ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー裏切り

2021-05-28 21:45:41 | 大人の童話
「フレイア様、先日は有難うございました」
「名付け親として、当然のことです。キノアは学校に慣れましたか?」
「はい。機嫌よく通っています。でもあのペンは、失くすと困るからと、家に飾ったままです」
 ペンは、すっきりと握りやすい形で、キノアの名と、フレイアの印が入っていた。
「ありふれた物です。書き潰したら又贈りますので、使って下さい」
下に二の付く日、 天気が良いと、王宮の裏口は人通りが増える。
 フレイアが馬場へと行くからだ。
 城壁のすぐ外にあるその場所へ、供も連れずに歩いていく。
 時には、生まれたての赤ん坊を、抱いている者もいた。フレイアに名付けてもらうのだ。
 親の話を聞き、その意を汲んだ上で、その子に会う名前を付ける。
 そして、その子のことを忘れない。
 身近な不便を、訴える者もいる。
 フレイアは対策をとってくれるか、出来ない理由をはっきりと説明してくれる。
 けれども今日話し掛ける者は、あまりいなかった。
 二人の弟達と、一緒だったからだ。
 嬉しげに挨拶する住民達に、三人でにこやかに応えていく。
「私は兄上の様に、馬を操れません」
 バシューがフレイアに愚痴をこぼす。
「信頼できる相手かどうか、馬は敏感に感じ取りますからね」
 フレイアがからかう。
「姉上に敵わないのは、私も同じだよ」
 ラウルがなだめる。
「それは年の功です。馬達は穏やかなラウルに一番よく懐く」
「短気な私は、気楽な末っ子で良かった」
「王族は民と国に尽くすもの。王になるならないに関わらず、鍛練しなくてはね」
「わかってるんです。頭では」
 三人で過ごす時間は、フレイアにとって、いつも楽しいものだった。
 けれども、時折心にもやがかかる。
 王の血を引く、バシューを王座に着けると決めているからだ。
 可愛い弟達を傷つけずに、どうすれば上手くことを運べるのか。
 頭の片隅で思いを巡らせながら歩いているうちに、馬場に着いた。
 自分の馬の元に向かうと、従兄弟のフォッグが寄ってきた。
 長身に、優しげな顔立ち。
 ふわりと微笑みながら、馬に触れたフレイアの右手に、右手を重ねた。
「私の気持ちを知りながら、サス国との縁談を、受けるつもりではありませんよね?」
「王になるには邪魔者が三人いるから、せめて女王の夫となって、我が子を王にしたい。殿下のお気持ちはよく分かっております」
「それだけではありません」
「他に何か?」
 フォッグの瞳に、陰が生まれた。
「貴女が王位継承権を放棄して、嫁いでしまえば、次はラウル殿になってしまう」
 フォッグはフレイアの目を覗き込んだ。
「王座は、正しい系統の者が次ぐべきた」
 フレイアが訝しげに答える。
「話の流れが、よく分かりませんが?」
「そうですか」
 フォッグがフレイアの右手を解放した。
「気が変わられたら、いつでもご連絡下さい」
 フォッグの細長い後ろ姿を見送りながら、フレイアは右手の甲を拭った。

その夜、フレイアは王妃を訪ねた。
人払いをすると、低い声で話を切り出す。
「母上、不義の証を外に出しませんでしたか?」
 ダリアの顔から表情が消えた。
 そして怒り、裏に微かな怯え。
「一体何の世迷い言を。娘とはいえ、言って良いことと悪いことがありますよ」
「今日、ラウルの血について、フォッグ殿から思わせ振りなことを言われました。彼らが本当は、王座を狙っているのはご存知でしょう?私は見ているんです。あの夜の庭を。私はまだ十歳でしたが、ことの重大さは分かっていました」
 ダリアは言葉が出てこない。
「私は誰にも言っていません。そして責めてもいません。ただ、叔父上達にどう対処するのか、考えたいのです」
 ダリアは後退った。
 膝に椅子が当たって、そのまま腰掛ける。
 すっかり無かったことにしたはずの傷が、過去がダリアを追い詰めた。
呆然とした時の後、ダリアは無理やり頭を回そうとした。
「大丈夫。私は味方です」
 フレイアが膝立ちになり、ダリアの背中に腕を回した。
「証拠・・・・?・・・証拠。手紙がありました。手紙、あの手紙は、処分したはず」
「いつ?どの様に?」
「バシューが十五歳になった時。本に挟んで、副侍女長に」
「六年前。今の侍女長ですね」
 フレイアは頷いて部屋を出た。

