ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園 Fの物語ー運命と宿命ー ー布団は友だちー

2020-10-31 22:00:00 | 大人の童話

甲板に出ると、昨日よりは風が弱い。
それでも船は、そこそこの速さで進んでいた。
舳先に立つ男が、二人に気づいて快活に笑う。
「おはようございます。昨日は有難うございました」
「おはようございます。お加減はいかがですか?」
ルージュサンもテンポよく返す。
「お陰様ですっかり。お連れの方ですか?

「はい。僕はセラン=コラッドといいます。貴方も揺れに弱いそうですね」
「俺はナザルといいます。父が船乗りだったので酔わないだろうと。甘かったです」
ルージュサンがナザルの左に付き、その左にセランが付いた。
三人並んで海を眺める。
「お父上の跡は継がなかったのですか?」
ルージュサンが尋ねる。
「次男だったし、馬が好きなので馬番になりました」
「今も馬番なんですか?」
今度はセランが聞く。
興味津々だ。
「小間使いです。たまにお嬢様の使い走りをしていたら、そちらが本職になってしまいました」
「この旅も使い走りで?」
「ええ、まあ」
ナザルが苦笑する。
「そちらはどうなんですか?」
「僕はルージュサンに付いて来ました。僕達はあんまり、離れるべきじゃないんです。彼女は運命の相手ですから」
「運命の相手なら、離れても問題ないんじゃないですか?」
ナザルは不思議そうだった。
セランが少し驚いて、早口になる。
「とんでもない。宿命じゃなくて運命ですから。僕は『お互いの休日が合って、ルージュサンの賛歌を思い付いたら、歌いに行っていい』ことになっていますが、それも彼女の身内のトラブルに関わった直ぐ後に、弱味につけ込んだからなんです」
言ってしまって、はっとしたけどもう遅い。
ルージュサンは作り笑顔で、話の続きを促している。
セランは焦りながら話し続けた。
「休日を無理矢理合わせ、歌が無ければ絞り出し、愛を訴え続けて来たのです。そしてそれは・・・」
セランがうっとりと宙を見上げた。
「愛する人と共に過ごせる、目眩がするほど幸福な時間でした。しかも、他の男を寄せ付けない、素晴らしい効果が・・・」
セランは再び我に返った。
ルージュサンの作り笑顔が怖い。
「少し、分かります」
ナザルが笑いを噛み殺し、相槌を打った。
「分かってくれますか!」
セランの顔が輝いた。
「滅多にいないんです。貴方とは気が合いそうだ。一緒に酔った仲ですし」
揉み手をしながらにじり寄る。
ナザルが思わず後退った。
「お嬢様はどんな方なんですか?」
ルージュサンが間に入る。
ナザルがほっとして答えた。
「そうですね。責任感が強くて、聡明な方です」
「では、ルージュサンに似ているかもしれません。やっぱり僕達は」
ナザルが慌てて遮った。
「あ、平日はどうなんですか?」
「大丈夫です。都は狭いし彼女は有名人です。何かあったらすぐ、僕の耳に入ります」
ナザルの頭に変質者という文字が浮かんだ。
「これでは逃れようがありませんね」
ナザルが気の毒そうにルージュサンに言う。
「私はたまに領地に行きます。セランの勤務先に時々通う方もいらっしゃるのですが、家族揃って学者肌で、俗事には疎いのです。彼から情報を集めていても、無駄でしようね」
セランの口が『い』の形になった。
ルージュサンの作り笑いが益々怖い。
「ところでどちらに行かれるんですか?」
普通の顔に戻って、ルージュサンが訊ねる。
「カナライです。そこに住んでます」
国の名を口にする時、目元が弛む。
「私達もそこに行くのです。不案内なので色々教えて頂けますか?」
「勿論です。まずは何から?」
ナザルは嬉しそうだ。
四十手前に見えるが、笑うと若い。
「有難うございます。私達はムール街道を行く予定だったのですが、もっと良い道はありますか?」
「いや、あの道にも危ない場所があるが、他の道はもっと危ない」
「ほら、僕が付いてきて良かったでしょう」
セランが得意気に言った。
「セランさんは、武術がお得意なんですか?」
少し意外そうにナザルが問う。
「いいえ、全く。でも大丈夫。剣ならルージュサンが百人力です」
ナザルが不思議そうにセランを見る。
「何か?」
セランも不思議そうにナザルを見返す。
「いえ、少し心配になって」
ルージュサンが口を挟む。
「では、もしよろしければ、ご一緒して頂けませんか?。お会いして早々厚かましいお願いですが、ナザルさんは腕に覚えがありそうです」
ナザルが又笑顔になった。
「喜んで。俺で良ければ」



