エダン?エダンではありませんか》
 語尾の強い話し方も、かつてのフレイアにもどっている。
《やっぱり王女様だ!。会えて嬉しいです》 
 少年は満面の笑みだ。 
《私もです。どうしてここに?》
《王女様が嫁いですぐに、父がなくなったんです。父が借金していた相手が、僕を旅芸人の一座に入れました》
《まだ、十歳にも満たなかったのに。苦労したのですね。ちゃんと食べさせてもらってますか?苛められたりしていませんか?》
《大丈夫です》
 フレイアの心配に、エダンは笑顔で答える。
《エダンッ!エダーンッ!!》
 道の向こうから男が呼んだ。
《お話出来て嬉しかったです。明後日の市に出るので、良かったら見に来て下さい》
 エダンは急いでそう言うと、道を駆け戻って行った。

 その夜、フレイアはなかなか寝付けなかった。
 少し酒でも、と、こっそり起き出すと、台所の一角がランプで照らされていた。
「眠れませんか?」
 ルージュサンが振り向きながら尋ねる。
「お姉様は背中にも目が付いているのね・・・何をしてますの?」
「セランが集中してるので、夜食を持って行くのです。フレイアはお酒ですか?」
 ルージュサンが大きな鉢を持ち上げてみせた。
「そのつもりでしたけど、付いていっても良いかしら?」
「勿論」
 階段に向かうルージュサンの鉢を、フレイアが覗き込んだ。
 中には剥き身にされた柑橘が山盛りにされ、爽やかで甘い匂いを放っている。
「あら、美味しそうね。一房良いかしら?」
 フレイアの手と口は、返事を待たない。
「まあ、美味しい。オレンジに似てるけど、もっと大きくて甘いわ」
「品種改良をしているんです。直売所で扱ってますよ」
「いつもこんなお夜食なの?」
「頭を使うと、甘いものが欲しくなりませんか?果物なら水分も摂れて、一石二鳥なんです」
「水分?」
「はい」
 階段を昇りきり、書斎の扉をルージュサンが叩く。
 返事は無かった。
 ルージュサンが構わず中に入り、続いたフレイアは『水分』の理由を知った。
 机に向かうセランの頭から、白い湯気がほかほかと、立ち上っていたのだ。
 フレイアの口が、驚きに半開きになる。
「・・・小さなお菓子なら蒸し上がりそうだわ」
「出来ませんでした」
 フレイアが勢いよく、ルージュサンを見る。
「本当です」
 ルージュサンが深く頷いた。
 そして果物を一房刺し、セランの唇に押し当てる。
 セランの口が開くと、ルージュサンがすかさず果物を入れる。
 セランはもぐもぐと咀嚼し、喉仏を上下させて飲み込んだ。
 ルージュサンは再び果物をセランの唇に押し当て、セランが口を開けて咀嚼し、飲み込む。
 それを何十回も繰返し、木鉢が空になると、フレイアが溜め息をついた。
「まるで、からくり人形の様ですわ」
「同じですね。体が勝手に動くのです」
「私達が気にならないのかしら?」
「居ることに気付いてさえいないのです」
「どうすると気付きますの?」
「作業所直接妨害すればよいそうです。読んでいる目を塞ぐとか、書いているペンを奪うとか」
「どついたらどうかしら?」
「少々では無理でしょう」
「回し蹴りでは?」
「試さないで下さいね」
「でも、飛び蹴りなら」
「それも駄目です」
「じゃあ髪で我慢するわ」
 フレイアはそう言うと、自分のお下げのリボンを解いて、セランの髪を手に取った。
 腰まである銀髪はさらさらと、細い指から流れ落ちそうになる。
「なんて良い手触りなのかしら。ひんやりするほどすべすべですわ」
 フレイアは誉めちぎりながら三つ編みを二つ作って、両耳の後ろで輪にし、自分のリボンで留めた。
 大きなリボンを二つ着け、セランは一心不乱に数式を書き連ねている。