「本ならば全てサキシアに渡していました。王妃様に命じられてから、ずっと」
 侍女長は淀みなく答えた。
 フレイアは驚いた。
 すっきりと出した顔を、毅然と上げて歩く姿は潔く、フレイアの記憶にも残っている。
 裏切りという、影のある響きとはそぐわない。
「サキシアは、部屋ですか?」
「先月、故郷に帰りました」
「辞めた理由は何でしたか?」
「半年前、母親を亡くしたからだと言っておりました」
「サキシアに、何か変わったことはありませんでしたか?」
「強いて言えば、初めて前借りを申し出たことでしょうか」
「何に使うためだったか、分かりますか?」
「母親の治療です。許可されませんでしたが」
「何故ですか?『掃除神の遣い』の勤務態度に、問題があるとも思えませんが」
「本人には『規律を守る為』と伝えました」
「では本当は?」
 侍女長が初めて、ためらった。
「母上の独断ですね」
 フレイアは溜め息をついた。

楽園ーFの物語・バックヤードー忠誠

2021-05-21 22:22:20 | 大人の童話
 侍従長は困っていた。
 配属先を決める面接の場に、アザがある者がいたのだ。
 目の前に歩み寄り、見直した。
 サキシアは圧し殺していた不安が、一気に膨れ上がり、鼓動が強くなる。
「お前の名は?」
「サキシアと申します」
「そのアザはどうした」
「生まれつきでございます」
 侍従長が渋い顔をして、書類と照らし合わせる。
 サキシアの憤りを、諦めが包み込んだ。
「どうしました。何か問題があるのですか」
 上座から張りのある声が響いた。
 王妃のダリアだった。
「この者は極めて優秀な成績で試験を通過しております。けれど」
「身辺はどうなのですか?」
「地方の建具屋の娘です。その父親も亡くなって、体の弱い母親と二人暮らしです」
「そうですか。ならば問題はないでしょう。顔で仕事をするわけではありません。いや、かえって良いかもしれない。なに不自由なく育った娘より、様々な気持ちが分かるであろうから」
 サキシアはダリアを見た。
 この人に尽くそうと思った。

 サキシアは王妃の下働きになった。
 掃除から始めるのが習わしだった。
サキシアは埃一つ残さぬよう、羽箒と起毛した布を使って、壁を彩る装飾の窪みの一つ一つまで、丁寧に拭き取った。
 くすんでいた金属の壺も、必要に応じて液体に浸し、全てピカピカに磨き上げた。
王妃の棟は、薄いベールを剥いだように、明るさを増し、他の棟の女官も、その手法を見習うようになった。
 サキシアは人一倍よく動いたので、制服がそじるのも早かった。
 サキシアは糸を織り込むように繕い、回りはその見事な仕上がりに驚いた。
 やがて繕い物や刺繍を頼まれるようになり、サキシアは快く引き受けた。
 全て丁寧に仕上げたが、 それが王妃の品の時は、更に心を込めて針を刺した。
 サキシアはある日、王妃が読み終えた本を処分するように言われた。
 サキシアは処分する本を頂いてよいか、侍女長を通じて伺いをたて、了承を得た。
 本は時折処分され、サキシアの部屋には、本が貯まっていった。
 サキシアはそれを、学校や図書館に寄付することを思い付いた。王妃の評判が上がると思ったのだ。
 侍女長は再び王妃に伺いをたてた。
「処分するものは、みんな彼女の好きにさせていいわ」
 王妃は面倒くさそうに答えた。
 そして。
「昇進の時期が来ても、あの娘は下働きのままにしておいて。あのアザを目にすると、ぎょっとするのよ」
 そう、付け加えた。