船は七日でジャナの港に着いた。
積み荷を手早く引き渡すと、その晩は船乗り達とルージュサン、セランで居酒屋は満席になった。
「ドラフさん、次の仕事はいつなんですか?」
「明日から半月は休みだ。その後、又、貸切りだ」
「では、心置き無く飲めますね」
「そういやルーと飲んだことはなかったな。よし。今夜はとことん飲もう!。全員分、俺の奢りだっ!」
店中で歓声が上がる。
最後には店主も合流し、酒樽が空になるまで、飲み明かした。



翌朝、船乗り達に別れを告げ、ルージュサンとセランはナザルと落ち合った。
会話を弾ませながらも、セランがステップを踏むこともなく、道は捗った。
順調にいけば、三日目にカナライの都に着く。
山の入口にある宿場町で夕暮れを迎え、三人は宿に入った。
年長のナザルが女将に聞く。
「部屋は三つ、空いていますか?」
「生憎、二部屋しかないんです。お二人様は同じ部屋でいかがですか」
「勿論。彼女は僕の最愛の人ですから」
にこにこと口を出すセランを、ナザルが遮った。
「ですから、一人でゆっくりと休ませてあげて下さい」
三人を見比べ、女将が大きく頷いた。
「よく分かりました」
ルージュサンがナザルに礼を言う。
「有難うございます。お言葉に甘えます」
「当然です。ご婦人なんですから」
「それもそうですね。ナザルさん、宜しくお願いします」
「こちらこそ。俺は寝相があまり良くない」
「そうなんですか?僕は毎朝ベッドの真ん中で目が覚めますよ」
ルージュサンが目を丸くして、セランを見た。


夕食は煮込んだ麺だった。
一日歩き通した身体に、滋養が染み渡るようで、満腹して床に着くと、ナザルは直ぐに眠りに落ちた。
寝入り端で深かった眠りが、徐々に浅くなる途中。
"ガコンッ"
鈍い物音に目が覚めた。
月明かりに照らされた部屋の中、寝台の足元に何かが転がっている。
セランだった。
右隣の寝台に寝ていた筈だ。
横に落ちているならまだ分かる。なぜ足元なのか。
見ているとゴロゴロと扉側の壁まで転がっていく。
そこに"ゴッ"と膝をぶつけると、左の壁に行き、左手を"バチッ"と打って右の壁に向かい、"ゴッ"と、右のかかとで蹴る。
そして又、ゴロゴロと自分のベッドに戻って行くと、"ゴンッ"と頭を打ち付けて止まった。
どうしたものかと覗き込んでいると、ずるずると自分の寝台に這い上がり、静かな寝息をたて始めた。
薄い光に照らされて、その鼻筋も、眉の下の翳りも、教会の浮き彫りのように美しい。
ーこの眠りを邪魔するなんてー
ナザルは先程のルージュサンの驚きと、その後の「船の上だけならいいのですが、もしもの時は、遠慮なく使って下さい」と、渡された縄の意味を理解した、つもりだった。
まさかそれが、一晩に四回繰り返されるとは、思ってもみなかったのだ。



