ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-焚き火を挟んで

2022-03-25 21:57:30 | 大人の童話
 夜半を過ぎて砂がチリチリと冷えた頃、ルージュサンは起き出して焚き火へと向かった。
 砂漠狼の警戒に、ムンが番をしているのだ。
 少し離れて休んでいたベイが、睫毛で重たそうな瞼を上げた。
 ルージュサンが耳元で優しく囁き、隣に座る。
 左手でその体を撫でると、ベイは気持ち良さそうに、首をルージュサンの肩に預けた。
《そろそろ替わります》
 ルージュサンが、火を挟んで座っているムンに言った。
《そうだな。そのラクダもその方が嬉しそうだ。随分懐いたな。動物は好きか?》
《今まで触れ合った動物は、概ね好きです》
《そうか》
 ムンは焚き火に視線を落とした。
《俺は猟師だ。山に入って獣を射る。その肉と皮で生かされてる。妻とオグを町に出してる時も、それで稼いだ》
《そうですか》
 ルージュサンはムンを見つめ相槌を打つ。
《そのせいか、獣には嫌われる》
 ムンは苦笑いをして続けた。
《子供達は四歳だったな》
《はい》
《俺には子供がいない。でもオグが懐いてな。不出来な甥だがそれでも可愛い》
 ムンが顔を上げてルージュサンを見た。
《お前の子達は美しい上、随分利発だ。でもお前は振り向かなかった。一度も》
《お褒め頂いたのに恐縮ですが、まだまだ子どもです。振り向けば思いが募りましょう》
《聞き分けが良すぎて不憫か。ではなぜあの男が行くと決めた時<有難う>と、言ったのか》
《私が行きたがることを推して、決めてくれたからです》
《義を重んじる妻と、思い遣る夫か》
 ムンの言葉に、ルージュサンが薄い笑みを浮かべた。
《私は義を重んじているのではありません。切り捨てる勇気が無いだけです》
《・・・大体のことはそんなもんだ》
 火がはぜた。
 炎に照らされたムンの頬を、ルージュサンが見つめる。
《有難うございます》
 ムンが黙って首を振る。
《神はなぜ、神の子を捧げさせると思うか》
《まずは、少女に分けて失ってしまった山の気を、取り戻す為だと考えています。次には、その特徴ゆえに、里では生きにくい子を救済するという意味があるとも推測しています。そして、もしかしてですが、神も寂しいのかと》
《神が寂しい?面白いことを言う。では女になぜ歌わせる?》
《子どもを慰める為、そして母親に踏ん切りを付けさせるためだと考えています》
《神は、人の心がわかると考えるか》
《長い間、祈りを捧げられれば、人の気を帯びることもあるようです》
《神の情けで、帰れると思い付いて来たか》
《セランは楽しく生きているようですが、安心材料はそれだけです。山の気を補充するには、不完全な存在でしょうから、帰して貰えるどころか、不足分を要求されかねないと思っています》
 ルージュサンが肩を竦めてみせた。
《気の補充・・・我らが考えるべきだった。食べ物を備え、歌で知らせる。それだけだった》
 ムンが苦く嗤った。





 


楽園-Eの物語-切り替えスイッチ

2022-03-18 21:33:30 | 大人の童話
日が落ちる頃、四人はテントを二つ張った。
 セランが敷物の左右に杭を打つのを見て、オグが首を傾げた。
《それは何だ?》
《杭だけど》
 セランは不思議顔だ。
《それは分かるが、何でそこに打つんだ?》
《紐を止めるんです。僕の腰に付けた》
《何の為に》
《僕がテントからはみ出さないように》
 セランがうっとりと瞬きをする。
《ルージュが考えてくれるんです。僕は彼女の愛に縛られて眠るんですよ。思えば最初からそうでした。ああ、あの出会いの日!》
 セランが両腕を胸の前で交差させ、宙を見る。
 オグは別の疑問に眉をしかめた。
《お前は国立学院の教授なんだよな。のそれで講義になるのか?》
《こうぎ?ああ、講義》
 セランの意識が戻って来た。
《しますよ。僕の教鞭は恩師から譲り受けたものなのです。それが手元にある時は、僕は教授。教え、授ける者なのです》
《たった三日で旅の準備が出来たのも不思議だ》
《私の仕事と研究は、私のものであるのと同時に学院の、この国の、学問をする人達の、ひいては世の中全てのものなのです。そして人生いつ何があるか分からない。ましてや僕はルージュの夫ですからね。引き継げることはいつでもそう出来るよう、日頃から整えてあるんです》
 セランは真っ直ぐな視線を、オグに向けた。
 その姿は寛容な神のように、揺るぎの無い平穏と、威厳を湛えている。
 内側から光が放たれて見える程、端正な美しさだ。
《どんな恩師なんだ?》
 オグの問い掛けに、セランが嬉しそうに微笑んだ。

 





 