それから八年、第二王子のバシューが十五歳になった。
 王は年と共に穏やかになり、王妃と子供達を慈しんだ。
王と睦まじく過ごしていると、王妃はデュエールとのことを夢だったように感じることが出来た。
 それはとても魅力的な感覚だった。
そうなるとデュエールからの手紙が邪魔だった。
なのでそれを本に挟んで、処分するよう、侍女に渡した。
紙と革なので、焼却場に回されると思ったのだ。
処分品をサキシアの自由にさせていることなど、とうに忘れていた。

サキシアは勤務終わりに本を渡された。
あてがわれている部屋に戻って、いつもの様に本を開けると、二枚の紙が落ちた。
何気なく拾い上げ、読み進めるうちに、サキシアの手が震えだした。
そしてきっちり紙に包んで、箪笥の奥に仕舞い込んだ。

サキシアはずっと、掃除係のままだった。
サキシアは特に不満にも思わず、受け入れた。
他の係に回ったり、階級が上がったりすれば、外部と接することも増えてしまう。
それを嫌うのは、やむを得ないことに思えたのだ。
そして同時期に入った者や後輩の階級が上がり、もしくは嫁いで辞めていく中、サキシアは『掃除神の遣い』と呼ばれる二十八歳になった。

その年、母親が病に倒れた。
大きな病院に移せば、なおる見込みもあったが、お金が足りなかった。
給金の殆どを送金していたので、貯えがあまり無かったのだ。
思い悩んだ末、サキシアは前借りを申し込んだが『規律が乱れるから』と、断られた。
三ヶ月後、母親は亡くなった。
葬儀を済ませ、宮殿に戻った暫く後、サキシアは知らない男に呼び止められた。
何か秘密を教えて欲しいというのだ。
サキシアは言下に断った。

年が変わり、サキシアは新入りのマヌアが前借り出来たと、人伝に聞いた。
兄が店を出す助けをするのだという。
サキシアは耳を疑って、侍女長を捜しに行った。
 廊下を渡っていると、王妃の声が聞こえて来たので、サキシアは端に寄り、畏まった。
「本当に煩わしいったら。この痒み、なんとかならないのかしら」
 王妃は侍女にこぼしながら、サキシアを認めるた。
「ここで何をしているの?」
「侍女長を捜しておりました」
「用件は?」
「前借りは規律の為に認めない、と、聞いておりましたので、マヌアの件を」
「辞められては困るからです」
 王妃が苛々と遮った。
「あの娘は器量が良いしまだ若い。嫁ぎ先も働く場もいくらでもあるでしょう。お前とは違うのです。その顔で全く図々しい」


楽園ーFの物語・バックヤードー青のサキシア

2021-05-14 21:55:03 | 大人の童話
 サキシアは生まれつき、顔にアザがあった。
 ひんやりと薄青い、滑らかなアザだ。
 額から左目を囲むように、清らかにくすんでいた。
 サキシアはそれを、あまり気にすることなく、幼少期を過ごした。
 隣近所だけの小さな世界では、最初からそれが、当たり前だったからだ。
 父は腕の良い家具職人だったが、あまり裕福ではなかった。
 それでもサキシアの将来を思い、学校に通わせることにした。
 初等部五年、中等部三年を優秀な成績で終え、教育部に進めれば、二年で教師になることが出来る。
 一人で生きていくには、確実な手だてだった。

学校は隣町にしかなかった。
子供の足ではゆうに一時間以上かかる距離を、サキシアは父と歩いた。
明日からはこの道を、一人で通わなければならない。
サキシアの村から学校に通うのは『お金持ち仲間』の男の子ばかりだったからだ。
隣町は大きかった。
高い建物が並んでいて、道が広い。
一際大きな家に見とれたり、たまに通る馬車を目で追ったりしているうちに、学校に着いた。
「おっきいね、お父さん。こんなにおっきい木の建物があるんだね」
 興奮気味のサキシアに、父が言った。
「お前はここで、頑張って勉強するんだよ。そして教師になるんだ。一人で生きていけるように」
「一人で?私は結婚しないの?」
 サキシアが驚いて見上げると、父親は少し困った様子で、
「するともしないとも限らないさ」
と、言った。