セランは気持ちよく、寝台の真ん中で目が覚めた。
「お早うございます。よく眠れましたか?」
底抜けに爽やかな笑顔をナザルに向ける。
「お早うございます。爽やかな朝ですね」
ナザルは少し疲れた笑みで答えた。
食堂で顔を合わせるなり、ルージュサンが言った。
「やはり、私が一緒に寝れば良かったですね」
セランの顔から血の気が引いた。
「寝るっ?ナザルさんとっ?駄目ですっ!。淑女が夫以外の男性とっ!。僕は貴女をそんな風に育てた覚えはありません!」
ナザルが宥める。
「一緒にって、セランさんとですよ」
「そうなんですか?」
不安顔のセランにルージュサンが答える。 
「はい。けれど私を育てたのは船乗りですから、港毎に恋人がいても、問題ない育ちです」
「ええっ!?」
頭を抱えてしゃがみ込み、分かり易くセランが悩み始めた時、女将が朝食を持って現れた。
「お早うございます。よくお休みになれましたか?。出発は早い方がいいですよ」
「山賊が出ると聞いていますが」
ナザルが答える。
「そうです。それに狼も出るんです」
「狼?いつからですか?」
「二年前です。恐ろしい金狼で、首筋を噛み切ろうとするんです」
「二年前・・・この一帯で飢饉があった頃ですね」
「あの時は、酷かったです」
女将は顔をしかめた。
「国からの配給で、何とか乗り切れたけど・・・最近やっと落ち着いてきたんで、そろそろ山狩りを、って話なんですけどね」
そこまで言って、女将はぱっと明るい顔になった。
「まあ、ナザルさんは腕がたちそうだから、大丈夫でしょ。山賊だって大人しくしてれば、命迄とりゃしないしね」


楽園ーFの物語ー船乗りの子守唄

2020-10-24 20:36:49 | 大人の童話
ルージュサンは、セランとゆっくり朝食をとり、二人で甲板に出た。
船員が二人、蹴鞠をしているのを見ると、声を掛ける。
「入れてくれませんか!?」
「もちろんだ!!」
鞠には長い紐で重りが付いている。
その抵抗と船の揺れを、計算しながらのラリーだ。
セランは早々に音を上げて、見物に回った。
少し波が出てきたが、風が気持ちいい。
暫く楽しんで後ろを見ると、セランが居ない。
ルージュサンは遊びを抜け、部屋から薬と、水を持って船尾に向かった。
予想通りセランがえずいている。
そして、凄い離れた場所でもう一人、黒髪の男が屈んでいた。
ルージュサンは、迷わず黒髪の男に近付いた。
「船酔いですか?」
「はっ、おえっ」
返事も終えずに又えずいた。
顔は浅黒いが、青ざめているのがよく分かる。
「まず、これを舐めて下さい」
ルージュサンが丸薬を差し出した。
「す、すみません」
男は素直に受け取って、吐く合間に口に含んだ。
「吐き気が一時治まったら、こちらを飲んで下さい」
今度は水と粉薬だ。
「有難う、ございます」
吐き気が徐々に治まる様子が見てとれる。
次に粉薬を流し込んだ。
目を閉じて深呼吸を繰り返し、呼吸を整えてからしっかりと目を開く。
引き結んだ口と筋肉質な身体。
四十がらみの精悍な男だった。
「楽になってきましたか?」
ルージュサンが柔らかく尋ねる。
「お陰さまで。本当に助かりました」
「どういたしまして。左舷側の客室に泊まってらっしゃる方ですか?。吐かなくなったら眠ってしまうのが一番です。部屋までお送りしましょうか?」
「いえ、一人で大丈夫です」
男はそう言って立ち上がった。
二歩目で左に大きくよろめく。
ルージュサンがすかさず受け止め、男の腕を肩に掛けた。
腰に手を添え歩き出す。
二人が船内に消えていく姿を、セランの切ない目が追った。
けれどすぐ、吐き気の波に襲われて、欄干の上に身を乗り出した。


ルージュサンが部屋に戻ると、セランがベッドで横になっていた。
まだ少し苦しいのか、いつもの無邪気さがない寝顔は、より一層、神話の様だ。
念のため、縄を寝台に渡そうと、その顔の上に身を屈めた瞬間、セランの両目がカッ、と開いた。
吐いた後のせいか、少し血走っている。
「どうして、あの男を介抱したんですか」
整っている分、恐ろしさが増す。
「船酔いをしていたからです」
ルージュサンは淡々と答えながら、縄を渡す手を止めない。
「僕も酔っていた」
「すぐに船員が介抱してくれたでしょう」
「貴女の方が良かった」
「私に酔うから船には酔わないのでは?」
「・・・計算を間違えました」
セランは頬を膨らませて拗ねている。
ルージュサンが苦笑する。
「とにかく今は、眠った方がいいですよ」
そう言いながら縄を張り終え、膝立ちになって、右手でセランの目を閉じさせた。
そして寝台に左肘をつきながら、船乗りの子守唄を歌い始めた。