 それを難しい顔で見ていたフレイアが、困り顔でルージュサンを振り返った。
「どうしましょう。似合ってますわ」
「どうもしなくて大丈夫です。セランですから」
 ルージュサンが小さく笑う。
「惜しいっっ!!」
 セランが突然絶叫した。
 立ち上がって頭を抱える。
「お邪魔でしたのっ?ごめんなさいっ!!」
 思わず身を縮めたフレイアを見て、セランが驚く。
「フレイアさん、居たんですか。あれ?ルージュも一緒だったんですね。そう言えば喉が渇いてないし、甘い味も匂いも残ってる。詰め込んでくれたんだね。いつも有難う」
 セランがルージュサンを抱き締めた。
 その頭から湯気が消えていく。
「専門科の生徒の考察なんだけどね、とても面白かったんだ。論理にあちこち飛躍があったから、なんとか埋めようとしたんだけど、駄目だった。どうしても矛盾が生じてしまう」
「凄い論文だったんですね」
「うん。今回は残念だったけど、着眼点が素晴らしい。彼は物理学を変えるかもしれない。研究科に進む予定で本当に良かった」
「その彼がもし、研究を止めるのだったら、どうなさったの?」
 フレイアの質問に、セランはルージュサンを抱き締める手を解き、半呼吸考えて答えた。
「少しづつ角度を変えながら、僕が研究を続けたかもしれません」
「そうなれば物理学を変えた名誉は、お兄様のものですわ」
「学問の発展の前に、僕の功名心など。フィオーレの抜け毛程の価値もありません」
 セランが今度は即答する。
「フィオーレの抜け毛?」
「彼女の下毛はとても柔らかいんです。集めるとフェルトになるんですよ。見ての通り美しい金色なので、布絵にもそのまま使えるんです。僕もこの前挑戦したんですが、針で指を刺してよごしちゃって。でもルージュがそれもawk取り入れて、綺麗に仕上げてくれたんです。ルージュは本当に頼りになるんですよ。呼ぶとすぐ、来てくれるし・・・あ」
 にこにこと捲し立てていたセランの口が、ぴたりと止まった。
 真顔になって、ルージュサンに向き直る。
「今日、教授から伝言を頼まれました。話があるから明日授業が始まる前に、来て欲しいそうです。だからもう寝んで下さい。僕はもう少しかかるから」
 ルージュサンがセランの頬に、優しく手を当てた。
「ほどほどにして下さいね。お休みなさい」
「お休みなさい。良い夢を」
 ルージュサンにキスしたセランの頭で、大きなピンクのリボンが揺れた。


楽園―Eの物語―飴屋のマイカ

2021-12-10 21:11:46 | 大人の童話
「行きつけの飴屋なんです」
 そう言ってルージュサンは、小さな木の扉を開けた。
 五弁の花のレリーフで囲まれた、可愛いドアだ。
 店内には、木製のケースの仕切り毎に、色も形も多様な飴が陳列されている。
 正面奥には熟年の女性が、カウンターにテーマ置いて立っていた。
きっちりと編み込んだ髪とストライプのエプロンがよく似合っている。
「こんにちは。マイカおばさん」
 ルージュサンの挨拶に、マイカは嬉しそうに答える。
「あら、ルーちゃん。トパーズちゃんとオパールちゃんも元気そうね。後ろの方は?」
「妹のフレイアです」
 ルージュサンが振り向くと、フレイアが前に歩み出た。
「初めまして、フレイアです」
にっこりと差し出された柔らかい手を、マイカが右手で握る。
「初めましてフレイアさん。マイカです。よろしくね。ルーちゃんはこーんな小っちゃい時からお得意様なのよ」
 そして腰の辺りで、左の掌を下に向けた。
「まさか。十二歳だったんですよ?この位です」
 ルージュサンが親指と人差し指で長さを示し、ウィンクをした。