「おはよう」
 と言いながらサキシアが教室に入っていくと、中の子供達が一斉にそちらを見た。
 皆一様に驚いた顔をして、互いにひそひそ話し合う。
 返事をしたのは三人だった。
 大きな赤いリボンを二つ、髪に着けている女の子が、サキシアの前に来た。
「ねえ、その顔、どうしたの?」
「顔?」
「目の回り、青いじゃない」
「ああこれ。生まれつきなの」
「へえ」
 その女の子は、勝ち誇るように、言った。
「かわいそうねえ」
 サキシアが戸惑っていると、前の扉から、女が入ってきた。
 目も体も細い。
 教壇に立ち、生徒達に着席を促す。
「初めまして。私はカドワといいます。これから一年、貴方達に色々教えていきます。皆さん仲良く一緒に学んで下さい。特に見た目や貧しさで、差別することがないように」
 血の気が引くような思いで、サキシアは覚った。
 父が言っていたのは、このことだったのだ。

 サキシアは背筋を伸ばし、授業を受けた。
 学んだことを思い出しながら帰り、家に着いたら確認する。
 同級生にからかわれても放っておいた。
 『貧しい』家でも『無理して』学校に通っているのは、『顔にアザがある』からなのだ。
 それは教師になる為で、同級生と遊ぶ為ではない。
 サキシアは、そう自分に言い聞かせていた。
 そのまま三ヶ月耐えていると、面と向かって馬鹿にされることはなくなった。
 そしてある日、生徒達に厚紙が配られた。
「今日はお友達の顔を描いてみましょう。好きな子と、二人一組になって」
 サキシアは困った。
 このクラスは女子五人、男子十五人なのだ。
 一人余ったサキシアに、ギャンが言った。
「俺が組んでやるよ」
「ありがとう」
 サキシアは訝りながらもほっとした。
嬉しかった。
 けれど仕上がった絵には、サキシアの左目と、アザだけが描いてあり、題名が入っていた。
『青のサキシア』
 教師はギャンに両手を出させ、棒で叩いた。

 その日からサキシアは、『青のサキシア』と影口を叩かれるようになった。
 一部の教師でさえ、そう呼んでいることを知った時、サキシアは全てを割り切ってしまうことにした。
毅然とさえしていれば、負ける気がしなかった。
サキシアは孤独なまま、成績優秀者に与えられる青い花のバッチの全てを、手にしていった。
やがて『青のサキシア』の『青』は、『よくも悪くも際立っている』という意味に、変わっていった。

サキシアが十五歳になり、中等科を卒業する年に、父親が亡くなった。
 母は看病疲れで風邪をこじらせ、治った後も、息を深く吸えなくなった。
 収入も母親が刺繍の内職で得る、細々としたものだけになった。
サキシアは進学を諦め、成績次第で職に就けるという、王宮の試験を受けることにした。





Fの物語・バックヤードー和解

2021-05-07 21:46:12 | 大人の童話
 デザントは先王の墓参りをしていた。
 亡くなって十度目の命日だ。
 デザントが王太子となって以来、母として扱うことを、許さなかった実母だった。
「もう、いいでしょう?母上」
 そう呟いて花を捧げ、踵を返すと、二人の婦人が連れ立ってこちらに向かってきた。
「久しぶりだな、二人とも」
 最後の第二夫人と第三夫人だった。
「ご無沙汰しております。陛下。もう十年ですね」
「本日は、ご生母様のお墓参りをさせて頂きたく、参りました」
 二人の目礼に、デザントは微笑みを返した。
「それは有難いことだ。殆ど関わりはなかっただろうに」
 元第三夫人が花を手向けながら答える。
「口止めされておりましたが、蔭で何かと気遣って下さいました」
 想いもよらないことだった。
 頑なに前王の第一夫人で居続けた母。
 けれど。
『私はいつでも、いつまでも、あなたのことを、思っていますよ』
 私を王太子として、前王妃の元に送り出した、あの時の、あの言葉は本当だったのだ。
 自分は何も見えていなかった。
 何十年もの間。
 立ち尽くすデザントを、元第二夫人が気の毒そうに見た。
「私が申し上げるのもおこがましいのですが、母はいつまでも母なのです。陛下」
 デザントは首を軽く横に振り、笑みを作った。
「そういえば、二人とも三人目の子に恵まれたそうだな。体が治って良かった。幸せそうで何よりだ」
「ああ、それは」
 二人は顔を見合わせた。
「方便というものです。女は気遣いだけでも、情熱だけでも満足しません。私達は欲張りなのです」
 元第三夫人はそう言って、悪戯っぽく笑った。