船の揺れも収まって、翌朝はセランも元気に食事を平らげた。
「「ご馳走さまでした」」
二人同時に両手を合わせ、開けると自然に目が合った。
セランが蕩けるような笑みになる。
「一緒に朝食をとるなんて、まるで新婚のようですね」
「結婚して長くなると、朝食は別々なんですか?」
「とんでもない!」
セランは首をふるふると横に振った。
「僕はいつでもいつまでも、貴女と一緒にいたいですっ!」
両手を組んで訴えるセランに、首を傾げてルージュサンが問う。
「ところでこの後、甲板で待ち合わせしてるんですが、一緒に来ますか?」
セランの頬が引き締まった。
「昨日の男ですね。行きますとも」


楽園ーFの物語ー 会いたい人には何度でも会いたい

2020-10-18 22:25:10 | 大人の童話
「ルージュサン」
珍しく静かな声でセランが呼び掛けた。
「何ですか?」
後ろの寝台でルージュサンが答える。
「僕のご両親は許嫁で、適度な距離のある家族でした。お陰で僕は、のびのびと育ちました」
「そうですか」
「そのせいか、母が亡くなって父が再婚しても、素直に喜ぶことが出来ました。それどころか『運命の恋』に、感嘆したものです。父はその後すぐに亡くなりましたが、義母は逞しい人なので、心配は無かったと思います。現に店を上手く切り盛りしてくれています」
「はい」
「けれど僕は、母にもう一度会いたいです。いえ、何度でも会って、母の好きな歌を聞いてもらいたいです。父にも会いたいです。会って、運命の相手と生きていくと、貴女を紹介して、安心してもらいたいです」
「私の同意は?」
「いりません。紹介するのは僕ですから」
「変わった理屈ですね。覚えておきます」
「どうぞ」
セランが少しぶっきらぼうに言う。
「貴女は実のご両親に、会いたくないんですか?」
「母には会いたい。父には会ってみたい、といったところでしょうか」
「それは、この旅と関係ありますか?」
「目的ではありませんが、父には会うことになるかもしれません」
「お母様には?貴女をさらわれそうになって、助ける為に船荷に紛れ込ませたんですよね。生きているんでしょう?」
「私を育てた船長が、二十年前に探し出してくれました。その時に母から、十年前に二人が和解したときに二人から、手紙をもらいました。私には会いたくないそうです」
「だから会わないんですか?」
「はい」
沈黙が続いた後、ルージュが言った。
「お休みなさい。せめて夢で、会えるといいですね」



「おはようございます。朝食をおもちゃのまちしました」
声を掛け、行儀よく入ってきたアスルは、慌ててトレーをテーブルに置いた。
「おはようございます。有難うございます」
そう言って、ルージュサンが立った横の寝台には、セランが起き上がれないよう、縄が張ってあったのだ。
「どつくタイミングを逃しましたか?」
「いえ、今説明します。セラン、起きて下さい。朝食ですよ」
「え、あ、愛しのルージュサン。貴女に起こしてもらえるなんて、まるで新婚みたいですね」
うっとりとルージュサンを見上げてから、何気なく起き上がろうとして、セランは縄に引っ掛かった。
ゴンツ!!
寝台に後頭部を打ち付ける。
「何っ、何ですか?これ!」
セランの驚きをよそに、ルージュサンが質問をする。
「以前船旅をした時は、雑魚寝でもよく眠れたと、言っていましたね」
「はい?そうです」
「起きた時、何か変わったことはありませんでしたか?」
セランは黒目を斜め上に寄せた後、大きく頷:た。
「そう言えば、皆さん僕のいた反対側の壁に、固まっていました」 
「と、いうことは?」
セランは二度、瞬きをすると、輝く笑顔に、なった。
「僕は船だと転がってしまうんですね。だから落ちないよう、縄を張ってくれた。僕はこれから毎日、貴女の愛に縛られて、眠れるんですね」
ルージュサンがアスルを振り向いた。
「と、いうことです。紛らわしい真似をしてすみません」
「いえ、こちらこそ失礼致しました」
自分は本当に一人前になれるのか、アスルの不安は増す一方だ。
「大丈夫ですよ。彼は特殊なんです。扱いに苦慮するのは当然です」
ルージュサンがゆったりと微笑み掛けた。
「彼は海の上では、ちょっとしたことが、命取りになることを理解しています。不埒な真似については、ご安心下さい。多分、どつく指示に関しては・・・」
「関しては?」
アスルが聞き返す。
「船長が面白がっているだけです」
ルージュサンが、気の毒そうに言った。