「そうそう。だからいつの間にか居なくなってて。慌てて探したら袋の中でぐうぐう寝てたの。棒飴と間違えて一緒に詰めちゃってたのよ。飴は全部食べてたけど」
「あの飴は美味しかったです」
 ルージュサンが頷いてみせた。
「その頃から大食いでしたのね」
 フレイアが何故か納得する。
「ところで、こちらの『王妃様の飴』というシリーズはなんですの?」
 彼女が指差したのは、小粒で華やかな飴が並んだ、花畑のような一角だ。
「王妃様はご実家がお金持ちで、ご自身がデザインされた飴を、毎年民にふるまわれたの。これはそのまま飴だけど、同じデザインの染め物やアクセサリーを作ってる人もいて、人気なのよ」
「それは、許可制ですの?」
 フレイアの問いに、マイカが目を見開いた。
「まさか。王妃様ですよ?。民の喜ぶ様を、おおらかに言祝いでらっしゃいました。皆、悪い品は作りませんし、あったとしても買いません。敬愛してましたからね。今はどちらにいらっしゃるのやら」
「お戻りになって頂きたいの?」
 マイカが首を横に振る。
「近くにいて下されば、もちろん嬉しいけれど。お幸せでらっしゃるのなら、それでいいんです」
「成る程」
 フレイアが頷いた。
「この王妃様の飴を全て二つづつ。それと、お姉様と一緒に袋詰めした飴を、三つ下さいな」
「あとはニッキ飴とミルク飴と焦がし飴を十五個づつと、この新作の飴を五個下さい」
「はい。いつも有難うね」
 マイカはそう言うとカウンターから前に出て、飴をスコップで種類別に詰め始めた。
 その手際のよさを、フレイアは面白そうに、双子はただじっと眺めている。
「はい。出来上がり」
 マイカは小袋を大きめの袋に入れて、二人に差し出した。
「おまけはどれが良い?」
「おまけ?」
フレイアが首を傾げる。
「沢山買ってくれたから、一人一個づつ、好きなのを選んでちょうだい」
 マイカが丁寧に説明した。
「まあ、素敵!」
 フレイアは大喜びで店を見回し、二種類の飴を見比べ、眉を八の字にした。
「どちらにしましょう。迷いますわ」
「では、ベリーとバターにして下さい」
「どうして分かりましたの?」
 ルージュサンの言葉に、フレイアが瞬きをする。
「ベリーとバターね」
 マイカは飴をぱっぱと、小袋に入れた。
 ルージュサンが懐から財布を取り出し、貨幣を数枚トレーに並べる。
「えーっと、はい丁度頂きました。トパーズちゃんとオパールちゃんに水飴を食べさせる時は言ってね。腕によりをかける作るから」
「はい。宜しくお願いします」
 飴の入った袋を乳母車に入れ、店を出ようとしたルージュサンの背に、マイカの声が飛んだ。
「ルーちゃん!」
 ルージュサンは振り向くなり、宙を飛んできた物体を、口で受け止める。
「ナイスキャッチ!」
 マイカが笑顔で拍手をした。
「それは貴女自信が食べる分。大好きよ、ルーちゃん」
「有難う、おばさん」
 ルージュサンが子供のような笑顔を返した。


楽園―Eの物語―パン屋のロッド

2021-12-03 22:36:09 | 大人の童話
 百歩ほど歩いたところで、四人はどら声で呼び止められた。
「ルー!」
 パーティー屋から出てきたのは、丸々とした白髪の男だ。
「久しぶりだな!論文はもう上げたのか?」
「はい。後は時々通いながら、教授の評価を待つだけです」
「入るだけでも大変なのに、子供産んだり育てたりしながら、よく頑張ったな」
「有難うロッド。皆に手伝ってもらえたからです」
 ルージュサンが笑顔で答えて、右後ろを手で示す。
「妹のフレイアです。一緒に住むことになりました。宜しくお願いします」
「フレイアです。よろしくお願いしますわ。ロッドさん」