 デザントは十日考えた。
 そしてフィリアとダリアの実家に向かった。
 驚いた執事に客間に通され、男爵夫妻がゆっくりと入って来た。
 二人は老いていた。
 二十五年の歳月。
 デザントは自然に膝をついていた。
 慌てる夫妻に、二通の封書を渡した。
 それは、今後決してフィリアとその娘を捕らえぬという誓約書と、フィリアへの和解の手紙だった。
 
 フィリアは困惑していた。
 父母とはサンタビリアを通じて、密かに連絡を取ってはいた。
 けれども今度は意図が違う。
 ただの近況報告ではなく、デザントからの手紙が、同封されていたのだ。
 直接会って、和解と謝罪をしたいとあった。
 父母には会いたい。
 デザントと和解すれば、それが叶うのだ。
 この機会を逃せば、もう会えないかもしれない。
 でも本当だろうか。
「見せて貰っていいか?」
 フィリアは素直に手紙を渡した。
 マゼラは二通とも読み終えて。
「一緒に行こう」
 と、微笑んだ。

 男爵夫妻は走り出てきた。
 フィリアも駆け寄った。
 フィリアは父と抱き合い、次に母と抱き合った。
 母と娘は両手を握り合い、涙を流した。
 無言で過ぎる再会を、マゼラは黙って見守っていた。

 その夜、デザントが男爵宅に訪れた。
 フィリアの緊張が解けていくのを見て、他の者達は席を外した。
 二人きりで向かい合った時、デザントの口から、自然に言葉が滑り出た。
「本当に済まなかった。私の身勝手な思い込みで、情欲から貴女の人生を壊してしまった」
「私こそ申し訳ございませんでした。私も陛下への想いがございました。だからこそ、取り替えがきく夫人達の一人になりたくはなかったのです。その私の我が儘で、陛下の御子まで勝手にしてしまいました」
 見つめ合い、どちらからともなく微笑んだ。
「一目惚れだった。激しい恋をしたのだ」
「私もです。その恋に恋のまま、終わらせてしまいました」
「今は、幸せなのだな」
「はい。陛下も」
 二十五年。
 どうということのない日常を積み重ね、編み上げた、曖昧で確かなもの。 
ー僕は貴女とがよかったー
 デザントは言いかけて、止めた。

 一月後、ガーラント家は大騒ぎだった。
 しかも、静かに騒がなければならい。
 ルージュサンの祖父母が、突然来訪したのだ。
途中で別れたという実母からの手紙も、携えていた。
 彼らの素性は秘密だった。
 語らいはガーラント子爵との、感謝の応酬で始まった。
 男爵夫妻は、ルージュサンを立派に育ててくれたことに、ガーラント子爵は、ルージュサンを与えてくれたことに。
 あまりにいつまでも続くので、ルージュサンが口を挟んだ。
「私はとても素晴らしい、ということで。冷めきる前にお茶を頂きませんか?」

フィリアが王を拒んで失踪したことは、当日時都中で取り沙汰された。
 アミという女の娘が、フレイアの身代わりとして探されたことも、ごく一部の人間は知っていた。
 父母と、母方の祖父母のぎこちない関係もある。
 フレイアが成長すれば、この二つを結び付けるのは必然だった。
 元々聞くことが好きだった外国の見聞の中に、フレイアは自分のに似た姿を探した。
 そしてルージュサンを見つけたが、確証が無い。
 聞くとすれば祖父母であろうと思いつつ、機会を見出だせずにいた。
 そして二十五歳の誕生日、祝いの菓子を持って行くと、祖父母が屋敷を留守にしていた。
 使用人達は口が固かったが、フィリア夫妻と遠出したのはうかがい知れた。
  二人が戻ったとの知らせを受け、フレイアは再び屋敷を訪ねた。
 男爵夫妻の顔には疲れが滲んでいたが、驚くほどに晴れ晴れとしていた。
「ルージュサン=ガーラントに会われたのですか?」
 男爵夫妻は顔を見合わせ、しばらく黙り込んでいた。
 そして、他言しないことを条件に、全てを話した。