楽園 Fの物語ー禁止事項ー

2020-10-10 22:00:00 | 大人の童話
客室を案内したのは、アスルだった。
特例で、二人の世話係りになったのだ。
右舷にあるその部屋は、作り付けのテーブルとチェスト、二段ベッドが、二つ並んでいて十分に広い。
左舷側も同じ作りになっているが、今回は埋まっているという。
「二人で同じ部屋・・・・」
頬をポッと赤らめたセランの頭を、アスルが後ろからどついた。
「えっ?えっ?」
目をぱちくりさせるセランを、アスルが上目遣いで見た
「すみません。淫らな行為は海神の怒りに触れるんです。だから怪しい気配を感じたら、どつくようにと、船長からの厳命なんです」
申し訳なさそうに言う割には、遠慮ないどつき方ではないかと思いつつ、セランは一定の理解を示した。
「船長命令なら仕方ないですね。一瞬の迷いもなかったような気もしますが」
「間を開けないのが習慣付けのコツだと、船長が」
「そういう法則があるんですね。子供でも大人でも効果は同じなんですか?男女差は?」
叩かれたのが自分の頭だということは、もう忘れている。
新しい情報に目を輝かせ、アスルの肩を揺さぶらんばかりだ。
困るアスルにルージュサンが助け船を出した。
「ドラフさんのお父上は、軍用犬の調教師なんです」
「成る程」
セランが頷く。
「人間にも援用できるんですね。面白いことを聞きました」
「その推論には穴があります」
ルージュサンが事務的に指摘した。
「貴方を犬として扱った可能性が抜けています」
セランが華麗に四分の一回転をしてルージュサンを見る。
「そうですね。貴女は本当に素晴らしい!。ドラフさんに確認しなければ!」
「行ってらっしゃい。私は昼寝をしています」
「一人で行けと?」
子犬の様な目で、セランが見つめる。
「皆さんの邪魔をしないように、気を付けて下さい。それと、貨物室には近付かないように」
ルージュサンはすげなかった。
「貨物室?そう言われると、余計気になります」
「船は信用第一です。特にここは厳しい。以前何日も海が荒れて、お腹を空かした乗組員が、輸送中の干し肉に手をつけてしまったんです」
「そして?」
セランが身を乗り出す。
「見つかって即刻、海に放り出されました」
セランが身を引いた。
「気を付けて行ってらっしゃい」
ルージュサンがにんまり笑って手を振った。
「はい。行ってきます」
セランは元気よく手を振って、客室出ようとし、振り返った。
「まるで新婚みたいですね」
そう言って嬉しそうに笑う。
ルージュサンはその腰に、ピンピン振られる尻尾の幻を見た。



生暖かい風に、ルージュサンが昼寝から覚めると、目の前にセランの寄り目があった。
反射的に突飛ばし、壁に張り付く。
上のベッドに頭を打たなかったのは、二十数年前とはいえ、さすが元船乗りと言うべきだろう。
「寄り目!なぜ寄り目!」
ルージュサンは動揺していた。
美麗が取り柄のセランが、寄り目になるなんて。
笑ってしまうではないか。
「ごっ、ご免なさいぃっ!!。貴女ともあろう人が、そんなに動揺するなんてっっ!」
尻餅をついたまま、セランが慌てて謝る。
「睫毛の本数を数えようとしただけなんてす!ちゃんと寄り目にならないように、数えますっ!」
「数えなくていいっ!。今度数えたら、全部抜きますよっ!」
「どつきますかっ?」
扉を勢いよく開けて、アスルが入って来た。
二人の体勢を見て、言い直す。
「どつきますね?」
「大丈夫です。睫毛を数えていただけだそうです」
「そんな話信じられますか。変態でもあるま・・・」
そこまで言ってはっとした。ルージュサンが重々しく頷く。
「大変失礼致しました。お食事の確認に参りました。それぞれ一人前で宜しいのでしょうか」
セランがにこにこと答えた。
「勿論です。昨晩の様子を見て、心配してくれたんですね。僕は美味しいものは別腹なだけで、一人前で足りるんですよ」
別腹とは、もう少し控え目なものを指すのではないかと思いつつ、アスルはルージュサンにも聞いた。
「船長が『ルーには食いだめさせといたから、一月は水だけで大丈夫だ』・・・って、本当ですか?」
ルージュサンもにこにこと答える。
「試したことはありませんが、出来れば一人前頂けると、有り難いです」
試す価値はあるのか、と、思いつつ、アスルは二人の『にこにこ』に力ずくで納得させられ、部屋を後にした。