 フレイアが右手を差し出す。
「ロッドだ。ルーとは長い付き合いになる。よろしくな」
 ロッドのごつい手が、フレイアの華奢な手を握る。
「あれ、ルーさん。分身の術ですか?双子が双子を連れているようです」
 今度は店から若い男か出てきた。目の辺りがロッドに似て、愛嬌がある。
「ああ、ロイさん。妹のフレイアです」
「よろしくお願いしますわ。ロイさん」
 フレイアに右手を握られ、ロイの眉が八の字になる。
「こちらこそよろしく。でもなんか変な気分だな。女装したルーさんと握手しているみたいだ」
「女装?ルーが男だっていうのか?失礼だぞ」
 ロッドがロイを一睨みし、ルージュサンを見た。
 美しい姿態は、身体の芯がピシリと締まっているが、余分な力は抜けている。いつも通りの凛々しさだ。
 大きな目は面白そうに、成り行きを見守っている。
 ロッドがロイに向き直った。
「まあ、気持ちはわかる」
 ルージュサンが吹き出した。
「だろ?」
 ロイは得意気に言って、ルージュサンを見た。
「ルーさん、ちょっと待ってて下さい。新しいパンを食べてみて欲しいんだ」
 ロイが店に引っ込むと、ロッドが屈んで双子の頬を順につついた。
「トパーズちゃん、オパールちゃん。もうちょっと大きくなったら、乳離れ用のパンを作ってやるからな。飛びっきり美味しくて、栄養いっぱいのやつだ」 
 双子は口をへの字にし、じっとロッドを見つめる。
「楽しみにています。どちらに似ても大食いですから、沢山作って下さい」
「ああ、どこに食ってんだろうな。フレイアさんも大食いなのかい?」
 フレイアが口を尖らせる。
「わたくしは普通ですわ。底が抜けた飼い葉桶みたいなお二人とは、違いますことよ」
「洗い桶位にしておいて下さい」
 ルージュサンの反論に、ロッドが笑う。
「飼い葉桶に一票だな!」
「あ、俺もそっちです」
 店から出てきたロイも同意する。
 右手のトレーには、ジャムを巻き込んだ丸いパンが二つ乗っている。
「おやつ用のパンなんです。感想を聞かせて下さい」
 ルージュサンがパンを一つ手に取った。
「可愛いパンですね」
 ちらりとフレイアを見て言葉を続ける。
「先程お茶を頂いたばかりなので、フレイアはお腹に入らないようです」
「じゃあ袋に入れるから、持って帰って下さい」
 ロイの提案に、フレイアが安堵の表情を見せた。
「頂きます」
 そういうと、ルージュサンはパンを千切らずかぶりつく。
 それを凝視するフレイアの目は真ん丸だ。
「ご馳走様です。美味しかった」
 あっという間に食べ終えると、ルージュサンは満足の笑顔をみせる。
「特にジャムの粒々感と香りが気に入りました。生地のキメとの相性も抜群ですね。ただ、おやつとして頂くのなら、もう少し小ぶりで、もっと甘い方が、一般受けすると私は思います」
「だろ?俺ももっと甘くしろって言ったんだ」
 ロッドが自慢げに胸を反らせる。
「もっと小さい方がいいって言ったのは俺だよ。大体親父は甘いパンを食い過ぎるから、そんな腹になるんだよ」
 ロイが負けずに言い返す。
「うるせえ。俺は酒樽を目指してるんだ」
「大丈夫。もう負けていません。だから程々にした方が良いですよ。膝を傷めます」
 ルージュサンが真顔で言うと、ロッドが急に大人しくなった。
「そうか?」
「そうです」「そうだよ」「そうですわ」
 三人の声が重なった。
 ロッドが憔然として己の腹を見る。
「そうか・・・」
「今袋に詰めて来るから、そのまま反省しとけよな親父」
 店に入るロイを見もせずに、ロッドは深く俯いている。
「負けてないのか・・・」
 ロッドが右手で腹を撫で回す。