楽園-Eの物語-不協和音

2022-03-11 21:13:51 | 大人の童話
 砂漠に入ると自然に皆、無口になる。
 風は熱く、容赦なく水分を奪っていく。
 代わりに運んでくるのは、舞い上げた細かい砂粒だ。
 太陽が頭上を過ぎてしばらくすると、先頭でラクダを引くムンが、口を開いた。
《砂山が動くとは聞いたが、行きと違う気がする。このラクダは本当に、道を知ってるか?》
 ルージュサンが、少し顔を上げて答える。
《この子、ベイが使うのは、井戸を通る道だからでしょう。一般の客には井戸を通らないラクダを売るのです》
 オグが首を右に傾けた。
《井戸は絶対に使うなと、オバニに言われた》
 沈黙に飽きたセランが喜んで答える。
《井戸は部族の命綱ですからね。水を盗めば首を跳ねられても文句は言えないそうです。あ、首が取れたらもう何も言えないか!》
 自分の言葉にセランが快活に笑った。
フードから覗く銀髪が、ひんやりと見える程の爽やかさだ。
《井戸の近くには首が転がってるのか》
 オグが眉をしかめた。
《首は見せしめに飾るんじゃないかな?転がるのは胴体の方でしょう。まあそれも砂漠狼か何かが運んで行ったら残らないか。ねえ、どうなの?》
 セランがルージュサンをみる。
《最近は手首で済ませる部族が多いようです》
《ウニは何でそんな所を通らせようとするんだ?》
《その井戸を、私が使えるからです》
《お前は部族の出なのか?》
《私は嫁ぐ迄貿易商をしていたこともあって、知人が多いのです。この先の井戸を持っているダダ族も、私を友人として扱ってくれています》
《またか。他に隠し事はないんだろうな》
《ウニが知人だと教えなかったのは、貴方が私の話を自分で確かめると言ったからです。知人だと知っていれば、ウニはそれを察して、通常の対応をしなかったでしょう》
《理屈はどこにでも付くって言うよな》
 吐き捨てるようにオグか言う。
《知りたいことがあれば、聞いて下さい。差し支えないことは答えます》
 ルージュサンに気を悪くした様子は無い。
《お前のことなんてどうでもいい》
 オグはそう言って前を向いた。
《えっ?僕は知りたいです。貴方のことも村のことも》
 セランは意外そうだ。
《俺には話す程のことは無い》
《村のことはどうですか?》
《村は・・・》
 オグの口調が和らいだ。
《冬は長く、夏は短い。山は深くて豊かだ。冬は雪に降り込められるが、お陰で水が不足したことはない。そして時々、空に見事な光の襞が出来る》
《春はどうなんですか?》
《短いが少ししかない訳じゃない。雪の下に芽が出てきたかと思うと、あっという間に色んな木々が花を付ける。密度が高いんだ。人が生きていくのに、必要なものが全て揃っている。だから俺達は<全ての村>と呼ぶんだ》
《そうなんですね。秋の話も聞かせて下さい》
《秋が来ると、すぐ冬だ・・・》
 オグは懐かしそうに故郷の話を続けた。


エノコロ天使

2022-03-06 19:50:31 | 大人の童話
天国で猫が目覚める度に エノコロ天使は願ってる
楽しく過ごせますように
天国で猫が眠りにつくと エノコロ天使は祈ってる
良い夢をみられますように

痛みも 苦しみも 飢えも 寒さもない楽園で

猫達は今日も遊んでる 天国のエノコロ草で
愛された人を待つ間
新しい命の時を待つ間
エノコロ天使と
嬉しい時を過ごしてる

楽園-Eの物語-ウニ

2022-03-04 21:25:21 | 大人の童話
「あのラクダは売れたよ」
 店を訪れたオグに、ウニが無愛想に言った。
「なら、代わりのラクダをくれ」
 オグはみるみる不機嫌になった。
「それはダメだ。今いるのは俺のラクダだ。お前のラクダを売った代金の半分をやろう。預かり賃はもう、貰っているからな」 
「そのお金でラクダを売ってくれ」
「俺のラクダは、その金の二倍半だ」
「じゃあ、ラクダを貸してくれ」
 怒りを圧し殺してオグが言う。
「案内人が足りないんだ。それも無理だね」
 ウニは平然としている。
「おい、あんた」
 オグが掴みかかろうとした時、入り口から声が聞こえた。
「こんにちは、ウニさん」
 オグが手を止め、二人で声の主を見る。
「やあ、ルージュサン。今日はどうしたの?」
 ウニが満面の笑みで迎えた。
「ラクダを貸して頂きたいんです」
「あいにく案内人が何人も怪我してな、出払ってるんだ。何処に行くんだ?」
「東に抜けます」
「じゃあオバニに預けておいてくれればいい。今ラクダを連れてくる」
「ずいぶん話が違うじゃないか」
 オグがウニの袖を掴んで引き留める。
「当たり前だ。お前は友人と始めての客を同じに扱うのか?」
「友人?そんな話聞いてないぞ。」
 オグがルージュサンを見る。
「お前、ルージュサンの知り合いなのか?」
 ウニが意外そうにオグを見た。
「旅の連れだ」
「連れ?」
 ウニが目を丸くして、首を横に振った。
「ラクダの代金は全部お前にやろう。それとも代わりのラクダを持って行くか?友人の連れから手間賃は取れない」
「私こそ、友人の生業の邪魔は出来ません。きちんと手間賃を取って下さい。ラクダを貸して頂けるだけで十分です。案内人付きの料金にして下さいね」
 ルージュサンがにっこりと、お財布を取り出した。