楽園 Fの物語ー天使の寝顔ー

2020-10-03 22:00:00 | 大人の童話
「あの、ご相談があるのですが」
女将がルージュサンに声をかけたのは、ドラフと朝の挨拶を済ませたときだった。
「お連れ様に言われた時刻に、起こしに行ったのですが」
そう言って二人と、セランが泊まる部屋へと向かう。
扉を開けると、簡素な寝台で、セランが眠っていた。
身体を少し右下にして掛け布団を抱き、無心な寝顔だ。
三人がたてる物音に、ピクリともしない。
元々、僅かに上がっている口角が、清らかな祝福を表すようだ。
無垢の神々しさが、光の紗幕となって、彼を包み込んでいる。
「あの、声をお掛けしても起きないのですが、叩き起こして良いものかどうか」
女将が、妙に困っている。
ルージュサンの頬が、ぱっと輝いた。
「このままにしておいて下さい。ドラフさんの船は速い。出航してしまえば、諦めて都に帰るでしょう」
ドラフが驚いてルージュサンを見る。
「こいつがいると、お前が危ない目に会うのか?」
ルージュサンが、少し渋い顔をした。
「そうとも限らないんですが」
「じゃ、逆か」
ドラフが納得する。
「昨日、本人からも請け負ったからな。乗せてくよ」
「では、起こしますか?」
今度はドラフが渋い顔になって、セランを見た。
「いや、時間になっても起きないなら、俺が担いでく」
女将が大きく頷く。
ルージュサンが苦笑して、確信的に言った。
「我々が太陽の周りを回っているのだ」
「女神っ!!」
セランが飛び起きる。
そしてルージュサンを認め、幸福に顔を輝かせる。
「やはり貴女でしたか。私の女神。運命の恋人」
「おはようございます。起きる時間です」
「おはようございます。貴女に起こして貰えるなんて、僕はなんて幸せな男なんでしょう!。ああっ、今歌が浮かびました!歌っても」
そこまで言って、後の二人に気付いた。
「おはようございます、女将さん、ドラフさん。済みません。僕は寝坊したのですね」
そう言いながら凄い速さで身支度を整える。
最後に背負ったのはお気に入りのリュートだ。
「出来ましたっ!」
嬉しそうに三人に報告する。
「そうか。じゃあ、朝飯にしよう」
ドラフが言った。

「あいつは呪文で操れるのか?」
港までの道を、セランに先に歩かせて、ドラフが聞いた。
「あの呪文を証明するのが、セランの目標なんです。今度聞いてみて下さい。止めるまで話し続けますよ」
ルージュサンが笑って答える。
「面白い奴だと思ってはいたが・・・やっぱり置いてくれば良かったか?」
ルージュサンがすうっと、経営者の顔になる。
「契約は絶対、船乗り達は超一流、船は小さめで速い。だから高値で貸し切る客が後をたたない。そして良い給料が払えるから皆頑張れるし、船に投資し性能も上げられる。見事な好循環を何十年も続けてらっしゃる。事業主として、尊敬しています」
「天下のガーラント貿易当主に、言われると面映ゆいな。それも後三月で義弟のものか」
ドラフはそう言って、ルージュサンの頭を撫で、頬に手をやった。
「十二才で養女になって二十三年。お前はこれ以上なく立派に勤めあげた。お前と昔馴染みだってのは、俺の自慢だ。よく頑張ったな」
ルージュサンが嬉しそうに笑った。
「有難うドラフ」
笑顔を返し、ドラフが真顔になる。
「今ジャナっていうのは、それと関係あるのか?お前が船に乗せられた場所だよな」
「カナライから招かれたんです。代替わりの予行演習にも良い機会だし、宿命なら避けても追って来ますからね」
淡々と話すルージュサンに気負いはない。
「船乗りに戻るんなら、俺んとこに来い」
ルージュサンが目を丸くした。
「最高の誉め言葉ですね」
「そうでもないさ」
ドラフがウィンクをしてみせた。