「お前が俺の膝を傷めるのか・・・」
 次に左手も加わった。
「自慢だったのに、お前が・・・」
「あら、違いますわよ」
 フレイアの声に、ロッドが顔を上げる。
「違う?違うのか?違うだろ?」
 すがり付くように、フレイアを見つめた。
 フレイアは大きく頷き、力強く答えた。
「ええ、違いますとも。ハムみたいな腕も、亀みたいな首も、薪を二本並べたような背中も、全て膝には毒ですわ。安心なさいませ」
 ロッドがまた萎れた。
 袋を下げて戻ったロイが、嬉しそうに言う。
「お、反省してたな、親父。ところでチーズの件は頼んでくれた?」
 ロッドが我に返った。
「そうだ。カイルはいつ来る?」
「三日後ですが、何か?」
「パンに使うチーズのことで話があるんだ。寄るように言ってくれ」
「分かりました」
「卒業祝いは賑やかにやろうな。サンも来られるといいんだが」
「そうですね。そろそろ子供が生まれる頃でしょうか」
「そうだな。あいつもやっと落ち着いた。会えるといいな」
「はい。期待しています」
「じゃあ、これ」
 ロイが頭二つ分程の、袋を差し出した。
「色々入れといた。みんなで食べてよ」
「いつも有難う。ご馳走様です」
 ルージュサンは笑顔で受け取り、乳母車作り付けの箱に入れる。
「こっちこそ。ルーさんにアドバイスで出来上がったパンは、よく売れるんだ。ドラさんにもよろしく言っといて」
「分かりました。では又」
 ロッドとロイに見送られながら、ルージュサンが囁いた。
「驚きましたか?」
「もちろんですわ」
 フレイアが軽く身を引く。
「道でパンを食べるのは珍しいことではありませんし、多くの人はおやつのパンを丸齧りします。なるべく的確なアドバイスをする為に、同じように食べたのです」
「そうですの。特に無礼を働かれたわけでも、お姉様が行儀を忘れたわけでもありませんのね。私も王女時代は、城から馬塲まで歩いて街中を見たものですが、あれはなんだったのでしょう。庶民の生活は、未知との遭遇ですわ」
 フレイアの表情は硬い。
「人は相手によって、違う顔を見せるものです。ましてや王女ですからね。今は楽しんで下さい。折角手に入れた庶民なのですから」
 フレイアがルージュサンの目を真っ直ぐに見た。
「・・・そうですわね」
 首を横に二度振って、笑顔を作る。
「長いお付き合いって、なんですの?」
「私が養女になって、倉庫係りの見習いをしていた時の先輩です。あの時の仲間は今でも仲が良いんですよ。カイルとサンも同じです」
「カイルさんとチーズって?」
「カイルは牛と山羊を飼っているんです。私が農産物を扱うようになったきっかけにもなりました。手伝って貰うのですから、少し詳しく話しますね」
 ルージュサンは双子を横から覗き込み、機嫌を確認して話をつづけた。
 「元々牧場を持つ為にガーラントで働いていたのですが、良い話があった時資金が足りず、私が貸したのです。以来同様の話が持ち込まれるようになって、彼らの生産物を、私も売るようにな。ました」
「個人でなさっていたので、ガーラントを譲ってからも、続けてますのね?」
「そうです。すぐに上手くいくとは限りませんが、皆さん意欲的なので、面白い結果に繋がります。それも楽しみです」
「お姉様の利益はどれくらいになりますの?」
「店を貸しているので、賃貸料は入ります」
「無償で経営してるってことですの?」
「私は帳簿を見るだけですから。店の評判は良いのですよ。作り手と買い手を繋いで、両方のプラスになる。私も暫くは子供達に手が掛かるので、それで良いと思っています。ああ、あと農産物を頂くので、食費も浮いていますね」
「・・・成る程」
 フレイアは又、考え込んだ。