ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-目覚め

2022-09-30 21:53:01 | 大人の童話
「おはよう」
 目が覚めたルージュサンの前にあったのは、見慣れた顔だった。
「いつも僕が起こしてもらってるけど、今回は僕が先だったね」
「え?もしかして?」
 ルージュサンの瞳が尋ねる。
「うん。生きてるよ、僕たち」
 ルージュサンは体の感覚を確認した。
 湧き水のように澄み切っていて、空気のように軽い。
 ただ、あまり力が入らない。
 周りに目をやると、ムンの家だ。
「愛してるよ。ルージュ」
 見つめ続けるセランに、ルージュサンが微笑みを返す。
「いつ目が覚めたんですか?」
「少し前」
「何をしていたんですか?」
「ルージュを見てた」
 セランがルージュサンの瞼に唇を近づけた。
《目が覚めたのかっ!?》
 ムンが飛び込んで来た。
《ムンが助けてくれたんだね?有難う。僕は平気なんだけど、ルージュは力が入りにくいみたいなんだ》
 名残惜しそうにセランが立ち上がり、よろめいた。
 自分の髪を踏んだのだ。
 それは背丈の倍程にも伸びて、三つ編みにされていた。
《これ全部僕の髪っ!?》
《ああそうだ。女五人がかりで解いて編んだ》
 ルージュサンの髪も同様だ。
《有難うございます》
 体を起こそうとするルージュサンを、セランが慌てて支える。
 ムンが二人纏めて抱き締めた。
《こっちこそ、有難う。でも、二人の居場所を当てたのはオグだ。今までの無礼は、これで帳消しにしてくれ》
《僕達は何処にいたんですか?》
 セランが聞き返す。
《洞窟の祭壇の前だ。二人一緒に髪に包まれていた》
《目が覚めたのっ!!》
 今度はドニが二人を抱き締める。
《ああ、良かった。ほんとにほんとに良かった》
 ドニの涙がルージュサンの頬を濡らす。
《二人とも冷たくなってたんだけど、家の人が生きてるって、皮の感じで分かるって言い張って、家に連れてきたんだよ》
《それからずっと世話してくれたんですね。有難う、ドニ》
《ううん、ううん、村の為に本当に有難う。ああそうだ。まずは白湯を持ってこようね。次はスープだ。十日も食べていないんだから、少しづつ、少しづつだよ》
 ドニがルージュサンの削げた頬を見て言った。




 


