ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-リボンの教授

2021-12-31 21:00:47 | 大人の童話
 教授はいつものように、正面の椅子に腰掛けていた。
 見事な顎髭には、トレードマークとしてすっかり定着した、小さなリボンだ。
 十歳以上年上の教授と間違われ
ショックを受けた時、ルージュサンが提案したのだ。
 今日は細い三つ編みが三本並び、V字型にピンクのリボンで留められている。
 的確なリズムで三回、扉が叩かれると、教授は深く座り直し、わざと太い声を出した。
「入りたまえ」
「ルージュサン=コラッド、入ります」
 扉を開け、教授のリボンを認めたルージュサンは、思わずフレイアとの血の繋がりを考察してしまった。
「今日君を呼んだのは他でもない、先日の論文についてのことだ」
「はい」
 ルージュサンは姿勢を正したままだ。
「出来は申し分ない。だからこそもう少し掘り下げるべきだと思うんだ。室員としてここに残りたまえ」
「有難いお言葉ですが、子育てがありますので」
「今まで両立していたじゃないかね」
「年末生まれで丁度休みだったのは幸いでした。その後は休憩の度に授乳に走るのを、容認して頂いたお陰です」
「いやいや、君の能力と努力だよ。あの頃に比べれば、大分楽になっただろう?」 
「あの頃無理をした分、暫く手を掛けたいのです」
「やはり室員の件は断ると」
「はい」
 教授は顎を心持ちあげた。
 小さなリボンが微かに揺れる。
「では、研究科を卒業させるわけにはいかないな」
「論文の出来は申し分ないとおっしゃいましたよね。室員としてお誘い頂いたのも、研究科を卒業させて頂ける前提があってのことでしょう。なのに取引材料として使うのは、倫理違反と思われます」
 ルージュサンは落ち着きはらっている。
「そもそも私は俗な人間です。ここに編入したのも、実利の為に知りたいことがあったからです。教授もよくご存知でしょう」
「『伝承の基になった事実を知りたい』。君の目的は一貫していたね。君の噂もそのうち伝説になるかもしれん。先日小耳に挟んだんだが」
「働き者の小耳ですね。今度はどんな噂ですか?」
「君は剣で稲妻を切れるのだそうな」
「私は旅の時に火薬と剣を持ち歩くからでしょう。教授もご覧になった筈です」
「山道で迷った時、君の犬笛を吹くと、狼が道案内をしてくれるとか」
「我が家の飼い犬が、元野犬だからでしょう」
「シケの海に君が作った花束を投げ込むとたちまち凪ぐ、というのもある」
「私が育った船は花柄が多く、シケにもあまり会いませんでしたので」
「既に事実とはかけ離れていると?」
「私の犬笛で狼が道案内をしてくれるのなら、同じ品を沢山作って山の麓に卸します。あの船がシケに会いにくいのは、天気を読む力に優れているのと、無理な注文を受けない為です」
「噂を即座に還元出来るというのも、立派な能力というものだ」
「当事者だからです。私で遊ぶのはこれ位にして、本題に入りませんか?」
 ルージュサンが笑顔を作った。
「教授。用心棒兼通訳を確保な。たいんですね?」
 教授は口をへの字にしたが、すぐににんまりと笑い返した。
 目線をしっかり合わせると、更に大きな笑顔になる。
「加えて優秀な交渉人もだ」 
「光栄です。フィールドワークの際は声をお掛け下さい。子育てが一段落して、私がまだここにいれば、喜んでお供致します」
 教授の視線に心配の色が混じる。
「『ここにいれば』とは、どういう意味だね?」
「色々な意味でです。先の事は分かりませんので」
「うーん」
 呼吸二つ分目を瞑り、教授が溜め息を吐いた。
「家にも時々遊びに来てくれたまえ。私の髭は今日も決まっているだろう?妻の毎朝の楽しみなんだ。すっかり君のファンなんだよ」