楽園-Eの物語-『歌い女』の行く方

2022-09-23 22:25:34 | 大人の童話
 ムンは山道を駆け下りていた。
 もう少しで村に着く。
 五日目の朝だった。
 昨日の夕方風の向きが変わると、ルージュサンの歌にセランの声が絡まり始めた。
歌声は、振動という振動を自在に操り、圧倒的な力で、繊細に、ムンと村長の体と心の細胞を奏でたのだった。
 二人は抗いがたい眠気に、夢現の時を過ごしたが、それが、今日の早朝、途絶えたのだ。
ムンと村長は急いで『歌い小屋』に行き、扉を開けたが、中には誰も居なかったのだ。
 二人は周りを探したが、ルージュサンの姿は無かった。
 辺りを隈無く探すには、人が足りない。
 他に案が出るのならば、大勢の知恵も借りたい。
 そこで村長は辺りを探し続け、ムンは里に下りて来たのだ。
 村に走り込むと、村長の家の前にある、鐘を強く叩く。
 村人達は外に出て、息を飲んだ。
 雪を割って咲く花、春の香りとされる木の花、庭に植えた春告げ花。
 春の花という花が一斉に咲いていたのだ。
《ムンっ!凄いな!!たった一晩で一気に春だ!!》
 鐘の前に立つムンに、村人が次々と声を掛ける。
《奇跡だ奇跡!》
《神は本当にいた!あれは、間違いなく『神の子』だったんだ!!》
《疑って悪かった、ムン。春の花が一気に咲くなんて》
《花?確かに凄いが、今急ぐのは別の件だ》
 ムンは叫び出したい気持ちを堪えた。
《ルージュサンが、『歌い女』居ない。今朝方、歌が途切れて村長と二人で『歌い小屋』を開けたが、もぬけの殻だった。鍵は掛かったままだったのに。今、村長一人で小屋の周りを探している。俺は皆の力を借りに、ここに来た》
 ムンの言葉に、村人達が我に帰った。
《そうだった。元々今日は『歌い女』を下ろす日だ。ムンが一人でここにいるのがおかしかった》
 色黒の男が言った。
《総出で山狩りでもするか?》
今度は髭面の男だ。
《それも良いんだが時間がない。体力はもう、使い果たしている筈だ。場所の見当は付かないか?》
 ムンが村人の顔を見渡す。
《いや、そもそもこの世に居るのか?神に取られたんじゃないのか?》
 老人は、言うなり丸顔の女に頭に叩かれた。
《なんてこと言うのよ!どっちか分からないんなら、居る方で動くのが道理じゃないの!》
《ルージュサンの居場所なら決まってるだろ》
 オグが不機嫌に言った。
《セランの所だよ。セランの居場所も分からないが、まずは洞窟の中だろ》
《『岩開き』は二日後だ》
 色黒の男が反対する。
《それは元々『歌い女』が少しは回復して、立ち会えるようにするためだろう?その『歌い女』を探すんだ。開けて悪い理由がどこにある》
 皆が口々に思うところを口にする。
 ざわめきが少し収まるのを待って、ムンが言った。
《俺はオグに賛成する》
 そして村長の首飾りを、懐から取り出した。
《この件についての取り纏めは、俺に任せるという証だ。じっくりと議論したいところだが、時間が惜しい。『岩開き』をお願いしたい》
 ムンが皆に頭を下げた。
《俺は行く》
《俺もだ》
《あたしも行くよ。村の恩人なんだから》
 あちこちで賛同の声が上がって、不満げな言い分をかき消した。
 そのまま我先にと山道を急ぐ。
 皆で力を合わせて扉岩を動かすと、一人分の隙間が出来るのももどかしく、オグが飛び込んだ。
 手燭を持ったムンがそれに続く。
 乏しい明かりで照らされた祭壇の前には、楕円形の塊があった。
 赤と銀の光る糸で包まれたそれは、巴の形に抱き合って体を丸めた、セランとルージュサンだった。
 糸を掻き分けて二人の頬に触れたオグが呟いた。
《冷たい・・・・》
 ムンの顔が強張った。


楽園-Eの物語-声の出会い

2022-09-19 12:25:16 | 大人の童話
 聞こえてくるのは風の音だけだった。
 隠された園から戻ると、セランはずっとルージュの歌を探していた。
 自分は果物を口にし、水も飲んだ。
 それでも腹は減り、とても寒い。
 水だけで歌い続けるルージュサンの消耗は、比にならない激しさの筈だ。
 それでもきっと、歌うことを止めはしない。
 村の為に、山の為に、この地方の為に、そして自分の為に。
 ふいに、風の音が止んだ。
 セランは急いで入り口の岩に駆け寄る。
 ルージュサンの歌声が聞こえてきた。
 凛とした、あの懐かしい声。
 セランも歌いだした。
 ルージュサンの歌に合わせて。
 セランの声は、ルージュサンの歌を温かく包み込み、引き立て合い、絡み合って、山を滑り、覆っていった。


 気が付くと、セランとルージュサンは白い宙に浮いていた。
 目が覚めているのではない。
 歌いながらも、意識だけが感じているのだ。
「ルージュ」
 セランの全てが、喜びに輝く。
 そして強く、抱き締めた。
「怖かった!もう会えないかと思うと、凄く、怖かった!」
「セラン、私は」
 ルージュサンも抱き締め返す。
「怖かった。セランと出会うまで、ずっと」
「出会うまで?僕は羽毛のようだった。ふわふわと、とても楽しかったけど」
 セランが抱擁を緩め、ルージュサンの額に口付けた。
「ルージュと出会って、核が出来た。ルージュを包み込んだり、羽ばたかせたりする、翼になりたくなったんだ」
 ルージュサンがセランの頬に頬を擦り付ける。
「私はセランに包まれて、始めて心から安心出来ました」
「ルージュ」
 白い光の中、二人は抱き合った。
 そのまま一つに溶け合って、くるくると回る。
 九色の光の筋が、花火のように放たれた。
 それは目映い雨になり、山々に降り注いだ。


 
 


楽園-Eの物語-神との会話

2022-09-09 21:30:37 | 大人の童話
 四日目を迎え、ルージュサンは意識が朦朧としてきた。
 不眠不休で食べ物もない。
 息継ぎの時に、水を口にするだけだ。
 目も閉じ、全ての力を歌に注ぎ込んでいる。
 止まない風はきっと、この声をセランに聞かせはしない。
 それでも、止めるわけにはいかなかった。
 時折、ふうっ、と、頭に空白が出来る。
 そこに何かが話しかけてきた。
―何故、ここに来た―
―夫が『神の子』の役目をするからです―
―あれは『神の子』にしては、随分と規格外だ―
 ルージュサンの目に映りはしないが、ふわふわと触れる色は優しい。
―本来の『神の子』が、生まれなかったからです。彼の近くにエクリュ風邪が流行らせたのは、貴方ではないのですか?―
―私ではない。けれどもこの地方の何かの力が、及んだのかもしれない。私は山の瘤のようなもので、地続きの山どころか、この山のことさえ分かってはいない。ほんの少し、見えるものと出来ることがあるだけだ・・・・『神の子』は何故、生まれなかったのだろう―
―人は前に進み、広がり、地に蔓延っていく生き物です。人の営みがここだけで満たされていた『全ての村』でさえ、人は外に出ていきました。村が他の国の一部とされ、道も整備されて以降、外との交流は益々盛んになっています。『神の子』の定めもあちこちに散り、狂いが生じているのかと考えています―
―では狂いは、もっと大きくなるのか。ここはどうなる?―
 神の色に影が差した。
―人は山を整える、別の方法を探さねばなりません―
―出来るのだろうか―
―そう信じています―
―そうか―
 一瞬、神の心が揺らいだ。
 その隙間から、蜘蛛の糸ほどのものが漏れだし、ルージュサンに触れた。
―ルージュサン―
 神の色が変わった。
―『神の子』の不足分を、歌声で埋めようとしたのだろうが、まだ足りぬ―
―願わくば、私一人で購えることを―
 風が、止まった。


楽園-Eの物語-秘密の園

2022-09-03 08:45:00 | 大人の童話
 道は意外と平坦だった。
 壁面の内側は、光る苔が覆っている。
 セランは手燭であちらこちらを照らしながら歩いた。
 蝋燭の火は、息が出来る目安にもなる。
 こんな道が続くのであれば、子供でも通れるだろう。
なくもないだろう。 
セランは好奇心と共に、先に進んだ。
 暫くすると、体が暖まってきた。
 歩いた為かと思ったが、やはり空気が暖かい。
 どの位歩いただろうか。
 二人で拉致された時、ルージュサンが脈で時間を計っていたのを思い出した。
 引き返そうとした時に、ぼんやりと光が見えた。
 足元を見るのも忘れ、先を急ぐ。
 光は次第に大きくなって、不思議な光景に変わった。
 馬場より広い空間が、淡く光っている。
 一面に生える苔と羊歯が、光を放っているのだ。
 天井の切れ目からは三ヶ所、光が差し込んでいる。
 中に入ると、服も要らない暖かさだ。
 草の色はとりどりで、木の背は低く実を付けているものも多い。
 地面の一角から水が涌き出ていて、いくつかの窪みを満たしてから消えている。
 木も草も苔も、見たこともない植物ばかりだ。
 独自の生態系が出来上がっているのだ。
 草の間を覗き込み、木の実を齧る。
 全てが珍しく、セランは夢中になった。
 泉の水に触れてみて、水面に映る自分の顔に、セランはに帰った。
 踵を返して、広場を後にする。
 ここに、ルージュサンはいないのだ。